2011年6月 6日 (月)

ゆとり世代(?)に期待

朝日新聞の5日の教育欄、なかなかよかったです。

「ゆとり教育」を受けた人達が、今、大学生くらい。彼らにスポットをあてての取材です。


登場する若者たちのことばが力強くて、うれしくなりました。


「中高になると急に大学進学の実績が大事って雰囲気になって。文部科学省は『生きる力』とか言うけど、結局偏差値じゃんってイヤでした。」


「大学の序列とか、そういう日本の教育の雰囲気を崩したいんです。」


「今までの日本の教育で育てられてきた学力って『与えられたものをこなすこと』でした。受験とか。学校のシステムもそうなっている。でも社会にでていくとほとんどのことが答えがないですよね。」


「自分たちが生きていく社会を、自分たちで考えたい。この時代の空気を誰より感じている僕らが動くことで、社会は変わると思う。」


こういう若者が育ってるってことが、とてもうれしい。
全国学力テストなんかして、都道府県を競わせているなんて、まったくバカバカしく思えてくる。


親も教師も、テストの結果に一喜一憂してるから、お勉強だけできて、「自分さえよければいい」というような人間が育つんだ。


「子どもへの放射線の上限、年間20ミリシーベルト」、について説明を求める大人たちに対して、文科省の若いお役人たちの冷たい態度。

「数値で人の命を買うな!」何も答えられない文科省・原子力委員会

http://youtu.be/L1ocUT17Axc


こういう人間が育つ教育は、間違っていると思う。

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2011年3月31日 (木)

私たちと生き続けていく命

このところ、ブログの主たるテーマとは直接関係のない話題に終始しておりまして、きのくにの情報を見ようと立ち寄ってくださったかたには、申し訳ございません。


不器用なものですから、しばらくこんな状態かもしれません。


さて、3月29日の朝日新聞朝刊に、心にじ〜んとくる文章が載っていました。

哲学者、森岡正博さんの文章です。長いですが、全部載せます。(段落は、パソコン上で見やすいように、私が変えたところがあります。)


【今回の震災で多くの方々のいのちが奪われた。


ある生存者は語る。


津波が襲ってきたとき、妻と手を握りしめていたが、強い波の力によって彼女を流されてしまった、と。目の前で愛する者が消えてゆき、自分だけが生き残ってしまったという慟哭は、それを聴く者の心にも突き刺さる。

自分は愛する者を守りきることができなかった、最後の瞬間に何もしてあげることができなかったという自責の念は、どんな言葉をかけられたとしても、おそらく消えることはないだろう。


しかし、人生の途中でいのちを奪われた人たちは、けっしてこの世から消滅したわけではない。


その人たちのいのちは、彼らを大切に思い続けようとする人々によっていつまでもこの世に生き続けるだけではなくて、私たちの外側にもリアルに生き続ける。


たとえばふとした街角の光景や、たわいない日常や、自然の移りゆきのただ中に、私たちは死んでしまった人のいのちの存在をありありと見いだすのだ。

彼らは言葉を発しないけれども、この世から消え去ったわけではない。


人生は一度限りであるから、どんな形で終わったにせよ、すべての人生は死によって全うされている。

すべての亡くなった方の人生は聖なるものとして閉じた。

そして彼らのいのちはこれからずっとこの世で私たちと共にいる。


私たちは彼らに見守られて生きていくのである。】


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2010年12月18日 (土)

人生いろいろ

新聞を読むようになったのは、高校生の頃。


「○○さんとこの娘さん、朝日新聞の天声人語を毎日読んでたんだって。それでA大学に合格できたらしいよ!」

と、母が勢い込んで、それまで地方紙だけだったのが、突然朝日新聞をとることになりました。

それで、小論文対策、みたいな感じで、文章の構成なんかに注意を払いながら、ときたま読んでいたような記憶があります。関心の方向が違うので、感動した記事の記憶は皆無。


でもその後、東京で一人暮らしをしていたときも、なんか、新聞はとるもの、という感覚があって、とにかくとり続けてきました。三面と文化欄だけだったかなあ、ちゃんと読んでたの。


