2011年8月23日 (火)

自立の一歩

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これは、スイスへ送り出されるのを待っている、Fの荷物たちです。


彼が出発してから、もう3週間になるというのに、まだ送れな~い!こっちは準備万端なのに~。

F、まだ住むところが決まらないんです。
(−_−;)


不動産会社に連絡して、管理人を紹介してもらって、そこに電話して見学のアポとって、よければ申し込み書を送って、競争率高いので、あちこち申し込んで、ひたすら当選(?)待ち。


ひょえ~、そんなに大変なんだ~。

って、ろくに下調べもせず出発する息子も息子なら、なんの心配もせず送り出す親も親か、、、。


学校も、住まいの斡旋をしてくれるわけではないようです。


だいたい、受験のときだって、宿泊先の情報なんてゼロだから、自分で調べるしかない。


Nが東京で受験したときは、大学から、おすすめのホテル一覧、みたいなのがついてたなあ。

それに、下宿だって、紹介してくれますよね。

日本は至れり尽くせりだなあ。


バーゼル音大は9月5日に始まるのですが、入学式、なんてものもないようです。


すでに時間割は送られてきてましたが、初日にオリエンテーションがあって、すぐ授業開始。


室内楽の授業では、あなたはこの曲のこのパートを練習しておきなさい、みたいな手紙が来てたな。


なんか、あっさりしてるけど、大人な扱いがいい感じ、と思います。


日本の大学が、手取り足取りしすぎなんかな。


一方、学費はとても安くて、年間20万くらいです。外国人も分け隔てなく。


学生は、美術館やコンサートの入場料もかなり優遇されるそうです。

若者を育てようという風土があるのでしょうか。


でも、物価はものすごく高いんです。( ̄^ ̄)ゞ


そんなこんなで、慣れない土地で頑張ってる息子、応援してやってくださいませ。


松本富有樹のバーゼル音楽留学記


学校が始まるまでに、ユースホステルから出られるのでしょうか---。


なんか、みんな実名でコメント投稿という、珍しいブログ。もちろん、ニックネームOKのはずです。


とにかく私は、荷物を送ってしまいたい~。
落ち着かん!


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2011年8月 4日 (木)

それぞれの8月

8月3日、Fがスイスへと出発しました。


直前まで荷物の整理が済んでなくて、貫徹してました。マッタク〜。


さきほどメールがきて、無事ホテルに着いて、一夜明けたところだそうです。出入国も問題なかったようで、ほっとしました。


スイスでは、留学生は入国ビザは持たずに入れます。でも、それが、日本では周知徹底されていなくて、福岡空港では、なんやかんや言われてました。


それで、入国してから、「滞在許可証」というものを、役所に申請に行かなければなりません。

「なんのため」とか「何年滞在するのか」とか、「学業が終わったらすぐ帰国します」という宣言を書いて、親の残高証明書や入学許可証や大学のカリキュラムとともに提出するのだそうです。


役所窓口は、けっこう意地悪な人も多いらしいから、大丈夫かなあ。


さらに、銀行口座開設やら、住まい探しもしなくちゃだし。

1人で。あの語学力で・・・。coldsweats01


こっちはこっちで、住まいが決まったあとの荷物の送り出しという仕事が待っています。

山のような楽譜があるので、一部は持っていったけど、送るのにも重量がかなりなもの。


国際郵便なんて、初めて送るので、知らないことがたくさんです。


持って行く予定のデジカメに不具合があったので、交換品が到着したら、こちらから送ることにしていました。

携帯電話も、ぎりぎりまで使いたい、ということだったので、空港で受け取って、こちらで解約。それが終わったら、データを見たり、目覚ましとして使うために、これも後から送る予定でした。


ところが、リチウム電池は国際郵便で「危険物」扱いのため、送ることができないのです!!


ええ〜っ!


