2009年11月13日 (金)

ウインタースクール

今年からきのくに子どもの村学園の姉妹校となった、北九州子どもの村小学校の子どもたちは、はじめてのイギリス研修旅行にでかけています。・・・もう帰ってきている頃かな?

イギリスでの様子は、北九州子どもの村小学校のブログで読むことができます。

http://k-children2.sblo.jp/

「このご時世、小学生がイギリスに行くなんて贅沢」と思うかたがいるかもしれないけれど、心が柔らかく、好奇心旺盛の今にしか、できないことがあるのです。それに、日数の長さ、内容の濃さを考えると、格安です。

また、先日紹介した、きのくにのブックレットにも書いてありましたが、長期の旅行で、子どもたちがグンと成長するのです。


帰ってきた子どもたちの様子は、学校のブログと保護者さんのブログで読むことができるでしょう。楽しみです。


さて、今年もあと1ヶ月半となりましたが、自由学校は、最後までフル回転です。ウインタースクールが催されるのです。各学校の日程は下記の通りです。詳しくは、HPでお確かめください。(きのくに子どもの村学園のHPから、すべての学校に飛ぶことができます。)


南アルプス子どもの村小学校:クリスマススクール 12月25日(金)〜27日(日)

きのくに子どもの村学園:冬まつり 12月25日〜28日(月)

かつやま子どもの村学園:雪まつり 12月25日〜28日

北九州子どもの村小学校:12月25日〜28日


家族だけで過ごすのもよいですが、「かわいい子には旅をさせよ」というのも当たっていると思います。

特に、これらの学校での体験は、ふか〜く心に残ることでしょう。年長さん、小学生のお子さんをお持ちのみなさま、ぜひどれかに参加してみてはいかがですか?

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2009年11月 9日 (月)

旅は最高の教師

子どもの村ブックレット No.3ができました!

タイトルは『旅は最高の教師ーもっと遠くへ、うんと欲ばって、子どもの村の修学旅行』


はい、今回は、修学旅行に関して、きのくにとかつやまの大人6人が文章を書いています。旅行中のハプニングや、子どもたちの言葉、大人の気持ち、配慮がとても具体的に書いてあって、楽しく、かつ、じ〜んとくるお話がたくさんです。


冒頭の「はじめに」をご紹介します。
(*文中の「大人」というのは、教師のことです。きのくにでは、教師、事務職員、寮母、すべて「大人」といいます。)


【子どもの村の修学旅行はちょっと違う。一般的な修学旅行にみられる教師主導の計画もなければ、旅行代理店の協力もない。子どもと大人の手づくり旅行だ。だから苦労も不安も多く、準備に時間もかかる。けれども、そのぶんだけ満足感と充実感がある。

子どもの村の修学旅行の特筆すべき点は、「より遠くへ、より安く」というこだわりである。

たとえば小学校では3泊4日の行程だと決まると、その中に、たくさんの楽しみをつめこむように、下調べが始まる。

休み時間や放課後をつかって話し合いがひらかれる。子どもたちは真剣そのものだ。その道中は山あり谷あり川まであって、簡単には進んでいけない。

悩んだり、時には立ち往生したりする。さまざまな驚きや気づきもあり、最終的には設定される金額のわりには、びっくりするくらい遠くへ場所をめざす豪華で充実した旅行になるのだから、いろんな意味でずいぶんお得である。

子どもの村は、おでかけの多い学校である。大人も旅行が好きだ。子どもと大人がいっしょに話し合っていると、ユニークでおもいがけないアイデアもうまれてくる。とりわけ旅行のミーティングは学園の教育が凝縮した形にみえる。

より遠くへ、より安く、よくばりな旅行。旅行は見聞を広げるためだけでなく、自信に満ちた子を育てる。帰って来た子どもたちの表情がすべてを語っている。】


この小冊子を読んだだけで、どれほどすごい学校かがわかります。

修学旅行なんて、教師が行き先決めちゃって、・・・というか、毎年同じ行き先にして、あとは旅行代理店にお任せすれば、すごく楽ができます。

どこに行くかから、子どもたちが話し合って決めるなんて、そりゃあ大変ですよ。

それを、さらっと、楽しみながら、旅してしまう大人たちって、ほんとうにすごいです。しかも、常に子どもたちのことを考えてくれているのです。

77ページのこの本を読みながら、何度も涙があふれてしまいました。


8泊9日の、沖縄への修学旅行の様子から、少しご紹介します。


【旅行中、何度か「今回の旅行、スムーズやなあ」という声が聞かれた。もちろん、本当にスムーズなだけだったかといえばそうでもない。

初めのころは話し合いで意見が出にくかった。話しの途中で意見を聞かずに「もういいじゃん」と席を立った子がいて、むっとした大人が文句をいったこともある。

話しを聞けない子にまわりがイライラしたこともある。そのたびに話し合い、少しずつお互いが変わってきた。旅行が近づくにつれて一人ひとりが意見をのべ、お互いに理解しあうようになってきたのだ。

ー略ー

まわりの人に対する接し方にも変化がおこった。

サイクリングで島を巡ったときには、自転車の苦手な子もいた。するとまわりの中学生は彼女を真ん中にしてスピードを調整しながら走った。

ピナイサーラの滝から宿にもどってきたときには、みんな汗だくで、まずシャワーを浴びることになった。

だれもが自分がいちばん先に行きたいところだが、少ないシャワーを時間のかかる女の子にも使えるようにしようということばが男の子の中から出てきた。

また、女の子や男の子だけで過ごすのでなく、いろいろな仲間となかよく楽しむ機会もふえた。】


子どもたちの様子を、よく見てますよね。

「何事もなく無事に終わること」だけを考えていたら、見えないことではないでしょうか?


【教育とは、人生の準備ではない。教育とは生きることそのものである。】

というニイルの言葉が実践されているのが、きのくにの教育なのです。


この小冊子、みなさま、ぜひぜひご一読くださいませ!

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2009年10月30日 (金)

わらじ新聞

10月17日の、海外研修発表のことと、夜更かし会のことは書いたのに、18日の、きのくに子どもの村学園の運動会のことは、書いていませんでしたね。


実は、今年は参加できなかったのです〜。weep


なぜなら、18日は、福岡で、Fのギターの先生のリサイタルが行われたから。こちらにもぜひ行きたかったので、きのくに歴10年目にして、はじめて運動会を欠席しました。


ということで、18日、朝2時半くらいまで夜更かし会でおしゃべりして、それから、少し寝て、5時半にはきのくにをでて、通天閣のところのラジウム温泉に入ってきれいになって(?)、それで、福岡でのコンサートに向かったのでした。


さて、たった一日のきのくにデーでしたが、十分楽しみ、さらに、よいものを見つけてしまいました。


『わらじ新聞』


みなさま、ご存知ですか?


息子がきの高生になると、なかなか、小中の情報が入らなくて、ずっと知らなかったのですが、きのくにの事務室前に、ひっそり置いてありました!周りに誰もいなかったのですが、カンパ箱が置いてあったので、お代はそのなかに入れてきました。


きのくに子どもの村中学校の『わらじ組』の子どもたちが作っています。


私が持っているのは、今年7月10日と10月18日発行の分です。7月のが第一号になるのかな?


最初のところに、このように書いてあります。


【私たちわらじ組は、「世界の子どもの住む環境」をテーマに活動しています。ひとりでも多くの人に世界の様々な現状を知ってもらうため、新聞を発行することにしました。 今回のテーマは身近なところから入り『食』です。】


中身は、「食料不足 飢餓」「地球温暖化の影響」「紛争による被害」「輸入」「水不足」「フェアトレード」について、各自がひとつ担当して、書いています。


参考文献もちゃんと記載してあって、かなり下調べした様子がうかがえます。しかも、資料の丸写しではなく、説明とともに、自分の気持ちや考えなども丁寧に書いてあります。


10月発行のほうは、「自殺」「不登校」『児童虐待」「麻薬」「サイコパスと子どもの脳」「森林破壊」「ゴミ山で働く人々 スカベンジャー」。


こちらは枚数も多くなり、さらにパワーアップしています。


私は「スカベンジャー」という言葉を、この新聞で初めて知りましたので、とても勉強になりました。


Nは「わらじ新聞」を読んで、「今年のわらじ組、すげえな」と感心していました。


これ、シンポジウムのときに、販売してくれるのかな?わらじ組に聞いてみよう。


みなさま、もしあったら、ぜひ購入して、読んでみてくださいね。とても中学生とは思えませんよ!

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2009年10月27日 (火)

充実の夜更かし会

10月17日は、きのくにに行き、きの高二年生による『海外研修発表』を見てきた、というのは、先日書きました。


今日は、その続きです。


海研発表の後は、運動会前夜の夜更かし会がありました。

これに参加するのも、とても楽しみにしていました。


今回も充実してたなあ。


少人数で、じっくりじっくり、お話できました。親バカばなしもたくさんしたなあ。

自分の子どものすてきなところを話してくれる人がいて、聞いてくれる人がいて、互いに感動しちゃって、涙ぐんだりして・・・。ああ、幸せ。


そして、Nの担任の大人とも、ゆっくり話しができました。


進路の話しになったのですが、いわゆる、普通の高校での教師の話しとは全然違います。


「17、8で、将来の道を決めるって、なかなかできませんよ。私も、あのころ考えていたのと今とでは、違う仕事をしています。まあ、堀さんも言うように、急がないで、30歳くらいまではスネをかじってもええんちゃいますか。これからいろんな出会いがあって、変わっていきますから。」


「僕は授業中の余談で、自分の家族のことを話すんです。親がどれだけ子どものことを思ってるものかっていうのを伝えたいんですよね。それで、“君たちがどんな道に進みたいか、それは、ちゃんと、親に説明して、説得できなきゃあかんで。そして、安心させてあげないと。それが一番の親孝行やで。”と、よく話します。」


Nは、学校で、こんなふうに話しをしてもらってるんですね。親として、とってもうれしいいことです。


尊敬できる大人の話しは、素直に聞けるんだと思います。


Nは、きの高に行ってから、ますます優しく、すてきになったように感じます。


そうそう、この間、「そういえば、定額給付金って、どうなったんだっけ?」と、Fが言いだしました。

実は、給付金に関しては、家族全員、半額ずつもらい、残りは生活費にあてる、ということに決めたのでした。
でも、生活費の口座に振り込まれたので、私、「子どもたち、もう、忘れてるなら、このまま、あげなくてもいいかな?」と思っていたのです。


で、Fが思い出したこともあり、ちゃんと、家族で決めた通り、それぞれに支給(?)することにしました。


それで、私が、「あ、そうだ、このお金を、熊森協会のトラスト資金に寄付しよう!」と言いましたら、Nが、「じゃあ、俺のもそれにまわして」と言ったのです。

もうびっくりです。少し前までは、お金、全然ためられない人で、全部自分のために使っていた人だったのに!

アルバイトをするようになって、余裕もできたのか、貯金もするようになって、しかも、今度は寄付!!


おまけに、そのときFはいなかったのですが、私が、「Fは自分で使うだろうから、Nが寄付するっていったら、立場ないかなあ」と笑ったら、「そんなん、兄ちゃんには言わんでいいよ。」と言うのです。


Fが音楽の勉強のため、なにかと出費が多いのを知ってのことでしょう。


私だけが育てたのでは、こんな広い心の息子には育たなかったと思います。

きのくにの大人に、感謝感謝です。


「教育は人生の準備ではない。生きることそのものである。」A.S.ニイル


この言葉を、心ふか〜く感じる日々です。

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2009年10月24日 (土)

海外研修発表会

10月17日土曜日の17時から、きのくに国際高等専修学校の二年生による、海外研修発表会(略して海研発表)が行われました。


きの高では、二年時に、約一ヶ月の海外研修が必修となっています。

行き先はイギリス。その中で、どういうテーマを持って行くとか、どこに行くとか、話し合いが行われます。

海研発表では、旅行前のミーティングから、旅行中の様子など、劇仕立てで見せてくれました。


私が一番感動したのは、ミーティングの様子です。

20人で話し合うんですから、そりゃあ大変ですよね〜。

意見がでないとか、一部の人しか発言しないとか、険悪な雰囲気になるとか、いろいろあったみたいです。イギリス滞在中も、夜中まで話し合ったりとか・・・。

でも、そうやって、十分意見を言い合って、しんどいことも乗り越えて、成長していくんですね。


私、数ヶ月前、ある集まりで、ささいな意見の違いから、なぜだかどろどろの状態になってしまって、本来のその集まりでの目的を達成できず・・・ということを経験しました。

そういういことがあったから、よけいに、一ヶ月も共同生活をして、たくさん話し合いを積み重ねてきたきの高の子どもたちを、尊敬してしまいます。どれだけ大変なことかもわかるから。

人の意見を聞き、自己主張もし、賛成意見、反対意見を言って、聞いて・・・、こういうこと、子どものころからしっかりやってないと、大人になってからだと難しいですね〜。


あるときNが、きのくにでの週末に、友だちのところに泊まりにいく、というのを聞いて、あらっ?と、ちょっとびっくりしたことがありました。

その子は、高校になって初めて会ったそうで、最初のうち、何度か衝突したというのを聞いていたからです。

で、そのことを私が言ったら、

「でも、そのときはそういうことがあっただけで、仲が悪いとか、そういうことないし、別に、俺、あいつのこと嫌いじゃねえよ。」

と言うのです。

うわあ、なんか、大人だなあ。見習いたいです、ハイ。


話しがそれましたが、その、きの高二年のみんなは、旅行後のレポートにも、頭を悩ませているようです。あと一ヶ月後には完成するかな?


11月21日、和歌山県橋本市の教育文化会館で行われる『自由学校子どもサミットー高校生編』では、きっと、海外研修の本が販売されているのではないでしょうか?


みなさ〜ん、11月21日(土)13時からのシンポジウム、ぜひぜひいらしてくださいね!!詳細は下記の通りです。


○きのくに教育研究所 教育シンポジウム
『自由学校子どもサミットー高校生編』

4つのユニークな学校から集まった若者たちが、教育、そして世の中について話し合います。

場所:橋本市教育文化会館(和歌山県橋本市東家1−1)・・・難波、新大阪など、和歌山中心部から約1時間です。

費用:は無料(資料代が1000円)

参加校:ガンディ・スクール(韓国)
            東京シューレ
            りら創造芸術高等専修学校
            きのくに国際高等専修学校


私はその日の早朝、うちを出て、新幹線で行きます。九州でも、当日出発で十分間に合いますよ〜。

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2009年10月13日 (火)

南アルプスのオープンデー

南アルプス子どもの村小学校が開校して二週間目ですね。

すぐ近くには果樹園が広がり、富士山も見えます。

楽しくて真剣になれる活動がたっぷり用意されています。


こんな学校で学べる子どもたち、幸せですね〜。


11月3日と20日は、オープンデーが予定されているそうです。
プロジェクト授業の様子を見たり、参加したり、学校説明会があったりと、南アルプス子どもの村小学校を知るのに、とてもよい機会になりそうですね。


詳しくは、HPをご覧ください。

きのくに子どもの村学園のHPから、関連校、すべてのHPに飛ぶことができます。


南アルプスのHPでは、サマースクールの様子をスライドショーで見ることもできます。
また、「最近のようす」では、文字通り、「最近のようす」がよ〜くわかって、たのしいです。

私も行きたいなあ、こんな学校。


あと、12月には、東京で、堀さんの講演会があるらしいという情報をゲット!詳しいことがわかり次第お知らせいたします。

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2009年9月24日 (木)

きのくにー行き帰り

先日、ブログを見てくださってるかたにメールをいただき、質問を受けました。

「大分からきのくに、飛行機を使っておられるようですが、送り迎えとか、どこまで、どのようにしていたのですか?」


この質問、以前も、別の方から、個人メールでいただいたことがあるので、今回、記事としてアップすることにしました。


まず、ルートとしては、
家から大分空港・・・車
大分空港から伊丹空港・・・飛行機
伊丹空港から難波駅・・・バス
難波駅から橋本駅・・・電車
橋本駅からきのくに・・・学校のバスもしくはタクシー

と、こんなふうです。


で、四年生の4月から、きのくにに転入となったFは、大分空港から一人できのくにに行きました。

それまでに、3回、親と一緒にきのくにに行っていましたから、もう大丈夫だろうと思ったのです。


1回目は見学のとき。

でも、このときは、行きは関西空港から行ってしまったので、参考になりませんでした。人に聞いて、伊丹から難波のルートのほうが行きやすいことがわかって、この日の帰りから、そのルートをとることにしました。


2回目は、体験入学のとき。

このときは、転入できるかもしれない、という予感があったので、Fにも「ここで切符買って、ここで乗って、降りたらこっちで・・・」と、説明しながら、道中を共にしました。


3回目は、待ちに待った、入学の日。

入学を祝う会は日曜日なので、家族で行きました。そのときは、Fを先に歩かせたりして、次回から一人で行き来することを、親も本人も、かなり意識していました。


一週間後の、最初の帰宅日。このときまで、私が橋本駅まで迎えに行きました。(最初の1ヶ月は寮の都合で、長期滞在ができず、毎週行き来していたのです!)


そして、週末休み明けの月曜日、朝早く、大分空港まで送り、そこからバイバイです。初めて一人で行きました。

その日は、そりゃあ心配しましたよ。

それに、学園のバスには間に合わないので、タクシーに乗らないといけなかったものですから。


12時頃学園に電話して、「Fが着いてるかどうかだけ、教えてください」と聞いてしまいました。もちろん、無事に着いていましたが。


仕事しているので、毎週学園までの送り迎えは無理ですし、そんなことしてたら経済的に破綻してしまうので、早々にFを一人で行かせてしまいましたが、彼も、あまり不安がることなく、そんなものだと思っているかのように、淡々と行き来していましたね。


その次からの、Fのひとり帰宅も、ほんとにドキドキしました。飛行機を降りてでてくるまで、「ほんとにこの飛行機の乗ってるかしら」と思って・・・.


で、ずっと順調に行ってたのに、次の年の1月からNも転入できて、一緒に行くようになって初めて、大変なトラブルが起こりました。このことは、2006月8月25日の『電車をまちがえて』をご覧ください。こちらのページ↓を少し下へスクロールしていただくと、でてきます。

http://kinokuni-daisuki.cocolog-nifty.com/blog/2006/08/index.html


このときは、Nのほうが、早々に、なにかおかしいと気がついて、「兄ちゃん、この電車、違うんじゃない?」と言ったのに、のんびりどっしりのFが、「まあ、大丈夫やろ」とかなんとか言って、一時間も違う方向の電車に乗っていたという、大物ぶり?


でも、ほんとに、この、行き帰りの経験が、彼らにとっては、目には見えない力になっているような気がしています。


きのくには、けっこう遠方から来ているお子さんが多いので、夜更かし会のときなどには、わが子の爆笑珍道中ぶりが披露され、「今だから笑えるよね〜」「あのときは、親のほうが泣いたわ〜」という話しがいっぱいです。


途中でお菓子買っちゃって、電車代が足りなくなっちゃったとか、電車の中にリュック忘れたとか。

でも、みんな、自分でなんとかしちゃってるんですよね。たくまし〜。


こうやって書きながら、当時のことを、懐かしく思い出しました。


あ、それから、親がついていくことはできないけど、低学年で心配、というご家庭は、大阪のベビーシッター会社と契約して、空港や駅から、橋本まので送迎を頼んだりしているところもありました。

たしか、ラビットサービス、という会社だったと思います。


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2009年9月15日 (火)

うれしいことば

2009年7月18日発行の『きのくに子どもの村通信 第94号』

ああ、もう94号もだしてるんですね〜。

毎回読み応え十分で、とても楽しみにしているんです。


今回の通信の中に、大阪で開催された『EDU COLLE (エデュコレ)という催しについての記事がでていました。


【多様な教育と出会う場をつくるというコンセプトのもと、多くの団体が集まりました。主催は、core+(コアプラス)といい、なんと卒業生の○○ちゃん(記事中は本名)が立ち上げた教育研究のあつまりです。】

ということで、もちろん、きのくに子どもの村もブースをだして、発表したそうです。


発表は、立ち見がでるほどの大盛況だったそうで、堂々たる受け答えぶりに、見に来たお客さんの中には、「ほんとうに中学生?」と目を丸くしている人もいたそうです。


質問タイムでの、きのくに子どもの村中学校の生徒の返答がいくつか書いてあったのですが、特に、その一つが、親として、とってもうれしかったので、紹介します。


Q: どんな大人になりたい?

A: お金もたいへんなのに、親は子どものために「きのくに」に入れたいって思ってくれて、私たちを入れてくれた。私も、自分の親みたいに子どもを大事にできる人になりたい。


自分の息子に言われたわけじゃないのに、妙にうれしかったです。(o^-^o)

あ、でも、Fが卒業するとき、「お父さん、お母さん、きのくにを見つけてくれてありがとう」って、言ってくれたなあ。


それにしても、この企画をした、卒業生の○○ちゃん、すてきです!メッセージが書かれているので、これも、紹介しちゃいましょう。


【「学校って何?教える、学ぶってどういうこと?教育って何?」これらの根本的な問いを、教育に関わるすべての人が考える機会をつくいりたい、この想いをもとに「教育の多様性体感プロジェクト coreプラス」を立ち上げました。

一人ひとりが今持っている教育観を壊して、新たな教育観を再構築する活動をしています。その方法として、いろいろな教育や人との出会い、そして対話を大事にしています。EDU★COLLEもそのひとつです。

これからも、教育の根本を真っ向からとらえる機会を創造していきたいです。】


こういう卒業生がいるなんて、誇らしい気持ちです。

そして、こういうふうに、表にでる人だけでなく、きのくにの、多くの卒業生が、それぞれの道で、輝いて生きているんだろうなあ、と、そんな気がしています。


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2009年9月 4日 (金)

アタマを使う体験学習

ある高校で「親子ものづくり教室」が行われ、その様子が新聞記事になっていました。


【親子でものづくりに親しむとともに、学校を身近に感じてもらおうと同校建築科が10年以上前から毎年企画。ことしは周辺の小学校4校から、午前と午後の部に合わせて54組の親子が参加した。

建築科3年の20人や教諭のサポートで、木製のふた付き小物入れ作りに挑戦。サンドペーパーで各パーツの木材の角を削った後、印を付けた場所にドリルで穴を開け、釘を打った。ー以下省略】


この記事読んで、何か、気になりませんか?


【各パーツ】

って、最初から所定の大きさに切り揃えられているのでしょうか?


【印を付けた場所にドリルで穴を開け】

この【印】って、最初から板についていたのでしょうか?

もしそうなら、失敗のしようがないですよね。


以前、堀さんが、幼児教室でのものづくりに関して、

「まず、はじめるなら、缶下駄づくりがいいですね。たくさん、いろんな大きさの缶を集めておくんです。その中から同じ大きさのものを二つ見つける、というのは、とても知的な作業なんです。」

という話しをしてくれたことを思い出しました。


そして、この間見た、南アルプス子どもの村小学校でのサマースクールの様子。

子どもたちは、適当な板を見つける、もしくは、切り出すところから始めていました。どこに釘を打つのかも、自分で考えていました。


白玉団子をつくっていた子どもたちは、ゆるくなったりかたくなったりの失敗を繰り返し、アタマを使って「良い塩梅」を見つけ出していました。


ビー玉パチンコの台を作っていた男の子は、考え込む様子が何度か見られました。


体験学習はアタマを使う、ということが、きのくにの教育を見てきて、よ〜くわかりました。

そして、子どもたちは、それをする力がある、ということもわかりました。


みんな、もっと、子どもたちに、任せてみればいいのになあ、と思います。


そういえば、もう少し前の新聞記事でしたが、やはり、子どもたちの「ものづくり」のことが載っていました。

夫が、「ちょっと、これ見てよ!なんか、びっくりするよな」と、新聞広げて持ってきました。


電車の先頭に張るような、ステッカーを作るということで、みんな出来上がったものを掲げて写真に映っていたのですが、それが、全員、同じなんです。

ブルーの台紙に白の【富士】という文字があって、その下に、番号(だったかな)が貼ってあるのです。


「切るのが大変でした」という小学生のコメントが載っていたので、たぶん、最初から書かれている文字を、切り抜いて台紙に貼ったのでしょう。


こういうこと、させる方もする方も、見てる親も、何も疑問に思わないんでしょうか?

私は見てて、ぞっとしました。


みんな同じ。
考えない。


こういうことに、慣れてしまってはいけないのではないかと、強く思いました。

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2009年8月23日 (日)

サマースクール at 南アルプス

8月20日に、東京で義父の法事があり、その後、義母と義弟家族とともに、河口湖畔まで二泊で旅行してきました。


この予定は数ヶ月前から決まっていたのですが、出発の数日前、ふと、「8月20日から22日・・・この日程って、南アルプス子どもの村小学校のサマースクールと、ぴったり重なってるじゃん!」と気がついたのです。


義弟のところには、1歳と3歳の男の子がいるのですが、上の子は富士急ハイランドに行くのを楽しみにしていました。でも、義母は高齢なので、つき合うのはちょっとつらい、ということで、遊園地嫌いの私が、ホテルで義母と1歳の甥っ子と待機するつもりでした。


しか〜し、開校間近の南アルプス、そのサマースクールを見られる最高のチャンス!

これを逃すわけにはいきません。


ホテル待機は夫にお願いして、私とFとNは、レンタカーで南アルプスへ行ってしまいました〜!(嫁の立場放棄)


途中渋滞してたりして、到着したのは11時20分くらい。きのくに子どもの村学園の卒業生や在校生、スタッフも来ていて、懐かしい雰囲気です。


ちょうど午前中の活動をしているところでした。

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「おもちゃづくり」「クッキング」「木工」の、三つのコースに分かれて活動します。

午前中のクッキングは、山梨名物「ほうとう」をつくったようです。そして、なんと、「流しほうとう」やってました!

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午前中の最後には、午後のコースの確認をしていました。

午前と同じでもいいし、別のコースに変えてもいいそうで、さらに、もうひとつ「のんびり」というコース(?)も選択肢に加わっています。


このときは、おもちゃづくりコースのお部屋をのぞいたのですが、午後も同じ「おもちゃづくり」を選ぶ子が多かったですが、「木工」や「クッキング」に変える子がいたり、「ライトをつくってから、のんびりする」とか「木工してからのんびり」とか、みんな、自分で考えて決めています。


他のクラスものぞいたり、スタッフとお話したりしているうちに、お昼の時間。

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コーンスープにサラダ、ミートボールとチキンライス。フルーツもありました。ちゃっかり私もごちそうになっちゃいました。子どもたちも、三々五々、食堂に集まって来て、楽しそうに食べています。


食べた後は、また、元気いっぱい遊びます。Fは、ある男の子になつかれて、ほのぼの過ごしていました・・・というのもつかの間、抱っこでぶん回しとか、追いかけっことか、次第に激しい遊びになって、汗びっしょり。

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Nもあっという間に子どもたちに囲まれて・・・。

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午後の最初は、クッキングのお部屋をのぞきました。
自分が食べたい形や色の白玉団子をつくってから、それにフルーツやアイスをいれて、パフェをつくるようです。

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きのくに子どもの村学園の大人が見本でつくって見せながら、簡単に説明をしていました。その説明の仕方に、感動してしまいました。

白玉粉と水を、匙ですくってまぜながら、

「かたさは、だいたい耳たぶ、さわってみて〜、だいたい、このくらいね。ここは子どもの村だから、自分でつくりながら、考えてみてね。かたかったらお水足せばいいし、やわらかかったら粉を入れればいいし。」

と、なんともゆったりしています。


遅れて入ってきて、見本のつくりかたの最初のところを見ていない子がいました。

どうなるのかな〜、と思っていると、サマースクールのボランティアスタッフとして来ていた、きのくにの在校生の女の子が、簡単に説明しています。


それでも、お水が多過ぎて、ゆるゆるで・・・。

でも、あれやこれや、口を出しすぎず、その子がすることを見守っています。そして、時おり、「じゃあ、ちょっと粉足してみる?」と声をかけたりして、出過ぎないようにしながら、自分で考えてやってみることを尊重してくれています。


おもちゃづくりのコースでは、乾電池を二つつなげて、ライトを作っています。

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ここでも、子どもが「○○してもいい?」と聞くと、スタッフは、「うん、自分の好きなようにしていいよ」とか「見本があるから、見てみて」などと、適切な言葉かけをしています。


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木工コースのこの子は、なんと年長さん。蝶番のついた蓋つきの箱に、キャスターまでつけています。もうすぐ完成。しばらく見ていましたが、動かないように押させてもらうなどの補助はスタッフがしてくれていますが、あとはほとんど一人で、黙々と作業していました。

1時間半、5、6歳の子が、こんなに集中できるものなんだ〜!


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この子は、本を入れる箱をつくるのに、ぴったりの大きさの板を探しています。材料の板は、全部同じ大きさに切られているのでなく、微妙に違う大きさの中から、ちょうどよいものを自分で探すのです。

結局、この子は、ちょうどよい大きさの板がなかったので、自分で切ることになりました。


初めてサマースクールを見学して、子どもの村のすごさを、再確認しました。


こんなに、自分の頭で考えさせてくれる教育は、他にないと思います。

そして、興味のある活動がふんだんに用意されていれば、子どもたちは、1時間半、集中できるのです。

そしてまた、「1時間半集中しなければならない」というふうでもないのです。


活動を終えた子は、おもいおもい過ごしています。騒いで他の子に迷惑をかける様子も見られません。


ちょうど、参加者の保護者さんも何人かいらしていて、お話しましたが、どのかたも、子どもの村の良さを十分理解されている様子がわかり、私もとてもうれしかったです。


こうやって、どんどん、自由教育の理念が広がり、幸せな親子が増えていくんだなあ。


ああ、楽しい一日だった!


*写真は、クリックすると大きくなります。
写真の使用に関しては、学園より「保護者のほうから、ネット上などに載せないでほしい、という要望はなかったので、ブログにアップしてもよいです」、との許可を得ていますが、もし、ご覧になって、不都合を感じられるかたがありましたら、即、対処いたしますので、お手数ですが、ご連絡いただきますよう、お願い申し上げます。


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2009年8月13日 (木)

海外研修から帰って来た

8月8日夜、Nが、海外研修(イギリス)から帰ってきました!


一段と、かっこよくなったな。


19名の17歳が、1ヶ月間ず〜っと同じメンバーで、同じ屋根の下で過ごし、行動する。すごいなあ。


小さい頃から、「楽しいことは、よりたくさん。嫌なことは、より少なく」、の気持ちでミーティングを重ねて、日々を過ごしてきたから、できるのかな。


私だったら、無理かも・・・。

大人って、意見が食い違うと、「自分を否定された」みたいに受け取ってしまうこと、あるでしょう?

それに、子どもの頃から、十分議論する、という機会が少ないまま大人になっているから、議論が下手なんですよね。


数年前、きのくに子どもの村学園主催のシンポジウムで、卒業生がこんなことを言っていました。(メモを紛失したため、記憶に頼って書いています。言葉通りではありません。)


「あるミーティングの後、堀さんに、○○ちゃん、ちょっと、自分の意見ばかり言い過ぎだよ、と言われたことがある。それから、人の話しも聞くようになったと思う。」


こういう、点数には現れない教育が、幸福に行きていくために、ものすご〜く大切なんですよね。


さて、話しは海外研修にもどります。


行きの飛行機の中では、隣に座ったイギリス人のご夫婦と、楽しくお話したそうです。

「その人たち、タイに行ってきたんだって。バンコクとか、プーケットとか、昔俺らがタイに行ったときのこと(家族旅行)も話したよ。」


きのくにの教育だけで、いつのまにか、ものすごく、英語力がついているみたいです。

乗り換えのドバイ空港では、3時間もあったので、友だちと、ハンバーガーやポテトなどを買ったそうですが、そこでは、ポンドで払って、おつりはドバイのお金。

少しだけドバイのお金が余って、ポテトももう少し食べたいな〜、と思った友だちが、カウンターで、「このお金で、買えるだけポテトください!」と、英語を駆使して伝えたら、大量のポテトが出てきたんですって!