じっくり読むようになったのは、ここ数年。


最近、興味をひかれるのは、いろんな人のいろんな人生。


今日の「ひと」の欄で、天平(てんぺい)さんというピアニストのこと、初めて知りました。

「クラシックピアニスト」として紹介されているのですが、

【ジャズやロックにも影響を受け、自作曲しか演奏しない。】

とあって、まだ演奏を聴いていないので、どんな感じなのかなあ、と興味がわきます。


天平さんは、高校時代はボクシングを習っていたけれど、半年で高校を自主退学。


【解体工事などの現場で働く。日銭は仕事仲間との飲食代に消えた。
額に汗して働くのは嫌いじゃなかった。だけど、「10年後もかわらんのやろな」と思ったら、人生を変えたくなった。
小学校の頃に習ったピアノが浮かび、17歳で音楽専門学校へ。】


その後、大阪芸術大学にすすみ、現在(30歳)はニューヨークと東京を拠点に、作曲と演奏活動をされているそうです。


高校やめて、工事現場で働いて、それが一転、音楽専門学校って。親、よく反対しませんでしたよね。エラい!!


もうちょっと前に見た『ひと』の欄には、こんなかたが登場。(記事を切り抜いてたのに、紛失してしまい、うろ覚えです)


石松宏章さん(26歳)が、カンボジアに学校をつくったというお話。


東京医科大の学生になって数年は、合コンやナンパに明け暮れる毎日の「チャラ男」だったのですが、友人からの、「カンボジアに学校をつくらないか」という声に賛同。イベントなどを主催して利益をあげて、とうとう学校をつくってしまいました。


『マジでガチなボランティア』という映画にもなったそうです。このかた、大分出身なんですね〜。さっき知りました。


せっかく医大にはいって、合コン、ナンパに明け暮れるチャラ男。う〜、私が親だったら、なんか言ってしまいそう。こちらの親御さんも、エラ〜い!

石松さんのブログのプロフィールのなかに、「ちょっと自慢できること」という欄があって、そこには「友達・家族」って書いてあります。


それから、朝日新聞の土曜版beの『フロントランナー』も、必ず目を通します。

いつか、堀さんが登場しないかなあ、と思いながら・・・。


12月11日に登場した、「花まる学習会代表」の高濱正伸さんも、ユニークな経歴。現在51歳。(なんと、同じ高校の5つ上のかただった!)


「花まる学習会」は、

【進学塾でも、補修塾でもない。「10歳までに思考力と意欲を伸ばす」という独自の教育で注目を集めている】

そうです。


【高3で初恋をして大学受験に失敗。浪人時代は、パチンコやマージャンに明け暮れ、気づいたら僕だけ3浪。1人で上京して予備校に通い、ようやく東大理科Ⅱ類に入学しました。

ところが、留学から帰国した友達から「お前無駄なことやっとるね。勉強、勉強って、与えられた課題をこなして満足なだけでしょ」と言われた。ショックでしたね。 ー略ー

何のために生きるのかを問い続けました。ー略ー

必死で牛乳配達をしながら働く意味を考えてもみました。4回留年し、回り道だったけれど、今思えば大切な時間でした。ー略ー

自分で哲学した結果、人は人とつながり、感動するために生きているんだと思ったんです。】


こちらも、良い意味で、「親の顔が見てみたい」という気持ちです。


人生いろいろ。

何が成功で、何が失敗かなんて、誰も決められないんですよね。


急ぐこともない。


でも、私、もうすぐ47歳。さすがに、ちょっと、焦るぞ。

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2010年10月 4日 (月)

愛が一番!

9月26日の朝日新聞【おやじのせなか】というコラムで、写真家の梅佳代さんが、ご自分のお父さんについて語っておられました。

梅佳代さん、2007年に出された「うめめ」という写真集が有名ですよね。


で、そのお父さん、とってもユニークなかたみたいです。

佳代さんのともだちには、「初めまして、能登のリチャード・ギアです」と挨拶したり、「パパはアメリカ人だから」と言って、テレビで流れる英語に、「ヤアヤア」と相づちをうったり。


【ギャグばかりのパパだけど、「佳代たちは宝やからな」といつも言ってくれてました。

私、家族に好かれてることには自信あるし、家族や周りの人のことを好きなのは当たり前だと思ってた。

大人になって改めて、言葉に出して好きって言うのはすごく大事やと思う。私も誰にでもそんな気持ちでいたいと思っています。】


すてきですねえ〜。


こういう家庭で育ったら、何があっても道を踏み外すことはないと思う。


こういう家庭ばっかりになったら、世界はどんなに平和になるでしょう。


この記事を読んで、と〜っても幸せな気持ちになりました。heart02

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2010年9月13日 (月)

高いレベルの人生?