どうしようかと、いろいろネットで調べたり、デジカメ会社に相談したり、ああ、いろいろあるんだなあ。


まあ、Fも向こうで頑張ってるんだから、私もこっちでできることはやってあげよう。


いっぽうのNは8月から11月まで、これまでのアルバイト先で、契約社員として働くことになりました。

そして、資金をためて、東京にでて、とにかく自活してみたいんだそうです。


最初、その考えを聞いたときは、不安もあり、少なからずショックだったのですが、だんだん、それもいいかも、と思い始めました。

まず、やってみたいことに挑戦する、そこからじゃないと道は開けないかな、と思って。


そして、Fが出発する日は、仕事も休みにして、朝4時半にうちを出て、福岡空港までお見送り。

「前の晩、遅くまで仕事だったんだから、無理しなくていいよ」って言ったんだけど、「いや、見送り行きたいから」って。


寝ぼけ眼で起きてきて、28キロのスーツケースの積み込みも、Nがやってくれて、ああ、いい子だなあ。


私は今週末、百姓屋敷わら、でのお泊まり研修。


『人生がときめく片付けの魔法』を読んで以来、かなりすっきりしてきました。


さあ、さらにすっきりさっぱりしてくるぞ!


私がいない間、夫は、本の片付けに取り組むそうです。

「片付けの魔法」、家族に伝染しています。


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2011年4月12日 (火)

このごろ思っていること

Nもきのくにを卒業してしまって、なんか、「終わった」感があるというか、書き尽くしたというか、今は、原発問題を書きたいというか、自分自身が何のために生まれてきたのかとか、いろんなことを考えだして、全然ブログが書けない〜!!


ほんとは、3月末の時点で、このブログはスパッとやめちゃおう、なんて思っていたのですが、考えてみたら、6月に堀さんの講演会があるから、宣伝もしなきゃだし、とにかく、やめるのはやめて、一度、総括してみようかな、と思い、とりあえず書いてみます。


現在Fは音大受験のため、スイスに滞在中。たまにメールが来ますが、元気にやってるみたいです。


すごい偶然なんですが、うちにいらしてた患者さんが、

「スイスの人と結婚することになったので、向こうに行きます」

とおっしゃったのが、昨年の今頃だったかしら。


なんだか、私、もしかして・・・と感じて、
「スイスのどこですか?」

と聞いたら、なんと、Fが行く予定の「バーゼル」!


3月末、バーゼルに到着したその日は、新婚さんご夫妻にお昼ご飯をごちそうになったとか。

その後、夕食にも招かれたりしたということで、日本では一度しか会ったことがないのに、Fは図々しく自然体でお世話になっているようです。


スイス滞在は一ヶ月で、試験まではホテル住まい、その後は、Fの知り合いの友人(イギリス人?)がチューリヒに住んでいるということで、そこにホームステイさせてもらうんだそうです。


こういう物怖じしないところ、彼の生まれつきのものかもしれないけど、やっぱり私、「きのくに効果」を感じてしまうんです。


私は人付き合いが苦手です。(今はだいぶマシですが)


うちに人を呼ぶことは、ほとんどないです。(我が家に足を踏み入れたかたは、希少なのです)

一人ご飯、ノープロブレムです。働いていた頃は、居酒屋も一人で行ってました。


夫も同じようなもので、どちらかと言えば、一人が好き。


こんな家庭に育ったら、どんなに人見知りする子になるでしょう。いや、反動で、社交的になるのか?


よくわからないけれど、FもNも、人のうちに泊まりに行くとか平気ですし、年齢に関係なく誰とでも、あまり緊張せずにお話できます。(私はぜ〜んぶ、ダメダメです。)

いいな〜と、うらやましくなります。


さて、Nのほうは、志望校、一校しか受けてなくて、それに落ちたから、今はうちにいて、骨休め(?)しています。これからどうするのかなあ。


とりあえず、家事手伝い?


ご飯つくってくれるときは、ついでに包丁も研いじゃっててくれて、それがよく切れること!
年末の大掃除では、換気扇をきれいにしてくれたし。

これって、寮生活で自然に身についたのかなあ?