最後、ロンドンでみたミュージカルは、最高だったそうな。まだ、詳しく聞いていないのですが、「最高だった!」のひとことで、気持ちは十分伝わりました。


それから、出発前に仕上げた、A4用紙4枚分の「海外研修事前レポート」を見せてもらいました。

想像以上に、立派なもので、びっくりしました。


テーマは【人は初対面の相手にどう振る舞うかー日、英における心理的距離の差】

ちゃんと、「はじめに」で、このテーマがどういう意味なのかを説明し、次に、日本と英国での、初対面での対応、反応、挨拶などについて、具体的な例を挙げています。

そして「分析」「結論」「まとめ」と続き、まるで、大学の(いえ、それ以上の)レポートのようです。


最初に書いた原稿に、担任の、赤がはいったものも見せてもらいましたが、的確にアドバイスをしてくれていて、「ああ、こんなふうに指導してくださるなら、生徒も、書きやすいだろうな」と思いました。

内容を、更に広げるような視点で、それでいて、教師がでしゃばりすぎることない、赤ペンの文字でした。


事後のレポートも必須だそうです。


両方できたら、本を作成するそうなので、今から楽しみです。


11月21日の、『自由学校子どもサミット』(於:和歌山県橋本市の教育文化会館)で、販売してくれるかな?


自由学校で育った子どもたちが、どんなふうに育っているか、興味のあるかたは、この、子どもサミットへ、ゴー!


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2009年8月 8日 (土)

反省、そして、次へ

今日、大分県津久見市で、きのくに子どもの村学園 学園長、堀真一郎さんの講演会がありました。

話しの内容は、私も初めて聞く、「子どもたちのおはなしづくりと絵本づくり」について。

堀さんが、むか〜しつくった絵本も見せてもらいました!
そして、「聞き手の登場する話」も、実際にしていただきました。


子どもに対する暖かいまなざしを、また強く感じました。

詳しくは、堀真一郎著 『ニイルと自由の子どもたち』 (黎明書房)P.201~251をご参照ください。


私は初めてのお話を聞けて、「ラッキー!」と思ったのですが、「学校の様子がもっと見たかった。聞きたかった。」とおっしゃったかたもおられました。

たしかにその通り。今回、学校の話しが少なかったですね。その話を期待しておいでになったかた、ごめんなさい。


リンクプラネット (LP)さんの主催で、『 LP 世界とつながる読み語り活動〜Earth Kids and Youth Projet~2009』の活動の一環として企画されたもので、「子どもゆめ基金助成活動」でもあったので、「子どもが取り組む“読書活動”や“図書活動”に、今後活かせる内容を盛り込んでいただきたい」 ということでした。

それで、掘さんへの講演内容の依頼はリンクプラネットさんがしてくださったのに、チラシをつくるのは私が、と分担してしまったので、チラシの文面と実際のお話が、少しずれてしまっていました。

私が両者のお考えを十分把握していなかった故のこと、大反省です。


でも、堀さんの講演会は、まだまだ企画します。


私の自主企画の場合は、まったくの個人でやりますので、参加費は有料となりますが、今度は学校の映像をたくさん用意して、体験学習の実際や、子どもの心理などについて、た〜っぷりお話いただくつもりです。


そのときは、また、ぜひおいで下さい。参加費有料といっても、500円程度です。^^

講演会情報の連絡を差し上げてもよいかたは、ぜひ、メールしてください。プロフィールページからメール送信できます。必ずご連絡いたします。


それまでは、当ブログの過去記事でお楽しみください。

あ、それより、掘さんの著書『自由学校の設計』をぜひぜひお読みください。


『自由学校の設計』 増補版まえがきより

【まず子どもを幸福にしよう。すべてはそのあとにつづく。

ニイル(A.S.Neil, 1883-1973)のことばである。世界でもっとも自由な学校といわれるサマーヒル(Summerhill School)を創設した教育家だ。

ニイルは、子どもたちの心の奥深くにある不安や自己否定感が、さまざまな問題行動の原因である、と見抜いた。子どもの無意識の深層で、自然な生き方が、親や社会からの不適切できびしいしつけと葛藤を起こしている。

子ども自身はこの葛藤に気づいていない。だから自分でもどうしてそのような行動をしてしまうのかわからない。やめようと思ってもやめられない。悪い子というより、不幸な子どもなのだ。この無意識の原因からの解放こそが、教師にとっていちばん大事な仕事だ。


では、内面に本人も気づかない問題を抱えた不幸な子どもは、どうしたら幸せになれるだろうか。

説得、叱責、罰あるいは辱めなどによってではない。

もちろん管理教育ではだめだ。

親や教師や社会から押しつけられた古い権威主義の道徳から解放され、あたらしい生き方を見つけることこそが大切だ。この自由であたたかい共同生活の場が、サマーヒルという学園である。


きのくに子どもの村は、このサマーヒルから直接の影響を受けてスタートした私立学校である。

といってもサマーヒルのコピーではない。ニイルの考え方を中心にして、それにデューイの体験学習の理論を統合した世にもめずらしい学校である。

子どもたちはすこぶる元気で活動的だ。幸福なのだ。そしてたくましい。

教師たち大人も、こういう子どもたちと共に生きる喜びを満喫している。子どもと同じように教師も幸福なのだ。もうひとつニイルのことばを紹介しよう。


もっともよい教師は、子どもと共に笑う。
もっともよくない教師は、子どもを笑う。


ところで本書が出たのは1997年である。10年以上も前なのだが、ベストセラーとまではいかなくても、息長く読まれ続けてきた。

そしてこのたび韓国語に訳されたのを機に増補版が出ることになった。

教育学専門の老舗出版社である黎明書房は、こういう息の長いよい本をたくさん出してこられた。

詰め込み教育と権威主義管理に悩む日本の子どもの幸せのために、これからもずっとこの姿勢をつらぬいてほしい。
がんばれ、黎明書房!      2009年5月   堀真一郎】


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2009年8月 4日 (火)

堀さん講演会 in 津久見

またまた、大分で、堀さんの講演会です!


【子どもの心にふれる】

「毎日が楽しくない」「自分が嫌い」と感じている子どもたちが少なくない現状。
学校に行かないことを選ぶ子どもも年々増え続けている。

親は子どもの幸せを願っていても、毎日の宿題のこと、進学のことのほうが問題で、
「本当の幸せ」について考える余裕もなくなっているのではないでしょうか。

そのような社会の中、「きのくに子どもの村学園」は和歌山県の緑豊かな山里で1992年に開校しました。

卒業生たちは自分の好きな道を見つけて、たくましく社会に羽ばたいています。
自由主義の教育で育った子どもたちは、どのように成長しているのでしょうか。

そして、「自由な子ども」というのは、果たしてどんな子どもなのでしょうか。

子どもたちが毎日を輝いて過ごせるために、
おとなは何ができるのか、ともに考えてみませんか?


大分といっても、津久見市、ということで、少し南のほうになりますが、高速が通っているので、市内中心部から2、30分で行けちゃいます。


今回の主催者はリンクプラネット、というグループです。詳しくは、下記のブログをご覧ください。

http://linkplanet.exblog.jp/


リンクプラネットさんとの出会いは、5月末に大分市内で行った、堀さんの講演会にて。

で、どうしてリンクプラネットさんがその講演に来てくれたかというと、その2年前、「ひらおだい四季の丘小学校(現 北九州子どもの村小学校)」の学校説明会に来てくれた、ABC野外教育センターの代表理事のかたが、お知らせしてくださったからなのです。

わらしべ長者みたいに(?)、どんどんつながって、子どもの村のことが、たくさんの人に知ってもらえたらいいなあ、と思います。


息子たちを育んでくれた「きのくに子どもの村学園」、ここの教育のすばらしさは、私がいくら言葉で説明しても、ほんの少ししか伝えきれていないと思います。

でも、一度、堀さんのお話を聞いたら、自分がどんなふうに育てられたか、自分がどんな子育てをしてきたか、我が身をふりかえりながら、きっと、たくさんのことを学べるでしょう。


私は「きのくに子どもの村学園」に出会って、「人生で大切なのは、人と豊かにコミュニケーションをとり、自分で道を切り開いていくことなんだ」、ということに気がつきました。


学校の成績、宿題をきちんとこなすこと、忘れ物をしないこと、そんなことにキリキリして、子どもを叱り飛ばしていた私、ほんとうにもったいないことをしたと思います。私なりの、ものすご〜く視野の狭い、「子どもの幸福」観でした。


自己肯定感を持てる教育、それこそが、幸福に生きる鍵です。

大人も子どもも、みんな、自分が好きだったら、この世はもっと幸福で、平和になるでしょう。


子どもの村学園の教育は、子どもたちに、「自分が好き」という気持ちを取り戻させてくれる教育なのです。

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2009年7月28日 (火)

教育システムが親子関係をつくる

ブログを書いたり、堀さんの講演会を企画したりするたび、「どんなふうに書こうかな」と考えて、昔の資料を引っ張りだしてくることが多いのです。そういうものを、何度も読み返し、また、感動に浸ってしまうのです。


先日見つけたのは、2000年の7月30日の『子どもの心にふれる』と題した、きのくに夏期講座(大人向け)に出席したときのメモ書きでした。2000年7月、ということは、Fが転入して4ヶ月後のことですね。

せっかくFが帰宅している夏休みだったけれど、「こういうのはできるだけ聞いておいたほうがよいだろう」というのは、きのくにと出会ってから、強く感じていたことだったので、わざわざ、その夏期講座のために、和歌山へとでかけました。


そのときの講師は、滝内氏(大阪経済大学教授)と野田正彰氏(精神科医、関西学院大学教授)と堀さん。


野田さんのお話のところで、こんなメモ書きを残しています。


【教育システムが親子関係をつくっている。
・一緒に生きていることを楽しんでいるとはいえない。
・親が子に対して「あなたは何がしたいの?何に興味があるの?」と聞くことが失われてきた。これを阻害する教育システムを変えていかなくてはならない。】


今読み返しても、心に響く言葉です。


私は、自分の親から、「何がしたいの?何に興味があるの?」と聞かれたことは一度もありません。

「こんな成績で、どうするの」
「あんたが○○大学に入ってくれたら、お母さん、うれしいな〜。」
「今度はずいぶん成績上がったね!」
「英語をやっとけば、将来役に立つよ」

こんな話しばっかりです。


あまりうまく行かなかった、母と私の関係ですが、「このままではいけない。私も、もっと自分のことを話してみよう。伝えないと、わからないもんね〜」と思って、このあいだ、私が今、何に関心を持っているのかについて、手紙を書いてみました。


きのくにのような教育を広めたいと思っていること。
未来の子どもたちのために、奥山保全の活動をはじめたこと。


全く関心を示してもらえませんでした。


夫と電話で話したときには、「mamiったら、よけいなことして、忙しいばっかりよね。あんなことしなけりゃいいのにね〜」と言ったそうです。


もともとこういう人だったのか、世間体を気にして、子どもの成績、学歴ばかりに関心を持つうちに、それが全てになってしまったのか・・・。


野田さんのコメントを読み返してみて、私の家族が、なぜ、バラバラで、暖かみに乏しかったのか、よく、わかりました。


誰だって、オンリーワン。

一人ひとり、かけがえのない存在のはずなのに、いつのまにか、成績、学歴、世間体、そんなことに支配されてしまって、「何を考えてるのか」「何に興味があるのか」「何がしたいのか」そんなことを知りたいとも思わなくなっている親子関係。

これは、寂しいものですよ。


今も、こういう親子関係で、寂しい思いをしている人が、たくさんいるんだろうなあ。


私は、きのくにで、子どもとともに生きる喜びを教えてもらった気がします。


きのくにで、成績なんてちっぽけな尺度でははかれない、魅力的なたくさんのすてきな子どもたちに会って、すご〜くおおらかな気持ちになれました。


私は、せま〜い世界に生きて、ずいぶんと、苦しんできたんだなあ。

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2009年7月20日 (月)

きのくには、いつもすてき

まず、例のスッポンちゃんですが、今日、金鱗湖という、湖というには小さい、池に逃がしてきました。

最初はぎょっとしたものの、2日間、お世話(お散歩させたりえさやったり)しているうちに、情がうつってしまって、手放すのが寂しかったです。weep でも、本人(本亀)も、小さな桶にいれられてるより、ひろいところに行きたかったみたいなんで、これでよかったですね。


さて、5月末に、大分で堀さんの講演会を行ったのですが、今度はそのときの参加者のかたが主催して、講演会を企画してくれました。

日にちは8月8日(土)の午後。何時からかはまだ決まってないそうですが、13時から16時のあいだのどこかになりそうです。場所は津久見市民会館。私も行ったことのないところなのですが、大分市内から45分くらいはかかるのかな・・・?また、はっきり決まり次第、アップします。


私は「協力」という立場で関わっているのですが、今回はまた演題も違うので、どんなふうにまとめようか、と本を読み返したり、過去のお便りを引っ張りだしたりしていました。

そうすると、すてきな文章ばっかりで、つい、読みふけっちゃうんですよね〜。

その中で、特にご紹介したいものがありました。

これは、「よくばりキッチン」という小学校のプロジェクトに入っていたときの、お便りです。2002年3月末のものです。一年を締めくくって、担任が文章を書いてくださっています。最後の三分の一くらいを抜粋します。


【キッチンの子ども(きのくにの子ども)といると、鳥肌がたつぐらい感動したり心が嬉しさでいっぱいになる時があり、この子たちといられる今に幸せを感じています。

子どもたちはやさしくて自主性がある。

例えば、一緒にパンをつくっている時、大きい子は必ず小さい子に「パン生地こねたい?」「材料切りたい?」と聞いてあげて、メインとなる楽しい活動を小さい子にさせてあげるのです。

「自分も1年生の時は、○○ちゃんに教えてもらって・・・」と、自分が経験したことを下の子に伝えていく。心に余裕がないとできない、すばらしいことです。

1年生のケンカについてミーティングをした時も、ケンカを責める意見は一つもなく、誰も嫌な気分にならないように言葉を選んで「コソコソ話はやめたほうがいい」「仲間はずれにしていなくても、まわりにいて何も言わなかったら、仲間はずれにしていることと同じやで」と、一人が困っていることをみんなの問題として、真剣に考えてくれます。

旅行にいくと、大人がいなくても、布団の上げ下ろしから部屋のそうじまで、全部自分たちでするのです。

今回は大人が宿泊代を払いに行って、部屋に帰ってくると「○○子のお布団たたんでおいたから。忙しいと思って。」と言われ、どれだけ嬉しかったことか。

それに、旅行に行くと、見学先の人に必ずほめられるのです。

今回は歴史資料館の人に「行儀がいいし、みんなしっかりしていますね。どういう学校なのですか?」と質問され、「いろんな学校の子どもが来るけれど、展示物を見る様子が全然違いますね」と、子どもたちに「しっかり、よく見てくれてありがとう」と言葉をかけてくださいました。

こんな出来事はよくあることで、そのたびに誇らしく、子どもたちと一緒にいろんなところに行く楽しみでもあります。

ほんとうに信頼できる子どもたち。一年間このメンバーで楽しく活動でき、今、充実感でいっぱいです。】


今読んでも、泣けて来ちゃう文章です。


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2009年7月13日 (月)

第三回りらフェスティバル

7月19日(日)、りら創造芸術高等専修学校にて、『火が心をつなぐ夏祭り』と題したフェスティバルが開かれます。

15時から食べ物や作品の出店があり、16時30分からミュージカルやダンスなどのコンサートがはじまります。

詳しいことは、下記HPから、左下「フェスティバル」のところをクリックすると、2分程度の動画CMが流れます。とっても楽しそうです。

http://www.lyra-art.jp/

その他、生徒が作った学校紹介のDVDもみられます。

こういう学校が増えるといいですね。

若くエネルギー溢れる10代を、一日中机に向かって、勉強に明け暮れるなんて、もったいなすぎます。

好きなこと、やりたいことを、どんどん追求して、友だちとも深くかかわり成長していける高校生活のほうが、私は好きだな。・・・っていうか、そういう高校生活を送りたかったです。


この学校も、少人数ですが、だからこそ、一人ひとりの役割は大きいし、活躍の場も多いのではないかと思います。

「生徒の数が少ないと、もまれないから、大きな学校のほうがいいな」という人(主に親)がいますが、いくら生徒数が多くたって、みんなが、一斉に教師のほうを向いて授業を受ける毎日、他のクラスの人のことは名前も覚えてない、そんな生活で、人数が多いことに、意味があるのかな〜。


りらの生徒たちの発表とか、ダンスを見たことがあるのですが、こういうのを、みんなで話し合って作り上げていくって、大変だっただろうな、と思いました。けんかもしただろうし、気まずくもなったでしょう。でも、自己主張するべきときははっきり言わないと、やりたいことやれない。

こういう経験が、人としての成長を多いに助けるのだろうと感じます。

みなさま、ぜひ一度、りら創造芸術高等専修学校、見に行ってみてください。

8月5日から6日には、サマースクールが開かれるようです。チラシもってますので、見たい方、ファックスいたしますよ!


*フェスティバルのタイトル中、「つなぐ」は漢字なのですが、普通の「繋ぐ」じゃなくて、別の漢字だったので、でてきませんでした。すみません。

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2009年7月10日 (金)

海外研修へ出発

今夜関空から、きのくに国際高等専修学校の2年生は、イギリスに旅立ちます。

きの高の二年生は、約1ヶ月の海外研修が必修なのです。

行き先はイギリス。だいたい半分が旅行、半分がキルクハニティに滞在しての授業、となります。


ちょっとスケジュールを見てみます。

最初の8日間はスコットランド周遊で、スターリング見学、次の日はグレンコーでトレッキング、あとは、スカイ島、インヴァネス、アーガイル半島、キンタイア半島周遊。宿泊は、現地のユースホステルです。

どこに行くとか、どんなルートで、というのも、みんなでミーティングをして決めていきます。YHの予約も、電話やメールで、生徒たちがします。もちろん、英語で。


そしてスコットランド周遊のあとは、2週間キルクハニティに滞在して、英語の授業を英語で受けます。

きのくにからの引率の大人は3名。現地にもスタッフがいるので、英語の授業やその他の活動のサポートをしてくださいます。


残り一週間はヨーク、リバプール、ウェールズ、コッツウオルズなどを周り、ロンドンでは二日間ミュージカル鑑賞、そして帰国、となります。


いいな〜。スケジュールを見ている私まで、ワクワクしてきます。


でも、行く前に、レポート提出、が課せられているのです!

行った後にももちろんレポートを書くのですが、行く前にもっていうのが、すごいですね〜。鍛えられます。

二年生になったとたん、生徒がつくるお便りに、「レポートが終わらん」「レポートが大変」ということばが増えてきて、「ああ、みんな苦労してるなあ」と思っていました。


昨日Nに電話して、「レポート終わった?」と聞いたら、「やっと、おととい終わった」とのこと。

出せばいいというものではなく、担当の大人が読んでOKがでないとだめなんだそうです。「大変だった」と言いながら、なんとなく、声が力強かったです。自信になったのかな?

「知りたいことやったけん、○○さん(担任)にもアドバイスもらって、書いた」とのこと。


そして、ギター好きのNが、一ヶ月もギターを弾けないので、どうするのかと思ったら、「読書する」というので、これまたびっくり。

「ハリーポッターの英語版持って行くんだ。もう、4、50ページ読んだよ。で、機内では、“オオカミ族の少年”読むつもり」と、しっかり考えているのです。


ちゃんと自分で考えているんだなあ。


帰国は8月8日の予定です。

レポートのこと、旅行のこと、授業のこと、ミーティングのこと、い〜っぱい聞いちゃおう!で、ここでまた、書きますね!

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2009年7月 4日 (土)

南アルプス子どもの村小学校

南アルプス子どもの村小学校が、今年10月に、いよいよ開校です!

8月にはサマースクールも開かれます。

詳しいことは、ホームページをご覧ください。

http://www.kinokuni.ac.jp/nc/html/htdocs/index.php

南アルプスのページ、開校準備の様子が載っていて、とてもよい雰囲気です。見てるだけで幸せな気持ちになります。

きっと、ここで、また、幸せな親子が増えるんだわ〜!


現在、ほとんどの学校は、教師中心であり、みんなが一斉に同じことをやらなければならないところです。私には、とても息苦しい場所でした。「学力」は記憶の量ではかられます。


子どもの村では、子ども中心。子どもたちがいろいろなことを決めるのです。一人ひとりの違いや興味が尊重されるので、子どもたちは、自分も他の子のことも尊重できるようになります。

教師は権威にすがるのでなく、子どもたちの心に寄り添い、受け入れ、子どもたちが楽しく活動や学習できるために必要なことを考え、用意してくれます。忙しくても、子どもたちのためによいことを、と考えて、走り回っている様子をみて、子どもたちは、自然と学校の大人を信頼し、尊敬するようになるのです。

「先生」と呼ばなくたって、タメ口で話したって、敬意をはらっているのです。


こういう学校のほうが多い社会になってほしいものです。


でも、学校をつくるって、ほんとうに大変なんだと思います。たぶん、私なんかが想像もできないくらい。

せめて私にできることは、伝えること、そして、あとは・・・。


この間、すてきな髪留めを見つけて、「買おうかな」と手にとったけど、やめときました。なくたって、困らないもんね。

その分、それを「買ったつもり」で、「きのくに貯金」にためておきましょっとyen


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2009年6月23日 (火)

自分の子どももきのくにに行かせたい

19日の金曜日、Nが帰ってきました。

長期一斉帰宅、といって、普段家が遠いため、土日も寮に滞在する子どもたちも、この週末は全員家に帰るのです。

で、土曜日は一日バイト。無駄なく働き、稼ぎます。

で、オーナーと学校の話しになって、

「Nくん、自分に子どもができたら、やっぱり、きのくにに行かせたい?」と聞かれたそうです。

Nは、
「うん、もちろんきのくにに行かせるよ!」と言ったそうです。

うれしいなあ。


さて、27日、北九州子どもの村小学校で、学園長の堀さんの講演会があります。

多分、バイトするんだろうな、と思っていたけど、一応Fに、「堀さんの講演会あるけど、どうする?」と聞いてみたら、「そういえば、俺、堀さんの講演って、しっかり聞いたことないから、行ってみようかな」ということで、Fも行くことになりました。

しかも、友だち、というか、彼女(かな?)も一緒に!

その彼女には、きのくにの話しもけっこうしたそうで、「いいなあ、私もそういう学校に行きたかったなあ」ということでした。


行った本人が愛する学校。

きのくにを選んでよかったな〜。
あのとき決断して、よかったな〜。

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2009年6月18日 (木)

サマースクールの魅力

先日サマースクルのご紹介をしましたが、なんせ、我が家は参加したことがないので、いまいち実感を込めて書くことができません。絶対楽しいことはわかっているのに、十分表現できないもどかしさ。

と、苦しんで(?)おりましたら、まあ、YOKOさんが、なんともすてきに紹介してくれているではありませんか!
みなさま、どうぞこちら↓お読みくださいませ。

http://ameblo.jp/yoko-do/entry-10280899736.html

YOKOさん、ありがとうございま〜す。happy01

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2009年6月16日 (火)

サマースクール

サマースクールの予定がすべて決まり、すでに募集が開始されています。

きのくに子どもの村小学校・中学校
かつやま子どもの村小学校・中学校
南アルプス子どもの村小学校
北九州子どもの村小学校

各学校、魅力的な活動が用意されているようです。日程等、詳しいことは、各学校のHPをご覧ください。

きのくに子どもの村のHPトップには、すべての学校の情報が出ています。

ウインタースクールや雪祭り、冬祭りなども企画されていますので、夏も、冬も楽しめますね!


それから、忘れてならないのが、きのくに国際高等専修学校のオープンキャンパス。9月と11月の二回、実施されます。大学生並みの?いえ、それ以上の?いえ、もっとユニークで、深い授業を体験できるのではないかと思います。

Nも、オープンキャンパスに参加して、その充実度に惹かれ、きの高進学を決めたということでした。


11月21日(土)には、教育シンポジウム『自由学校子どもサミットー高校生編』も開かれます。こちらも期待できますね〜。私はすでに、医院を休診にして、このシンポジウムに行く予定にしています。


すべての学校の連絡先、サマー&ウインタースクール、シンポジウム、等々の日程が載ったものがありますので、HPで調べるより、とりあえず予定を見てみたい、という方はご連絡ください。ファックスでお送りします。

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2009年6月 2日 (火)

コーヒーの木と子ども

南アルプス子どもの村小学校(2009年10月開校予定)のパンフレットに載っていた、掘さんの文章です。


【コーヒーの木の鉢植えを見ていてつくづく思う。

コーヒーの葉がつやつやと美しいとき、
コーヒーの木は確実に成長している。

コーヒーの木が成長しているとき、
コーヒーの葉はつやつやと美しい。

子どもの村の子どもたちを見ていてつくづく思う。

子どもたちの笑顔が明るく美しいとき、
子どもたちは確実に成長している。

子どもたちが成長しているとき、
子どもたちの笑顔は明るく美しい。

子どもの村の子どもたち、
こんな毎日をほんとうにありがとう。】


うわ〜ん、なんだか泣けてきちゃいます。こんなまなざしで見守ってもらって、子どもの村の子どもたちは、ほんとうに幸せです。


さて、31日の大分での講演会は、大好評でした。おいでくださったみなさま、どうもありがとうございました。直接話しを聞かれたかたは、「コーヒーの木と子ども」の文章が、掘さんの気持ち、そのまんま、だということがおわかりになるでしょう。

子どもを託して、なんの心配もない、そういうかたなのです。

そして、他のスタッフも、いつも子どもの心に寄り添ってくださる、そういうかたがたです。


講演会後のアンケートに、「日本にもこんな学校があることを知って、安心しました」とのことばがありました。うれしいことばです。

でも、まだまだこんな学校は圧倒的に少ないです。

せっかくできた北九州子どもの村小学校を、ますます盛り立てて行きたいです。幸せな親子が増えますように!

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2009年5月22日 (金)

ニイルに学ぶ

きのくに子どもの村学園のなかに、「きのくに教育研究所」という部署(といっていいのかな?)があって、冊子を出版したり、シンポジウムを企画したりしています。

今、私が読み返しているのは、その、「きのくに教育研究所」が1999年に出版した『ニイル研究ー特集・ニイルに学ぶ』という本です。

この中には、現在きのくにのスタッフをしている方々の文章も載っています。正直な言葉の数々に、「ああ、こんなふうにして、ニイルを学んで、子どもたちと接しているから、きのくには、あんなにあったかいんだなあ」と思いました。

現在も、学園内での研修や、イギリスへの研修旅行などで、スタッフは研鑽を積んでいます。


『ニイル研究』の中から、すてきな文章、少し抜粋します。


【ー前略ー 学生時代、教育というのは、教師から子どもに与えなければならないものだと信じていた。子どもが大人によって準備されたものを、とにかく退屈しないで、忙しく取り組む姿。休みなく鉛筆を走らせ、手を挙げたりして活発にのぞむ姿が見られる授業。

こういう授業を教師はしたいと考える。そして、何もしないでいる子は注意をする。それは怠けであり、学校ではいけないことであるはずだからである。

しかし、クラスの中には、みんなと同じペースで進められない子がいて、どうしても時間を持て余す。楽しい活動をする時でも、生き生きした子どもの後ろには、参加できない子、フラフラしている子がいる。

私は、こうした子は、どうしたら生き生きと授業に参加してくるのだろう、と考えていた時期があった。

堀さんと共に参加した旅行で、サマーヒルへ行った時、ゾーイが言った。

「フラフラしている子、何もしない子はサマーヒルにもいます、でも、私たちは、『何もしない』という、そのことに意味があるのだと考えています。」

私は、「何もしない」ということは、進歩や成長がない、ということだと思っていたが、何もしないことを、成長の一つ、もしくは成長の過程なのだと考えると、心の中にあったモヤモヤしたものが吹き飛んでいったような気持ちがした。


教師は皆、子どもが活発であったり、意見を言ったり、文章をたくさん書いたりするのを見て、安心するはずだ。そうでない子がいると、焦ってしまう。

しかし、今、ここにいる子の気持ちが熟していなければ、どんなに楽しい活動を用意しても、子どもには響かないのだ。その時、教師は無力である。子どもに猶予を与え、待ってあげることこそ必要とされる場合だってある。

きのくにでの5年間で、ニイルの言うように、教育というのは焦ってするものではなく、子どものそばにいて、気長に待つことが大切だということ、そして、今まで家庭において、また、学校において、自分自身であることを許されなかった子にとってはなおさら、たくさんの時間を与えてあげなくてはいけないということを実感した。】
(*ソーイさんはニイルの娘で、現在サマーヒルスクールを運営しています。)


この文章を書かれたスタッフには、うちの息子たちも大変お世話になり、ほんとうに暖かく見守ってもらいました。今思い出しても、じ〜んと、胸が熱くなることが、いろいろと浮かんできます。


他のかたのも、全部載せたいくらいなのですが、我慢して(?)あと一つだけ、抜粋します。


【“ニイル”を知ったのは8年前。運良くきのくにで働くことになってからだ。それまでは、全く知らなかった。

きのくにでニイルのことをいろいろ知ることができた。最初は、正直いってニイルのたくさんのことばを受け入れられないのではなく、どういうことなのか理解できなかった。

でも、8年きのくにで生活し、子どもと関わりを持って、少しはわかってきたように思う。

また、自分に子どもができてからもより一層、気をつけないといけないことや、もっと勉強しないといけないことに気づいた。例えば、日頃の会話の中で、可愛さのあまり、「パパのこと好き?」と尋ね、「うん、好き」と言うまで、平気で連発していた、その他にもいっぱいある。

こういう日常の平凡な会話でも、子どもに負担をかけることなど、ニイルやきのくにに出会っていなければ、何も気づかずに通りすぎてしまったことだと思う。 ー後略ー】


うんうん、と、うなずきながら読んでしまいました。私も、これまでの、子どもとの会話で、思い当たることがたくさんあります。


こういうニイルの思想をスタッフがしっかりと学んでいる学校って、なんて安心感があるんでしょう。


私もまだまだ勉強しなくちゃ!

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2009年5月18日 (月)

堀さん講演会まであと2週間!

5月初めに決まって、ばたばたと準備してきた堀さんの講演会。

思いつくところにはすべてチラシをお送りし、今週末には新聞2紙にも講演会情報として、載せてもらえる予定。やるだけのことはやった、と、少し安堵しています。

ちらほら参加申し込みが届き始めました。チョーうれしい!!