またまた朝日新聞の記事からです。


毎週土曜日のBeという特別版に「悩みのるつぼ」という相談コーナーがあります。

私、この欄がけっこうすきで、毎回読むんですけど、8月21日の「母が嫌いです」という相談に、上野千鶴子氏が答えているの、よかったなあ。


今回の(9月11日の)は、「おかしくなった息子二人」という相談です。


【20代の息子2人を持つ母親です。私と夫は家柄、学歴ともに申し分なく、夫は一流企業勤務、私は専業主婦です。

息子たちにも同じような高いレベルの人生をと願い、私立中学を受験させ、大学は私たちの出身地の東京進学させました。が、思い通りにはいきません。】


と始まります。


私、最初、なにかの冗談かな〜、と思ってしまったのです。

それくらい、今の私の価値観とは乖離していて、こんなこと、当然のように、しかも、公然と言う人がいるなんて、信じられなかったんです。


で、読み進めていくと、上の子は、最初に就職した「知名度の高い」企業を一年で退職し、再就職した先も、上司と上手くいかず出社できなくなり、次男は2浪のすえに入った大学に登校せず、ひきこもり。

夫は家庭を顧みず、子育ては自分が一人で完璧にこなしてきたつもり。何がいけなかったのでしょうか、という相談です。


ほんとうに、何がいけなかったのか、わからないんでしょうか・・・?

今まで、親が押さえつけてきたあげく、子どもが成人してから起こした悲惨な事件の数々、そういうことから、何にも学ばなかったんでしょうか.・・・?


そもそも、「高いレベルの人生」って、なんなんでしょう・・・?


私があきれかえって、この記事を夫と見せたら、やっぱりあきれつつも、

夫:「でも、こういう人のほうが、まだまだ多いんだよ。○○さんだって、△△さんだって、きのくにのこと話しても、結局、“そうはいっても、やっぱり受験があるんだし・・・”って感じだったじゃん。」

私:「そうか〜、自由教育がどんどん広まるには、まだ時間がかかるんだね〜」


私、きのくにに出会ってから、子どもを叱り飛ばすなんてこと、全然ないし、ああしろこうしろとも言わなくなったし、ものすご〜く、楽。

ものすご〜く楽なのに、息子たちはすてきに育っちゃって、家での会話もたくさんあって、チョー幸せ!


「一流」大学、企業に入っても、心が萎縮して、人とおおらかに関われないんだったら、何にもならないんだよ。


人と比べるんじゃなくて、自分が自分にOKを出せる人生、それが一番じゃないかなあ。


ちなみに回答は、評論家の岡田斗司夫氏です。

こういう相談者への回答、難しかっただろうと思いますが、ユニークにまとめながら、大事なことをしっかり書いてくださっています。


全文読まないと、良さは伝わらないと思いますが、最後のほう、ちょっとだけ、読んでみてください。


【「理想の母」しなくていいです。「息子を溺愛する愚かな母」になってあげてください。彼らのすることを信じて、愚かと笑われても、夫や周囲に自慢してください。

あなたは世の中の数多い「教育に失敗した名も無き母」の一人です。いまからできるのは、愚かな溺愛だけ。でも、そこから巣立って幸福になった子供だって数えきれないほどいます。】


この記事全文、読みた〜い、というかたがいらしたら、コピー差し上げますので、お申し出くださいませ。

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2010年9月 7日 (火)

それって、反抗期?

9月1日(水)の朝日新聞家庭欄、【「あなたの安心 反抗期を楽しもう」反響編(上)】、お読みになったかた、いらっしゃいますか?