私は、わりと自分でやっちゃうほうなので、彼がずっとうちにいたら、換気扇掃除なんてさせなかった、というか、できるわけないと思ってたし、包丁研ぎなんて、頼もうともしなかっただろうなあ。

こういう、私みたいな母は、子どもの成長のチャンスをつぶすんだよね。


きのくにと出会って、一番効果を感じてるのは、私自身かもしれません。

だいぶ変わったと思いますもん。


昔の私だったら、高校卒業した息子が家事手伝いって状態に、耐えられなかったと思う。

もちろん、いろいろ考えることはあるし、悩むこともあるし、夫とも話しをするんだけど、「自分がNだったら・・・」とか「どんなサポートをすることがNのためになるんだろう」っていうふうに考えられるようになってる。


私がとっても後悔するのは、彼らがもっと小さいときに、ニイルの考え方を知っていたら、もっともっと暖かい子育てができたのに、ということです。


自分自身が未熟で、そのためにイライラをぶつけて叱ってしまったり、無神経なこともいっぱいしてしまったよね、子どもたちに。


今生で学んだことを、死んでも忘れないで、次に生まれ変わったときに生かせたらなあって、心から思います。


こんなところかな、今の私。


子育ては一段落、ということで、ブログも社会問題や趣味の読書や語学のことを書くものを別に作ろうかなあとも思ったのですが、当面、このままでいきます。


でも、内容が、教育以外のことになっていくかもしれません。
更新頻度が下がると思います。


それでもよろしければ、たまにお立ち寄りくださいませ。


いろいろな話題があることで、逆に、社会問題関連で来てくださった方が、きのくにのことを知ってくださったり、教育つながりで訪れてくださったかたが、原発の問題を考えてくださったり、ということがあったら、それはうれしいことだし、と思っています。


最後に、今、関西の高校生たちがやっている、『温泉でリフレッシュプロジェクト』、なんだかすてきです。ブログがありますので、見てみてくださいね。

http://blogs.yahoo.co.jp/refreshonsen

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2011年2月24日 (木)

めしシック

我慢していたハリーポッターの第四巻『炎のゴブレット』、ついに解禁。

3日前から読み出し、こうなると、もう、仕事と最低限の家事(洗濯と料理)以外は、ずっと、お地蔵さんのようになって読み続ける私。


二回目(正確には三回目ーフランス語版で読んだから)なのに、全くストーリーを忘れていて、夫が

「○○は死ぬんだよね」

と言うもんだから

「え〜、そうなん!なんでネタバレするん!私、まだそこまで言ってないのに!!」

と激怒。

「えっ、だって、それ二回目なんだろ。なんで覚えてないん?信じられん・・・」

とあきれられる始末。

私、バカなんですね。どうして覚えてないのか、自分でも不思議。


でもね、まっさらな気持ちで何度でも楽しめるから、幸せかもね。


「ハリーは墓石の陰でうずくまり、最期が来たことを悟った。望みはない・・・助けは来ない。ヴォルデモートがさらに近づく気配を感じながら、ハリーは唯一つのことを思いつめていた。

恐れをも、理性をも超えた一つのことをー

子供の隠れんぼのようにここにうずくまったまま死ぬものか。ヴォルデモートの足下に跪いて死ぬものか・・・父さんのように、堂々と立ち上がって死ぬのだ。たとえ防衛が不可能でも、僕は身を守るために戦って死ぬのだ。」

14歳のハリーの勇気に、涙が・・・。


でも、五巻に突入する前に、ブログも書きたい。

さて、本題です。


このところ、ひと月の三分の一くらいを東京で過ごすF。

祖母宅に滞在して、ギターとドイツ語のレッスンに励んでいます。


この間帰宅したとき、私、こんなこと言ってみちゃいました。

「Fくん、ずっと東京にいて、ホームシックにならな〜い?」

もちろんF、

「ならんよ」

と笑って答えましたが、私が、しょぼんとした顔をしてみせると、


「う〜ん、でも、めしシックにはなるよ」

ですって!