ご連絡くださったみなさま、どうもありがとうございます。


ところで、堀さんのこともきのくにのことも、初めて聞いた、というかた、ご参考までに、関連サイト、書籍をご案内いたします。

まずは「きのくに子どもの村学園」のHPがあります、そこには、堀さんの著書、その他関連書籍、サマースクールや講演会の日程なども記載されています。ぜひご覧ください。

当日は『自由学校の設計』を、販売する予定です。私がきのくにに出会うきっかけとなった本です。


それから、当ブログの右側【仲間】のところに、『ひらおだいはGrande!!ー北九州ー』というブログがあります。これは、北九州子どもの村小学校の保護者さんが書かれています。タイムリーに様子をかいま見ることができますよ。


もうひとつ、こちら↓は、『きのくに保護者のブログ』です。
http://kinokuni-hogosya.blog.so-net.ne.jp/

今年一年生で入学されたところのお母さんが書かれています。うちはもう、息子たちが大きくなってしまったので、小学校の情報がなかなか入ってきません。こちらのブログは、私にも昔を思い出させてくれて、新鮮な気持ちがよみがえります。


長男のFはもう卒業してしまったし、Nはきの高の二年生。もう、みんな、それぞれの道を歩み始めています。

私は、まず仕事は毎日のことで、もちろんちゃんとやっていくのですが、それとは別に、ライフワークとしてやりたいのは、きのくにの教育を広めることと、自然保護活動をすることです。

自然保護活動に関しては、また追々書くとして、なぜ、きのくにの教育に関わり続けたいと思うのか、ということを考えてみました。


それは、なんといっても、息子たちの成長を間近に見てきたから、というのがあります。そして、決定打は、Fがきのくに子どもの村中学校を卒業するときに言ったひと言です。

「おとうさん、おかあさん、きのくにを見つけてくれてありがとう。」


子どもが、行かせてくれたことを感謝したくなる学校、多くの人に、知ってほしいです。

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2009年5月16日 (土)

三原則と愛校心

この間の連休中の話しです。バイトさきでのこと。

Nがお客さんにお料理を持っていったら、ひょんなことから話しがはずみ、話題が学校のことになったそうです。

そのお客さんは、きのくにのことにとても関心を示し、帰り際、「君と会えてよかったよ!」と、背中をポンとたたいて行ったそうです。


その夜、学校のことをもう少し聞かせてほしいと、Nご指名でお店に電話があったのです!それで、お店も忙しくなかったので、10分くらい話したそうな。

Nも帰宅してから、「バイトときのくにがつながるなんてなあ〜」と、興奮気味に、話しをしてくれました。


私:「で、学校のことって、プロジェクトのこととか話したん?」

N:「うん、でもまあ、あんまり詳しい話しはできなかったけど、三原則のこととか・・・」

私:「えっ?三原則って、あれ?」

N:「うん、自己決定、個性尊重、体験学習、のこと」

私:「え〜っ?あんた、そんなのすぐに言葉にでてくるん?すごいね。」

と、驚いたことでした。


きっと、堀さんが折りにふれて話してくれていたのでしょう。高校生ともなると、しっかり受け止めていて、人に話しができるくらいになっているのですね。

そして、バイトから帰ってきたときのNのうれしそうな顔!人からきのくにのことに興味を持ってもらったり、「いい学校だね」と言われるのが、とてもうれしいのです。

自分が育った学校を、こんなに愛せるなんて、ほんとうに幸せなことです。

幸せな学校時代を過ごせたなら、愛校心なんて、自然にわき上がってくるものなんですね!

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2009年5月 7日 (木)

堀真一郎氏講演会 in 大分

きのくに子どもの村学園 学園長の堀真一郎氏の講演会を行います。

子育て講座 1
『創造的な子どもに育てるー伸びる子と伸びにくい子ー』

とき: 5月31日(日曜日) 14時

ところ: コンパルホール(大分市府内町) 3階 309室

堀さんが大分でお話してくださるのはめったにありません。みなさま、ぜひおいでください。といっても、小さな会場です。資料の準備の都合もございますので、参加してくださるかたは、ご一報くだされば幸いです。

(プロフィールページからメール送信できます。)

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2009年4月30日 (木)

もうすぐ春祭り

5月2日は、きのくに子どもの村学園で、『春祭り』が開かれます。

この言葉の響き、いいですね〜。毎年とっても楽しみな行事です。

小学生から高校生まで、各クラスが、その一年のテーマ(プロジェクト)に沿って、食べ物をつくって販売したり、調べたことを発表したり、ゲームをしたりと、盛りだくさん。

午後からは、学園長の堀真一郎氏の講演会もあります。

子どもたちの様子を見て、ニッコニコになり、いっぱい食べてお腹パンパンになり、講演会を聞いて、ジ〜ンと感動して、幸せな一日なのです。あ〜、楽しみだなあ。


先日から、けっこう寒い日が続いたけれど、また暖かくなってくるようですね。・・・多分、ジーンズに、白のブラウスに、ベージュの上着、あと、カーキの帆布のトートバッグで行くつもりです。みなさま、見かけたら、声かけてくださいね〜。

YUさん、多分、YUさんが感動した青年さんのお母さんも、春祭り(講演会のとき)にはいらっしゃると思います。なので、お引き合わせできますよ〜。私は多分、前のほうの席に座ります。


そういえば、今年の春祭りには、北九州子どもの村小学校の子どもたちが、おいし〜いお店をだしてくれると聞いています。昨年はきの高のほうばっかりに行っちゃったけど、今年は小学校のほうもしっかりチェック、ばっちり食べますわ!


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2009年4月24日 (金)

子どもが証明してくれる

先日の、北九州子どもの村小学校での『一年のはじまりの会』の挨拶のなかで、堀さん(きのくに子どもの村学園学園長・北九州子どもの村小学校学園長)が、こんなことを言われました。


「こういう学校が、ほんとうにいいんだ、とういことを証明するのは、みなさん(子どもたち)なんですよ。」


これを聞いて、Nが中学生の頃、「堀さんはな、“きのくには、きのくにだけのものじゃない。学校のよさを証明するのは子どもたちだよ”って言うんやけどな、俺ら別に、そういうつもりないしなあ。」と言っていたことを思い出しました。

確かに、子どもたちにしてみたら、楽しいから行っている、くらいの気持ちかもしれません。


でもね、そのNが、この前、こんなことを言ったのです。

その前に、Nのバイト事情を簡単に説明しますと、Fと同じビザ・パスタのお店でバイトさせてもらってます。高校生バイト数人が登録しているようですが、最近は、常勤の人数も増えたせいか、あまり高校生バイトを使っていなくて、高校生で使ってもらえてるのは、FとNくらいなんだそうです。Nは長い休みのときなどに、集中して働いています。ちなみにFは厨房、Nはギャルソンです。


私:「あんた、たまにしか帰ってこないのに、よくバイトの声かけてもらえるねえ。」

N:「俺がな、たまにしか帰ってこないのに、○○(バイト先)に使ってもらえるのは、きのくにのおかげやと思う。」

私:「なんできのくにのおかげなん?」

N:「多分俺は、普通のとこでバイトしたら、めちゃ生意気やと思われるで。仕事のことを考えて、こうしたほうがいいかな、とか、気がついたこと、普通に話すから。俺ら、きのくにで、年上とか下とか、あんまり気にせんやろ。でも、他の高校生は、オーナーやスタッフの大人に対して、目上の人、っていう接し方やから、ただ、なんでも、言われた通りにするだけなんや。だから、○○は、かえって俺らのほうが使いやすいと思うんや。」


その後、Fだけがバイトに行ったとき、オーナーがNのことをとてもほめていたそうです。


F:「○○さんがNのこと、すごくほめちょったよ。“お客さんに対する言葉遣いとか、どこで覚えたんだろう。笑顔もいいし、他の高校生バイトの子たちと、全然違うよ”って。」


オーナー夫妻も、他のスタッフも、二人がきのくに子どもの学園に行っていることを知っていますから、「いったいどんな学校なの?」という話しになったそうです。


F:「Aちゃん(スタッフ)が、”私も、そんな学校に行きたかった〜”って言ってたよ。」

私:「わあ、うれしいね、そんなこと言ってくれて。ところで、FくんとNくんがすごいのは、”お母さんがすばらしいんだね〜”って、誰か言ってなかった?(笑)」

F:「う〜ん(苦笑)、ああ、”寮生活でも、子どもをそういうところに行かせるってゆう勇気がすごいね”って言ってたよ。」


まあ、とにかく、すくすく育った子どもたちが、自由主義教育のよさを、証明してくれているようです。

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2009年4月17日 (金)

朗報&速報

きのくに子どもの村学園長、堀真一郎氏の著書
『自由学校の子どもたちーきのくに子どもの村のおもしろい人々』
みなさまお持ちでしょうか?

この本、増刷していないのか、なかなか手に入りにくようです。

でも、今、Amazonに数冊出ています。しかも、中古で1000円代から。

まだ読んだことのないかた、人から借りて読んだかた、今がチャンス!ぜひ、お買い求めになることをおすすめします。


この本のなかで、特に私が好きなのは、第四章「そしてタロウは残ったーきのくにのミーティングー」の部分です。

私、きのくにのすごさは、なんといっても、ミーティングにあると思うんですよね。すべての要という気がします。でも、我々保護者は、なかなかミーティングの様子を見ることができません。

この本のなかで、子どもたちの生き生きしたやりとり、自分の意見を言い、人の意見を聞く、考える、そんな様子を目の当たりにすることができます。そして、教師の深い洞察と配慮。

ここに全文紹介したいくらいですが、ちょっと無理、なので、ぜひぜひみなさまに読んでいただきたいです。

新品は6000円くらいになっちゃってますが、それでも、買って絶対後悔しないと思います。


あるときFに「きのくにに行って、なにが変わったと思う?」と聞いた時、彼は「俺、強くなったと思う。自分の意見を言えるようになったし。前の学校のときは、自分の意見、っていうか、あんまり考えんでよかったんや」と言いました。

そのとき、きのくにの価値を、さらに強く実感しました。

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2009年4月16日 (木)

まだまだです

きのくに国際高等専修学校には、四つのプロジェクトがあり、木曜日の三限から7限までを使ってじっくり活動します。

その四つとは、昨年度と同じであれば、下記の通りです。
・音楽文化を探る
・土と炎から見た世界
・プロジェクト日本
・人権博物館から学ぶ

Nは昨年「音楽文化を探る」を選択しましたので、そのことについては、時おり書いたと思います。

今年は何にしようかなあと、選ぶ楽しみがあるのも、また、きのくにの特徴ではないでしょうか。もちろん。親も、わくわくどきどきです。


春休み中の話しでは、「今年は『土と炎』にしようかな〜。でも、入れんかもなあ〜。そんときは、音楽文化にしよう」と言っていましたので、どうなったかな、と思っていました。

昨日電話がありまして、「音楽文化にした」とのこと。『土と炎』は、希望者が多過ぎて、入れなかったのだそうです。

それを聞いて、ちょっと、がっかりしてしまったんです、私。

せっかくいろんなことが体験できるきの高。
『人権博物館』とか『プロジェクト日本』にも入ってみたらいいのにい〜。

そんなふうに思っちゃって、また『音楽文化』を選んだこと、すんなり受け止められなかったんです。


あ〜あ、まだまだだなあ、私。
Nが決めたことを認めてあげられないなんて・・・。

そんなわけで、ちょっと、落ち込みました。


でも、この気持ちをFに愚痴ったら、「でも、きの高はプロジェクト以外にも、いろいろ勉強してるじゃん。言葉とかにも興味持ってるし。N、よくやってるよ。」と、穏やかに、諭されました。

はい、そうですね。F、私より、ずっと大人です。

お母さん、まだまだです。


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2009年4月 8日 (水)

動じない

今日の話しの前に、この間書いた「Fの進路」のことですが、その後、福田進一先生のマスタークラスがありまして、今後のことのアドバイスなども受けたようです。本人も、それをもとにいろいろと考えているみたいです。

いずれにしても、Fが決めるんで、何も心配いらないなあ、という感じがします。よい出会いがいっぱいあって、よい師匠がたくさんいて、Fは幸せものです。


さて、Nの春休みもあと数日。本人、きのくにに行く(帰る?)日を、指折り数え始めました。(\(*`∧´)/)


そうそう、今回帰ってきたとき、二個目のピアスがついていました!寮で、友だちにあけてもらったんですって!

メールで、「ピアスもう一個あけるよ」って一応知らせてくれたんだけど、「実はな、あのときはもうあけちょったんや」だと〜。


それにしても、寮で開けるって、寮母さんは何も言わなかったの?消毒は大丈夫なの??

「ピアスあけるわって言ったら、○○さん(寮母さん)、じゃあ、私、部屋出とくわ〜。消毒は、これね。」とあっさりしたものだったそうです。

さすが、肝っ玉寮母さん。

私は、こういうところが、いいな〜、と思うんですよ。人に迷惑かけることや、特別危険なことでなければ、干渉しない、という動じない姿勢。


それからもういっこ、「いいな〜」話し。


昨年12月に受けた英検2級。1月に学校に言ったら、合格の知らせが来ていて、本人、びっくり。でも、二次試験は受けなかったんですって。

理由は、「忙しかったから」。

私:「あんたが、二次受けないって言ったら、大人(教師)になんか言われなかったの?」

N:「受ければいいのに〜、って言ってたけど。」

でも、特にしつこくは言われなかったそうです。二次試験は二回先まで持ち越せるそうですが、次回は多分、授業の一環の、海外研修でイギリスに行っているので、受けられません。その次のときに受けられるのかどうか。それに、普段の授業の充実度を考えれば、受ければ多分受かったであろう、と思えます。それなのに・・・。


私が教師だったら、「せっかくなんだから、絶対受けたほうがいいよ。今度いつ受けられるかわからないんだよ。」なんて、つよ〜く勧めちゃうと思うし、だいたい、私が本人だったら、英検2級っていう肩書き(?)が欲しくて、絶対受けるやろうなあ。


それにひきかえ、教師もNも、あっさりしていること!

こういうところも、「いいな〜」です。


あ、もいっこ、おまけ。

学園長の堀さんとNの会話。

堀さん:「Nくん、英検受かったんだってなあ。だいぶ勉強したんか?」

N:「いいや、ぜんぜんしてない。」

堀さん:「そうか〜。じゃあ、きのくにの授業がいいんやなあ。」

N:「うん、俺もそう思う。」


この会話、堀さんから聞きました。happy01

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2009年4月 3日 (金)

Fの進路

「小学生のうちから、どこかわかんないけど、遠いとこの学校に行って、かわいそうに、寮生活してた、歯医者さんとこの息子さん、たしか、もう、高校卒業する頃やね。どうしてるのかしら。」

こんなうわさ話が聞こえてきそうな小さな町に住んでいます。

お風呂は毎晩、共同浴場に入りにいっています。


このあいだ、久しぶりに会ったかたに、

「息子さん、もう、高校卒業ですよね?」

と、さりげな〜く、聞かれました。
「大学行くの?どこの大学?」と、聞きたい気持ちが伝わってきました。


先週は、新聞の集金の奥さんに、

「おたくんとこ、うちの孫と同じ年やったよね。もう、卒業やろ?就職?大学?うちの孫はね、○○(会社名)に決まったんよ。」

と、矢継ぎ早に話しかけれました。


あ〜、みんな、気になってるんだね〜。


それにしても、それほど親しくない、きのくにのことも、ほとんど何もしらないだろうな、っていう人と、こういう話しは、難しいです。どこまで話しするかな〜って。通じるのかな〜って。

だから、面倒くさいときは、「あ、息子ですか?基本的にはうちにいますよ。福岡に泊まることもあるしなんで、いたりいなかったりなんです。」と、非常にアバウトに説明して、終わり。


でも、このブログを見にきてくださってるかたには、もうちょっと、丁寧にご報告しますね。


無事、通信制高校を卒業したFは、今年は引き続き、福岡にある、フォレストヒルギターアカデミーにて、修行に励みます。

そして、練習と平行しながら、いろいろ調べて、留学先を決めていくのだそうです。留学したい、というのは以前から言っていましたが、先日のイタリア旅行で、さらに気持ちが固まったようです。


今年は人前で演奏する予定もいくつか入っているので、練習と披露、きっと、ちょうど良いバランスで、腕を磨いていけるでしょう。


これからますます楽しみで、私もワクワクしているのですが、世間様(って誰?)は、高校卒業してから、進学も就職もしない、というのが、なかなか、理解しがたいみたいで、説明するのも難しいです。


そういえば、このところ、「きのくに卒業生」とか「きのくに 進路」とか「きのくに卒業生 進路」というキーワードで検索して、このブログを訪問されるかたが多いんです。

気になってる人、多いのでしょうね。

でも、うちは、あくまで、ほんの、一例ですから。

きのくに卒業生の進路は、ほんとうに多岐に渡ってる。だから、楽しいんですよね〜。


あ、そうだ、アルバイトは引き続き、続ける予定です。イタリア旅行の費用も、全部、自分で工面しました。お母さん、助かるわ〜。

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2009年3月23日 (月)

動植物研究所

きのくに子どもの村学園中学校のプロジェクトのひとつに、『動植物研究所』というものがあります。

このプロジェクトでは、2001年からビオトープづくりに取り組んでおり、2005年の、全国ビオトープコンクールでは、見事、『ドイツ大使館賞』を受賞しました。


そして、今日、ネットで、いいものを見つけてしまいました!

下記のアドレスをクリックしていただくと、『OKIグループ社会貢献活動』というページがでてきます。このページを下のほうにスクロースしていくと、一番下の右側に、「過去の受賞校 その後の報告」ということで、きのくに子どもの村学園の発表の様子が動画で見ることができます。11分くらいです。

http://www.okinw.co.jp/profile/activity/080710.html


どうですか?ご覧になれましたか?

堂々とした発表で、また、内容も、ひときわ光っています。(身内びいき?)

それに、ビオトープの周りに森をつくるとか、川の水質を調べて、浄水するとか、私も今ちょうど関心を持っていることばかりで、こういうことに中学生が関心を持って取り組んでいるとは、感心してしまいます。

きのくにって、やっぱり、すごい学校だわ。

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2009年3月21日 (土)

「知りたい」がいっぱい!

昨日は、きのくに子どもの村学園の『卒業を祝う会』でした。

それが終わって、子どもたちは春休みに入ります。とういことで、Nも昨夜遅くに帰宅しました。


きのくにでは、年に数回、『きのくに子どもの村通信』というものを発行していています。学園での活動のようすや、子どもたちの文章、自由教育の理念について、など、中身がぎっしり詰まっていて、発行されるのを、いつも心待ちにしているものです。


今回Nが持ち帰った第92号には、卒業する子どもたち(小6、中3、高3)の写真と文章が載っていました。

最高の笑顔と、素直なひと言。♡にジンジンきます!

ちょこっと紹介します。

【自分が一番自分らしくいられる。つらいことがあったらその倍楽しくなる。三年間で得たものはすべて宝物。きの中大好きです。】(中3)

【他人とくらべず、自分と向き合うことが大切だ。それができるのはきのくにだけじゃないかな。】(高3)

こんなに生徒たちに愛される学校って、そう多くはないでしょう。


通信に載っていた文章の中で、卒業生のことばではありませんが、これまた感動するものがあったので、ご紹介します。

【人間は「知りたい」とう思いで生きているのだと思います。私は今まで、知ることをめんどうくさいと思っていました。
でも、きのくにには知りたいことがいっぱいあって、それを実現できます。そのあとには達成感や満足感が得られます。こんなことを教えてくれたきのくには、すごいところだと思います。】(中学生)


私はいつから「知りたい」という気持ちをなくしてしまっていたんだろう、と、ハッとさせれました。

気がつくと、「覚えなければ」、というふうになっていたのです。

中学生のときに、「知りたいことがいっぱい」って、すご〜く幸せなことだし、ほんとうは、それがと〜っても大切なことなんだな。


*Nのきのくにこぼれ話は、またぼちぼちアップします。
昨夜11時に帰ってきたのに、今朝は9時からアルバイトにでかけて行ったので、まだ、あまり話しをしていないのです。(ノ_-。)

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2009年3月 5日 (木)

きのくにって、いいな〜

先日の、ブレまくった写真、きのくにの高専生が主催した音楽祭『サウンドフォレスト』で、エレキギターを弾くNの様子なのです。

『サウンドフォレスト』というのは、きのくに国際高等専修学校の生徒の有志が実行委員となり、自分たちで作り上げるコンサートです。出演したい人は紙に曲目などを書いて、期日までに所定の箱に入れておくのです。

機材の準備から、暗幕をはったり、リハーサルをしたりと、全部、生徒たちが取り仕切るのです。


昨年9月にも一度ありまして、そのときのことを、楽しそうにNが話してくれました。それで、「今度するときは、早めに教えてくれたら、仕事休みにして、行くから」と言っていました。そしたら、ちゃ〜んと教えてくれました。・・・ということは、お父さん、お母さん、行ってもいいってこと?うれしくって、火曜日なのに、医院を閉めて、行ってきましたです。

今回は、新幹線での往復でしたので、16時30分から約1時間半の音楽祭のために、朝8時半に家をでて、帰りついたのは、夜中の1時半。大変だったけど、行ってよかった〜。


全部で11曲。バンドだけじゃなく、ピアノ伴奏に歌の、しっとり聞かせるものもあれば、清々しい男子のアコースティックギターデュオもあり。

そして、前回は司会者がいなかったので、曲と曲の合間が長く感じるということで、今回は、司会者も用意されていました。中学三年生の男の子ですが、よい声で、落ち着いた司会。すごいなあ。


高専二年の男子全員参加による「明日があるさ」(題名、これでよかったかしら?)、妙に心に残っています。かっこいい&かわいい、でした。一人ずつのパートもちゃんと用意されていて、歌が得意そうな子も、それほどでもなさそうな子も、最後までしっかり歌っていて、ハーモニーもばっちり。


高専の大人も出ていました!ピアノ弾いてたし、デュエットも!私たち世代(って?)なら誰もが知っているあの曲。「カナダからの手紙」です。舞台の両端に、Aちゃん(生徒)とNさん(大人)。ムード満点!最後のほうでは、二人が中央に歩みよって・・・。きゃ〜、すてき〜!

たぶん、何も知らない人が見たら、あのかたが大人(教員)だなんて、気づかないかも。それくらいとけ込んでいましたし、一生懸命な様子でした。


Nが出たのは最後の二曲。ずいぶん練習したんだろうなあ。よく弾けてたし、かっこよかった。聞きに来ている小学生たちも、ノリノリで、最後のアニメソングなんか、もう、みんな(子どもも大人も)ジャンプするので、床が抜けるかと思いました。

11曲目が終わって、アンコールの声がかかり、時間的にも余裕があったので、することになりました。前回やったポケモンの曲です。Nも前回弾いた曲ですが、しばらく練習していなかったので、ちょっと焦ってたかな?

Nはそのバンドで唯一の一年生だったのですが、ドラムをやってた三年生の男の子が、「こんな感じでいいから」みたいな様子で、Nのギターを鳴らして、アドバイスしてて、その雰囲気も、すごくすてきだったんです。


大人も子どもも一緒になって楽しんでて、上級生は威張ることなく、それでてい、暖かく包み込む感じ。う〜ん、なんていったらいいのかなあ、すっきり、さわやかで明るく、そして、大人な雰囲気。

みんな、「生きてることが幸せ」っていう感じがみなぎっているんだもの。私も、ものすご〜く幸せな気持ちになりました。やっぱ、きのくにってすごいな〜。

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2009年3月 1日 (日)

無事 卒業

2月28日は、クラーク記念国際高等学校通信制の卒業式でした。課題提出がけっこう大変で、最初はどうなることかと思いましたが、Fも無事卒業です。wine

ココ何年も、きのくにの「卒業を祝う会」しか見たことがなかったから、いわゆる卒業「式」ってどんなんかな〜、と楽しみにでかけました。

通信制だからかな、「形式的」度は、だいぶましなほうだと思いました。


来賓の挨拶も一人だけだし、卒業生(約100人)は証書をもらったあと、ひと言述べる時間もあるし。

といっても、多くの人が「ありがとう」だけで、ほんとうに「ひと言」なんだけど。

でも、なかには、茶髪だったり、ツンツンに髪を立てたり、超ミニスカだったりの子たちが、「とうちゃん、かあちゃん、ありがとう」とか「女手一つで育ててくれてありがとう」「卒業できてよかった〜」なんて言ったりするのは、微笑ましいものです。

おひとり、大変知的な感じの、年配の女性がいらっしゃいました。Fが「いい感じのおばさんがいて、よく話すよ」と言っていたかただと思いました。

後で夫が話しを聞いたところによると、すでに介護の現場で働いていて、チーフをしている57才。でも、仕事に必要な資格をとるに当たって、「高校卒業資格」は不可欠ということで、三年前、一念発起してクラークに入学したそうです。

いろんな人がいる、服装も各自の自由、という点では、なかなかすてきな卒業式です。


でも、卒業生が入場するときには、教師が先導してきたのでびっくり。卒業証書をもらった後、席につくときも、事細かに誘導していて、幼稚園みたい、と思いました。リハーサルもしたのに。


最後は、送辞と答辞です。

送辞は同じく通信制の二年生の女の子が、用意してきた文章を、上手に読み上げました。通信生は、別の学年との接点がほとんどありませんから、文章を考えるのも、難しいだろうなあ、と思いました。「先輩がたのように頑張りたいです」「やさしい先輩がたばかりでした」って、そんなに交流があったのかな?


答辞は、数日前にFが頼まれ、することになりました。

先生は、「文章できたら、メールでいいから、送ってね」と言っていたそうですが、Fは、「その場で感じたことを話したい」ということで、文章を、書いて準備する、ということはしませんでした。先生は心配でたまらなかったらしく、電話で、「どんな話しするの?」と聞いてきたそうです。


私も、Fなら、文章を用意しなくても大丈夫、とは思っていましたが、なにせ、「送辞」「答辞」という言葉も、今回初めて知ったことなので、(もちろん、聞いたこともありません)、「答辞」の役割、要するに、自分のことばかりしゃべるのでなく、三年生を代表して、ということが、わかってるかな、と、それがちょっと気がかりでした。

が、取り越し苦労でした。見事でした。

だいたいですが、こんな感じの話しでした。

「文章を用意していませんので、この場の感覚で、話しをします。まず、みなさん、保護者のかた、卒業おめでとうございます。・・・と、僕が言うのも変ですが・・・。(本人、会場、笑)」

と、最初に場を和ませつつ、高校三年間で、目標としていた、「ギターの修行、クラークの勉強、アルバイト」を頑張れたこと、他県からの入学だったので、大変だったこと、先生がた、親への感謝の気持ち、夢、進む道はみんな違うけど、夢に向かって頑張っていこう、というようなことを、笑顔で簡潔に述べていました。

その後、ギターの演奏もさせていただくことになっていまして、短い時間でしたが、堂々と弾いていました。


それにしても、心のこもった自分のことばで話しができる、というのは、きのくにの教育の賜物ではないかと思います。

自分をよく見せようと力が入ることなく、ほんとうに自然体で話しができるのです。そういう子を、きのくにでたくさん見てきました。


この「賜物」を生む、きのくにの教育、今回の場合、特に、具体的に、どういうところが効果的だったのか、思いつくまま列挙してみます。


・しょっちゅうミーティングがあって、自分の考えを述べる機会が多い

・机に向かっての授業でなく、いろんな活動をしてきたので、社会性が身についている

・「失敗する権利」を認められてきたので、「失敗したらどうしよう」「間違ったらどうしよう」と、ビクビクすることがあまりない


う〜ん、列挙するのも難しいですね。


要するに、心が解放されていて、自己肯定感がある、のひと言に尽きるのかな。

だから、「答辞」を聞いたことがなくても、その場の状況を理解し、柔軟に対処できるんだと思います。こういうのが、ほんとうの頭の良さなんだな、と感じました。


私が、「昨日のこと、ブログに書くよ。きのくにの教育がやっぱりすごいってこと、書きたいから。」と、Fに言いましたら、「ただの親バカと思われるよ」と言うのです。

やっぱり、そう思いますか?

確かに親バカですが、それ以上に、きのくにバカなんですが・・・。

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2009年2月24日 (火)

子どもの村ブックレット

今、私の手元には、『教育改革は体験学習からー子どもの村のプロジェクトの事例と考え方』というブックレットがあります。きのくに子どもの村学園が昨年11月に出版し、続編も、現在製作中だそうです。

薄いのであっという間に読めてしまいますが、中身は濃いです。

私が持っているのはNo.2で、5章からなっています。うち、2章は学園長の堀真一郎氏が書き、あとの3章は、三人の教員が、それぞれの担当したプロジェクトの活動について述べています。


第4章の『九頭竜川の研究』というのは、かつやま子どもの村学園の中学生たちが、「水の研究センター」というプロジェクトの中で一年間取り組んだ活動です。一年を通じての、子どもたちの成長ぶり、大人の暖かい配慮とまなざしに、何度もじ〜んとしてしまいました。


このプロジェクトでは、ミーティングの末、福井県を横断する九頭竜川の研究を中心とし、その中でも、「九頭竜川の模型づくり」「川の生物の飼育」「九頭竜川通信の発行」の三つが主な活動となりました。

きのくに・かつやまのプロジェクトは、体験を中心にすえた総合学習ですが、単に「体験する」ということではなく、大人(教員)が十分考えた、ねらい、があるのです。

きのくに・かつやまの教育理念は、「子どもたちが、感情的にも知的にも社会的にも、自由な人間に成長するのを援助する」ということなのですが、この理念に沿って考えられているのです。


「感情的側面」について抜粋します。p.57

【九頭竜川は学校から車で15分ほどのところにある。九頭竜川にかかわる問題は、中学生の身近にあり具体的である。大人の直接的な指導が少なくても、中学生が自分で発見したり考えたりしやすい。また、模型づくりや生物の飼育は、成果を自分で確認できる。

失敗したときは、大人から叱咤や注意をされなくても、活動自体が教えてくれる。意図的でなくとも、子どもの行動に対する大人の過度な批判的・否定的な発言は(そして、ときには褒慰的な発言も)、しばしば、子どもの人格の批判や否定につながる。少なくとも、子どもにはそう感じられることが多い。

こういった大人の側からの介入が少なく、失敗する権利が認められ、自分自身の考えや行動が存分に尊重される環境は、中学生を緊張や不安から解放するはずである。それにくわえて、実際に起きている本物の問題に取り組んでいるという実感は、中学生の自信になるだろう。

ついでにいえば、水にじかに触れる活動は、それだけでも十分に値打ちがある。水遊びをする、プールや海で泳ぐ、風呂につかる、といった営みは常に人々の身近にある。これは、水には、人を緊張から解放し、安らぎを与える力があるからである。身近な川にかかわる活動は、頻繁に水にふれる活動であり、それは中学生の心理的な解放につながるはずである。】


長くなるので、知的側面についてのねらいは省略して、「社会的側面」についてのところを抜粋します。p.58


【自分たちでたてた共通の目的は、ひとりの力では達成できない。本格的に模型をつくったり、川の調査をしたりするには、目標の共有とお互いの協力が必要である。

中学生たちは、これらの活動をとおして、表面上の協調や見せかけの優しさではなく、実際的に有用な協力のしかたを身につけていくはずである。そして、特定の子と仲良くしすぎたり、憎み合ったりせず、適度な距離をもった成熟した人間関係の基礎をきずいていくにちがいない。

また、共同作業のなかで、他人とのかかわりを多く経験する子は、自分自身をしっかり意識できるようになるに違いない。】


こんなふうに考えてくれている大人がいる学校って、なんてすてきなんでしょう!