反抗期の子どもをもつ親の心構えや対応策を連載した「反抗期を楽しもう」に、たくさんの反響が寄せられたということで、母親たちの体験談や感想が掲載されていました。


多くは、娘や息子の「反抗期」に悩んでいるという声でした。


でも、私、とっても違和感を感じてしまいました。


だって、どの体験談も「反抗期」のレベルを超えていると思うんですもの。


「つい先ほども、ちょっとしたことから殴られ、昼食を投げつけられました。いつ親の気持ちを理解してくれるのか・・・」

この記事をFとNに見せたら、二人とも
「反抗期っていっても、親に暴力とか、ありえんやろ」と言っていました。


そして、どの親も、自分自身のことは振り返らず、「どうしてこんな子になったのか」という書き方なんです。


「“お前”“死ね”などと言われて、“こうなることが分かっていたら、おなかにいるときにおろしていた”と言ってしまいました。」

これって、絶対言ってはいけないことではないですかねえ。


でも、記事全体も、「反抗期はこういうもの」という論調なんですよねえ。


私は、どう考えても、ここまで親子関係が殺伐とするのは、それまでの親の態度に問題があると思うんです。


以前も書きましたけど、

http://kinokuni-daisuki.cocolog-nifty.com/blog/2008/04/post_62e0.html

悩める親たちに、伊藤重平氏の『愛は裁かず』と『許す愛の奇跡』を、ぜひ読んでほしいです。


『愛は裁かず』の第5章「母がわが子に謝るときーすさんだ生活をする高校生」から、少し抜粋します。


【「Kくんは自分はこのような生活をくり返していてよいかしら、と考え自らはよくなりたいとあせっているようです」と母親にいうと、

「そういうところが見えます。私は病人のようなものだということを知らずに自分の勝手にそうしていると思っていたから、憎くて憎くて仕方がなかった」と母親は急に涙ぐんでそっと涙をふいた。

この涙は母親が自分がしていたことに対する後悔と、わが子に対するいたわりの涙であったはずである。


母親がわが子の行動に対する認知のしかたすなわち行動の解釈が変わったとき、子どもへの感情が憎からいたわりへ180度の転換をしたのである。


母親の内部に生き生きとした反省が生まれているのが見えたので、
「お母さん、一言K君に謝るとKくんは早くよくなります」と決断をすすめた。

ー略ー

5日たって再度の家庭訪問をした。父親も母親も喜びにあふれて玄関に出てきた。

「先日はありがとうございました。

あの日あの子が学校から帰ってきてから、あたりに誰もいなかったので、私は子どもの前にすわって、『お母さんは今まで怒ってごめんよ。私が口やかましくいって悪かった』と謝ると、Kは涙ぐんでいました。

そして、『しっかりやってくれ』と頼むようにいうと、『しっかりまじめにやるわ』といってくれました。

それからあの子は変わりました。今まで学校から帰るとカバンを置いてすぐ外へ出て行ったのに、カバンを置いて友人の話しをしたり、先生の話しをしたりして家にいつくようになりました。お使いにも気よくさっさと行ってくれるようになりました。そして気持ちがやさしくなってね」と礼を述べた。


まことにみごとな転換である。】


私も、息子たちに、謝罪したことがあります。

昔の、私の悪行(?)の数々を。


きのくにに出会わず、高圧的な母親のままだったら、今頃、無口な息子と、殺伐とした雰囲気で食卓に向かっていただろうなあ。


エラそうな鎧は脱ぎ捨てて、親の失敗談やら、子ども時代のあれやこれややら、どんどん話しちゃって、人間同士ほがらかにつき合っていければいいですよね。

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2010年6月11日 (金)

点数がナンボのもんじゃい!

6月26日の、堀さんの講演会に向けて、関連記事を書こうと思っていたのですが、今朝の朝日新聞の読者投稿欄に載った記事に、ちょっと、ムッとしてしまい、そのことを書かずにおれなくなりました。


東京の高校非常勤講師さんの投稿、「だから教師はやめられない」、読まれたかた、いらっしゃいますか?


投稿したかたは、中間試験の答案返却のとき、わざと渋い顔をするのですって。それで、生徒はみな緊張した面持ちになるが、自分の答案を見て、ホッとする顔あり、固まる顔あり。可哀そうだが、可愛い。答案返却はなんでこんなに面白いのか、と思うのだそうな。