母さん、ちょっとうれしいな。♪


でもFくん、母さんを喜ばせてくれようと思って言ってくれたんだよね。ありがとう。


子どもは親の期待を汲み取って反応してくれるんですよね。


「寮生活、寂しくない?」


きっと、子どもは、親の気持ちを察知して、親の望む答えをするでしょう。

子どもって、けなげです。

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2011年2月18日 (金)

息子語録

〈その1〉
なんだかんだとしゃべりまくる私に、

F: 「お母さん、ちょっと口うるさいよ」←穏やかに、ひとこと。

私: 「えっ、そうかなあ・・・」

F: 「なんでそんなにしゃべるん?堀さんの心理学の授業、受けたら?」( ̄ー ̄)ニヤリ

私:「・・・」(おっしゃる通りでございます)


〈その2〉
私: 「Nくん、試験、もうすぐだねえ〜、お母さん、ドキドキしてきたよ〜」

N: 「まあ、落ちたって、死ぬわけじゃないんやけん、そんなドキドキせんでな」coldsweats01


〈その3〉
Fの演奏を聞いた後で・・・

私: 「Fくん、すばらしい〜、絶対合格すると思うよ〜」

F: 「それはわからんけど、合格でも落ちても、どっちでも、なにか道が開けるような気がするから、楽しみや」


2人とも、いつのまにか、私よりも大人になってしまいました。happy01


ところで、ここ数ヶ月、息子たちの受験のことを、ちらちら書いていましたら、

「息子さん、どうですか?」

と、声をかけていただくことが多くなりました。しかも、「ブログ読んでます〜」という、初対面のかたにまで!

お気遣い、ありがとうございます。


でも、試験、まだもうちょっと先なんです。


で、結果なんですが、たぶん、ここで即座にど〜んと発表!なんてことはしないと思いますんで、みなさん、忘れててくださいね〜。


FとNを見ていて、目指したことに取り組む姿勢と、その学びの過程が大事なんだなあ、とつくづく感じています。


でも、やっぱり、親ですから、というか、受験の空気が骨の髄まで染み通ってる私ですから、つい、結果が気になりすぎてヒートアップしがちです。


それで受験生本人に、諌められてる私です。
気をつけんといかんなあ、と思う今日この頃。


ということで、ちょっと間を置いて、文章の流れに応じて触れていくかもしれません、という感じですので、ご了承くくださいませね。

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2011年1月19日 (水)

結果より過程

毎日寒いです〜。(泣)

我が家はお湯が凍ってしまい、4日間、冷水での生活。めげそうになったところで、今日、やっとお湯がでました。(ホッ)

それにしても、ヤワな現代人(=自分のこと)です。昔の人は、この、氷のように冷たい水で、炊事をし、お洗濯も手でしていたんですものね・・・。


さて、そんな、寒波に襲われた先週末、Nのセンター試験が無事に終わりました。


結果は、絶妙!

絶望する必要はないけど、安心もできない、という感じ。
次の一次試験に向けて、気持ちもダレることなく取り組めるでしょう。

だって、たかだが3週間の取り組みで、「安心領域」に達してたら、世の中甘くみちゃうんじゃないかな〜と思うわけです。


それにしても、またしても、きのくにの教育の底力を痛感しました。

受験勉強でさえ、興味を持ってやっているのです!


「古文に興味がでてきたな〜。あの問題文の続きが、チョー気になるんやけど・・・」

ですって。

「現国の評論は、難しいけど、興味ある内容のは面白いし、やっぱ、これからああいう文章を読むのは必要なことやな」

と、とても前向き。


そして、ストレスに強いというか・・・。

この三週間、時間が限られているなかで、「コケたらどうしよう」というような、よけいな不安をあまり持たないみたいなんです。

とにかく、淡々とできることをやっていく、というふうで、悲壮感が漂っていないのが、親としては幸せでした。


堀さんが、
「自由学校の子どもはストレスに強い」とおっしゃっていたことがありますが、「ああ、こういうことなんかなあ」と、感じました。

自己肯定感をしっかり持っているからなのか、周りの目を気にすることなく、また、無為な不安にかられることなく、ブレずに過ごしています。


受験って、結果だけを見てしまえば、合格か不合格かの二つしかないけれど、それまでの過程が大切なんだと思いました。


私の大学受験は、「受かること」が目的になってしまって、合格したとたん、腑抜けのようになってしまいました。それからの四年間も、何がやりたいのかもわからず、もったいない過ごし方をしてしまいました。こういう人(=私)にはなってほしくないなあ。