実際の活動の様子では、本づくりの原稿について、こんなことが書かれています。p.68


【ところが、12月の最後のしめきりになっても、原稿の提出が間に合わない子がいた。計画的に取り組んでこなかっただけではない。話し合って、自分が書きたい内容を受けもっている。最後までこだわりたいのだ。けれども、二学期もあとわずかで、時間が足りない。本の完成を三学期に延ばそうか、という意見も出た。しかし、これには、原稿のしめきりを守ってきた子たちの多くが反対した。

プロジェクトの時間だけでなく、すべての休み時間をつかって、なるべくはやく間に合わせてほしいと、厳しい意見だ。それにたいして、普段はおとなしくてあまり意見をいわない三年生の男の子がこういった。

「休み時間をつかって自分でできるような人であれば、しめきりまでにしあげてくると思う。周りのみんなも声をかけてあげるとか、手伝ってあげるとかして、全員でその子たちの原稿を終わらせるように協力したほうがいいと思う。」

この子も、一学期から何かと原稿の提出に遅れてきた。二学期の半ばにもなると、見通しをもってとりくみ、しめきりを守るようになってきたが、間に合わないときの心境をよくわかっているのだろう。文字を書くのを苦にしない子からは出てこない意見だ。】

この深い洞察!子どもの発言を、こういうふうにキャッチできる大人がいる学校なら、親は安心して任せられますよね。


そして、さらにじ〜んとしてしまった最後の部分。p.79

【「九頭竜川の研究」にとりくんだ一年間をふりかえれば、16人の中学生は確かに成長した。けれども、学校が、子どもたちが幸福で自分自身の生き方をする人間へと成長する場であるというならば、この子たちがどんな大人になっていくのかを、これからも気にしていきたい。難しいことだが、その成長していく姿をふまえたうえで、この「九頭竜川の研究」の一年を再び見直し、次なる「九頭竜川の研究」にとりくみたいと思う。】


他の部分も、他の章も、ほんとうにすてきな子どもたちと大人たち、学校の姿が描かれています。息子たち、こんなふうに育まれてきたんだなあ、と思うと、ほんとうに幸せです。

続編も、楽しみだなあ。

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2009年1月26日 (月)

ともだち

すっかりご無沙汰いたしました。さて、復活です。

更新お休み中も、「あ〜、これ、書きたいな〜」ということがたくさんあったのですが、いったん手をつけてしまったら、また、ずるずるはまり込んでしまいそうだったので、我慢しました。そのうち忘れてしまったことも、多々あります。


約三週間の冬休み、Nは今まで以上に活動的に過ごしました。

同窓会があったため、12月のうちに、また、わざわざ大阪まで出かけていきました。昨年きのくに子どもの村学園中学校を卒業した20数名のうち、5分の4以上が集まったそうです。きのくにスタッフのご好意で、マンションの一室(とても広いらしい)を借りて、みんなで料理をつくって、食べて、夜中までおしゃべりして。Nは一睡もしなかったそうです。

夫が、「誰かお酒でも持ち込んだんじゃないの〜?」と聞きましたら、「そんなことしたら○○さん(お部屋を都合してくれたスタッフ)に迷惑がかかるやん。」と、はっきりしています。

こういうところが、しっかりしてるなあ、と思うところです。あまり心配せず、信頼して見ていられるのです。

帰ってから、「楽しかったよ〜。みんな、すぐ、中学の時みたいになるな。」と言っておりました。

特に仲が良い学年だったのかもしれませんが、男子も女子も、普通に話して笑い合って、とってもいい雰囲気です。話しを聞いても、写真をみても、すご〜く平和な感じです。


お正月は元旦から四日間アルバイト。遊ぶための資金づくりです。


そして、5日からは、特に気の合う仲間たち、男子6人で、乗鞍へスキー旅行。この6人は、きのくに国際高等専修学校へ進学したものもあれば、留学したり、地元の帰ったりと、いろいろです。それでも連絡を取り合って、久しぶりに会って旅行。たどり着くまでも笑えるハプニングがあったようですが、めいっぱい、二泊三日のスキーを楽しんできました。

宿では、お金を節約するため、夕食は頼んでいなかったのですが、お宿のおじさんおばさんが、「たくさん作ったから、これ、食べなさい」といって、結局二日とも、夕食を出してくれたのだそうです。

それで、「これでタダじゃ、申し訳ないよな」ということで、みんなで話し合って、食事のお礼ということで、多少なりともお払いしてきたというのです。これを聞いて、また、「しっかりしてるなあ、えらいなあ」と感動してしまいました。

きっとお宿のかたも、素直ですがすがしい高校生たちに好感を持ってくれたのでしょう。


そういえば、Nと同じ学年の女の子が進学した某高校の教員から、きのくにへ電話がかかってきたそうです。
「どうしたらあんなにすてきな子になるんですか?」、と。

こういう話しを聞くのも、嬉しい限りです。


それにしても、友達同士で計画して、乗鞍まで行ってしまうたくましさ、卒業しても会えばまたすぐ昔みたいになれる仲間たち。Nは、きのくにでたくさんの宝物をもらっているね。

親からはどんどん離れていってしまう、一抹の寂しさはあるけれど、やっぱり、なんでも話せる友達がいるって、幸せなことだよね。

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2008年12月11日 (木)

目ざめてほしい

10日発売の『AERA』 12月15日号に、良い記事がでていました。

【わが子に「学校」はいらないー公立でも私立でもない、もう一つの選択
 ゆとり教育の反動から再び「お受験」が過熱している。だが、受験エリートが社会で通用するとは限らない。教育に携わる親たちがわが子の選択肢から「学校」を捨てた】 P.75


ここで取りあげられているのは、東京コミュニティスクール(TCS)、よみたん自然学校(沖縄)、神戸フリースクールの三校です。


それぞれ、自然体験や、自分たちで考え、学ぶことを重視した、ユニークな教育を実践しており、子どもたちはたくましく成長しています。


TCSに8才の息子さんを行かせているのは、私立大学の教授のAさん。

Aさんは
【一方的な伝達形式の日本の教育では世界に通用しないー。根底には大学時代、アメリカへの留学体験がある。語学力以前に、プレゼンスキルがなく、議論に参加できない。悔しかった。相手に伝える力、主体的に学ぶ力が最も重要だと感じた。】
ということです。


TCSの理事長さんは、「大事なのは学ぶ意欲」と言います。

その通り、ですね!

そして、少人数では社会性が育たないのではないか、という指摘に対しては、こう答えています。

【30、40人学級だと、気に入らない相手は無視すればいい。でも、この人数だと、どの人ともかかわらざるを得ない。異年齢集団で、自分の判断で人とかかわることで本当のコミュニケーション力が生まれます。】

これも、その通り!


以前、きのくに国際高等専修学校に興味を持った友人がいて、パンフレットを差し上げたことがあったのですが、「教育は良いけど、人数が少ないね。うちの子には、もっとたくさんの人とかかわらせたいから、ここには行かないわ。」と言われたことがあります。

大人数だから人とかかわれる、っていうのは、幻想だよな〜、と思ったけど、多分、きのくににあまり心を動かされなかった故の後づけの理由なのでしょうから、何も言いませんでした。

でも、実際きのくには、人間関係の密度がとても濃いですよね。多分、心が解放されてないガチガチの大人は、やっていけないでしょう。

海外生活、一ヶ月同じメンバーで過ごすなんて、できますか?

しかも、その間に、旅行計画をたてたり、興味のある分野を掘り下げ、学び、皆が満足できるような活動を作っていくんです。

黙って、先生と黒板を見つめていれば日々が過ぎる毎日と比べて、どちらがコミュニケーション力が身につくでしょうか。


とにかく、今回のAERAの特集、よかったです。まだ書店にでていますので、みなさまご覧ください。


ただ、どれもすてきな学校ですが、学校教育法で定められた学校ではないので、例えばTCSは、【籍を置く地元の公立学校にTCSでの学習状況を伝えることで、公的な出席記録や卒業認定がされる。】ということになっています。

それを考えると、きのくには、学校教育法で定められた正規の学校法人なので、そのような手間や心配が必要なく、親としては(私としては)有り難い存在です。


記事に出てくる親たちのような考えを持つ人が、もっともっと増えたら、暗記中心、管理主義の公教育が廃れ、真の自由主義教育が当たり前になっていくんじゃないかな〜、と期待しています。


後半は、【大人になるキッカケが 学校にはないー「学校」を捨てた人生のその後】と題して、10代の頃から学校以外の場で自分の道を模索し、はつらつと行きている若者たちの取材記事が出ています。


こういう記事を読んで、今まで興味のなかった人たちが、目ざめてくれないかな〜。

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2008年12月10日 (水)

平野虎丸さんのお話

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この本は、熊本に住む、平野虎丸さんが書かれた本です。

たった今読み終え、改めて、政府、林野庁の無策ぶりとずるさに、ムカムカしています。それとともに、たった一人で地道に、勇気をもって活動を続けてこられた平野さんに対し、尊敬の念と感謝の気持ちでいっぱいになりました。


平野さんと出会ったのは、11月22日。きのくにのシンポジウムを断念して参加した、熊森協会福岡支部主催の講演会でのことです。

講師のかたは二人で、お一人はドイツ在住の環境ジャーナリスト、村上敦氏。もうひとりが平野虎丸氏でした。

村上さんのお話はドイツのフライブルグ市の町づくりについてでした。将来を見据えた政策が、ほんとうにうらやましくなりました。

市街地で広葉樹なら1.5mまで成長した樹木は伐採してはならないという法律があるそうです。理由は、空気清浄作用、保水作用、日陰を作る温度調整作用があるから。

また、傾斜10度以下の平屋根には、法律によって屋上の緑化が義務づけれらています。コストのかからない工法を支援しており、見栄え悪いけれど、環境的貢献を重視しています。見栄え優先のどこかの国とはだいぶ違います。


平野さんは、「熱い、行動のヒト」、という感じでした!

平野さんが理事を務めるエコシステムでは、自分たちで山を購入して、そこで自然復元による実生の森づくりをしています。そこでは、ツリーハウスに宿泊できたり、プレーパークとして子どもたちがおもいきり遊べたりします。
私の好きな「たき火」だって、できちゃいます。

詳しくはこちらのホームページをごらんください、

http://www.ecosys-jp.net/


話しの前に、配られた資料に目を通しましたが、日本の林業のことは、全然知らなかったので、「えっ、どういうこと?」と、大変興味をそそられました。

まず、その資料の、冒頭の部分を抜粋します。


【国民の皆さんへ

日本の奥山が税金で破壊されていることをご存知ですか。

治山治水のために自然林として残すべき奥山を、林野庁や県の森林関係、森林組合の方々が、シカ、サル、イノシシなど、野生動物の棲みかを木材生産のために破壊しています。

棲みかを奪われたシカやサル、イノシシたちは、里山へ降りてきて、その降りてきたシカ、サル、イノシシたちを国や県の皆さんの税金で殺しています。

国民の大多数は実情がわからぬままに、農林業被害が出るなら仕方がないと思っておられると思いますが、野生動物には何の罪もありません。
*事実をここで明らかにします。

農林業被害は、林業関係者の奥山での林業暴走が原因です。

皆さんの血税を使って森林破壊を繰り返し、野生の命を無駄に殺し続ける公務員の横暴を一刻も早くやめさせましょう。森林環境税も森林破壊やシカ殺しに使われています。真実を知ってください。】

私のように、「ん?どういうことだ?」と思われたかたは、ぜひ、平野さんの本をお読みください。
『日本政府の森林偽装』 中央公論事業出版 税別1300円です。


講演会では、実生の木と挿し木の根の違いを見せてもらいました。

実生の木の根は、下のほうへしっかりと伸びています。一方、挿し木の根は、ひょろひょろと細いものが、横にだけ少し伸びています。このような木は、大きくなっても根が下にしっかりはっていないので、倒れやすく、土砂崩れの原因になり、また、水源涵養の役目も果たせません。

そういえば、当地でも、おととしの台風のとき、あっという間に大水がでて、あちこちで土砂崩れが起きました。古くから住んでおられるかたも、「こんなことは今までなかった」と言っていました。


自然林を伐採して、スギ、ヒノキばかりを植えて、花粉症を引き起こすわ、土砂崩れは起きるわ、野生動物はすめなくなるわの状態にした、その責任は誰もとらず、今なお、国有林を破壊しつづけている林野庁と政府の無策ぶりに、腹が立ちます。

結局、政治家さんたちは、地球のことも、国民のことも、実は、全然考えていないんじゃないかとさえ思えてきます。自分たちがお金儲けをしたいために、利権がからんだ、よけいな仕事をつくりだしているだけ。


平野さんが森林保護を始めた21年前、熊本市の九州営林局へ足を運び、そこの課長さんと話しをしたときのこと、課長さんは、こんなことを言ったそうです。

「広葉樹を皆伐して、スギ、ヒノキの苗を植えることはよくないことだとわかっています。しかし、他の仕事がないから、労働者(職員)に仕事を与えるために仕方なしにやっています」


私はこの日、行きたかったきのくにのシンポジウムを諦めて、こちらの講演会に参加しました。でも、二つはつながっていたことに気がつきました。

私が自由教育をもっともっと広めたいと思っているのは、子どもたちが自立して、自分の頭で考えられる人間育ってほしいと思うからです。

今、政治の世界を牛耳っている人たちのような、自分のことしか考えない人間にはなってほしくないと思っているからです。

こういう(営林局の課長さんのような)志のない人間にはなってほしくないと思っているからです。


今日、数人の中学三年生が診療にきましたが、「これから塾に行く」とか「受験なので2月末まで来れない」という話しがちらほらでてきました。

私も自分の受験時代を思い出し、「ああ、あの頃は、受験のことで頭がいっぱいだったなあ」と思い出しました。


でも、それじゃあダメなんだと思う。いくつであれ、その年齢に応じて、新聞を読んだり、本を読んだり、映画を見たり、音楽を聞いたり、おもい存分遊んだりして、社会や人と関わり、自分の意見を持つことが大切です。

そうでないと、バカな政治家みたいになって、しかも、そういう人たちの言うことを、何の疑いも持たずに受け入れてしまうようになる。そういう人ばかりになったら、利益を得たい、一部の人の笛に踊らされて、あっという間に戦争にも巻き込まれてしまうでしょう。


きのくにの教育を広めることは、絶対に大切なことなんだ、と、強く思いました。


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2008年11月30日 (日)

きの高のフィールドワーク

きのくに国際高等専修学校では、後期に「フィールドワーク」とよばれる一週間があります。

この期間はすべてプロジェクト活動にあてられ、多くの場合、学校の外で活動します。例えば、Nが所属しているプロジェクト『音楽文化を探る』のフィールドワークは、こんなふうです。


24日(月):シンフォニーホールでクラシックコンサート。今回は千住真理子さんと小編成室内楽オーケストラの演奏でした。終了後、帰寮。

25日(火):午前中は学校で活動。午後から大阪の管楽器修理工房見学。関西フィル練習見学。古楽器のコンサート。新大阪ユースホステル泊。

26日(水):韓国の音楽サムルノリを習う。服部緑地ユースホステル泊。

27日(木):大阪音楽大学音楽博物館。同上ユース泊。

28日(金):嵐山オルゴール博物館、清水寺。16時頃京都駅で解散。(Nは帰寮)


すご〜く中身の濃い一週間。こういう予定も、自分たちでミーティングを重ねて決めていくのです。うらやまし〜!


Nはロックが好きなのですが、千住真理子さんのコンサートはとてもよかったらしく、
「ずっと聞いていたかった。目をつぶっていても、千住さんの音がどれかわかるくらいだった。」と言っていました。


他のプロジェクト、
『人権博物館から学ぶ』『プロジェクト日本』『土と炎からみた世界』、これらのフィールドワークでの活動も、とても魅力的です。

私が今中三だったら、絶対きの高を選んじゃうな〜、と思いました。

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2008年11月26日 (水)

これでいいのだ!

まずは、ご報告です。

さる11月2日、3日に、福岡で、九州ギター音楽コンクールが開かれ、初挑戦ながら、Fが首席二位(一位なし)という、うれしい結果を出すことができました。(今頃のご報告ですみません。)

http://kyusyuguitar.org/Contest/54/index.htm

このコンクールは、ものすごく課題曲が多いので、挑戦すればとても勉強になり、ステップアップにつながるということで出場することにしました。

結果が後からついてきた、という感じです。


その後も、浮かれている間もなく通常のレッスン、特別講師のレッスン、24日はスクールの発表会で演奏。

練習の合間には、コンサートを聞きに行ったり、バイトしたり。

30日は、知人がコンサートを企画してくれ、ヴァイオリンとの共演。そのヴァイオリン奏者は中学三年生の女の子ですが、キャリアはFを遥かに越え、三歳から英才教育を受けていて、コンクールでの優勝数回、現在は月に一回東京までレッスンに行っているそうです。


昨夜は夜10時に帰宅して、それから夕食。その前夜は福岡泊まりだったので、疲れてもう休むのかと思ったら、夜中まで練習。


この間、「今の生活はどう?」と聞いたら、「何も後悔することはないよ」という返事。


自分で決めて、進んできたことだから、やれるのかな。
我が息子ながら、かっこいい、と思います。


でも、こんなふうに、10代半ばでやりたいことがみつかって、まっしぐら、というのは、珍しいかもしれません。

堀さんも、「急がなくていい」と、よくおっしゃいます。


そう、やりたいことがみつかる、みつからない、じゃなくて、やりたいことをみつけるのも、しばらく考えるのも、いろんなことをやってみるのも、とにかく、親が指図するんじゃなくて、「自分で考えて、自分で決める」ということが、大切なんだろうと思うのです。

それが、少々のことではへこたれない強さにつながるのでしょう。


少し前に、きのくに高等専修学校の大人と、Nのことを話していたとき、こんなことを言われました。(今は詳しくかけないので、ちょっと漠然としているかもしれませんが、ご容赦ください。)

「結局、それが一番やりたことなら、天才バカボンのことばみたいに、“これでいいのだ”、と自分で思えるはずです。それならそれで、ええんちゃいますか?」


自分で考えて、自分で決めて、そのことに、自分でOKをだす、「これでいいのだ!」と思えること、それが生きていく力になるのですね。Fを見ていると、そのことばが、すっきりと腑に落ちる思いです。


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2008年11月10日 (月)

もうすぐシンポジウム

11月22日は、きのくに子どもの村学園主催の、教育シンポジウムが開かれます。場所は和歌山県橋本市の教育文化会館で13時からです。詳細は下記をご参照ください。

http://www.kinokuni.ac.jp/kenkyusyo/page009.html

きのくに主催の講演会、シンポジウムは、何度も行きましたが、行ったら必ず実りがあります。(何かを得ようと、積極的な気持ちで行くならば、ですが。)

今回は、主に中学生が話しをするようです。子どもたちの様子を見れば、自由教育というのが、どんなものか、きっと、何かを感じ取れるでしょう。

きのくにとかつやまの中学生以外に、韓国にあるガンディ・スクールの子どもたちも参加するようですね。(誰が通訳するのかな・・・?)

自由教育に興味のあるかた、ぜひ、おでかけください。


かく言う私、数日前まで行く予定にしていたのですが、他の用事ーこれもとっても興味があるものーが二つ重なったので、今回は、そちらを優先することにしました。

以前少し触れましたが、日本くま森協会の福岡支部が主催の講演会が北九州で催されます。

「クマの棲む豊かな森を次世代へ残そう」というくま森協会の活動を知ってから、ずっと、何かしたいと思っていたのですが、なかなかチャンスがなく、日々を過ごしていました。今回、せっかくの機会なので、行ってきます。

http://www7.plala.or.jp/kumamori_fukuoka/index.html

*「講演会のご案内」から、「詳細はココ」をクリックしてください。

それと同じ場所で、夜、クラシックギターのコンサートがあり、これは以前から行きたかったのですが、シンポジウムと重なっていたのであきらめていたものです。

http://www.hpmix.com/home/guitarra/E4.htm

九州のみまさま〜、きのくにのシンポジウムにも行ってほしいけど、上の二つもお勧めです!

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2008年11月 3日 (月)

きの高の、すばらしい試験

10月25日から11月2日まで中間休みで、Nが在宅していました。なので、久しぶりにいろいろと話しが聞けて、楽しい日々でした。


きのくに子どもの村学園小学校、中学校にはない「試験」が、きのくに国際高等専修学校には、あります!

Nにとってははじめての試験。わくわくしながら話しを聞きましたが、想像以上に“すばらしい”試験でした。少し、ご紹介します。

*なお、実際の試験問題を見たわけでなく、Nから聞いたものを書いているので、言葉、表現は、試験問題の文章通りではないことを、ご了承ください。学園には、ブログに載せることに関して許可を得ました。


『現代社会』の試験では、まず、一週間前に、三つのテーマがだされます。

○『戦争と平和』と聞いて感じるあなたの意見を書いてください

○あなたは死刑制度に賛成ですか?反対ですか?その理由と、あなたと異なる意見を持っている人にメッセージを書いてください

○大人になるにあたり、何が大切で、何に留意しなければならないと思うか

試験当日はこの中から二つがでて、それぞれ350字から400字でまとめる、というのが問題の一つです。この試験の時には、辞書、本など、何を持ち込んでもよいそうです。


もう一つは、事前に教科書のページ数を指定し、そこから出題された文章の空白をうめる問題です。(25問)


『日本語』の試験は下記のような問題がでたそうです。

○住所の表記に於いて、日本語と英語とでは、順序が違うが(日本語では国、県など、ひろいところから、細かい番地へ、英語ではその逆)、どうしてそのようなことが起こるか

○俳句が17文字で世界を表現できるのはなぜか。「コンテクスト」という言葉を使って説明せよ。

○日本語と英語では、Yes,Noの意味が逆になる場合があるが、それはどのような理由によるか


難しいけれど、やりがいのある試験だと思いませんか?

点数という結果よりも、考える過程を大切にしてくれている試験だと思います。

「なんでだろう」と、好奇心を持つこと、考えること、自分の考えをまとめること。どれも、とても大切なことだと思うのだけれど、多くの青少年が不得手とするところではないでしょうか。

点数で序列をつけ、偏差値を割り出すだけの試験では、あまり必要とされないチカラです。


私、高校時代、予備校時代と、何十回も試験を受けたけれど、できるかできないか、覚えているか忘れたか、のどちらかしかありませんでした。できないとき、覚えていないときは、試験時間が何十分あろうと、どうしようもなく、無駄に時間が過ぎていくしかありません。虚しかったな〜。


きの高みたいな、大人な試験なら、私も受けてみたかったです。


*他にも試験の科目はあったと思うのですが、上記二つの試験に感動してしまって、後は詳しく聞いていません。bearing

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2008年10月24日 (金)

あっという間にすぎてゆく

この前の運動会後、Nがしみじみ言っていました。


「もう10月か〜。早いな〜。きの高に入ってから、半年が過ぎたんか。これまでの時間をあと5回過ごしたらきのくに卒業。あっという間やな。」


毎日いろいろありながらも、充実してる様子がうかがえます。


高校のとき、私は何を考えていたかな。

中間テスト、期末テスト、模擬試験。一つ終わればまた次が・・・。だらだら勉強しているので、いつも寝るのは夜中。授業中は死ぬほど眠たい。

「いつになったらこんな毎日が終わるんだろう。一度でいいから、思いぞんぶん寝たい」、そんなことを考えていた高校生でした。(かなし〜)

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2008年10月18日 (土)

きのくにはふるさと

先日の運動会、Fも参加しました。

卒業生にはいろいろな行事の案内がくるのです。

相変わらず忙しい毎日で、参加はあきらめかけていたのですが、きのくにでチョイスを担当してくれたり、イギリス滞在中の料理ボランティアをしてださる美人マダムから、「運動会の日、うちに泊まりにこない〜?」とお誘いメールが来て、「運動会、行く!」と決断。

前日は通信制高校のスクーリングがあったため、そのまま福岡に泊まり、当日朝一番の飛行機できのくにへ。

私とは、全日別行動でしたが、ときどき垣間見えるFの表情が、と〜っても幸せそうでした。

久しぶりに会う友達と、近況を話しあったり、顔を粉まみれにしてアメ食い競争に参加したり。リレーにも参加していましたが、日頃の運動不足がたたったのか、「あれだけで足がパンパンになった」と後日話しておりました。

なつかしいきのくにのスタッフともおしゃべりし、しっかりDVDとCDー『W.カネンザイザーとその仲間たち in Japan 2008(DVD/CD)ーの営業(?)もしてきたとのこと。


http://homepage3.nifty.com/shingogt/CD/kanengiser.html

http://homepage3.nifty.com/shingogt/CD/shingofujii.html

(↑合奏で出演させていただいています。ソリストのちょうど右後ろのポジションだったので、DVDにはよく映っています。カネンガイザー氏の演奏はすばらしく、藤井先生の曲もとてもすてきなので、ご興味のあるかたは、ぜひ、お買い求めください。F、もしくは私に連絡してくださってもけっこうです。・・・私まで営業して、すみません。)


運動会後は友達とマダムのお宅へ。Fと同級の子が他に2人と、一学年下の子が2人の、計5人だったそうです。

最初は「ギターは持って行かんとうこうかな」と言っていたのですが、友達から「ギター持って来てよ!」とメールが入ったとかで、しっかり担いできました。

マダムは料理名人なので、すばらしい料理を堪能したとのこと。そして、その日は来れなかった友達の情報なども聞き、みんなそれぞれ元気でやっている様子に、Fも刺激を受けたようです。

Fのギター演奏はマダムのハズバンド様も聞いてくださったそうです。ほんとうにみんな、暖かい人たちです。


翌日はまた福岡でレッスンが入っていたので、うちへは戻らず、そのままギタースクールへ、の強行軍。(まあ、堀さんに比べれば、なんてことない、か・・・。)


11月初めには初のコンクール出場を控えているので、私は最初、「時間がもったいないんじゃないかな〜」と思っていました。でも、帰ってからのFは、より集中して練習し、気も充実しているようです。


やっぱり、きのくには、Fの心のふるさとなんだな。元気になれる場所なんだな。


ある保護者のかたが、「きのくにに来ると、どうしてこんなに楽しいんだろう。すっごく元気になるの。」とおっしゃっていたけれど、私も同じ気持ちです。保護者でさえそうなんだから、そこで何年も過ごしたFには、もっと深い安らぎと楽しさがあるんだろうな〜。

きのくに、ありがとう。Fはますます元気です。

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2008年10月13日 (月)

15周年を祝う会と運動会

10月11日は、きのくに子どもの村学園15周年の記念イベント、夜更かし会、翌日12日は運動会があり、行っていました。

もう楽しくて楽しくて〜。とにかく笑い、しゃべり、泣き、の二日間でした。

ひとつひとつ書くとキリがありませんので、特に印象深かったトピックだけ書きます。その場にいらっしゃらなかったかたには、何のことかよくわからないかもしれませんが、雰囲気だけでも、感じ取っていただければ幸いです。


今回、はじめて区長さんのお話をじっくり聞く機会があったのですが、ほんとうにすばらしいかたで、人柄がお話ににじみでていました。自分の土地を学園のために提供してくださったりもしています。きのくには、区長さんに物心ともに大変お世話になっているのです。


きのくにの小中学生は、自分たちが暮らす(学園がある)彦谷地区や昔の生活のことを調べるために、区長さんに話しを聞く機会がたびたびあるそうですが、区長さんはそれをとても喜んでくださっています。

「わしがこんなに元気でいられるのも、きのくにの子どもたちが話しを聞きにきてくれたりして、いろいろ話をするから。ほんとうに幸せ。」と、優しい笑顔でおっしゃるので、涙がでてしまいました。

堀さんと出会ったときの話しなども、聞かせていただき、これまたじ〜んときてしまいました。

過疎が進んだ地区には、いろいろな話しが持ち込まれたそうです。堀さんを紹介されたときも、最初は、「わし、先生と呼ばれる人はすかん」、だったのですが・・・。区長さんは今、きのくにになくてはならない存在です。


この日の夜更かし会には、きのくにが大変お世話になっている会社の社員さんが参加してくださいまして、しかもお泊まり。翌日の運動会でも活躍されました。お酒を飲んで、夜中まで話し込んだ翌日に、丸太をのこぎりでギコギコしたり、長距離走をしたり。

後で、「どうでしたか?」と尋ねると、「いや〜、楽しかったです。今度のイベントは卒業を祝う会ですかね。また来たいです。」とおっしゃってくださいました。ご来賓のかたが、一緒に楽しんでくださるなんて、ほんとうにうれしかったです。


例年運動会は10時に始まるのですが、今年は、前日がイベントだったため、11時はじまりとなりました。それで、種目も減らし、時間短縮に努力したようです。

最初、1時間短くなる、と聞いたとき、「じゃあ、時間のかかる丸太切り競争はカットされるだろうな。超長距離走もなくなるかな〜」と思っていたのですが、あっぱれ、どっちもありました!

そして、「デカパンで山こえ谷こえのんでくってゴール」という、今までの三つの種目が合体したものが登場しました。どれも人気種目だったので、なくすわけにはいかない、ならば合体、という発想、すごく柔軟ですね〜。

丸太切り競争は、最初にこの種目ができたころは、丸太を一人一人が最後まで輪切りにして、それで次の人と交代して、最後の人が終わるまでの時間を競う、というふうにしていたので、とても時間がかかっていました。徐々に改善され、今年は一人30秒ずつで交代していって、いくつ丸太を切り出せたかを競うものになりました。


運動会、って毎年同じ、ただ学年が変わるだけ、というのしか経験していなかった私としては、とても新鮮でした。

ここにも、きのくにの、自由で柔軟な精神を見た思いがしました。


それから、毎年感動するのが、司会の子(運動会委員になった小中校生)の名司会ぶり。今年担当してくれた子は、派手なしゃべりでなく、落ち着いた、穏やかな進行で、とてもいい感じでした。

「今から始めるよ〜」とか、「綱引きの準備、ちょっと急いでもらえる〜?」という感じで、聞いているほうも、「時間がおしてるんじゃないかしら」というハラハラした気持ちが、すっと落ち着くのです。

多分、普段、きのくにの大人たちから、こういうふうに話しをしてもらっているんだろうなあ、と思いました。


まだまだ感動はありますが、オフレコものもあり、すべてはここに書けないのが残念です。

またなにか思い出したら、書いていきます。

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2008年10月 1日 (水)

子どもの将来の幸福のために

今回も、霜田静志氏の復刻選集 第1集(P45)からのご紹介です。


ー昭和26年4月第17号ー

【こう考えてくると、子どもの成績ばかり気にする親も、子どもをきびしく叱ってばかりいる親も、実はそれは親自身の不幸に出発しているのであることがわかる。

子どもが子どもがと、必要以上に子どものことを心配し、子どもに期待をかけすぎる親は、実は自分自身人生に失敗した親なのである。


そこで子どもの将来の真の幸福を願うならば、親はこの点について、深く自分を反省する必要がある。

親は自分自身の不満を、子どもにつぐなわせようとしてはいないか。自分が人生の劣敗者であるために、いつか子どもに暗い影を投じているのではないか。そういうようなことを充分に反省してみる必要がある。

そして自分の生活のなかから暗い影を払拭して、幸福な明るい態度をもって子どもに臨むようにつとむべきである。

子どもの将来を明るく幸福なものにしてやろうとしたなら、まず親自身、明るく幸福になるようつとむべきである。

子どもにやかましい親、何かと口やかましく小言ばかり言っているきびしい親は、ほとんど決まっていずれも人生の劣敗者である。

そこでこういう場合に子どもに小言をいうことをやめて、親自身何とかして自分の幸福を取り戻すよう努力しなければならぬ。自分を幸福にすることによってこそ、子どもを幸福にしうるものだからである。】


鋭い文章です!