採点ミスの申し出もよくあるが、今回、「一点多いです」と自己申告してきた生徒があり、「信」の文字が浮かんだ。「答案返却は面白い。」と結んである。


なんだか、とっても、不愉快。


私もこういう世界で学生やってきたから、わかりますよ、その雰囲気。

採点ミスで、一点でも点数があがらないかと、血眼になって答案を見つめたこと。

高校で落ちこぼれてからは、一ケタの点数が恥ずかしくて、人に見られないように答案用紙を隠すようにして受け取ったこと。

物理や化学の教師には、「バカ」とののしられたり、「なさけない」とため息をつかれて、×だらけの答案を手渡されたこと


点数の世界、あの頃は、それが私の世界だった。


試験のたびに、「おまえはダメなやつだ」と点数で突きつけられる。
「できる子」だった中学時代は、先生にバカにされてる子を見下す、いやなヤツだった私。


でも、今、きのくにに出会って、全然違う世界があることを知った。


子どもたちが生き生きと、楽しんで学ぶ世界。
学習は点数をとるものでなくて、好奇心を満たすもの。新たな世界の扉を開けるもの。


きのくにの高校生たちは、レポートに追われつつも、旅行の話し合いをしたり、遊びの計画をたてたり、プロジェクトというメインの活動に主体的に関わる。

意見の食い違いで悩むことや、自分の進路で迷うことはあるけれど、それが人生。
かけがえのない人生を、ダイナミックに生きている。


1点に一喜一憂するなんて、小さい小さい!


小、中、高校時代にそう思えていたなら、私の10代、もっと幸せだったな。死にたくなんか、ならなかっただろうな。


今も、答案用紙を見て絶望感に沈んで、自分を卑下している子どもたちがいる。


それがあなたのすべてじゃないよ。

もっと別の、大きな世界があるんだよ。

って、言ってあげたい。


サマーヒルのゾーイさんは言っていた。
「いくら勉強ができても、人とコミュニケーションがとれなかったら、何にもなりません」


だから、やっぱり、私は、きのくに、かつやま、南アルプス、北九州、たくさんの子どもの村のことを、多くの人たちに伝えたい。

ニイルやジョンエッケンヘッドの功績も、霜田静志さんの「叱らぬ教育」も、多くの人たちに知ってもらいたい。

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2010年3月14日 (日)

総合的な力

いつも、我が家の場合だけ書いていますが、それだと客観性に欠けるかな、と思っていたのですが、以前に、きのくにの保護者さんにいただいたメールのことを思い出しました。

これはぜひみなさんにも読んでいただきたいと思い、掲載することにしました。このかたのところは、きのくに子どもの村中学校卒業後、第一志望の高校に合格しました。


【今の学校は成績別にクラス分けがあり、ABCの3つあるのですが ○○はAクラスでした。(学科成績が一番いい)

私は「きのくにで学力がつくか」という論争そのものに興味があまりなく、家でも一度も机で勉強している姿を見たことはありませんでしたが、それを不安に思ったこともありませんでした。

一応外を受験するので懇談の時、内申点を教えてくれましたが (こちらは聞きもしなかったんですが)学年で一番か二番だと言われてビックリしました。○○がいい成績をもらっていることにも少し驚いたのですがそれより、なんといえばいいか・・・○○についている総合的な力を感じていたので その中の学力、というものだけを取り出して考えていなかった・・ということに自分でビックリしたのです。

そして、塾やドリルもせず、プロジェクトにひたすらに取り組み色んな作業や役割を頭と体を使って生活していたら偏った力のつきかたはしないし、きのくにという学校はその評価をきちんとしてくれるということをあらためて思いました。】


ほんとうに、このかたのおっしゃる通りです。


逆に、いくらきのくにに子どもを入れても、親が学力や受験のことが心配で、本人の意思を軽視して塾に通わせたり、家庭教師をつけたりするところは、総合的な力を発揮できないように思います。


ちょっと話しは変わりますが、ちょうど、今日の朝日新聞(九州版)に、九州での塾事情に関する記事がでていました。半面使った大きな記事です。


【塾通いが多くなかった九州で、小中学生の学習塾熱が高まり始めた。大手塾が安い授業料で進出し、地場の塾も対抗してさげるなど塾の競争も激しさを増す。だが、「お受験」の過熱や、親の収入によって学力に差が出る「教育格差」を心配する声も多くある。】


「親の収入によって学力に差が出る」っていうけれど、こういう人たちの言う「学力」って、どんな力なんでしょう。

要するに、どれだけ記憶したかってこと?そのために、学校で5時間も6時間も授業受けた後で、さらに塾まで行く?悪いけど、あほらし〜、時間の無駄〜、と思ってしまいます。


堀さんがよくおっしゃいますが、教育の「時間」が問題なのではなく、教育の「質」が問題なのに、そのことは、誰も見ようとしないですよね。


おまけに塾代がかかるわけですよね。


小学一年生の息子を持つ親の話しが載っていました。


【安くなったとはいえ、塾代はばかにならない。今でも月に2万〜3万円かかる。自分の小遣いと外食の回数を減らし、1年に1回だった家族旅行を2年に1回に減らした。二つ目の塾に入れば、さらに1万円かかる。まわりでは塾代をだすため、専業主婦だった妻が新たにパートで働き始めた家庭もある。】


小学一年生で二つ目の塾って・・・?