大丈夫だろうな、Nなら。


さあ、受験の話題はこれくらいにして、次回は、北九州の1月から3月の予定、ご紹介しようかな。・・・というか、北九州のHPをご覧いただければ、すでにいろいろアップされていますので、興味のあるかた、ぜひ、ご参加、検討くださいませ。


子どもは自由教育でタフに育つ、これ、実感です。


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2011年1月15日 (土)

試験中

15日の10時、ちょうど今、センター試験中で『現代社会』をやってるんだなあ。


いやあ、まったくNにはあきれちゃう。というか、感心するというか、う〜ん、よくわからん。


志望校が決まったのが一年前、じゃあ、センター試験をうけなきゃならない、ということで、問題集を買ったのも、その頃。

うちで勉強している姿は見たことないけど、学校(寮)でやってるのかなあ、と思ってたら・・・、全然やってないじゃん!

先月12月末の模試で、我ながら出来が悪く、やっと現実を見たのか、そこからの猛スパート。


といっても、変にあせるようすもなく、「現社、けっこうおもしろいな」とか「漢文、全然わからんかったけど、このあいだ、反語のところがやっとわかってきたわ」などと言いながら、淡々とやってました。


二階の自室で勉強しやすいように、ファンヒーターも置いてあげたのに、結局みんなが集まるリビングでするもんだから、こっちが気を遣ってしまった。本人は、人がいてもあまり気にならないらしい。


実質3週間の受験勉強、現実は厳しいとは思うのですけど、過去問にトライして、「○○点だった」と着実に身につけていっている様子を見ると、けっこういいセンいってるのかなあ、などとも思ったりして・・・、ホント、よくわからないです。


私は、高校時代、四当五落(睡眠時間、四時間なら受かるが、五時間なら落ちる)神話を聞かされてきたものだから、とにかく、必死の形相でやるのが受験勉強だと思ってしまっているのです。

でも、いま思えば、だらだらやってたよなあ。


この間読んだ、内藤朝雄氏の『いじめの構造』の中に、こんな文章があり、「これって、私のこと!」と笑ってしまいました。


【また現行制度のもとでは、学校で集団生活することが「勉強する」ことであるといった現実感覚が蔓延する。

多くの生徒たちは、終日ぼんやりと教室に座っているだけで国語や数学をろくに習得していなくても、「学校で授業を受ける」という集団行動(集団学習)をすることでもって、自分は「勉強をした」と思っている。

一日中学校で「授業」を受け、さらに塾に通い、それでも(その結果!)勉強ができないといったありさまは、生徒にされた人たちのあいだでは普通のことである。】


はい、その通り。

あれだけ一日中机に向かってて、私、何やってたのかしら。そうとう非効率だったと思います。


昨夜、Nに

「3週間の(←多少イヤミあり?)受験勉強、つらかった?」と聞いたら、

「つらくはないよ。でも、“させられる”んだったら、つらいだろうね」

と言っていました。


まあ、センターが終わっても、大学の一次試験、それに通れば二次と、先は長いけど、きっと、Nの人生にとって、ベストな道が示されるだろうと思います。


受験生の親って、なんか、ワクワクして楽しいな。


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2011年1月 5日 (水)

食えるか食えないか

4日の朝日新聞3面、教育に関する記事から抜粋。


【川端達夫・前文部科学相は昨年8月、数学五輪メダリストたちと交わした会話が忘れられない。

「君たち、進路は?」と聞くと、多くが「東大に行きたい」。でも、ほとんどが医学部志望だという。

「数学者の道は?」と聞くと、1人が言った。

「そういう道を選びたいとは思っているが、親が反対している。それでは食っていけないぞ、と言われている」】


あ〜、やだやだ、この、「食っていけない」っていう発想。

私も、大学受験のころ、こういう話し、いろいろ聞いたなあ。


「文学部じゃ、就職するとき困るらしいよ」
「理系の女の子なら、薬学部が一番いいよ」
「英文科なら、将来性あるよ」


こういう話しを当たり前のように聞いていたから、「自分は何をしたいのか」ということを考える前に、「どこだったら安全か」という発想になってしまった。


もし、うちの息子たちが、「将来安定しているから、○○になりたい」なんて言ったら、私、がっかりしちゃうと思う。


実際は、そんな心配は無用で、しっかり、「食えないかもしれなさそう」な道を選んでくれていて、とってもワクワクする。っていうか、「食えるか食えないか」なんて、気にしたことがなかった。