よく、「息子は医者になってもらいたい」とか、「自分が○○になれなかったから、子どもにはその夢をかなえてもらいたい」という親がいますよね。そういうのを、苦々しく聞いていました。

子どもは子どもの人生があるのに、どうして自分の夢を子どもに押し付けるのよ!それが子どもを苦しめていることに、どうして気がつかないのかしら、と思って。そんなに医者がいいなら、今からでも遅くないんだから、自分がなればいいじゃん、って。


でも、わたしも似たようなものだったことに気がついて、が〜ん!

私は昔から、海外青年協力隊とか、難民を助ける会、などに興味があって、そういうところで活動したり、それを仕事にしたいと、漠然と思っていました。でも、現実は、その方面でなんの努力もせず、何も実らず、今日に至っています。

多分、そのせいでしょう。息子に、「社会貢献できる仕事を選んでもらいたいなあ」と、密かに思っていたのです。

だから、私がそういうたぐいの本を読んで感動して、それを読むように勧めても、あまり関心を示さなかったりすると、ちょっとがっかりしてしまうのです。


あ、私も、同じじゃん、と気づいて、自分にもがっかり。


でも、気づいてよかったです。

これからの人生のこと、また、考えます。


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2008年9月27日 (土)

子どもの自由と限界

9月19日の記事『自由の限界』に掲載した、霜田静志氏の文章の続きです。


【子どもの自由は尊重しなければならぬ。いやがることを無理に強いるべきではない。子どもの欲することは、できるだけこれをとげさせてやる必要がある。

だが、さればと言って、子どもに自由にさせるために、大人はあらゆる不自由を忍んで子どもに奉仕するのであってはならぬ。何人も自分の自由に振る舞って差し支えはないが、ひとの自由を侵害する権利はない。

自分が風呂にはいりたくなかったらはいらないのはその子の自由であるが、母がはいろうとするのを妨害する権利はない。このことを学ばせることが真の自由を学ばせる道である。

然るにあの第三の母は、この大事な教育をしていないのである。これでは到底社会生活に適応しうる人物を育成することはできない。


多くの母は子どもに泣かれると、じきにそれに負ける。そのためにあたら愛児をできそこないにしてしまう。ルソーはあの名著『エミール』の中で、自分はエミールが我を張ってこれを通そうとして泣くときは決してそばへ行ってやらない。いつまでも泣かせておく。そして泣きやんだらそばへ行ってやる。

こうすれば子どもは、大人というものは泣く子はきらいらしい、泣く子は大人の相手にされない、ということを学ぶであろう、とこのように言っているが、何と多くの親たちはこの反対のことばかりしていることであろう。


彼らは子どもが泣きさえすれば、ことの如何を問わずそばに行ってやる。子どもが無理を通そうとして泣いているのであると承知しており、こういうのを通さしてはいけないと知りながら、泣かれるとうるさいもので、つい負けてしまう。こういう母に限って、叱ってみたりご機嫌をとってみたり、おどしてみたりすかしてみたり、数々にやってみて、それでも泣かれると、最後にはまけてしまう。


いけないことはいけない。できないことはできないと言いきって、泣いてもわめいても、かまわんでほうっておけばよいのに、それができないのである。

この辛抱ができないために子どもを損ない、後になって、どうにも手のつけられぬようなわがまま者を作り上げてしまうのである。


こういうと、子どもにはきびしくすべきである、叱ることも必要である、と言っているかに思われるかも知れぬが、そうではない。


叱るのでなしに、この教育をしっかりやるべきであるというのである。


わがままを言うときには、これを叱りもしない、ご機嫌をとりもしないで放っておく。ただ大人の自由を侵害しようとするときは、そのようなことをさせないように斥けるのである。これも叱って斥けるのでなしに、その限界を知らしめるように導くことである。


前号の『心理の開眼』のところで、4才のヘレンがマントルピースから置き時計を取ろうとした話しがでている。ヘレンの母はこれをガミガミ叱ったが、こういう場合あなただったらどうするか、とニイルはきかれて、それをとめるのは自分だって同じである。ただ違うのは、多くの親がそれは悪いことだからやめろと言うのに反して、自分は悪いとは言わない、それをされては大人が迷惑するからやめてくれ、と言ってとめるのだと言っている。


叱る教育と叱らぬ教育の違いがそこにある。


前者は権威をもって子どもに臨み、教訓を与えて子どもを善良ならしめようとするのであるが、後者はそのようなことをしないで、子どもに自由に振る舞わせておきながら、自由の限界を知らしめて、社会的な正しい態度のできるように指導するのである。】
(霜田静志氏復刻選集 第1集 p40-41より)


息子たちがきのくにに転入して、最初の1、2年(もっとだったかな?)は、お風呂も毎日入るわけでなく、洗濯もろくにしていませんでした。靴下なんて、ず〜っと同じの履いてる。

だから、空港まで迎えに行っての帰り、車の中で彼らがリラックスするために靴を脱いだりすると、ものすごいニオイが!

で、私、言いました。

「あのね、足がすごいにおいだから、飛行機の中では絶対靴ぬいじゃだめだよ。他の人の迷惑になるからね。」smile


自由教育がどういうものかを知らなければ、こうわめいていたでしょう。

「あんた、全然お風呂入ってないね!洗濯もしてないね!今度きのくに行ったら、必ず毎日お風呂入りなさいよ。洗濯もちゃんとしなさい!もう、すごいにおい〜。寮母さんにも、ちゃんとお風呂はいるように言ってもらうからね!」って。shock


*霜田氏の文章、とてもわかりやすいですが、それでも、何度か繰り返し読んでいただきたいです。繰り返して読まないと、肝心なところを見落としてしまうでしょう。

子どもが何か、つらかったり悔しくて泣いていて、親にそばにいてほしい気持ちのときにも、「子どもがわがままになる」とばかり、突き放してしまうのは、自由教育ではありません。文中にも、「エミールが我を張ってこれを通そうとして泣くときは」と書いてあります。(言わずもがな、だったかもしれませんが・・・。)


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2008年9月22日 (月)

ストレスを減らせば・・・

先日の、霜田静志氏の文章「自由の限界」、いかがだったでしょうか?

「じゃあ、実際、どうやって子育てすればいいのよ〜」とストレスのたまったかたがいらっしゃったらごめんなさい。続きがあるんです。ちょっと長いので、今週後半くらいにまたアップします。今日はその前に、別のことを少し書きたいので、霜田氏の文章はいましばらくお待ちください。


まず、まいさんのブログにうれしい記事がでていましたのでご紹介します。↓

http://kokoro-no-jiyuu.blog.so-net.ne.jp/2008-09-22

きのくにの教育に触れて、その良さに感銘を受けてくださるかたがいるのは、とても心強いことです。そして、きのくにの、自由主義教育を子どもにプレゼントするということは、とても大きな意味があると思うのです。霜田氏の文章を読むと、よくわかります。(追々ご紹介していきます。)


さて、昨日はこちら(大分県)では小学校の運動会が開かれたところが多かったです。しかしあいにくの雨。私が住む町の小学校も、結局途中で中断し、続きを今日の午前中行ったそうです。


FとNも少しだけ地元の小学校に行きましたから、運動会の経験もしました。

仕事していると、雨で運動会が延期になる、って、親にとってはものすごい負担になるんですよね。おまけに二人の子どもが保育園と小学校にわかれていたりすると、どちらか一つでも延期になると、もう大変。とにかく予定通り終わってくれることを祈るばかりでした。

微妙な天気のときは、爆竹が鳴る早朝まで、「お弁当つくっちゃっていいのかな〜」と迷ったり、延期になったときは、既に予約の患者さんが入っているから、全然見に行ってやれない、という状況に胸をいためたり。


きのくにの運動会は、雨の場合は体育館を使って、別メニューにしたりして、とにかく予定の日通りに行われますので、そういうストレスから一気に解放されました。

これは、親にとってはとても助かります。こういうところでストレスを感じなくて住むのは、ほんとうにありがたいことです。


他にも、「忘れ物」の心配をしなくていいし、日々の宿題はもちろんのこと、夏休み、冬休みの宿題がないので、「ちゃんとやってるの?」「間に合うの?」と親が焦る必要もありません。たっぷりの時間を、ゆったりと過ごせます。だから親もイライラしなくてすみます。・・・というのは、ひらおだい四季の丘小学校の保護者さんも書いておられます。↓

http://blog.goo.ne.jp/quattro-stagione-collina/e/7bfbc1784b5a7aaaf650b5251d47b438


親のストレスが少なくなると、子どもへも寛大に、やさしく接することができます。

親がやさしく、ゆったりとしていると、子どもも落ち着きます。良い循環が生まれます。


巷では、学力低下がすごい大問題みたいに騒がれ、全国一斉テストなど、大人は右往左往しています。何がそんな大問題なんだろう、と不思議です。(それより、温暖化のほうがよほど大ごとなのではないでしょうか?)

大人がますますイライラして、子どもに対してゆとりがなくなっているように思います。


大人のストレスを減らす教育にしたほうが、子どもも幸せになると思うんだけどなあ。

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2008年9月19日 (金)

自由の限界

先日たまたま買った本に、きのくに子どもの村学園のことが載っていて、びっくりしました。

著者は法政大学教授で教育評論家でもある、尾木直樹氏の『いじめ問題とどう向き合うか』(岩波ブックレットNo.695)。

以前きのくにがある番組で紹介されたときにコメンテーターとして出演しておられ、そのときに映されたきのくにでのミーティングの様子に言及しておられました。その他の部分も、「その通り!」と言いたくなるところばかりで、尾木さんの本に紹介されたのがうれしく、さっそくきのくににもお知らせしました。


そのとき電話で事務のかたとお話したのですが、そのかたは、以前尾木さんを含め数人が教育のことについて話す番組を見たそうです。「尾木さんていいこと言わはりますよね。」とおっしゃっていましたが、番組自体はひどかったそうです。

「子どもは叩かないとわからない」「びしびしやらないとダメだ」というような意見がほとんどで、尾木さんは孤立無縁だったとのこと。

現在の橋下大阪府知事(当時は弁護士?タレント?)も参加していたそうで、「私も子どもは叩いて育てましたが、いい子ですよ!」と尾木さんにくってかかる勢いで、とても嫌な雰囲気だったということです。


選挙でもなんでもそうなんですが、私が「同感!」と思った意見は、少数派なのかなあ。


早速、尾木直樹さんで検索してみましたが、やはり批判的な人が多いこと!

尾木さんでこんなに批判されるなら、戦争中に『叱らぬ教育』を唱えた霜田静志氏なんて、どうなっちゃうんだろう、と思って検索してみましたが、書籍の紹介くらいしかヒットしません。故人ですからしょうがないのかもしれないですが、現代人で霜田氏のことを知っているかたは、ほんとうに少なくなってしまったのですね。

かく言う私も、きのくにに出会わなければ、霜田氏のことを知ることはなかったでしょう。


霜田氏が出しておられた『愛育通信』をまとめた『霜田静志復刻選集』というのを読んでいるのですが、ほんとうにすばらしい文章で、私ももっと早くにこういう考え方に出会いたかった、と思うばかりです。

このブログを見てくださるかたのほとんどは、霜田氏のことをご存知だとは思うのですが、誰か一人でも、こういう子ども観、人間観、教育観に触れて、関心を持ってくださればうれしいので、ここでも、ときおり文章を紹介していきたいと思います。

以下、復刻選集1の39ページより抜粋いたします。


【自由の限界】ー昭和26年6月3日 第16号ー

三人の母

或るとき、三人の母が一緒に旅行に出た。この三人の母は、それぞれに5才から6才の、まだ学校にあがる前の子どもをつれていた。三人は温泉宿にくつろいで、さて風呂にはいろうという段になってみると、三人の子どもの態度がそれぞれに違う。

第一の母の子は、一緒にお風呂にはいろうと誘うと、喜んで母と一緒にはいった。

第二の母の子はすすめられてもいやだと言ってはいらない。お室で遊んでいるからお母さん入っておいでという。仕方がなしに第二の母はわが子をおいて自分だけはいりに行った。

ところが第三の母の子の場合はまた違う。この子は自分がいやだからと言って入らないばかりでなく、お母さん行っちゃいや、と言って母をも入らせない。


私はたまたまこの座に連なっていて、三人三様のこの様子を見て、三人の母の子どもの育てかたがわかるように思い、興味深く感じた。


第一の母の場合は、子どもはよく育てられ、よくしつけられていて、母と子の間がぴったりしている。まことにはたの見る目にも気持ちのよいものであった。


第二の母の子どもは、自分がはいりたくなかったら、いくら母が勧めたってはいらない、まことに個性のはっきりした子どもであった。第一の子どものように、すなおに母の言うことをきく子もよい子ではあるがーまた事実多くの親はこういう子をよい子とするのではあるがー言うことをきかぬ第二の子どもも、私には何だか頼もしい子どものように思われてならなかった。

自分のいやなものはいやと、はっきりした態度をとっている。それでいて母がはいろうとすることに対しては少しも邪魔しないのである。これは自己の自由を主張すると同時に、ひとの自由も尊重する、まことに好もしい態度である。

そこにはちゃんと自由の限界があり、その限界は守られている。第一第二の母は、いずれも子どもを上手にそだてており、しつけもちゃんとできている。こいうのは見ていても気持ちがよい。


ところが第三の母と子の場合は違う。これでは子どもはもう自由の限界を越え、わがままであり勝手である。自分が風呂にはいりたくないなら、はいらなくてもそれはその子の自由である。しかし自分がはいりたくないからと言って、母をはいらせない、という法はない。「お母さん行っちゃいや」と言って泣いて母を困らせるのは、「泣く」という武器によって母を征服しようとしているのである。


「この子はいつもこうで、本当にしょうがないんですよ。」と母は弁解して、あたかもその子のこのような性質は、生まれつきのもので、どうすることもできぬもののように言っているのだが、実は母親の育てかたが間違っていたために、このようにしてしまったのである。

このような子どもの態度を許しているのは、明らかに自由をはきちがえているのである。少なくとも自由の限界を忘れているのである。

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2008年9月12日 (金)

その4

過去のコメント掘り起こしも、今回で一区切りです。

ここで取りあげさせていただいたみなさま、ありがとうございました。また、いつも読んでくださるかた、コメントしてくださるかた、ほんとうにありがとうございます。

私も改めて読み返しながら、あのコメントのように考える大人が増えてくれば、たくさんの子どもたちが、もっと幸せになるのになあ、と思いました。


では、最後は、
○通りすがりのおやじさん、さんのコメントです


子ども    ドロシー・ロー・ホルト 作


 批判ばかりされた子どもは 非難することをおぼえる

 殴られて大きくなった子どもは 力にたよることをおぼえる

 笑いものにされた子どもは ものを言わずにいることをおぼえる

 皮肉にさらされた子どもは 鈍い良心のもちぬしとなる

 しかし、激励をうけた子どもは 自信をおぼえる

 寛容にであった子どもは 忍耐をおぼえる

 賞賛をうけた子どもは 評価することをおぼえる

 フェアプレーを経験した子どもは 公正をおぼえる

 友情を知る子どもは 親切をおぼえる

 安心を経験した子どもは 信頼をおぼえる

 可愛がられ 抱きしめられた子どもは

世界中の愛情を感じとることをおぼえる


スゥエーデンの教科書に載っている詩です、いい詩ですよね。

はじめましてmamiさん、時々訪問させていただいております。
スゥエーデンをはじめヨーロッパの多くの国では、親でも体罰(暴力)が禁止(法律で)されています。

だからと言って決して甘やかされてるのではありませんし、ちゃんと立派な社会人になっています。
スゥエーデンでは、日本のように型にはめ「教える」教育はせず、子どもが自由に伸びるにまかせ、大人は子どもが伸びられるような環境を整える役割を担っています。

授業もみんなで議論をしてすすめる、自分で考えることを重視する教育です。

私も、自分ではあまり憶えていないのですが、子どもをたたいてしかったことがあります。
最近、20歳になる子どもがその時のことを憶えていて、「なぜ、怒られているのかわからず、ただ怖かっただけ」だったと言っていました。

その時の自分自身の心理状態を今考えてみると、自分の言う事を聞かない(自分の思い通りにならない)ことに対する怒りを子どもにあたっていただけだったように思います。

子どもに特定の基準を「良いもの」として押し付け、その基準からはずれると「悪いもの」と、子どもの個性を見ることなく「自分の子どもはこうあってほしい」という思いが勝手に親の愛情と思いこんでいたように思います。

最近、日本の教育が子どもの個性を押さえ込み、子どもが自由に考えたり、話し合ったり、協力しあったりすることがやりにくい方向に進んでいることに不安を感じます。
 
きのくにでは、校則などいろんなことを大人と子ども全員の話し合いで決めると聞きました。
いじめの問題も子どもたちが話し合いで解決しているところをテレビで見たことがあります。

きのくにのような学校がもっとたくさんできるといいですね。応援しています。

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2008年9月11日 (木)

その3

6月19日の記事『しつけと体罰』↓へのコメントから、二つアップ致します。

http://kinokuni-daisuki.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/post_2200.html#comments


○むさしさんのコメント

mamiさんに、共感しつつも、「体罰絶対反対」と声高に言えないのは、自分の子育てを振り返って、実は、手も出したし、怒鳴ったり、脅すような言葉の暴力も日常茶飯事だったからです(きのくにに出会うずっと前のこと)。
そして、今そのことを振り返り、「あんな方法でなくとも、もっとやりようがあったのでは・・・」と後悔しています。

手が出たり、怒鳴る時、「この子がきちんと成長するために、心を鬼にしてあえてそうしている」とか「しつけのためにはこのくらいの体罰が適当な度合いだ」とか、そんな冷静に分析して、自律的に出来るものでしょうか。

たいていの場合、「人に見られてどう言われるか」みたいな思いや、自分のペースが乱されることへのイライラが、引き金ですから、自分の側の要因でエスカレートしがちです。

体罰を、しつけの方法として、適度に使いこなすような上級テクニックは、私には無理。コントロールできない手法は使うべきでなかった。一生懸命、育ててきたけど、結果的に子どもをとても傷つけてきてしまったかも知れない・・・そんな気持ちです。
  
 中略

それと、書いてきたことと相反するかもしれませんが、人間ですから、子どものことを深く思ってる親御さんが、つい手が出ることがあって、それを気にしすぎて自分を責めてしまって悩んでいるとしたら「大丈夫、そんなに気にしないで」と言ってあげたい思いもあります。


○くるくるさんのコメント

毎日の生活で、特に意志の疎通がままならない頃の子どもと暮らしていれば いろいろな場面で、選択→即決断の連続です。理屈より咄嗟に手がでたり、無理やり大人の判断に従わせてしまう事もあるかと思います。

けれど・・今私は大好きな伯父と別れ、動揺し乱暴な言い方だったり相手を尊重することが疎かになっています。これは私の心の状態が招いた事です・・我が子は許してくれますが、それは子どもにとって必要な存在だから。世界で一番大好きと言ってくれるからと甘えてはいけない。私の主張に従わせられたとしても、傷ついた目を見て自己嫌悪です。正論を言ったとしても心に残る効果はゼロに限りなく近く、怖いだけですね。

やっぱり心の余裕は たいせつ、そして どうしても避けられない状況や押さえきれない感情があるのも現実。

むさしさんのお話の中の
>コントロールできない手法は使うべきでなかった。
この言葉は、とても響きました。

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2008年9月10日 (水)

その2

昨日に引き続き、過去のコメントのアップです。


○さんちゃんさんのコメント


22年近く前に第一子を出産しました。
その当座は赤ちゃんが泣いている理由がわかりませんでした。眠いか、空腹か、暑すぎか、寒すぎか、たいくつか … など、

夜泣きがひどい時期には「なんでこんなに毎晩毎晩泣くのか?」とイライラしました。

でも、時が経って、子どもは理由もなく際限なしに泣くのではないことがわかりました。理由もなく反抗的な態度をとるのではないことも。

生まれてすぐは日本語は通じないように大人は感じても、心は通じている。赤ちゃんの言っている(泣いている)意味がわからないイライラ感なんかは感じとっているのが、子どもが話せるようになるにつれて、だんだん深く、私がわかるようになりました。

親がイライラしないでこころ安らかだとそれだけで赤ちゃんや幼児が落ち着くことを体験することで親としての自分が少しずつ成長してきたと思っています。

自分が言葉の通じない世界に突然放り込まれたと想像すると、どのようにしてあげれば不安が少ないかということがわかると思うのです。そこからしつけが始まります。

新聞記事にある『体罰は即効性はあってもほかのしつけ方がわからなくなる』子ども共に育ってきて、この言葉には、まったく同感します。

きちんと子どもを受容していれば、子どもはかなり小さい時から、話せばわかります。
もちろん、受容とは、子どもの言いなりになって、子どもを好き放題に放置するのではありません。

即効性のある方法を使わない、それに頼らないほうが、子どもとより深く向き合え、子どもを深く理解できるようになると思います。そして、その即効性のある方法に頼らないことで「受容」ということの深い意味もわかってくると思うのです。

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2008年9月 9日 (火)

コメント掘り起こしーその1

少し前の話しになりますが、2008年6月19日の記事『しつけと体罰』に、たくさんコメントをいただきました。

どれもありがたいコメントなのですが、特に、このまま埋もれてしまうにはもったいない、と思えるものを、これから数日間、記事としてアップしたいと思います。

同6月23日の『大人の問題』中で触れましたように、koyamaさん、さんちゃんさん、むさしさん、くるくるさん、通りすがりのおやじさん、以上のかたのコメントを転載させていだきます。
特に私の意見は付け加えませんが、その当時の前後の記事中には触れていると思いますので、ご関心のあるかたは、そちらもご覧ください。

ここでアップした以外にも、すてきなコメントがたくさんあります。最近、このブログを知った、というかた、お時間かかりますが、どうぞ、ぼちぼち、過去の記事やコメントなど、お読みいただければうれしいです。


○koyamaさんのコメント


私も息子が幼い頃は「躾のなかの体罰」は時と場合によっては、やむをえない・・・と思っていた時期がありました。

手をあげてしまって、後で落ち込んだり、「よその子やったらほっとけても、自分の子やから、あかんことはわかってもらいたいんや。だから・・・。」と自分自身に言い聞かせたり、「愛情があるから怒るねんで」と息子に話したこともありました。

しかし、今は違います。子どもと向き合い、きちんと話し合いすることで、体罰などなくても幸せに解決するということができる事を実感したからです。

子どもは自分の事を信頼してくれる大人(親)のいうことは素直に耳を傾けてくれます。「なんで?」って思う事があったら、その「なんで?」を子どもと対等に話し合える関係になっていったからです。

私は以前、「体罰」「言葉での暴力」に傾く時は、大人(親)に時間が無い時、心に余裕がない時などに、自分(親)の言い分を無理やり通そうとするあまり、つい、感情にまかせて、咄嗟に出てしまう→悲しい気持ちになっていました。

同じように子育てしている親御さんからも同意見の方が多かったです。

しかし今は、子どもが納得していない(なんでそうなのか理解できない段階)と思った時は、愛のムチではなく、「なんでそう思うんかな?」って、相手の話を聞いてあげる『心のゆとり』を先に親がみせる。すると、子どもも親の言う事を理解しようと耳を傾けてくれるようになっていって、双方の気持ちも楽になり、叱ること自体、ほとんどありません。

場合によっては、子どもの理屈のほうが通ってる時もあります(笑)。


「きちんとした躾」ってなんだろう?
他人から見た「きちんとした」だったら、場合よって、要らないものもあるかも?
それより、「我が家にとって」大切だと思う躾とは・・・?
「自分がいやなことを人にしない」
「人を傷つけない」などなど・・・。
おうちによってさまざまだと思いますが、
ひとまず、根っこの部分がしっかりしてたら、小さい頃に少々お行儀が悪くても、いずれ自分で気づいて良くなっていきます。
その為にもやはり「親は後ろ姿」を常日頃から子どもに見せてやりたい。と、背筋も気持ちも伸びる今日この頃です(笑)。

以上が「体罰、躾」に関する私の考えです(^^)。

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2008年8月20日 (水)

社会に出ても

Fが以前からバイトしていたお店で、Nも数ヶ月前からバイトさせてもらっています。

といっても、こちらに帰ってくることが希ですので、一ヶ月に一度帰宅したとき、お店も人手が欲しいとき、ということで、毎日というわけではありません。

でも、8月はけっこうお呼びがかかり、お盆の週は5日間、朝9時半から夜9時まで働いておりました。お店は石釜で焼くピザが大人気で、自家製ベーコンやスペアリブ、パスタもおいしくて、休日にはお客さんが並んでいます。今回も、大忙しだったそうです。


これまで数回の皿洗いで職場にも慣れたころ、オーナーの奥さんから、「Nくん、笑顔がすごくいいから、ウエイターやってみない?」と言われたとのことで、8月はウエイターデビューでした。メニューを持ち帰って略称や種類を覚えていました。


先輩ウエイターさんからいろいろアドバイスもしてもらったそうです。

「“お客さんは自分の鏡だと思いなさい。自分が笑顔だと、お客さんも笑顔になるよ。”って言われた。ほんとにそうやな。それに、ウエイターさせてもらってよかったな。これから社会に出たら、いろんな人に会うし、いろんなことがあるやろ。」と、とても素直に受け止めています。


仕事に向き合う姿勢について書かれた本なども貸してくれたので、熱心に読んでいました。


「今日はな、本で読んだことを思い出しながら仕事したんで。でな、お客さんに、ピザが直径何センチかって聞かれて、それがわからなかったんで、そのときは、“わかりません”って言ってしまったんや。でも、すぐ、本に書いてあったこと思い出して、このままにしたらだめなんや、って思い返して、○○さん(店長)に聞きにいって、それでお客さんに伝えたんや。」

と、その日のことを話してくれました。


私、最近、こんな新鮮な気持ちで仕事していなかったなあ。我が身を振り返って、また初心に戻って仕事しようと思った次第でした。


それにしても、「きのくにでは敬語が身につかないのではないか」とか、「社会に出たとき適応できないのではないか」という、きのくに見学者の感想を聞いたことがあるのですが、ぜ〜んぜん、そんなことないですよね!


バイト生の中にはドタキャンする人もいるらしく、オーナーの奥さんはバイトの工面に大変そうです。
「ドタキャンとか、信じられんよな。責任感とかないんかな。」とNはあきれています。

一方、バイトの中でもベテランになりつつあるFは、「そうやな。でもな、初めてのバイトで、いきなりお盆の忙しいときから入ったら、そうとう疲れるけんな〜」と、落ち着いた発言。

どちらの反応も、いい感じ〜。


社会に出ても、心配ない、どころか、どこへ行っても、しなやかに、たくましく、やっていけそうです。

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2008年8月12日 (火)

自由と共同生活

【「自由ってなに?」っていうことは、本当に難しいですよね。でも、それがきのくにで一番大切な点のうちの一つだと思います。】


↑ 『サマースクールのこと』へのコメントの中で、さんちゃんさんが、書いてくださいました。

それを読んで、私も、いろいろなことを思い出しながら、きのくにの良さは「自由」が正しく認められ、行使されうるところだなあ、と感じました。


そして、きのくにの保護者でも、もし、なにか学園なり、大人に不満を持つようなことがあったとしても、「自由ってなに?」っていうところがしっかりとおなかの底に落ちていれば、自然と解決する、というか、たいした問題ではなかったことに気がつく場合が多いような気がします。


『自由学校の設計』から、一部抜粋致します。(p.189〜190)(パソコン上で読みやすいように、段落を多めに開けています。)


【(5)自由と共同生活

きのくにでは、できるだけ自分のことは自分で、自分たちのことは自分たちで決める、というのが基本原則だ。この方針に従って、食事はバイキング方式である。食事はしつけの場ではない。楽しみと社交の場である。

偏食をする子があっても、すべての料理を食べるように強制したりしない。好きなだけ取って、好きなテーブルで、好きな人とたっぷり時間をかけて食べる。もちろんお替わりタイムを破ったり、暴れたりはできない。

寮でしばしば問題になるのは就寝時間である。ベッドタイムは自由ではない。いちばん年少の子は9時、小学校高学年は10時、中学校は11時に決まっている。消灯はそれぞれ30分後だ。

もちろん眠れなくておしゃべりしたり、ごそごそ音を立てる子もある。私たちは「成長に悪いから早く寝るように」とか、「次の日に疲れるから睡眠時間を十分に」とはいわない。

こういう理由も根拠はあるだろう。しかし成長が妨げられたり疲れたりしても、それは厳密にはその個人の問題だ。

ところが他人の眠りを妨げるのは迷惑行為である。そのうえ寮母さんの「安心して自室にもどる権利」を奪うのもよくない。労働基準法に従えば、寮母は「断続勤務」といって、夜間は勤務を解かれるのだ。もし夜中に迷惑をかける子のために特別に寮母を雇うとすれば、寮費は一人当たり月に一万円くらい高くなってしまう。

こういう話しをすると、不服そうな顔をする者もあるが、反論はできない。私は時おり、夜遅くにこっそりと寮へ出かけるが、今のところ深夜に動いている子はほどんどいない。 ー後略ー】


後半略した部分も、是非続けてお読みください。


このブログを読んでくださっているかたの中には、現在、きのくに、かつやまへの入学を検討されているかたもいらっしゃると思います。そのかたへお勧めですが、どうぞ、折に触れて堀さんの本、ニイルの本を、すみずみまで読んでみてください。

見落としていたこともあるでしょうし、自分自身の心が解放されるような文章にも出会うでしょう。


私、自称きのくにオタクですが、『自由学校の設計』も、付箋だらけ、マーカーだらけにして、何度も何度も読みました。で、思うんですが、本からは理念を学び、息子たちの様子からは、その理念が間違っていないことを確信し、という繰り返しで、今日まできたような気がするのです。それはそれは楽しい日々でした。(現在も進行中ですが。)


さて、次には、息子のFが中学三年生のときの文章を紹介します。(前にも載せたこと、あったかな?)