きのくにに子どもの村の家庭も、ほとんどが共働きだと思いますが、学費(寮生の場合は寮費も)だけ払って、あとはよけいな出費はなし。そして子どもは楽しく毎日をすごしながら、自己肯定感に満ちたすてきな子に育つ。


私、チョーお得な買い物したなあ、と思います。happy01


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2010年1月 8日 (金)

ハプニングを楽しむ

今日の新聞に、こんな記事が載っていました。


【大分市内の小学校教員4人が昨年8月、修学旅行の下見で北九州などを回った際、全行程をタクシーで移動し、県監査委員が旅費を支払った県教委に対して改善を検討するよう求めていたことが7日、県教委への取材でわかった。タクシー代は7万3千円だった。ー以下略ー】


修学旅行と同じ1泊2日の行程で、同じルートを通って、休憩ポイントもチェックしたそうな。宿泊費や日当なども含めると、総額は15万円かかったとのこと。


修学旅行の下見、なんて、やってるんだ〜。


まさかとは思ったけど、Nに聞いてみました。


私:「修学旅行の下見とかって、きのくにの大人、しないよね?」

N:「下見って、何? 何するん?」

ですって! 笑ってしまいました。smile


きのくに子どもの村ブックレットNo.3は、修学旅行について書いてあります。


その中の、最初のページ、『石見銀山と広島の旅』と題した文章、きのくに子どもの村小学校の教員が書いています。

その副題が

【きのくにの旅のつきもの 「ハプニング」 〜メガネ紛失事件〜】


きのくに子どもの村小学校の六年生が出かけた鳥取砂丘。そこで、ある子が置いていたメガネを、親と遊びにきていた女の子(きのくにとは無関係)が砂の中に埋めてしまって、どこにいったかわからなくなったのだそうです。

集合時間を過ぎてもメガネを探す子どもたち。

外も薄暗くなり、とにかく宿泊先へ帰って、どうするかのミーティング。次の日朝早く起きて、もう一度探しに行く事になりました。

大人は、「みつからないだろう」と、半ば諦めていたのですが・・・。


【正直にいうと、大人はすっかりあきらめていたのだ。「こんなところで見つかったら奇跡でしょう」と思っていた。なにしろ鳥取砂丘はとてつもなく広い。場所はだいたいわかっているといっても、海に落とした針をさがすのと大差ない。

しかし奇跡は起きた。少しの間、てんでバラバラにさがしていた子どもたちが、しばらっくすると横一列に並びだした。そして、砂の中をさがりながら、全員で砂丘を上がっていく。そうして、5分もしないうちに、
「あった!!」と○○くんが叫んだ。

ー略ー

きのくにの修学旅行には、いろいろなハプニングが起きる。

バスの調子が悪くなって動かなくなったこともあるし、台風で帰れなくなったこともある。ー略ー

ただ、そのたびに、大人も子どもも、そのハプニングを楽しむ。くよくよと考えたりはしない。考えようによってはちょっとショックなこともあったかもしれないが、最後には何だか得をしたような気持ちになる。堀さんやまるちゃんがいつもいうのは、

「なにか起こったときは、あわてないで、次にいちばんいい方法をさがすこと」だ。】


「ハプニングを楽しむ」・・・気持ちの余裕がないと、できないことだと思います。

きのくにには、いつも、自然体で、忙しいけど気持ちにゆとりがある、という感じがするのです。


休憩ポイントまで下見して、絶対に予定通り行くように教師が取り仕切る修学旅行。

きのくにを知らなければ、それが当たり前だったかもしれないけれど、改めて考えてみると、なんだかとてもギスギスしていて、疲れそうです。

修学旅行を「楽しむ」のでなく、「こなす」という感じです。そういう空気は、子どもたちにも伝わるものです。


「計画通り」を最優先する学校で育つのと、「なにか起こったら、そのとき、最善のことを考えよう」と柔軟な姿勢の学校で育つのと、この違いが子どもたちの精神に及ぼす影響は、きっと、とても大きいのだと思います。