なんか、2人を見ていたら、根拠もないのに、「大丈夫」っていう感じがしてしまうんだよね〜。


長男のFはクラシックギターの演奏家を目指して、とにかくそれにまっしぐら。

次男のNが志望している学科は、「そこを卒業したら、どんな仕事に就けるの?」と聞かれるようなところ。


Nがセンター試験を受けると聞いて、義母は、「せっかくなら医学部受験したらいいのに」と言った。

どうしてそういう考えになるの〜? 私がムカついていたら、夫が言った。

「普通の人にとっては、卒業後、食べていけるかどうかっていうことが、何より大事なんだよ。」


うちの息子たちだけでなく、きのくにの卒業生の進路は、ほんとうに多岐に渡っていて、「○○くんはどうしてるの?」と他の子の話しを聞くのも楽しみ。

規模の小さな学校なのに、そこから羽ばたいた卒業生の活躍の場が、バラエティに富んでいることに驚かされる。

留学している人もとても多い。


スコットランドの大学でジャーナリズムを勉強している卒業生(女性)が、こんな文章を書いていた。

【大事なことは、「なりたい自分になる」ことだ。何があっても、人生はそんなに捨てたもんじゃない。とにかくやってみよう。】


現在会社員の卒業生(男性)は、こんなふうに書いている。

【私が就職活動していた頃は、「やりたいことが見つからない」というのが流行り言葉になっていた中、私はやりたい業種をしぼることに苦労したことを覚えています。】


こういう卒業生を、誇らしく思う。

そして、どんな人でも、自己肯定感を持って成長すれば、生きることの喜びを感じながら、ダイナミックに生きていけるんだと思う。


食えるか食えないか、そんなことを心配して、子どもの生きる力を摘み取らないでほしい。


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2011年1月 3日 (月)

息子に感心

のんびりのお正月もあっという間に終わり、明日から仕事です。


テレビのない我が家では、お正月の雰囲気を醸し出すものは、お雑煮とお年玉だけ。(紅白、桑田さんのところだけ、見たかったな)

あとは、各自、読書(親)、練習(F)、勉強(N)と、静かに過ごしました。
あ、でも、Nは、少しバイトもしてます。2日は、雪かきの指令が下り、背中バリバリだったようです。


年末年始は、雪、すごかったですもんね〜。

夜は共同浴場に入りに行くのですが、ちゃんと靴下を持って行かないと、いくら温泉でも、帰るまでに足が冷えきってしまいます。


それなのに、昨夜、いざ靴下を履こうとしたら、5本指靴下、両方とも左側を持ってきちゃった。


靴をはくところで、先に出て待っていたNに、素足の右足を見せて、

私:「お母さん、左足だけ二つ持って来ちゃったよ〜。足、冷た〜い」

N:「あ〜あ、じゃあ、反対にしたら?」

私:「反対ったって、かかとがあるヤツだから、だめだよ」

N:「そうじゃなくて、裏返すの。ちょっと貸して」


と言って、五本指靴下を、せっせと裏返してくれました。


おお〜、なんという柔軟な発想!

そうよね、この場合、靴下をはくのは冷えを防止するためであって、すぐに靴もはくのだから、見た目は関係ない。裏返せば、ちゃ〜んとはける。

すっかり頭の固くなった私には、思いつかないことでした。


もう一つ、Nに感心したことがあります。


それは、彼、字が上手になってたことです!