わらじ組、という、子どもたちが何をするか決めていくプロジェクトで、7週間イギリスに滞在しました。そのときのことをまとめた『まじめで愉快なイギリス本』という中からの抜粋です。


*文章中にでてくる、「ファミリーシッティング」というのは、食事のとき、小学生から中学生までがそろうようにグループに別れ、大きい子はお父さんお母さんのような立場で、家族のように食事をする、というものです。


【Killyにくると決まってするのが、ファミリーシッティング。もちろんミーティングで決めたんだけど。ファミリーシッティングもとても楽しかった。本当に家族みたいだった。

いや、それよりも工務店の子はしっかりしていて、朝ご飯のときいつもわらじの男子がおくれるんだけど、起こしに来てくれたり、自分のテーブルについてみると、ちゃんとお皿にご飯をつぎわけてくれていた。その光景を見て俺はとても感動した。

でも一つ嫌なことがあって、それは強制的にご飯を食べさせること。「絶対残すな」とまではいかないけど、「これだけは食べて」とか「これを食べるんならこっちも食べて」とか言う声が他のグループから聞こえてきた。

俺は小さい子の立場になって考えてみたけど、もちろん嫌いなものを食べるの嫌だし、食べたからといって好きになるわけでもないし、無理やり食べさせる必要はないと思ったから、自分のチームでは食べれない物は取らないようにした。

でも小さい子は大きい人には逆らえないから、どうしても食べれないものがあったら、人に見られないように地面に捨てたり、トイレに捨てたり、外に捨てにいったりしてしまう。

自分のチームにもどこかに捨てに行ってしまう子がいた。最初は何でだろうって思ったけど、やっぱりこれは食べれないって言えなかったんだと思う。

ファミリーシッティングでこういう上下関係が生まれるんだったら俺はしないほうがいいかなと、深く思った。】


「これだけは食べて」「これを食べるんならこっちも食べて」・・・多分、家で親から言われているのでしょう。


それにしても、この文章を読んだとき、Fがこんなことを考えているんだなあ、共同生活って、こういうふうに人を育てていくんだなあ、と、大変感動しました。


きのくには、悩んだり、自分を振り返ったり、心から笑ったりして、そうして、やさしくてたくましい子どもたちが育つところなんだろうな、と思います。

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2008年8月 7日 (木)

サマースクールのこと

7月20日の記事『確かな成長』につけていただいたコメントの後半部分、きのくに、かつやまのサマースクールの話題で盛り上がっています。とってもすてきなコメントなので、こちらに転載しました。他にもサマースクールのことで、話した〜いことがあるかた、こちらへコメントいただけたらうれしいです。

ひらおだいのサマースクールはこれからですね!そちらのほうの話しも、楽しみにしています。


○まいさんのコメント
【昨日、サマースクールから帰ってきました。自分のブログに書こうと思うのですが、どうしても時間が取れず、こちらで、まず簡単にご報告します。

やっぱりきのくに!!という素晴らしい内容でした。どのコースも「教材」ではなく、「ほんもの」を作るということは知っていましたが、これほどすごいとは。子どもを一人の人間として尊重しているからこそ、こういう教育ができるのだなあ〜と改めて感心しました。

両親そろって迎えにいったのですが、子どもは何と表情が曇り、帰り道も「もっといたい」「ずっといたい」と泣いてしまいました。そして運動会は絶対行きたいと。

子どもの様子、活動中の写真でみた真剣でなおかつ生き生きとした表情、本格的な活動内容、学校の雰囲気、スタッフの応対・・・・。すべてを総合的に判断したのでしょうか。夫が「こんなに気に入ったら寮に入ったらいいじゃない?」と突然言い出しました。

何度もブログに書いているように、夫は私に引っ張られて・・・という姿勢だったので、その言葉にビックリ仰天しました。私のなかでは寮生になるという選択肢はなかったのですが(親が寂しいから??)、夫は私より先行してしまいました。

このまま子どもの気が変わらず、学校が受け入れてくださったら、週末帰宅の寮生で入学!という展開になりそうです。夢のようでいまもちょっと信じられないです♪

では、また時間ができ次第、ブログの方にもう少し詳しく書きますね(と言いつつけっこう書いてしまいまいしたが(^^;)

まみさん、みなさん、いつも励ましてくださって本当にありがとうございます。これからもアドバイスなどお願いします。】


○ikuさんのコメント
【まいさん!きゃー!!なんと素敵な展開♪

お子さんが心からきのくにを楽しんで、
「もっといたい」の言葉にご主人の心が動かされたのかな。

私までうれしくなってしまいます♪

運動会はさらに、ご家族で楽しまれることでしょう(*^^)v
ブログ、楽しみにしております^^

mamiさんの「神様は、よいタイミングで出会いをくれる」、
まいさんご家族にも「タイミング」がきたのでは♪

こちらも、かつやまで素敵な時間を過ごしてきたようです。
迎えに行った時のキラキラの瞳をみると
私はいつもきのくにかつやまのあたたかさを
感じて、じーんと泣けてきそうになるのです。

そうそう、mamiさんに伝えたいことが。

初日のオリエンテーションで、大人が
「みんなに守ってもらいたいことがあります。
 遊んでいいところは、○○、△△、…です。
 反対に入ってほしくないところは、××…です。
 それから、ここにはヘビや毒を持った虫がたくさんいます。危ないので触らんといてな~。」

…とこんな感じでやんわり注意事項を言われていたのですが、
「自由なきのくにかつやまっぽくないなー、
でもこれだけの人数(51名)がいたらしょうがないかー」
とあまのじゃくな私は感じていたのです。

そしたら、その説明が終わったとき
堀さんが手を挙げて
「あのね、もしヘビに噛まれたり、虫にさされたりしたら、ガマンしないで大人に言ってください。
今、「しないでください」って言われたのに、
触ってしまった、怒られるから黙っとこう、ガマンしとこう、って思わないで。
そうするとね、傷がどんどん悪くなってしまうかもしれないから
怒ったりしないので、きちんと大人に言ってください」
と。

私、鳥肌立ってしまいましたよ。やっぱり堀さんってすごいなあー!
ほんのささいなことかもしれないけど、
こう、子どもの心に寄り添うってこういうことなんだなーと。

ダンナにそのこと話したら、「やっぱ堀さんは違うなあ」ですって!

我が家も
きのくにかつやま南アルプス
タイミングくるといいなあ~☆】


○さんちゃんさんのコメント
【ikuさんwrote;
>…とこんな感じでやんわり注意事項を言われていたのですが、
「自由なきのくにかつやまっぽくないなー、
でもこれだけの人数(51名)がいたらしょうがないかー」
とあまのじゃくな私は感じていたのです。

ikuさんへ
この注意事項、注意の仕方はとてもきのくにかつやまっぽいものなのだと思います。

堀真一郎さんは著書『自由学校の設計』(黎明書房)を、あるお母さんからの手紙を紹介してしめくくっていらっしゃいます。

252頁
「きのくに子どもの村を希望したのは、自由ということばに強く魅かれたからです。だけど“自由”という漢字は読めても、それを理解するのに二年もかかってしまうなんて、想像もしていませんでした。……でも、今は何が真実なのか、はっきり見えるようになり、すっかり楽になりました。……きのくにほど、我慢強くて、愛情深くて、信念をもっている人達がいるところはないと思います。」】


ここからまた、mamiの文章になります。

まいさん、息子さん、楽しんでくれたようで、よかったですね〜。それにも増して、夫様の変化、すばらしい!素直で感性のするどいかたなんですね。私もうれしくて、じ〜んとしました。それにしても、私もサマースクール、体験してみた〜い!


ikuさん、堀さんのお話、ありがとうございます。すてきすてき〜!その一言があるのとないのとでは、だいぶ違いますよね。ikuさんのコメント、息子たちにも話しましたが、「そうなんだよね〜」という感じで、深くうなずいておりました。まいさんの話しも、息子たち、ほんとうにうれしそうに聞いていました。それだけ、きのくにに愛情があるということです。


さんちゃん、私、あの文章を読むと、いつも涙がでます。
【きのくにほど、我慢強くて、愛情深くて、信念をもっている人達がいるところはないと思います。」】
ほんとうに、その通り、と思います。

それにしても、「自由」って、難しい。今でも、私、ちゃんとわかってるのかな〜、と我ながら思うことがあります。

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2008年8月 5日 (火)

オープンキャンパスのおしらせ

以下の日程で、きのくに国際高等専修学校のオープンキャンパスが開かれます。二回ありますので、ご興味のあるかたは、都合のつくほうに、ぜひご参加なさることをお勧めします。


A:9月22日(月)〜23日(火祝)

B:11月3日(月祝)〜4日(火)

どちらの日程も、実際の授業に参加して、寮に1泊する2日間の体験プログラムです。1日だけの参加もできます。

対象:中学三年生
参加費:無料

詳しくは、きの高のHPをご覧になるか、お電話で高専事務室までお問い合わせください。


Nがオープンキャンパスに参加したのが、もう、一年前になるんだあ。早いものです。

去年の今頃は、まだ、全然進路が決まってなくて、エレキギターを学ぶための専門学校に行きたいな、なんて話しもチラッとでたりしていました。

私は、う〜ん、今すぐ道を決めなくても、きの高で、もっといろんなことを深く学んでもいいんじゃないかな〜、と思っていました。はっきり言っちゃえば、きの高に行ってほしかったんです。


でも、それを言ってしまうと、強制されたように受け取られたら困るし、親が言うのと逆の方向に進みたくなる、というのもよくあることなので、ぐ〜〜〜、っとこらえていました。

あ、でも、「ここは、ちょっと、経済的に無理かも〜」というのは、言ったかなあ。
夫とも、「余計なことはいわないようにしようね」と、話し合ったりしました。


あと、一学期最終日の夜更かし会で、きのくにのスタッフに相談もしました。

そしたら、「Nくん、きの高の体験授業(きの中の三年生が、一日授業を受けられる)にでてみて、すごくよかったみたいだから、また、夏休み中に、考えると思いますよ。」と言われ、だいぶ落ち着きました。


9月のオープンキャンパスに参加するのを決めたのは、いつ頃だったかなあ。たしか、夏休み後半くらいだったと思います。


案内を見ながら、「どうしようかな〜」と言うので、「せっかくだから、参加してみれば?」と言いました。

その後は、夫の父親が亡くなったりして、バタバタしているうちに、日々は過ぎ、オープンキャンパス参加を終えたNが帰宅し、「オレ、きの高にしようかな・・・」と。

うれしかったな〜。


以前、ある保護者さんが、こんなことをおっしゃっていました。

「娘がきの高への進学を決めました。すごくうれしい。もし、将来、理系を目指すことになって、進学のためにもう一回別の高校に行き直すことになったとしても、それでも、今、きの高を選んだこと、とてもよかったと思います。」


この話しを聞いたとき、親がそんなふうに思える学校っていいな〜、と、深く心に残りました。

きの高を知れば知るほど、このかたの気持ちがよくわかります。


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2008年7月20日 (日)

確かな成長

今日はNが名古屋へ向かうため、大分空港まで送ってきました。18時50分の便。


28日から山梨県の富士吉田で、バスケットボールの大会があり、その前に愛知県在住のメンバー宅にお世話になり、合宿するのです。


搭乗口で手荷物検査を終え、Nは私のほうを振り返って、手をふってくれた。

鼻の奥がツ〜ンとしちゃった。


だって、小学二年生からきのくに子どもの村学園に転入し、寮生活を送ってきたN。

最初の数年は、搭乗口につくと、それからいっさい私のほうは振り返らなかった。たぶん、振り返ったら寂しくなるから。

小学校高学年になっても相変わらず。
その頃には、多分、寂しくなる、というより、親のほうへ手をふる、というのが、ちょっと、恥ずかしかったのかな、と思う。


そして今、16才。すてきな微笑みをたたえて、私のほうへ手をふってくれる。

それはたぶん、いつまでも背中を見つめているであろう母親に対する思いやりの気持ち。


だから、鼻の奥がツ〜ン。


今日は朝から夫もFも不在のため、Nと二人。これから二週間留守にするNのために、いろいろ食べさせようと料理張り切る。

でも、あわてて、かたまりのベーコンを切るとき、手が滑って指先をザクッと切ってしまった。

あ”〜と、声を上げる私に、急いで駆け寄ってきて、指先の肉がペロンと切れてるのを見ると、

「絶対病院行ったほうがいいよ」と言ってくれる。


でも、肉が落ちちゃってるわけではないので、押さえてれば大丈夫。さすがに、昼食づくりはNにバトンタッチ。


食べながらも心配してくれるN。

「その指で、運転(空港まで)大丈夫?帰ったら安静にしてなよ。温泉はやめて、うちのシャワーにしたら?濡らさないほうがいいよ。」と、やさしい言葉。


指は痛いけど、息子の優しさに心は熱く。


きのくにに出会う前の、息子を支配したがる私だったら、こんな穏やかな関係は築けていなかっただろうな。

息子のため、を錦の美旗にして、あれやこれやと口を出している私だったら、息子は母を振り返ることをしなかっただろうな。


きのくにに出会ってからの9年で、息子も私も、確かな成長をしてきているんだろうな。


私たちにとって、必要だった、離れている時間。

最初は、どうしてこんないい学校が、和歌山にしかないんだ〜!遠すぎる〜、と思ったけど、私たちにとっては、あのとき、きのくにに転入して、それぞれが自分のことを見つめ直す、そんな時間が必要だったんだ、と思える。


神様は、よいタイミングで出会いをくれる、と思う。それをつかむか逃がすかは、自分次第。


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2008年7月 7日 (月)

あったか〜い

梅雨あけ後、いきなりの猛暑に、このタイトル。すみません。


きのくに国際高等専修学校は7月5日から夏休みにはいり、Nが帰ってきました。それで、心があったか〜くなる話しを聞いたので、ますますHOTにお届けします。


きのくにでの中学時代、Nはバンドを組んで学内でのイベントで演奏していました。そのたびに必死で練習していたようです。

他にもいくつかバンドグループがあり、せっかくだから在学中にCDに録音しておこう、という話しがでていたそうです。結局時間がとれず、卒業することになったのですが、6月のある日曜日、あちこちにちらばったメンバーが集結し、無事、録音を終えたということです。この日のために、埼玉から来たメンバーもいます。帰りは夜行バスで帰ったとのこと。


集合場所はきのくにの録音機器のある部屋。スタッフのKTちゃんが、日曜の朝8時から夕方7時頃までつきあってくれたそうです。

毎日遅くまできのくにでお仕事しているのに、さらに日曜日まで。しかも、 KTちゃんは楽しそ〜にやってくれるんですよね。一緒に歌を歌っていらしたこともありました。(いい声でした〜!)

Fが言ったことがあります。

「KTちゃんは子どもの部分が残ってるんやな。そこがいいんや。」と。


朝から晩までの録音作業中、他のスタッフがいろいろと差し入れしてくれたそうです。

のどに効くアメや手作りシフォンケーキ。
あるスタッフは、昼食のとき、Nたちが5年生のときにプロジェクトで作った味噌をつかって、お味噌汁をつくってくれたそうです。(熟成されたお味噌、おいしかったそうです。)

別に「学校行事」というわけではなく、子どもたちがやりたい、と言ったことです。

子どもの心に応えてくれるきのくにのスタッフ。楽しんで協力してくれるスタッフ。


あ〜、いい感じだな〜。こんな雰囲気だったら、心からの「ありがとう」が言えますよね。

心がほっかり暖かくなりました。

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2008年6月16日 (月)

どんどん輝く

Nが帰ってきました!そして、また、きのくにへ旅立ちました!

もう、また、ぐ〜んとかっこよくなってる〜!(親ばかもいい加減にしなさい!←陰の声)

だって、ほんとなんだもん。充実してるっていうのが、顔を見ただけでわかります。


「授業が面白い」って言うんですよ。

「日本語の授業では、へ〜って思うことがたくさんあるし、英語の、文法のおもしろいな。おれ、けっこう文法好きやな。」
だそうです。


きのくに国際高等専修学校は、きのくに・かつやま子どもの村学園中学校からの、いわゆる内部進学と、他の中学校からの外部進学生がいます。

4月のころは、たぶん、緊張してたであろう外部進学の子の言動に、腹のたつこともあったようで、何度か名前も上がっていました。それで、「○○くん、その後、調子はどう?」と聞いてみたら、「よくなったよ。笑顔がすごくいいもん。」と、うれしそうに話してくれました。

「たぶん、いきがってたんやろうな」とのこと。


緊張しながらも慣れていった○○くんも、周りで受け止めてきた子たちも、すてきです。


数年前の、卒業を祝う会のことを思い出しました。
外部中学からきの高にきた、三年生の男の子が、涙で声をつまらせながらこんなことを言いました。

「オレが、今、ここ(卒業を祝う会)におれるのは、AとB(友達の名前)のおかげや。ほんとにありがとう。」

じ〜んとして、私まで涙がでてしまいました。

その子がまだ一年生のとき、きのくにで見かけたのですが、落ち着きがなくて、「これから三年間、大丈夫かな?」と思ったことを覚えていましたから、その子の言葉と涙に、よけいに感動したのです。

人が変われるって、すばらしい!素直になるって、力強い!

今の19人のきの高一年生たちも、どんなふうに変わっていくんだろう。成長は、人を感動させますね。


そして、毎度の【きの高This Week】もよかったな。


A3裏表に、楽しい内容がぎっしりつまっています。

なかでも、三年生へのインタビュー記事がおもしろかったな。

「きの高の何が好き?」という質問があるのですが、

・上下関係がないところ
・みんながおるから好き
・いっぱいありすぎて一つに決めるのはムリ

とか、いろいろな回答があるなか、「きの高の大人が好き」という生徒がとても多いのです。中には名前を挙げて、「○○さん、大好き!」と書いてある人もあり、読みながら、笑顔になってしまいます。

きの高の大人、というのは、すなわち教師のこと。こんなに生徒に好かれる教師陣がいる高校って、多くはないでしょう。

私も、「きのくにの大人がだ〜い好き!」と声を張り上げたいくらいです。

あ〜、幸せ。


授業のことは、また今度。しっかりNに聞いておきました。

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2008年6月12日 (木)

明日帰ってきます

ほんとうは、順序よく、木曜日の時間割について書こうと思ったのですが、ちょっと、はっきりしないところがありましたので、書くのはやめておきます。

明日帰ってくるので、週末にでも、Nに確認しながら書きますね。


明日帰ってくる、といっても、それがまあ、大変で、以前は伊丹発19時くらいの便で大分空港には20時頃到着できたのですが、地方は軽視されているのか、遅い便がなくなってしまい、福岡空港行きで帰るしかなくなりました。

20時前に関空発で、福岡には21時。明日は夫が空港まで迎えに行って、帰宅は多分23時頃。


以前もそういうことがありました。あの頃は、朝の便もなくなり、ひと月に一回ですが、朝5時頃家をでて、仕事の前に福岡空港まで車で送り、帰ってからすぐ仕事、という状態でした。金曜の帰宅も、往復4時間かけて福岡空港まで運転。

はふ〜。ガソリン高いし〜。

遠くて地方は大変!遠くたって、東京だと交通機関も豊富だからいいよね〜、なんて思っていたら、今年のきの高一年生で、青森から来ているかたがいるのです!

入学を祝う会のとき、お母さんとお話しましたが、大変さは大分の比じゃありません!
二年生には宮城県から来ているかたがいます。


みんな、どんなに大変でも、きのくにに惚れ込んでいるから、できるんですよね。

実際、きのくには、それだけの価値が、十分あると思います。


それに、運転と言えば、堀さんなんて、日本でもイギリスでも、すごい時間運転しています。私より、○○才も年上なのに・・・。

私も疲れたなんて言ってられません!まだまだ元気で頑張るぞ〜!

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2008年6月11日 (水)

水曜日のきの高

昨日は、一時間授業が100分、と書きましたが、もう少し正確に説明します。

時間区分は、こんなふうです。

1限=9:10〜10:00
2限=10:00〜10:50
2限=11:00〜11:50
4限=11:50〜12:40
5限=13:40〜14:30
6限=14:30〜15:20
7限=15:30〜16:20
8限=16:20〜17:00

なので、昨日の「芸術」は、火曜の5,6,7限、ということになります。


さて、本日水曜日、きの高一年生の授業は・・・

1〜4限が英語。5、6限が現代社会、7、8限が日本語。

英語が4時限続くようですが、100分ずつ二種類の「英語」を選択します。【英語A、B1、B2、C】と四種類あって、それぞれ担当教師が違います。すべて学年の枠をとった縦割りです。


「現代社会」はどんなことをするのかな?こんな説明が書いてあります。

【現代(世の中)を、みんなで楽しく生きるために、考えそして行動すべきことは何か?そのことを学びます。参考資料として「ダイナミックワイド現代」を使います。】

私、学校の授業を、
【みんなで楽しく生きるために、考えそして行動すべきことは何か?】
なんて、こんなふうにとらえたことなかったです。こういう視点なら、ほんとうの学びができるでしょう。

〈覚える〉〈試験にでる〉、私はほとんどの教科に、こんな意識で取り組んでいました。


どっちが身に付くと思いますか。どっちが意欲的に学べると思いますか?


あ〜、もう一回、高校時代、きの高からやり直したいな〜。

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2008年6月10日 (火)

きの高の時間割(火曜日)

Nがきのくに国際高等専修学校に入学してから、約二ヶ月がたちました。その間に、我が家に帰宅したのは5月初めの一週間だけなので、なかなかフレッシュな話題がありません。

でも、毎週月曜日には、『広報部』という授業を選択した生徒たちがつくる【きのくにThisWeek】というお便りが届きまして、これが文章も構成も見事で、とても楽しませてくれます。これについては、また後日、書きたいと思います。


で、Nからは用事もないのに連絡などあるはずもなく、「便りのないのはよい知らせ」と、安心はしているのだけど、やっぱり、ちょっと寂しい。

そんなときは、きの高の「時間割」を見ながら、「今日は何してるんかな〜」と、楽しく想像を巡らせます。


ええと、今日は火曜日だから、数学、日本語、芸術、の三つの授業と、ホームルーム&掃除。

きの高は、一時間の授業が100分なのです。

一時間目の数学は9時10分から10時50分まで。次の「日本語」は11時から12時40分まで。三時間めの「芸術」は、13時40分から16時20分まで。この、「芸術」は、さらに長くて、160分です。

「芸術」というのは、総称で、「モーション・グラフィックス」「アトリエ」「舞台創作」「セルフビルド」の四つから、好きなものを一つ選択します。

Nが選択した「モーション・グラフィックス」って、なんだろう?

担当の大人の説明によると、
「いろんな映像制作にチャレンジします!個人的には、作り込んだセット撮影をする人形アニメーションも作りたいし、ドキュメンタリーにも挑戦したいな。なんか面白いことやってみたい人は是非モーグラまで!」、となっています。

楽しそうだなあ。


それから、「日本語」という授業、これには、「日本語A」と「日本語B」と二種類あって、火曜日はどっちなのかな?とりあえず、両方の説明は、こんなふうです。


日本語A: いろいろ文章を書いてみよう。いろいろ文章を読んでみよう。ただ読んだり書いたりするだけでなく、調べることでいろいろ思いもかけないことが見えてくるかも。高校で習う「古文/漢文」の基礎もこの時間で扱います。


日本語B: 言語学で扱うテーマは身近で面白いものも多いのですが、社会問題として論議されるものもたくさんあります。表現の自由や方言の規則、日本語の「乱れ」などなど・・・。もちろん楽しいテーマもいれながらいろいろ調べて「研究」していきましょう。コマーシャルの名文句やみなさんが話す方言も言語学で扱われる大きなテーマです。


う〜ん、私もきの高の授業、受けてみた〜い!

ところで、「国語」と言わずに「日本語」というのはなぜでしょうか?きっと、理由、こだわりがあると思うのですが、まだ確かめていません。どなたか、聞いたことがあるかたがいらっしゃったら、教えてください。


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2008年5月21日 (水)

ろーばしん、だろうか

きのくにに入って最初の数年は、遠くてなかなかきのくにに行けないことがつらかった。

関西圏の保護者ならば、難波までとか、橋本駅まで送り迎えとか、休みの前には寮にあがって、布団の整理とかで、そのついでに他の保護者と知り合いになったり、スタッフと話しをする機会も多い。

我が家は、といえば、年に3回、よくて4回、きのくにの行事のときに行くだけで、それ以外は、ひたすら学園からの毎週のおたよりを楽しみに過ごしていた。


特に保護者会主催の、「きのくにがわかる夜」とか、「忘年会」のお知らせが来るたびに、「いいな〜、近い人は。私なんて、絶対無理だもん。」といじけていた。

Nが、「長期中、一人で寝るのが寂しい」と言ったときは、胸が痛かった。


そんなとき、ある先輩保護者さんが、「ウチは週末帰宅だけど、やっぱり長期で、遠くから来ているところのお母さんが、長期にもいいところがあるよ、って言ってたよ。」と話してくれた。

聞いたときは、「ふ〜ん、そんなものかなあ。私はやっぱり、週末帰宅が理想だなあ。親も気軽にきのくにに足を運べる距離がいいなあ。」と思っていた。


あれからまた数年がたち、今、やっぱり長期でよかったな〜、と思うことがいっぱいできた。


まず、私が口だししすぎることがなく、きのくにで育ててくれた良い芽を摘まずにすんだ!よくデキた親は、心配ないのでしょうけれど、私の場合は、離れていて、ちょうどよかったと思う。


それから、最初に他の保護者と仲良くなろうとし過ぎなかったから、変な考えを吹き込まれずにすんだ!今思えば、これがとてもよかったと思う。

何年かたって、周りが見えてくると、保護者の中にも「学力大事」「学歴大好き」の人もいることに気がついた。

そして、スタッフがいない、保護者だけの会では、「きのくにが言ってることは建前で、やっぱり、塾とかで勉強させたほうがいいと思う。」とか「ここだけの話しだけど、うちは家庭教師つけてるよ。そうじゃないと、高校いけないもん。」とかいう人もいるらしい。

「らしい」というのは、そういう会に参加した、転入、新入生の保護者さんから聞いた話しだから。

入って早々、4月にそんな話しを聞かされたら、びっくりするだろうなあ。

もちろん、よい出会いがあって、「いい話しがいっぱい聞けてよかった」「寮生活とかで心配なことが聞けたので安心した」という話しも聞くのだけれど。


私は、冒頭に書いたように、なかなか他の保護者と知り合うチャンスがなく、ひたすら学園内で、スタッフも交えて開かれる「夜更かし会」に出て、そのなかで、しっかりと耳を澄ませて、話しの合いそうな人のそばに近づいていって、ぐんぐん親しくなった。

それと、あんまり寂しかったので、大分にいながらにして、子どもの話しやきのくにの話しがしたい、と思って、メーリングリストをつくってしまった。

そこでたくさん意見交換するなかで、「あれ?この人、きのくにの理念、どう思ってるんやろ」「なんでこの人、子どもをきのくにに入れたのかなあ。」と思う人もいた。

もっと突っ込んで話しを聞いてみたい、と思うこともあったけれど、限られた、きのくにでの歓談の時間に、わかりあえなさそうな人と話すのは時間の無駄だから、この人とは距離をおこう、ということもあった。

一方、あのときのメーリングリストでで親しくなった保護者さんたちとの交流は、今も続いている。大切な友達。


そういえば、今年の入学を祝う会のとき、きのくに国際高等専修学校の校長が、「みんなと仲良くしよう、と思わなくていい。適当に距離をおいてつきあうことも大切」という話しをしてくれた。

それはとても大切ということ、よくわかる。


私がきのくにに出会ったころと比べて、今はネットでの情報も多くなり、また、遠方からの入学者も増えている。だから保護者同士の交流も、以前と比べて多くなっていると思う。

多分、最初にしっかり堀さんの本を読んでいれば、誰がなんと言おうと、気持ちはブレないと思うけれど、何か不安だったり、学力・学歴信仰を断ち切れていないと、類友さんがよってくる、そんな気がする。

そういう人は、きっと、ほんの一握りなんだろうけれど、自分に不安があると、そういう空気を持ったひとを招き寄せてしまうんじゃなかろうか。

私には、誰も、「きのくにの勉強だけじゃ心配だよね」という人は話しかけてこない。


老婆心かもしれないけどひとこと。


きのくに転入学後、最初に出会った保護者さんが、きのくにへの不安をあおるようなかただったとしても、その何倍も、安心してきのくにに任せて、家庭でもきのくにの理念に従って子どもに接している保護者がいます。そして、子どもたちは、生き生きとした、優しい子に育っています。

安心して大丈夫。

そして、親は親の人生をしっかりと生きて、互いに成長していけばいいんだと思います。

もし、実際に心配なことや問題があれば、きのくにのスタッフは、気持ちよく話しを聞いてくれ、相談にのってくれます!

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2008年5月 9日 (金)

外から見えること

久しぶりに、「きのくに子どもの村学園」で検索して遊んでいたら、こんなブログを見つけました。↓

http://manabiai.g.hatena.ne.jp/osugi-symphonicity/20080504

5月3日の春祭りに、見学を兼ねていらしていたようです。

この中で、「誰が教師で誰が保護者かわからなかった」というくだりがあるのですが、そういえばそうだよね〜、と深くうなずいてしまいました。

子どもに命令口調で指図する「先生」はいないし、子どもたちも自分のすべきことが頭に入っているので、さっさか動いているし。「偉そうな人」っていうのがいないんですよね。


中に入ってしまうと当たり前になってしまうのですが、外からの視点を目にすると、きのくにのよさが再認識されて、またうれしいものです。このかたのブログにコメントしようと思ったのですが、なぜかできませんでした。残念。


それから、海外修学旅行のお話、もうちょっと補足しますが、今まで行ったところ、北から南まで、ほんとにあちこち、すごいんです。最初、堀さんの話しを聞きながら、手帳にメモっていたのですが、3〜4ページになってしまいました。

いただいた資料に載っているだけでも、スカイ島、ルイス島、オークニー、キングズミューア、ニューラナーク、野生動物園、ブレア城、ウオレス記念塔、湖水地方、ハドリアヌスの壁、ヨーク、サマーヒルスクール、ロンドン、ドーバー海峡、北アイルランド・・・まだまだ、全然書ききれません。

滞在型のロングステイだから、じっくり調べて、興味のあるところにいろいろ行けるんですね。そして、校長やスタッフ自らがバスを運転して、連れて行ってくれるから、費用も抑えることができます。


Nが六年生で行ったときは、ウオレス記念塔に行く前に、映画「ブレイブハート」をみんなで見たそうです。

そのときのスタッフがおっしゃっていました。

「あの映画、六年生には、ちょっときついかな、と思ったけど、大事なことだし、思い切って見ることにしました。泣いてる子もいましたけど、みんなすごく真剣に見てました。」

あの映画を見たあとで、ウオレス記念塔に行った子どもたちの胸には、どんな思いが去来したことでしょう。


史実もきちんと知ってその国や町を見ることは、とても大切なことです。子ども扱いしないで、大切なことを一緒に学ばせてくれるところが、きのくにならでは、と思います。

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2008年5月 7日 (水)

何回行っても楽しいな

5月3日は、きのくに子どもの村学園の春祭りでした。

春祭りのことをブログに書くのは、多分3回目ですが、参加したのはこれで9回目です。何度行っても飽きません。毎年楽しみな行事です。

でも、ゴールデンウイーク真っ最中、という日程は初めて(今までは4月末の土or日曜くらいだったかな)でしたので、安い航空券をゲットするのも大変で、日帰りの強行軍となりました。


大分からの便では始発が遅くて全然間に合わないので、福岡空港発7時15分に乗るため、朝5時前にうちをでました。高速を1時間45分くらい運転して、余裕で空港についたものの、大混雑の搭乗口。

その後、関空から電車、タクシーを乗り継いで、きのくにに着いたときは、すでに、各プロジェクトの出し物の紹介が始まっていました。


〈音楽文化を探る〉のプロジェクトのメンバーが、「花祭り」を演奏してくれました。


結局学校に着くまで、何も食べる暇がなく、例年なら、子どもたちの展示物や活動報告などを、じっくり見るところが、今回は、「まず、なんか、食べたい!」という気持ちには勝てず、中学校のプロジェクト〈きのくに資料館〉の梅おにぎりとめはり寿司をガツガツといただきました。めはり寿司の、高菜漬けの具合がちょうど良く、とてもおいしかったです。

次に〈くらしの歴史館〉でごま餅を食べ、ひと息ついたところで、Nのいる、きのくに国際高等専修学校の校舎へゴー!