 ブックレットに載っている、きのくにの子どもたちの笑顔、最高にすてきです。


・・・ここまでは、一時間前に書いて、アップしたのですが、以下、ちょっと補足します。

お風呂にはいりながら、「あそこで終わったら、きのくにって、全く予定もたてない、適当な旅行って思われちゃうかなあ」と、ふと、思ったので・・・。


きのくにの修学旅行、ちゃんと、計画たてます。「どこに行くのか」から、宿泊先、旅費なども、子どもたちが話し合いながら決めていきます。


鳥取砂丘でのメガネ探しも、その日は予定があったので、探すのは朝の時間だけ。そのために早起きして、と、みんなで時間をやりくりして、対処しているのです。


こういうこと、すべてが、「生きる力」ですよね。


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2009年12月24日 (木)

許せばいい

『身近な人の名言・格言、今年の受賞作を発表!』という記事が、先日の新聞に出ていました。

そのなかで、黛まどか賞をとった、39歳の主婦のかたの『名言』が、とても心に残りました。


【現在中1の息子が5歳の時のことです。ある日、何度注意してもいたずらばかりするので、父親が怒りました。

「口で何べん言っても、たたいてもわからんのなら、お父さんは一体どうすればいいんか!?」

息子は涙をぽろぽろ流しながら一言。


「許せばいい」


小さなことをいちいち怒るなという事か?と家族みんなで大笑いでした。】


大笑いしてくれるような家族で、よかったですね!


実際私も、今思えば、怒らなくてもいいようなことでいちいち怒っていたな〜、ということがたくさんありました。

周りの人から「良いお母さん」、と思われたくて、小さなことで息子を叱ったり、自分が他のことでイライラしてたものだから、つい、普段だったら怒らないようなことなのに、声を荒げたり。

きのくにと出会って11年、息子たちに小言を言う事が、ほんとうに減ったなあ、と、つくづく思う今日この頃。そして、息子たちは、野方図に、わがままいっぱいに育ったかといえば、とんでもない!すばらしくすてきに育っています!

(親バカも相当入っていますが、でも、きのくに保護者さんなら、この気持ち、わかってくださいますよね?)


さて、A.S.ニイルは『問題の子ども』の中で、このように書いています。


【子どもが求めているのは愛と理解である。善良なままで成長する自由だ。

子どもが善良なままで大きくなる自由、これをもっともよく与えることができるのは、本当は親である。

しかし、世界には困ったことでいっぱいだ。そんな婉曲的な言い方をやめてはっきりいえば、世界は憎しみであふれているといったほうがよい。

そして子どもを問題の子どもにするのは、親自身の心の中の憎悪である。それは犯罪者に罪を犯させるのが社会にしみわたった憎悪であるのと同じだ。


救いは愛にある。


しかし愛を強制できる人はだれもいない。だからもし世の中に希望があるとすれば、それは寛容を学びとることである。

おそらく寛容こそ愛であろう。しかし私にはよくわからない。

寛容を学ぶには、なによりもまず、自分自身に問いかけねばならない。

「寛容と慈善は家庭で始まる」というが、内省ことは、知恵の始まりとまではいわないとしても、寛容の始まりである。

問題の子どもをもつ親は、静かに腰をおろして自問自答しなくてはいけない。


「私は、子どもに寛容を示しただろうか。私は信頼を示しただろうか。理解を示しただろうか。

ー略ー

「なんとしても、人それぞれに自分自身の生き方をさせよう。」

人生においても、教育においても、これが私のモットーだ。これは、ほとんどの場合にあてはまる生き方である。

考えられる例外はひとつだけ、つまり強盗がナイフをもって歩き回るような場合だけである。

この態度こそが、ひろい心を育てる唯一のものである。これまで「ひろい心」ということばが思い浮かばなかったのは、どうしたことだろう。

これこそは、自由学校にふさわしい。


私たちは、子どもにひろい心を示すことによって、ひろい心をもった人間になるように導いているのだ。

心がひろいということは、寛容の心をもつということだ。】
 

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