いやあ、とにかく、彼は字が汚かったのです。でもまあ、字の汚い大人なんてたくさんいるんだし、言ってもしょうがないかと思ってたんです。それに、私だって、人にあれこれ言えるほどの字じゃないし。

でも、受験で、小論文があるんです。

もちろん、内容が一番大事だと思いますが、それ以前に、ちゃんと読める字じゃないと、印象が悪いんじゃないかと心配していたのです。


願書を提出するときには、「志望動機書」なるものも、手書きで一緒に添えなければならないそうで、私、つい、言ってしまいました。


私:「Nくん、小論文もそうだけど、志望動機書も、丁寧に書くのよ。印象がだいぶ違うと思うよ。」

N:「俺な、けっこう字が上手になったんで。」

私:「え〜、そうなん?」←疑いの声

N:「見よ、俺のノートを!」


と言って、見せてくれました。
あら〜、きれいになってる〜!びっくりです。


私:「どうして、こんなにきれいに書けるようになったの?」

N:「上手い人の字と、自分の字をじっくり見てな、研究したんや。全体のバランスとか、止め方とか、伸ばし方とか」


すごいなあ。自分で気がついて、自分でやってみるなんて。


もし、私が、「あんた、字が汚いよ、もうちょっときれいに書いたら!?」なんて口うるさく言ってたら、こんなふうな取り組み方はしてなかったよな〜。


アブナイ、アブナイ。


今年も、口を出しすぎないよう気をつけながら、日々、楽しく過ごしていきます!

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2010年12月30日 (木)

家族行事

12月29日は、午前中大掃除(親は医院、息子達は自宅)をして、夜は近くのレストランで忘年会をしました。

ここ数年の恒例になっています。


忘年会では、その年の、自分にとっての三大ニュースをピックアップして、それを振り返りながら、話しをします。


みんな、それぞれ、いろんなことがあったなあ。


そして、来年は、FとN、ふたりとも、受験で〜す!

どちらも、かなり難しいところに挑戦するので、しかも、滑り止めなしの、一発勝負なので、どういう結果になるか、全くわかりません。


4月以降、2人とも旅立っていくのか、2人とも浪人生活に突入するのか、どちらか一方だけなのか・・・。

まあ、真剣に取り組んだ結果ならば、どのようであっても、また道は開けるでしょう。


さて、家族行事は、忘年会ともう一つ、大事なことがあります。


それは、ハリーポッターの映画を、みんなで見ること。


ハリーポッターが初めて出版されたとき、息子達はまだ小学校低学年の頃。Nはまだ保育園児だったかな。

毎晩、寝る時に読んでもらうのを楽しみにしていて、そのうち、自分で読むようになって・・・。

お父さんが、声色も工夫して、真剣に読んでくれてたのに、全員眠っちゃってた、なんてこともありました。(お父さん、ゴメン!)


ハリーポッター、子ども向けのファタジーととらえる人もいるようですが、そんなことないです。

愛、勇気、強い人にひそむ弱さ、悪のなかの善。大人こそ、じっくり考えながら読める名作だと思います。


映画化されたときは、見てしまったら、本で想像していたものがぶち壊されたらいやだな、と思って、ちょっとためらってしまったのですが、やっぱり見たくなって、以来、ハリーポッターだけは、家族全員で見にいくようになりました。


だんだん、四人そろうことも難しくなってきましたが、今回も、忘年会後、21時25分からのレイトショーで、やっと見ることができました。


だけど、受験生、しかもNは年明け早々センター試験が控えてる。

私:「受験生を映画に誘ってもいいんかな〜」

N:「そんくらい、いいやろ〜」

ということで、見終わって、帰宅したのが夜中の1時。


あ〜、楽しかった。

ハリーポッター、最後の映画の公開は、来年の夏くらいですか?

ああ、家族四人で見られるのか?

見られるとすれば、それは、2人とも、旅立っていないということ? 
ううむ、微妙な気持ちです。


とはいえ、20歳と18歳の息子と、一緒に映画に行けるなんて、幸せだなあ。

帰りの車でも、ストーリーのことで、いろいろおしゃべり。


きのくにと出会ってなかったら、こんなふうじゃなかっただろうなあ。


来年もまた、多くの子どもたちが、きのくに(かつやま、南アルプス、北九州)に入学して、自己肯定感を持って成長してくことを願っています。

それが、親にとっても最高の幸せであることを、私は確信しています。


来年はNもきのくにを卒業します。

OB保護者になってからも、いつまでもこのブログを書き続けてよいものかどうか、悩むところですが、これから先を考えながら、とりあえず、ダラダラやっていきます。


来年も、どうぞよろしくお願いいたします。

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