Nは〈音楽文化を探る〉というプロジェクトに入りました。春祭りのパンフレットには、こんな紹介文が載っています。


【今年の音楽文化はヨーロッパをテーマに活動します。春祭りでは、ヨーロッパを5つに分けて、その地方ごとの音楽について展示しています。それぞれの地方のスープもありますよ。】

ということで、早速スープをいただきました。

Photo_2


Photo_3

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全部写真に撮ればよかったなあ。私が食べたのは、スコッチブロスという、スコットランド地方のスープ。チキンやお野菜、大麦のようなものが入った、お雑炊風のスープ。(Nに詳しく聞きたいけど、今、外出中のため確認できないのです。)おいしかったな。5種類全部注文されたかたもいて、それをちょっとずつ、お味見させていただきました。

これだけ準備するの、大変だったことでしょう。

そして、つくり方などで、各人の主張があったりして、それをうまく調整しながら完成したそうです。すごいなあ。


この後も、私はコーヒーを飲み、羊羹を食べ、チヂミを食べ・・・。

すみません、おなかすき過ぎてて、単に、「食べまくる」春祭りとなってしまいました。


あ、でも、「食べ過ぎた〜」と思ったので、〈道具製作所〉で自転車こぎました。

といっても、ただの自転車ではありません。自転車をこぐことによって電気が起き、それで扇風機が回る、というしろもの。自分で起こした扇風機の風に吹かれながら、重〜いペダルをこぐのです。3分少々こいだだけなのに、足、がくがくになりました。電気を起こすのって、大変なんやなあ。


そして、午後からは、堀さんの講演会。

【やすく、長く、遠く!そして・・・きのくに子どもの村の海外修学旅行】

と題し、これまでのイギリス旅行の様子を、スライドを映しながら話してくださいました。

100年くらい前の、フランスの学者(だったかな?)の言葉に、【教育の仕上げは旅行である】、というのがあるそうです。実際、旅行の後に、「ウチの子、変わりました」という保護者が多いそうです。


それにしても、ほんとに、びっくりするほど、いろ〜んなところに行っています。

ステンドグラスの美しい寺院や、草花が咲き乱れ、動物、のいる草原。海を見下ろす絶壁。ストーンヘンジなどの遺跡、湖。ハリーポッターに出てくる列車と陸橋(と言うのかな?)。そして、地元の人たちと交流できるお祭りに参加したりもしています。

たくさんのスライドを見ているだけで、子どもたちがどんなに満たされた思いになるかを、感じることができました。


堀さんも、子どもたちの笑顔の写真を見て、「ね、いい顔してますね。みんなすてきな子たちですよ。」と目を細めておっしゃっていました。

FもNも、こんなふうに優しいまなざして見守られてきたんだ〜、と思ったら、熱いものがこみ上げてきました。


堀さんや他のスタッフにしてみたら、楽しいことばかりじゃないはずです。責任重大だし、体力的にもきついことがあるでしょうし。

でも、子どもたちにとって、すばらしい経験になるから、行かせてあげたいと思うのですよね。

「旅行費用は、できるだけ安くしてはいますが、それでも大変なところは、分割でもかまいません。ぜひ、一回は行かせてあげてください。」とまでおっしゃってくださるのです。


ああ、きのくにって、ほんとうにありがたいところだなあ、と思いました。そして、あと三年、保護者として関われることに、深く感謝しています。

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2008年4月20日 (日)

愛は裁かず

『かつやま子どもの村通信』第46号の4面【連載 ニイルのことば 愛は愛を育てる】の最後に、〈おすすめの本〉として、伊藤重平著の『愛は裁かず』『ゆるす愛の奇跡』(黎明書房)が紹介されていましたが、みなさま、もうお読みになりましたか?


伊藤氏は、小学校校長、児童福祉司などを経て、裁判所の調査官などを務められました。
実際の相談の事例を挙げ、問題をかかえた親子との、具体的な会話が書かれています。

私、早速購入しまして、夢中で読んでしまいました。

どの事例も、親や教師が、「困った子」の相談に訪れるのですが、結局、親や教師のほうに問題があったことがわかってきます。

キーワードは、「責めない」「裁かない」「ほめる」「ゆるす」。
具体的なところは、ぜひぜひ、みなさま本をお読みください。


2006年11月6日の記事『宝箱からもうひとつ』の事例は、まさに、伊藤氏が書かれていることだと思いました。

私自身、FとNには、さんざん、「責める」「裁く」、をやってきました。
「なんで早く準備しておかないの!」「明日早いんだから、もう寝なさい」という、詰問、命令口調。


入学を祝う会で、堀さんにお会いしたとき、この本を読んだことを話しました。

そして、「Nがーーしたのも、ーーだったのも、全部、私がいけなかったんだということが、あの本を読んでよくわかりました。」と言いましたら、堀さんは、すべてお見通しだったのでしょう、やさしく笑っていました。

Nがまだきのくにに入る前だったのですが、Nのことでどう対応したらよいか悩むことがあり、半泣きになって相談の電話をしたことがありました。(Fはすでにきのくにに転入していました)

そのとき堀さんは、「くどくど叱るのは意味がないですよ。それより、ぎゅ〜っと抱きしめてあげてください。」と言われたのです。その通りしました。


そして、それから、少しずつ、ほんとに少しずつですが、私は変わったんだと思います。

Nが中学生になったときには、思春期でイライラしていたのか、私が掃除や料理のお手伝いをお願いしても、「え〜!!」と、ものすごく不機嫌になることがあり、悩んだり、衝突した時期がありました。

それでも、少しでもやってくれたときには、「ありがとう、すごく助かる〜」と言うようにしました。「できれば言わなくてもやっといてくれたらいいのに」と思うことも、なかったわけではありませんが、それを言うと不機嫌になることが目に見えていたので、まず、よい方に目を向けるようにしていました。

今ではあの頃がうそのように、何でも気持ちよくやってくれ、言わなくてもお茶碗を拭いておいてくれたり、「なんか手伝おうか」と言ってきてくれたりします。


伊藤氏の本を読んで、やっぱりガミガミ言わずによかったんだな〜、と確信しました。そして、もっと前に、子どもたちがもっと小さいときに、この本を読んでいたら、私の子育てもだいぶ違っていただろうな・・・。


黎明書房さんは、よい本を出版してくれますね。「頭のいい子をつくる本」みたいなのばっかり売れて、はがゆいったらありません。

堀さんも、「あの本、いいでしょう。でも、出版業界は今、ほんとうに大変なんですよ。」とおっしゃっていました。みなさま、この本、絶対にお勧めです。ぜひぜひ、買って、お読みくださいませ。

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2008年4月15日 (火)

入学を祝う会

Fが小四で転入した時以来、8年ぶりに、きのくに子どもの村学園の〈入学を祝う会〉へ行ってきました。

きのくにへ来ると、自然と笑顔になってしまいます。なぜだかとってもホッとする。タクシーで山道をどんどん上って、だんだんきのくにに近づいてくると、「帰ってきた」という気持ちがするのです。


昨年に引き続き、今年も野外での〈入学を祝う会〉でした。なんと、新入、転入生は子どもたちがつくった、なが〜い滑り台をすべって登場!でも全員強制でなく、希望しない子は、普通に歩いて壇に上がることもできます。ここらへんがしなかやで、いい感じ、と思います。


小、中、高の各校長がそれぞれお話しされましたが、堀さん、がつ〜んとおっしゃってましたねえ。

言葉通りに再現できないのですが、だいたいこのようなことでした。


【中学になって受験のことばかり気にして焦って、プロジェクトやチョイスをさぼったり、修学旅行にまでドリルを持ってくるような子もいる。しかし、それでは生活全般が充実していなくて、かえって志望校にも通りにくい。】


志望校に通るかどうかは別として、【生活全般が充実していない】というのは、スタッフや息子たちの話しを聞いても、そういうケースはよく耳にするし、これこそ大きな問題だと思います。


また、親が家庭教師をつけ、本人はやる気がないため、「オレ、こんなんせんといけん」と、家庭教師が作ったスケジュール帳を、嘆きながら見せてくれたという話しも聞きました。

そして、少しでも偏差値の高い高校へ、などと、親の意向で志望校を決めている子の場合、きのくにでの教科学習のときに、私語をしたり寝ていたり、ということも多いそうです。


親が受験受験とうるさいところの子は、きっとせっかくのきのくに生活を、100%は楽しめていないんじゃないかな。あ〜、もったいない。自分たちで考え、工夫し、苦労し、達成感を味わえるプロジェクト活動。友達とのコミュニケーション力も自然と身につきます。こんな大事なプロジェクト活動をないがしろにして、きのくにの醍醐味は味わえないでしょう。


私は、堀さんやスタッフの言う通りにして、間違いないと思っています。

初めて堀さんの話しを聞いて、びっくりした新入、転入生の保護者のかたもいらっしゃるかもしれないけど、素直に「そうだよね」と思って、親としての学びを得られたら、きっと親子でますます幸せになると思います。

親が口を出すのと、子どもがすてきになるのとは、反比例する、これ、実感です!


さてさて、その堀さんのお話とはまたがらっと代わり、高専校長のSさんのお話もよかったです。

【生徒に、Sさんの好きな四文字熟語教えて、と言われて、「ぼちぼち」と言うたんです。そしたら、「それひらがなやん、ちゃんと漢字で言うて」と言うから、「ええ加減」と言うたんですわ。「加減」が漢字ですやん。「それもだめ、ちゃんと四文字漢字で」、て言うから、こう言うたんです。「中途半端」。】

もう、爆笑でした。

新しい学校、寮生活。子どもも保護者も緊張して、力が入っていることでしょう。そんなとき、校長の、こんな言葉を聞いたら、どんなにほっとすることでしょう。こんなこと言ってくれる校長なんて、いるかしら?

このS校長、と〜ってもいい雰囲気のかたなんです。私、Nが高専に決まってほんとうにうれしかった。S校長はじめ、すてきな高専スタッフと親しくなれるんですもの。


会のあとの、オリエンテーションでも、じ〜んとくる話しをしてくださいました。

【きのくに、かつやまから来た人たちは慣れているかもしれないけど、他の中学校から来た人たちは、この小さな学校で、寮生活で、疲れることもあると思う。だから、ぼちぼち慣れてくれればいいし、みんなと仲良くしなくちゃ、なんて思わなくていいです。

もちろん仲良くできればそれでいいけど、気の合わない人がいるのも当たり前のことだから、そういう人とも上手く距離をとって、つき合っていく、そういうことを学んでくれたらいいと思う。】

言葉通りではありませんが、だいたいこんなお話でした。

きのくに国際高等専修学校は、きのくにやかつやまの卒業生もいますが、他の中学校からくる子もいるのです。


祝う会に話しをもどしますと、新入生、転入生の紹介に続いて、ご来賓の紹介で、今回お祝いの言葉を述べてくださったのは、ミキハウスの坂本達さんでした。坂本さんは自転車で世界を旅し、「やった!」という本を書き、その旅でお世話になった人たちのために、井戸を掘るという活動をして、その様子を「ほった!」という本にまとめました。

春の門出に、子どもたちは、すてきな大人に出会い、きっとその年齢なりの何かを、感じたことでしょう。


乾杯、クイズ、のあとは、大人の紹介です。各プロジェクト、寮、事務、保育所、などの担当ごとに、大人たちが工夫して(一部漫才あり?)、挨拶します。どれもおもしろかった〜。

こればっかりは見ないとわからないので、書くのも難しいですが、私は道具のMさん、Kさんと、動植のご夫婦コンビがよかったな〜。みんな、忙しいなか、こういう打ち合わせもしたんだ〜、と思うと、また心が温かくなりました。ハイ、ちゃんと堀さんも台詞がありましたよ!


そうだ、昨年度Nたちがつくった、気球も無事、あがりました。ちゃんと「おめでとう」ってはってあって、ほのぼの〜。気球を上げるときに、扇風機で空気を入れるのですが、その扇風機を動かす電気は、子どもたちがつくった自転車発電からひいているそうです。

せっかく写真をとったのですが、うまくとれていません。なので、その気球の様子含め、他のことも、すてきなYOKOさんのブログでごらんくださ〜い。↓ (YOKOさんお力借ります!)

http://yokodo.exblog.jp/

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2008年4月11日 (金)

親ばか大会しましょう!

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Nにタイヤ交換してもらいました。

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当地は九州ですが、冬は雪が降るので、12月になったらスタッドレスタイヤに、3月にはノーマルタイヤに替えるのが習慣です。いつもは車やさんに頼みますが、今回は、道具製作所で培った力を発揮してもらいましょう、ということで、Nにお願い。

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本人「なんかあったらどうしよう」と言っていたけど、大丈夫、快適に走ってま〜す!


さてさて、13日の日曜日には入学を祝う会があります。Fの入学の時以来ですから、8年ぶり。きのくにの入学を祝う会に行ってきます。


その前に、FとNと、料理大公開。

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アップルパイ、N一人でつくリました。うちは白砂糖を使わないので、若干黒っぽいですが、お味は最高!

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焼きおにぎりがだいすきなF。行きつけのお店でつくりかたを伝授してもらい、3回目の挑戦。毎回おいしいです。
今夜はラーメンと焼きおにぎり。

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二人で餃子づくり。兄弟仲がよい、というのもうれしいです。


一年を通じて、家族4人がそろう日数のほうが少ないのですが、そろったときはまた自然と、いろんな会話が生まれて、なごやか〜な雰囲気になります。

FもNも落ちついていて、優しくて、親が怒るようなことがなんにもありません。


そうそう、この春休み中にNはピアスをあけたのですが、最初、かかりつけの皮膚科の先生に相談したら、高校生には開けてないし、トラブルが起こったときケアできないから・・・、と断られてしまいました。

それで本人はピアッサーを買って、自分で開ける、と言ったのですが、私が心配だったので、いろいろ調べて、結局、別の皮膚科で開けてもらいました。町内にはそういう病院がないので、車で小一時間。

帰宅してからNに、「いろいろありがとう」と言われたのには、グッときてしまいました。すっと、こういうことが言えるって、すてきだなあ、と思って。


みなさま、こんなにだらだらと、息子自慢を読んでくださいまして、大変ありがとうございます。

みなさまも、「うちの子、こんなとこがすてき〜」っていうのを、言いたくなったのではありませんか?ねえ、言いたくなりますよね〜。

はい、ということで、コメントは、親ばか大会といきましょう!遠慮なく、息子、娘自慢、してくださ〜い!きのくにに入ってる入ってない、関係なく、です。

私、親ばか話、するのも聞くのも大好きです。

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2008年4月 7日 (月)

驚くことばかりです

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これはNが中三のときに入っていたプロジェクト、道具製作所がつくった本です。入学を祝う会、春祭りなどでもし売っていたら、ぜひ、お買い求めください!

環境問題や「印刷機」「火薬」「時計」「アンプ」「針」などの歴史を調べた個人研究や、「ロケット」「環境」「気球」などのプロジェクト活動の様子がよくわかります。


この本を見ながら、Nに、さらに詳しく気球作りの様子を聞いて、驚きの連続でした。2008年1月15日にも少し書きましたが、補足します。


(といっても、私、こういう物理的な問題はとても苦手で、いくらNに聞いても、いまいち理解できてません。なので、文章中、おかしなところがありましたらご指摘ください。Nも、手元に資料がないので、忘れてしまったところがあるとのことで、もしかしたら正確さに欠けるかもしれません。)


まず、薄い黒のゴミ袋にアルミカップをつけて、それで飛ばせてみる、という実験をしてみました。このとき、アルミカップの中にホチキスのシンを少しずつ載せていって、最大何グラムのおもりを載せられるかを調べます。

結果、5グラムまで載せられることがわかりました。

それでは50キロの人間を乗せた場合はどのくらいの体積が必要になるか、を考えて、さらにボイルシャルルの法則を使って、浮力(気球の中の空気の重さと外の空気の重さの比)をはじき出しました。そして、体積から逆算して、気球の表面積を求めました。

次は型紙をつくって布を切り、縫い合わせて、の、気が遠くなるような作業。これを、中学二年生二人と三年生二人のチームでやったのです。

Nは、「すっごく大変だったけど、楽しかったよ。やりたくてやってることだから。」と言うのです。

すごいなあ、と、またびっくり。


そんなわけで、Nがやっていた気球のことは、直接話しを聞いたり、写真を見たりしてわかっていたけれど、環境チームの活動は、この本で初めて詳しく知ることができ、その内容の濃さにびっくりしました。

環境チームは学校のトイレで雨水を利用することに挑戦しました。まず、トイレで使う水の量を調べることから始まります。

そして、最初は中学校のトイレでの利用を考えていたのですが、メリットとデメリットを調べ、検討し、高専のトイレで利用することになりました。この経緯も詳しく書いてあります。職員会議にかけて、了承を得る必要があるので、そのためのプレゼン、職員会議での指摘を受けての再検討などもなされたようです。

また、ホースを通すルートなども図解入りで説明されています。

工事の最後のほうでは、Nたちも水浸しになりながら手伝ったそうですが、とても大変だったということです。


とにかくこの本を見てほしいです!

世間一般で言われるところの『体験学習』とは、ひと味もふた味も違った、ホンモノの活動がきのくににはあるのです。

頭を使う、体も使う、そして、友達と力を合わせ、意見を出し合い、納得するまで話し合い、一つのことをやり遂げて行く。

中学生でも、自分たちの力でこんなことまでできるんだなあ、と、本を読んで、驚きの連続でした。

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2008年4月 2日 (水)

愛は行動である

【愛は行動である】

このことば、一日のうちで二回、別々のルートから、目に入ってきました。その一日とは、きのくに子どもの村学園の卒業を祝う会の日でした。


一回目は、その日学園からもらった、『かつやま子どもの村通信』の最後のページ、堀さんが書いている、『連載 ニイルのことば』の中にありました。一部転載します。


【愛は行動である:大人はしばしば子どもに「いつもお前のことを大事に思っているよ」という意味のことを言う。しかしニイルは「愛はセンチメンタルであってはいけない」と忠告する。

子どもが実感する愛は、具体的な行動で示されなくてはならない。思っているだけではダメなのだ。盗みをはたらく子を分析し共感するだけでも足りない。その子にご褒美をあげることが愛なのだ。

子ども好きというだけでは、よい教師ではない。子どもにやさしいだけでは不十分だ。子どもが成長の喜びを満喫する活動を用意できるように腕をみがき続ける教師が、子どもを愛する教師である。

サマーヒルは、あるがままの自分が受容され、仲間との触れ合いや共同生活を通して、自然につまりあまり意識しないで無理なく自分を好きになり、他者と認め合いながら成長できる学校だ。

こういう学校をつくり、苦労して維持したことこそ、ニイルの子どもへの最大の愛といってよいだろう。】


二回目は、同じく卒業を祝う会当日、きのくにの保護者であるYOKOさんからいただいた、『クマともりとひと』という本の一ページ目。【愛は言葉ではなく、行動である。】と書いてあったのです。

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この本は日本くま森協会というところがだしています。ここの会の講演会に、YOKOさんの夫様がおでになり、大変感銘を受けたとのことで、この冊子をまとめて購入されたそうです。(詳しくは〈YOKO堂ぶらぶら〉をごらんください。)

表紙には穏やかな顔をして女の子をだっこしているクマの絵と、こんな文章が書いてあります。

【こんこんと水がわき出る森が消えるとき、すべての産業、都市が消える・・・
わたしたちの命は森にささえられています。
日本を自然保護大国に!
でなければ二十一世紀は生き残れません。
クマの棲む豊かな森を次世代へ・・・】

私も読んで、どか〜んと心を動かされ、早速200冊購入しました。(読んでみたいかた、入学を祝う会のとき持っていきますので、お声かけてくださ〜い!お声かかんなくても、持っていきます!)

で、そういえば、この、日本熊森協会については、2007年8月21日の記事『朝2時起きでなんでもできる!』にいただいた、ウルトラママさんからのコメントで紹介されていたのです!なんというご縁!こういうことでつながるって、なんだかとてもうれしいです。


きのくにからつながる不思議なご縁を大切にして、まず行動!と思いを新たにした次第です。

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2008年3月28日 (金)

料理のできるオトコ

きのくに子どもの村学園では、寮生活をする人は、基本的には毎週末帰宅。金曜の夕方に帰って、月曜の朝登校します。ですが、我が家のように九州からだったり、関東方面からの子どもたちは、週末も寮に滞在することができます。長期滞在といいます。

Nが小さかったときは、長期のメンバーは結構少なくて、多くても10数人でした。

今はだいぶ増えたみたいです。写真をみましたが、小学一年生から高専生まで、20数人、楽しそうに映っています。


長期中の食事は当番を決めて、担当の大人と子どもたちでつくります。

この間一緒に夕食の準備をしましたが、手際のいいこと!長期滞在効果かな?


おまけに「春休み中にアップルパイつくりたいな」というのでびっくりしました。

「Nくん、そんなことまでするの〜?」というと、

「オレはな、寮では、料理のできるオトコ、っていうことになってるんや。ホワイトデーには、男四人で、お返しのクッキーつくったよ。」ですって!様子が想像できて、にんまりしてしまいます。


それならば、ということで、先日の昼食は、Nにつくってもらいました。我が家は自営業で、自宅と仕事場が同じ棟ですから、朝、昼、晩、と自宅で食事をいただきます。Nが休みの間は、だいぶ楽ができるな〜。

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おいしゅうございました〜。

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2008年3月27日 (木)

訂正しておきました

夫の指摘により、3月19日の記事、一部訂正しました。


【あのさあ、この間のブログだけど、クイズのところで、「エッチになればなるほどかたくなるものなあに?」って書いてあったけど、あれ、「エッチが多くなればなるほど・・・」だよ。「エッチになればなるほどかたくなるもの」っていったら、そりゃあペニスしかないだろ。】


オトコならではの、正確な指摘、ありがとうございました〜。

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2008年3月26日 (水)

卒業を祝う会

3月23日は、きのくに子どもの村学園の『卒業を祝う会』でした。

楽しかった〜。午前中は卒業イベントとして、きのくに国際高等専修学校生のバンド発表、わらじ組の活動発表、ダンス、工務店の劇、卒業生に関するクイズなど。工務店の劇は笑った〜。夫と互いに、「笑い声でかすぎ!」と言い合いながら・・・。


『卒業を祝う会』本編(?)は午後から。毎年タイトルがつくのですが、今年は、【きみの来た道にありがとう、行く道に乾杯』。それだけでもじ〜んとしちゃいます。

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祝う会でとれた写真は、開始前のこの一枚だけ。始まってしまったら、感動!涙!で、写真撮るどころではありませんでした。

なんたって、卒業生が入場してくるところからもうじわ〜んと涙が・・・。胸に花をつけて、いつもよりちょっぴりおめかしして、誇らしげに入場してくる子どもたち。

Nは、小さい子に何か声をかけられたのか、そちらを見て、優しく微笑んだりして。うわ〜、かっこいい!


学園長である堀さんのお話も、来賓のかたのお祝いのことばもあるけれど、どちらも簡潔で、心に残る言葉です。

もちろんメインは卒業生のひと言。

「みんなありがとう。特にAくん、Bちゃん、Cくん、Dちゃんには感謝してる」と、具体的に友達の名前をあげる子や、「もっと早くきのくにに入りたかった。」と言う、途中からの転入してきた子、「自由って、すごく大変なときがあった」と含蓄のある話しをしてくれた子。

みんなみんな、短い時間でありながら、しっかり自分の言葉で気持ちを表現していました。

8年のきのくに歴のうちで、卒業を祝う会に出席したのは、今回で4回目です。それまでの三回は、卒業生の名前を読むのは担任の大人の役目でした。でも、今回は、それも子どもたちがやっていました。そして、各プロジェクト(いわゆるクラス)の子たちが、卒業生へ言葉を送るのです。それもすごくよかった〜。その年の祝う会委員のアイデアで、いろいろと変わるところと守り継がれるところとがあるのがすてきです。


さて、Nは照れ屋なので、どんなことを話すのかな〜と思っていたら、とても落ち着いた様子で語りはじめました。正確には覚えていないのですが、こんな感じの話しでした。

「去年の今頃は、来年はオレたちの番だな、と思っていたのに、もうその日がきて・・・。自分でも、泣くことはないだろうと思っていたけど、やっぱり、・・・一緒に過ごした友達が・・・」と、仲間との別れを実感したのか、楽しかった日々を思い出したのか、感極まった様子でした。

「一つ言っておきたいのは、中学になったら受験だとか、勉強しないと、とか言い出す子が多いけど、オレは焦る必要はないと思うし、中学三年間は、ほんとうにあっという間やから、好きなことをやっていったらいいと思う。」

と、最後は涙を押し留めて、しっかりと思いを伝えていました。

それでも席に戻ってからしばらくは涙が止まらなかったようでした。

大勢の人が見つめるなかでも、今の気持ちをそのまま表現し、人前でも泣けるNが、私はとってもうれしかった。ほんとうに親ばかだと思うのですが、なんて素直な子なんだろう、こんなにすてきな子だったんだ〜、とあらためて気づかされた思いです。

きのくにに出会っていなかったら、こんなふうには成長してなかっただろうな〜。なんたって、私が鬼母でしたから。


そして、この『卒業を祝う会』、すごいな〜、と思うのは、OBがたくさんやってくること。招待状が届きますし、体育館には、ちゃんとOB席が用意されているのです。午前中から参加した人には、申し込めば昼食も用意してくれます。今年は何人くらい来てたんだろう。Nがまだ四年生か五年生くらいのときに卒業したかたも来ていました。Nはそのかたをとても慕っていて、かわいがってもらっていました。ちゃんとNのことも覚えていてくれたようです。

もちろんFも行きました。そして久しぶりに仲間と会って、みんなそれぞれの方面で伸びやかに活動している様子に、刺激を受けたようです。帰ってから、「やっぱりきのくにはいいな」と言っていました。

校長や来賓の長い挨拶があって、卒業生はただ名前を呼ばれて証書を受け取るだけの、いわゆる普通の卒業式なんて、自分が卒業してしまえばもう見たいとも思わないでしょう。ある保護者のかたと、「母校の卒業式に行きたいなんて、全然思わないよね〜」と話しました。


最後はくす玉割り(中からすてきなことばがでてくる)ですが、その前に、みんなで歌を歌います。今年はカントリーロード。もう、私、涙で歌えませんでした。

【ひとりぼっち 恐れずに 生きようと 夢見てた さみしさ 押し込めて 強い自分を 守っていこ・・・】


こんな暖か会でしたが、残念なことが一つ。保護者のマナーの悪さです。

ほとんどのかたは静かに、ハンカチで目頭を抑えて、堀さんの話し、子どもたちの言葉を聞いています。でも、何人か、堀さんが話しをしているのに、自分の子どもの写真を撮っている人がいるのです。びっくりしました。

マナーというか、たぶん、自分と向き合いたくない人なのでしょう。掘さんの話しを真摯に聞けない何かが、無意識のうちに、そういう行動をとらせてしまうのでしょう。

また、卒業生が話している最中に、インスタントカメラをジーコジーコと手巻きする人もいました。前に座っている在校生がその音が気になるらしく振り向いているのに、気づかないのか、ずーっとやってました。いつまでもやめる気配がなく、とうとう「話しているときにフイルム巻くのはやめてください」とお願いしたのですが、多少控えめにはなりつつも、やめてはいただけませんでした。

ほんとうに残念で、また子どもたちにも申し訳ない気持ちになりました。子どもたちは、小学一年生の子でさえ、最初から最後まで静かに真剣に耳を傾けているのに・・・。

こういう保護者が増えないことを祈りたいです。そしてまた、私自身、自分のことにも、意識を向けておかなければ、と思った次第でした。

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2008年3月19日 (水)

どっちがいい?

〜夫、小学六年生のときのエピソードから:本人談〜


【遠足に行ったときに、バスの中でガイドさんが、「みんなで、紙に男子は女子へ、女子は男子へ、『友達になってください』という手紙を書きましょう!無記名でいいよ」って言い出して、なんか、みんな書いてたんだよね。

オレは、友達になって、なんて気恥ずかしかったし、ちょっと笑いをとるつもりで、「初毛出したら、ともだちになってやる」と書いたんだよね。その頃、「ハツモウデ」っていうのが、男子の間ではやっていたから。


で、ガイドさん、いろいろ読んで、「あら、これ、なんて読むのかしら・・・。ハツ、モウ、デ・・・?」

そしたら、けっこうおちゃらけた○○くんが、「それ、はつもうで、って読むんだよ。初めてチ○ゲが生えるってこと!」と大きな声で言ってさ、バスの中は、「え〜、いやらしい〜」って、ちょっとした騒ぎになって、ガイドさんは「誰が書いたの〜」とか言い出して、し〜んとしちゃって・・・。

でも、無記名って言ったじゃん。「誰が書いたの」はないだろ〜。

同じバスには教頭先生と、担任のK先生が乗ってて、オレ、K先生にはいつもぶん殴られてたから、「また殴られるのかなあ、やべえ」と思って、とにかく黙って騒ぎが収まるのを待ってさ、まあ、とにかくそのときはそれでおさまったわけ。


で、バスをおりるときに、教頭先生が、ひとこと、「みなさん、日本語は正しく使いましょう」って。

じゃあ、初めて毛が生えることを、〈正しい日本語〉で何ていうのかなあ、って思ったけど、よけいなこと言ったら、オレが書いたってばれるし、殴られるから、言わなかったけどね。】


〜次は、Fがきのくに子どもの村学園中学校在学中、旅行のバスの中(小学生も乗っていた)でのエピソード:スタッフ談〜


【バスの中でクイズを始めたんですよ。で、「エッチが多くなればなるほど、かたくなるものなあに?」っていう問題がでて、答えは「鉛筆」だったんだけど、○○君(小学校高学年)が「ペニス!!」って答えたのよ。そしたら、運転してた☆☆ちゃん(スタッフ)が、「それもアリだな〜」と言ったんですよ〜。もう、おっかしくて〜。】


みなさんは、どっちのバスに乗りたいですか〜?


*それにしても、ガキ大将だった夫の、子ども時代のエピソードはたくさんあって、全く苦笑させられます。小学一年生から、ず〜っと、ガチガチの学級委員だった私には、信じられない話しばかりです。同じクラスだったら、絶対かかわりたくないタイプです。(お互いに)punch

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2008年3月16日 (日)

やってみるものだ

このバッグ、昨年秋のシンポジウムのときの資料が入っていたものです。通常は、学園の大きな封筒に入っているのですが、昨年はかつやま子どもの村学園ときのくに国際高等専修学校が十周年記念だったので、特別につくったそうです。

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写真をクリックして大きくしていただくと、見えると思いますが、〈自由学校子どもサミット〉に参加された、他の小学校の名前も印刷されています。


それで私が、「これ、エコバッグにして持ちあるこうっと。もしかしたら、誰かがこれを見て、自由学校のこと、聞いてくるかもしれないし、宣伝になるかもしれないし」と言ったら、Nが、「まあ、そんなことないやろ。でも、やってみるのはいいことだね」と賛成してくれました。


あれから特に意識しないで持ち歩いていましたら、これに目を留めた方がいらしたのです!

私、昨年から、パラスパレスというブランドの服にはまっていまして、先日もお店に立ち寄ったら、顔見知りになった店員さんが、「そのバッグ、かわいいですね。え、小学校?」とじっくり見だしたので、かくかくしかじかと、簡単に説明をしました。

そしたら、「あ、その関西にある学校、私、テレビでみたことあるかも〜!そのとき、私、子どもができたらこういうところに行かせたい、と思ったんです」とのこと。

パラスパレスの服は、コットン、麻、シルク、ウールといった天然素材の布に、貝ボタンがついていたり、インディゴ染めだったりと、ナチュラルでありながら、どことなく雰囲気があるのです。

http://www.palmus.co.jp/menu/menu.html

そこで働く彼女もまた、ごく自然な接客で、「それ、あんまり似合いませんねえ」とか、すごく正直で、無理に売ろうとしないところが魅力です。そんな人ですから、テレビを見た時に、なにかピンとくるものがあったんでしょう。
彼女の反応がとてもうれしかったです。


これからも、きのくにエコバッグを持ち歩きま〜す!どこかで誰かが見ているかも・・・。


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2008年3月12日 (水)

以前の記事のご紹介

YOKOさん、以前の記事『時がきたら伸びる』へのコメント、大変ありがとうございました。

きのくには、ほんとうにすごいところです。いくつになっても、大人も変われるんですものね。

それでも、なかには、ごく希ですが、自分のことは見ようとしないで、批判ばかりされるかたもいます。全くお門違いの批判を耳にして怒り爆発の私に対して、堀さんは、「まあまあ、そう怒らないで。(苦笑) 今はそういうこと言ってても、人って、あるとき、急に変わったりしますからねえ」と、おだやかにおっしゃるのです。その寛大さに、涙がでそうになります。


さて、今回のように、YOKOさんが以前の記事にコメントをつけてくださったので、私も改めて読むことができ、書いたときの気持ちがよみがえってきました。それでついでに、前後も読んでみまして、なかなか楽しかったです。

最近このブログを読み始められたかたのために、少し、バックナンバーのお勧め記事をご紹介します。


2007年5/15 :ちょっと訂正たくさん補足
2006年11/4と11/6の、夜更かし会でのエピソードは感動ものです。

あと、同じく2006年10月3日『柔らかいアタマ』以降の、コメントを含めたやりとり、10月9日くらいまで、いろんな意見、考え、体験談がとびかって、とても楽しいです。

みなさまも、なにかお気づきのことがありましたら、どんな前の記事でもけっこうです。ご遠慮なくコメント書いてくださいね。


『バックナンバー』の文字をクリックすると、過去ログが月ごとにでてきます。

*さんちゃん、せっかく『善き人のためのソナタ』にコメント書いてくださったのに、なぜか、行方不明になってしまって、ごめんなさい。ほんとに、どこにいってしまったのでしょう・・・。もし、他のかたでも、コメントしたのに、アップされないことがありましたら、niftyに問い合わせますので、お知らせください。

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2008年2月20日 (水)

霜田静志氏の文章

【よく言うことをきく子。これが今日までどこでもよい子とされている随一であろう。親たちは二言目には、どうもこの子は言うことをきかないで、という。永年教育相談の仕事をやって来て、私がいつも親たちから訴えられるのはこれである。

だが果たして言うことをきく子が何でもかでもよい子であると言うことができようか。言うことをきく子がよい子であると考えている人も、もしわが子が、見知らぬ人にうまく言いくるめられ、その人のいうことをきいてついて行って、そのために災難を受けたということになったらどうであろう。 ー略ー


言うことをきく子どもをよい子とする考え方に立って行ってきた従来の日本の教育はどういう結果になったであろうかを考えて見るとよい。ちょうど前述の見知らぬ人の口車にのったと同じことが、国全体として行われたのである。


明治以来の一環した教育精神によって、日本人は皆、上の者のいうことにはいつも絶対服従で、言うことをきくようにと教育されて来た。

欧米の新しい考え方にふれて、そんな盲従はいけないと、これに反対する意見を出す者もあり、一部これを実行に移したものもあるにはあったが、大勢はどうすることもできなかった。日本人全体は依然として上の者のいうことなら何でもかでも無批判に受け入れるという状態であった。


そうした日本人は、遂に誤れる指導者の導きに従って太平洋戦争に突入し、日本を今日のような悲惨のどん底におとしいれてしまったのである。

ドイツの民謡、ハメリンの笛吹きは、笛吹きの笛の音に踊らされて鼠の大群がことごとく川に落ちてしまう話しであるが、今の日本人は全くこの話しのように哀れなものである。


「言うことをきく」バカバカしさを恐らく日本人ほど骨身にこたえるほど痛感したものはないであろう。それなのに今日でもなおかつ、ともすればすぐ人の尻馬にのって騒ぐ連中、一人の扇動者にあおり立てられると、いい気になって騒ぎだす群衆が、あちこちに見られるのは何といっても情けないことである。

永年の教育というものは恐ろしいものである。日本人をこうまで自主性のない、個性のない、付和雷同的な人間にしてしまったのである。】 

ー『霜田静志復刻選集 第1集』より


霜田静志氏は、A.S.ニイルの著作を翻訳し、日本に広めたかたで、きのくに子どもの村学園の堀真一郎氏の恩師でもあります。


上記の文章は、霜田氏が昭和24年に創刊した『愛育通信』の文章をまとめたものです。

戦争中には、「自由教育」などと言ったら大変なことになるので、「叱らぬ教育」と表現を抑えて文章を書かれていたそうです。

復刻選集には、心から賛同できる文章がたくさんです。少しずつこちらで紹介していきます。

でも今、日本の教育の現状には、とても不安を覚えます。せっかく霜田氏が心を込めた書かれたことが、一人でも多くのかたに伝わって、価値観の大きな転換につながれば、と思うのです。


それと、先日95歳の映画監督、新藤兼人氏の原作、脚本、証言による、『陸に上がった軍艦』という映画を見てきました。都会では昨年中に上映がすんでいるようですが、地方は今頃です。

http://oka-gun.com/

多くのかたに見ていただきたかったな、と思いました。

今日は長くなったので、この映画のことは次回に書きます。
ホームページご覧ください。

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2008年2月13日 (水)

いろいろあっていいじゃない?

8日にNが帰宅。

きのくに子どもの村学園は17日まで約一週間の中間休みなのです。

といっても、14日、つまり明日からスキー教室に参加するため、明日早朝には家をでます。きのくにが主催で、主に小学校六年生から中学生の希望者を、2泊3日のスキー教室に連れて行ってくれるのです。昨年は雪不足で行けなかったのですが、今年は、ちょっと、雪、多すぎるんでないかい?


Nが帰ってくると、きのくにのホットな話題をいろいろ聞けるので、ブログもたくさん書きたいのですが、あまりタイムリーな話題は支障があるかもしれず、また、私自身、パソコンに向かうより、Nとおしゃべりしたり、ビデオ見たり、料理したり(いつも以上に力が入ります!)で、もう忙しくって〜。


今回一番印象的だった話しは、Nがスタッフと言い合いをしたということ。詳しくはかけませんが、話しを聞けば、Nの言い分も十分理解できます。

Nはスタッフの言い方に納得がいかず、腹立ちまぎれにそこらにあった椅子を蹴飛ばしてしまったとのこと。それを見ていた堀さんに更に注意されて・・・。

「オレ、ごめんなさいもナンも言わんかったわ」

「うんうん、そりゃ腹立つよね〜」と相づちを打ちながら、スタッフと言い合いするなんて、やるじゃん、とちょっとうれしかったです。


今回の件は、私はその場にいたわけじゃないので、どちらが正しいと言える立場ではありません。

そして私は、つねづね、きのくにのスタッフがどれだけすばらしいかということを書いているわけですが、だからといって全員神様みたいな人というわけではありません。

実際、スタッフのかたも、「怒りますよ〜」「イライラすることありますよ〜」なんて、笑って話しておられることもありました。

だからいいんですよね。

息子たちも、きのくにの教師批判をしていることもあります。子ども同士のそういう話しを聞いて、「え〜、きのくにの大人ってすばらしい人ばかりじゃないの?」って、不安に陥る保護者のかたもいるかもしれないけど、私は子どもたちの大人批判って、健全だなあ、と思うんです。

こういう気持ちって、理解されないかな〜?


たしかにすてきなスタッフばかりだと、私は思うけれど、人間だもの、意志の疎通がうまくいかなかったり、相性が悪かったり、正しいことでもどちらかがそれを受け入れられない気持ちの状態だったり、いろいろあるでしょう?

私は、そうことが一切ないように、ということは期待していないの。成長していくなかで、大人と言い合ったり、子ども同士で大人批判をしたりっていうことは、あって当然だもの。こういうふうに思えるベースには、基本的な信頼感というのがあるからなんだけど。


子どもの成長とともに、帰宅してからの話しも多岐にわたり、ますます味わい深くなっています。

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2008年1月21日 (月)

携帯電話について

冬休み最終日に、Nの携帯電話を買いました。これまでは特に必要を感じていなかったようですが、卒業を控え、友達との連絡に使いたいようです。

携帯電話といえば、我が家で初めて使うようになったのは、8年前、Fのきのくに入学が決まったときでした。普段の連絡には、寮の電話にかければいいので必要はありませんが、帰宅するときになにかあった場合の連絡用として、親がもつために一台購入しました。つまり、Fが持つのでなく、迎えに行く私たち(親)が持っておくためのものです。

8年前とはいえ、すでにそのころはかなりの人が携帯を持っていましたが、子どもに持たせるという発想は、全く浮かびませんでした。そうしたら、入学して数ヶ月後のお便りに、きのくに子どもの村学園長の堀さんが、こんなことを書かれていたので、それで初めて、「へえ、子どもに携帯持たせてるんだ〜」とびっくりしたというわけでした。


【携帯電話を学校へ持ってきている子があります。携帯電話そのものがいけないというのではありません。しかし、できれば持たせないでいただく方がよいと思います。確かに遠くから来ていて、帰宅の際のお迎えの連絡などに必要な子はあります。そういう子は、普段はためらうことなく大人に預けています。(mami注:現在は大人に預けるシステムがあるかどうか不明)

私たちの見るところでは、問題なのは「親ばなれ」(そして敢ていえば「子ばなれ」)の十分とはいえない子の場合です。これは、年齢とは関係ありません。

いつも携帯電話を持っていないといられないのは、大きい子にも多いのです。そういう子は、ほかの子に見えるように電話をおいたり、ポケットからストラップを出して見せたりします。いずれにしても電話を持っているために、見えないヒモで家としっかりつながった状態になっています。

さびしい時に電話できるのはいいことばかりではありません。そのさびしい気持ちを噛みしめたり、ほかに楽しいことをさがしたりして、子どもたちは自立していくのですから。

保護者の皆さんには信じられないかも知れませんが、家から携帯にかかってきたり、Eメールが入ったりすると、途端に調子が悪くなる子さえあるのです。携帯電話を持つのをやめてから調子がうんとよくなった子もあります。(それだけが理由とはおもえませんが。)】

私はけっこう早い段階でこの文章を読ませていただいたので、とてもよかったなあと思います。

Fも中三の三学期から携帯を持ったのですが、たしかに、携帯があるとなると、それほど必要でなくても連絡とりたくなっちゃうんですよね。中三にもなってるからそれほどでもないけれど、これがきのくにに行って間もない頃だったり、小さい頃だったら、「寒くない?」とか「ちゃんと手洗い、うがいしてる?」とか、たいして必要もないのに、ちょろっと電話したりメールしたりしちゃっただろうなあ。


それと、行き帰り中のトラブルは、一度、電車を間違えて、とんでもないところに行ってしまった、ということがありましたが、そのときは、車掌さんに携帯電話を借りてうちに電話してきました。なきゃないで、自分で考えてなんとかするもんだなあ、と、後になって、妙なところで感心したりしました。(この件は2006年8月25日の『電車を間違えて』の記事をご覧ください。)


ちょっと不自由なくらいがいいのかな。

息子たち二人とも携帯電話を持つようになって、今、一番気をつけなければいけないのは、私がしょうもないことで電話やメールをしないように、ということですね。(^^)


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2008年1月 8日 (火)

「学力」の質

1月7日付け朝日新聞の社説、なかなかよい内容でした。一部抜粋します。

【 ー略ー
学力低下は、PISA調査で勉強への意欲が際だって低いことと分ちがたく結びついている。単なる知識の量で成績や入試の合否が決まってしまう。そんな貧しい教育の姿に、学力危機の核心があるのではないだろうか。

教室で学んでいることが現実の生活に、今後の人生につながっていく。そして、何よりも考えることが楽しいという手応えをかんじさせることができるかどうか。そこが分かれ道になるだろう。

では、どうするか。
学力の質を転換させることである。

ー略ー

社会に出たら、教室で習った公式では解けない問題ばかりである。正解がわからない問いと向き合う力をつけることこそが、未来を拓く教育の役割だろう。
希望の苗木を、幹太く育てたい。】


よい内容だけれど、これって、ず〜っと前から堀さんが主張し、実践してきたことですよね。

堀さんは、きのくにで言うところの「考える力」とは、ということで、下記のような話しをしてくれたことがあります。
 *講演会のときのメモ書きをまとめました。

・まず、問題に敏感になること。「なんでだろう?」「どうして?」と思うこと。
・「なぜ?」と思ったら、それをよく見てみる、観察してみる。
・そして「じゃあ、考えられる原因はこれかな?」と仮説をたてる。
・その仮説を試してみる。
・たてた仮説でうまくいかなかったら、もう一度観察して考える。再考→失敗→再考、を繰り返す。

きのくにの子どもたちは、プロジェクトで常にこの繰り返しを実践していますから、「正解がわからない問いと向き合う力」がしっかりとついています。

先日紹介した気球作りなども、まさに、「疑問、観察、仮説、実験、再考」の要素がいっぱいです。しかも、自分たちが決めた、自分たちのやりたい活動を通して学べるのです。

Nを見ていても、考えることがとても楽しそうな様子です。気球作りの話しを聞いたときも、私が「大変そう〜」と思うところが、「困難を受けてたつ!」という感じなのです。

そのうえ、みんなで話し合って、友達と心を通わせながら学んでいますので、情緒が安定していて、とてもほがらかです。

生徒全員が教師と黒板のほうを向いて、「ここは試験にでるぞ〜」と言われながらとにかく覚えることに必死になり、順位付けまでされるながら「お勉強」していたのでは、なかなかこうはならないだろうな、と思います。

暗記中心の偏差値重視教育が、どれだけ多くの子どもたちの「真の学力」と「考える力」を奪っていることだろう、と暗澹たる気持ちになります。

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2008年1月 5日 (土)

ほんとに気球をつくっちゃった!

学期の終わりごとに『生活と学習の記録』と、活動の様子を撮った写真が送られてきます。これが毎回楽しみなんです。

今回、見てびっくりしたのは、Nたちのチームがやっている、熱気球づくりの様子です。こりゃあブログに書かなきゃ、と思い、昨夜Nに、「ブログに書くけん(大分弁)、いろいろ教えて!」と、ペンとメモを手に、Nに迫りました。Nも「はいはい、なんでも聞いてください」と大変協力的で、うれしくなります。


Nのプロジェクトは、『道具製作所』で、一学期の最初のうちは、主に車に関することをしていました。車のしくみを調べたり、タイヤ交換、車検、バイオディーゼル燃料のカートづくり、などなど。それと同時に、各自が一年間を通してやりたいことを探し、決定します。

Nは友達と相談しならが、「なにか飛べるものを作りたいな。飛行機は無理だから、気球はどうかな。」ということで、気球づくりの希望をだしました。

一人二人ではできないので、みんなの前でプレゼンをして、それをみて、「自分もやりたい」と思った子は、そのチームにはいります。今年は他に、ロケット作りと太陽熱温水器作りのチームがありました。

Nたちのプレゼンでは、うすいゴミ袋にアルコールをとりつけ、天井まで飛ばしたということで、「おお、すげえ」と、心惹かれた友達も多かったようです。


ここまでの話しを聞いていたときは、私は、ちいさな風船程度のものを想像していました。そしたら、今回写真をみてびっくり。すごく本格的なのです。

*さきほど、写真をさらに携帯で映し、それをブログにアップしてみました。うまくうつっているかな?息子以外のお子さんもうつっているので、なるべく顔がはっきりわからないように、小さめに写しました。


熱気球をつくると決まってから、大人(担任)が気球連盟に連絡をとり、資料を取り寄せてくれました。「人が乗るのはアブナいから、人が乗れない程度のものだったら協力します」ということで資料を送ってくれたそうです。

それでNたちは、資料を見ながら実際の5分の1の大きさでつくることにしました。5分の1といっても、直径5〜6mくらいですから、かなり大きいです。必要な数値を計算して、型紙をつくり、気球連盟から提供してもらった大きな生地に型紙をあてて切り、それらをミシンで縫い合わせるのです。

その最小単位の生地を半ゴアといいます。1ゴアの縦の長さは7m。写真は、まず二つを一つにるすため、待ち針をうっているところです。

要するに、32枚の半ゴアを切りだし、それぞれを2枚づつ縫い合わせて1ゴアにし、次はそれを縫い合わせて2ゴアにして・・・というふうにして、いくんだそうです。聞いただけで気が遠くなります。

それらを子どもだけでやっているのです。資料の請求以外、大人は手をだしていません。

「すご〜く難しいときとか、わからないときとかは大人に聞くの?」と尋ねたら、

「いいや、オレらでなんとかするよ。だって、気球のこと一番わかってるのはオレらだもん。」とのこと。

はあ、頼もしい!
実際、大人はときどき進行状況を見に来ては、「おお、すげえな〜」と驚いていらしたそうです。


籠もつくり終え、後は三学期、すべてをとりつけて、みんなの前で飛ばせて見せるのだそうです。成功するといいね!

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2007年12月27日 (木)

母は幸せ!

今日は久しぶりに家族四人がそろった夕食でした。

夕食後、ごろ〜んとしながらみんなでのんびりおしゃべり。どういう流れの会話だったのか忘れてしまったのですが、私が、「お母さんのどういうところがいいと思う〜?」と、バカな質問を致しました。

そしたら、「え〜?」と笑いながらも、「う〜ん」としばし考え、答えてくれました〜!!

N:「おいしいご飯をつくってくれるとこやな」

F:「ブログやってるとこかな」


うわ〜ん、お母さん、幸せで〜す。中学生と高校生の息子と、こんなふうに話しができるなんて・・・。私はそのくらいの年齢のとき、親とはまず、そういう会話がなかったし、例え、「お母さんのいいところは?」と聞かれたとしても、答えなかっただろうな。照れがあったかもしれないし、その頃は親が嫌いだったし。

やっぱり、きのくにに出会って、子どもを支配しようとしなくなったから、自然な会話ができるようになったんだと思います。出会う前の、ガミガミ母のままだったら、どんな会話をしていたんだろう・・・。

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2007年12月14日 (金)

しみじみ・・・

今日、小学四年生の患者さんが来ました。「かわいいなあ」と思いながら見ていたのですが、そういえば、Fが一人できのくにに行き、寮生活を始めたのが、四年生だったんだ〜、と思い出しました。Nは、Fが先に入ってたとはいえ、二年生から行ったんだし。

当時は、いろんな人から、
「ええ〜?そんな小さいうちから寮生活なの?」
「送り迎えもなしで、子どもだけで行かせるの?かわいそう」
(FとNを涙目で見つめて)「頑張ってね」
「育児放棄じゃないの?」

などなど、思い返せば、ほんとにいろんなことを言われました。


そのときは、多少むっとしたものの、「わ〜い、きのくにに行けるんだ〜」って感じで、子どもと離れる寂しさより、嬉しい気持ちのほうがまさっていたので、外野の声は聞き流していました。

で、今日、四年生の男の子を見ると、まだまだ子どもだし、もしこの子がこれから遠くの学校行って寮生活、って聞いたら、びっくりしちゃうかなあ。ああ、このくらいの時に、FもNも飛行機に乗ってきのくに行って、寮生活してたんだあって思ったら、しみじみとしちゃいました。

でも、一年生でも東京から来ている子もいるし、結局出会うタイミングときのくにの理念にどれだけ共感できるかっていうことなんだろうな。きのくにのどこがすばらしいかがわかっていたら、迷いはそんなにでてこないと思うし。


【きのくには、笑ってほがらかにすごせる自尊感情の高い人間を育てることができる貴重な学校です】

これはきのくに卒業生の保護者さんの言葉ですが、私もほんとうにその通りだと思います。必死に覚えてすぐに忘れてしまうようなチャチな【学力】をつけるための教育なら、私はいらない。きのくには、かわいい子どもと離れても、選ぶ甲斐のある学校だと、心から思えます。


とはいえ、自己決定、個性、体験を尊重するきのくにの教育が、日本の、いえ、世界のあちこちで、普通に受けられるようになってほしいものです。

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2007年12月 8日 (土)

教育とは、生きることそのもの

【教育は「人生の準備」ではない。教育とは生きることそのものである。人生の目的は、幸福、すなわち興味あることを見つけることだ。】

これは、A.S.ニイルが著書『問題の子ども』の中で書いた言葉です。


この言葉に出会う前、まだ、息子たちがきのくにに入る前に、私は掘さんの著書、『自由学校の子どもたち』(黎明書房)のなかで、きのくにの保護者さん(Iさん)が書いた文章にいたく感銘を受けました。それはこんな文章でした。(P.190)

【多くの人は、自分自身では強く意識していないけれど、このかけがえのない人生を予行演習的感覚で終わらせてしまっているのではないだろうか。一学期は二学期のため、五年生は六年生になるため、大学に入っても、就職しても、結婚しても、いつもそれ以降の人生のための準備・・・。

今生きていることが人生の本番そのもの、そういう感性で日々を過ごしてほしい。子どもは、大人になるための準備の期間ではないのだと、少なくとも潜在意識での子どもなりの自覚を持っている。】


この文章を読んだ時、「ああ、これって、私の人生だったなあ」と思ったのです。小学校のときから、「いい高校」「いい大学」に入ることを意識していました。頑張って進学校に入ったら、もう、次は大学受験が待っていました。なにか、いつも「今」がなくて、先ばかりみて焦っていたような気がします。

Iさんの文章を読んで、「きのくになら、子どもたちは貴重な“今”を存分に楽しめるだろう」と確信しました。
それから9年がたち、思った通りになりました。ほんとうに心が楽だし、幸せです。


でも、こんな感じで、すっきりときのくに魂(?)の虜になる保護者ばかりでもないんですね。

この間の運動会のとき、たまたま隣でお弁当を食べていた保護者さんに言われました。

「Fくんみたいに、中学のときからやりたいことみつけて、それに邁進していける子って、100人に一人いるかいないかだよ。」って。

そのかたは、中一の息子さんがいるのですが、まだ中学に上がる前から受験のことで焦りだしているらしい、という話しを、人づてに聞いたことがありました。

人づての話しで決めつけちゃいけないな、と思っていたのですが、そのときの口調を聞いて、「ああやっぱり焦ってるんだなあ」と感じました。

「100人に1人だよ」、のあとに、「ウチの子は、そういうのを見つけられてないから、やっぱり人並みにある程度の高校に入るための準備をはじめなくちゃ」という言葉が聞こえるような口調だったから。


この間のシンポジウムでも、「親はドリルをしなさいとか、あれこれ言うけれど、オレは心配してない」と言っている子がいました。ほんとに、どうして親が子どもの成長を邪魔するのでしょう。どうして、「今」を存分に味あわせてあげないのでしょう。ものすご〜くもったいないことをしてるってことに、気がついてほしいです。


【教育は「人生の準備」ではない。教育とは生きることそのものである。人生の目的は、幸福、すなわち興味あることを見つけることだ。】

すべての大人に、自分の人生と照らして、じっくり向き合ってほしい言葉です。

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2007年12月 3日 (月)

いろんな出会いがありました

先般お知らせしましたように、12月1日、2日は、湯布院で、【いのち育む風にふかれてー自前の生き方、学びの場、居場所をつくる】と題したフォーラムが開かれました。(詳しい内容は、リンク先の【ムラづくりNPO 風の原っぱ】のHPをご覧ください。)


私も微力ながら、実行委員として働かせていただき、同時にじっくり話しも聞くことができて、とてもよかったです。

きのくに子どもの村学園長、堀真一郎さんの本、『自由学校の設計』もたくさん売れたし!

すでにお読みになっていたみなさま、当日本を買ってくださったみなさま、ありがとうございました〜。「自由教育」といっても、なかなかその神髄を短い時間で伝えるのは難しいので、ひらおだい四季の丘小学校の話しを聞いて、関心を持たれた方は、ぜひ、この本をお読みになることをお勧めします。


ひらおだい四季の丘小学校の、吉野さんの話しは、簡潔でわかりやすく、たくさんの参加者が、興味深く聞いていました。その後の質問の時間にも、たくさん手が上がっていました。

私はきのくにと出会って、もう8年以上になって、自由教育のよさは一言では言い尽くせませんが、敢て一つをあげるなら、「自分が好き」になれる教育っていうところかな。

夜の懇親会では、自由教育に関心のあるお母さんがたとお話することができました。みなさん、とても真剣に子どもと向き合って、考えておられるのですね。なんだか、今後のブログにも、ますます力が入りそうです!


私は最初、この企画の実行委員になるとき、ひらおだい四季の丘小学校を紹介したい、という気持ちだけだったのですが、全部の報告を聞いて、視野が広がり、また、いろんなところで、思いを実行に移しているかたがおられることを知り、勇気づけられました。


前の記事にコメントしてくださった、TAOさんもその報告者のお一人です。熊本県小国町で、TAO塾、というのをされていて、生活体験を大切にする学習塾と有機農業の農場を核とした活動をなさっています。

と、さらっと書きましたが、活動は多岐にわたっているので、詳しくはTAO塾のHPをご覧ください。
http://www.taocomm.net

それから、同じくTAO塾の波多野さんのブログでは、フォーラムの様子が詳しく書かれていて、私のブログも紹介していただいています。

(波多野さん、ありがとうございま〜す。それにしても、お話しもうまかったですが、ブログもどうしてあんなに上手なのですか?それに、文をクリックしたら、そこから別のところに飛べるって、どうしたらできるのかしら・・・?)

http://plaza.rakuten.co.jp/taopot/

そうそう、TAO塾の報告に先立って、「懐かしい未来」というビデオを見たのですが、なんと、そのビデオの中でナレーションをしているのが、きのくにの保護者さんなんです!上のブログから、「懐かしい未来」のところをクリックすると、Tさんのナレーション録音風景が見られますよ!


まだ、じわっと疲れが残っていますが、先週に続き、今週もまたしばらく、余韻に浸れそうです。

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2007年11月29日 (木)

つれづれなるままに・・・

日常に戻って忙しく過ごしながらも、ときおり、先週末のシンポジウムのことを思い出し、幸せな気持ちに浸っています。

それで、この間書けなかったことを補足します。

学校紹介のなかで、どの学校も「ミーティング」の話しがでていました。それで司会者から、「ミーティングってどう?」という質問がでました。

ひらおだい四季の丘小学校の二年生(だったのですね!)の子が、「大事。決めなきゃいけないことがある」と言ったのには感心しました。他にも、「好きじゃないけど、クラスでつくるものとかの話し合いをするのに、みんなで話さないとダメだから、必要」とか「やめてほしいこととか言えるから大事」という意見がでていました。

どの子も、ミーティングの必要性を、肌で感じ取っているのですね。


それから、シンポジウムには、卒業生や、卒業生の保護者も何人か来ていました。

ある卒業生は、「きのくにみたいな考え方に賛同してくれる人がいるってことを知っただけでも、息しやすくなるわ。」と、話していたそうです。

卒業生がそんなふうに感じてくれる学校って、幸せですね。

そして、私も、きのくにに来て、きのくにのスタッフや保護者、子どもたちと話しをすると、すご〜くリラックスできます。本音で話せる空間だからかなあ。


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2007年11月25日 (日)

幸せな学校

24日、橋本市民会館で行われた、【かつやま子どもの村小学校・きのくに国際高等専修学校10周年記念教育シンポジウム】に行ってきました。家を出たのは朝5時前で、帰宅したのは夜の12時過ぎと、日帰り強行軍でしたが、行ってよかった〜、と思える、中身の濃い一日でした。


13時から15時までは、【自由学校子どもサミット】と題して、5つの小学校(かつやま子どもの村小学校・きのくに子どもの村小学校・グリーンヒルズ小学校・ひらおだい四季の丘小学校・わくわく子ども学校)から各2名の児童が出て、自分たちの学校を紹介したのち、一同、壇上にあがって、司会者からのいろいろな質問に答えました。

子どもたちの年齢は、まちまちで、6年生くらいの子もいれば、もっと小さい、3、4年生くらいかな、そのくらいの学年の子もでていました。

司会は大学教授で、きのくにではおなじみの、加藤幸次氏と、きのくに子どもの村学園長の堀真一郎氏。


子どもたちの素直な様子、緊張から、だんだんリラックスしてくる様子がよかったな〜。このときとばかりスタッフに対する不満、要望をぶちまける子もいて、会場から笑いがでていました。

会場にいらしたかたでも、関係者でなければわからなかったかもしれませんが、子どもたちが言っていた、「○ちゃん、○ねえ、○べえ、○さん、」というのは、全部、スタッフ(教師)のことです。

最初、加藤さんが進行していたときは、そこまで暴露話(?)は出てこなかったのですが、堀さんにバトンタッチしてから、急にあれこれでてきたような気がします。

最後の挨拶のとき、加藤さんも、「堀さんはやっぱり子どもの話しを聞くのが上手ですねえ。私はいつも大学生や大人ばかりを相手にしているので、なかなかそうはいきません」とおっしゃっていました。


私は、堀さんが子どもに話しかける穏やかな口調に、じ〜んとしてしまいました。そして、子どもたちが思ったままを素直に話せるように気を配っている様子に、目頭が熱くなりました。うちの息子たちも、こんなふうに、あったかく声をかけてもらってたんだなあ、と思って。そうして、思っていることを、ばんばん言える環境をつくってもらえてたんだなあ、と思って。


だいたい、子どもが教師に対する不満を口にしているのを、ニコニコと聞いていられる校長って、すごいと思いませんか?しかも、個人的にではなく、公の場ですよ!他の学校で、こういうことは、絶対起こらないんじゃないかと思いました。


それと、壇上に上がっている子どもたちの姿勢が、けっこうリラックスモードで、特に中、低学年くらいの子は、ちょっと猫背だったり、足をがば〜っと広げたりだったのですが、それも、注意されることなく、そのままです。それも、いい感じ〜、と思って見ていました。

そういうことは、口うるさく言わなくても、年齢が上がってくるにつれて、自然とできてくるものなんです。現に、高年生の子は、肩の力が抜けつつも、きちんと座っていました。


後半15時過ぎからは、【いま高等専修学校がおもしろい】ということで、きのくに国際高等専修学校と、りら創造芸術高等専修学校の発表がありました。

りらは今年開校したばかりで、生徒数は7人、ということで、いったいどんなふうに過ごしているのだろうと、少し心配な気持ちで発表を待っていました。そしらたまあ、すばらしいこと!すてきな生徒たちが、堂々と学校の紹介をしてくれ、最後はゴスペルとタップの組み合わさった歌とダンスを披露してくれました。

りらでは、きのくにの卒業生が2名、職員として働いているそうです。


きの高のほうは、情報はいろいろと知っているつもりでしたが、やはり、生徒本人から話しを聞くのはいいものです。「きの高のいいところは、子ども扱いされず、一個人の人間として扱ってくれるところ。」ということばが心に残りました。

また、普通の学校との違いは、ということでは、「普通の学校は、全員前を向いて、静かに座り、話すのは問題の答えを言うときだけ。でも、きの高では、輪になって話す。そして、自分の意見を言い、相手の思うことも受け止める。全員でキャッチボールができる感じ」という話しをしてくれました。


やっぱり、本で読むだけでなく、こういう場で、きのくの実践を肌で感じることは大切だなあと、改めて思いました。


最後になりましたが、私に声をかけてくださったみなさま、ありがとうございました。とてもうれしかったです。でも、あまり話しができなくてごめんなさい。おまけに、そのうち、誰が誰だかこんがらがってしまって、失礼いたしました〜。

また、コメントなどいただければうれしいです。

それから、少しまえ、「コメントしたのに、反映されない」ということがありました。もし、他にもそういうかたがおられましたら、niftyに問い合わせますので、ご連絡ください。

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2007年11月19日 (月)

自然体っていいよね

仏検、やっと終わりました〜。結果は・・・さあ、また来年頑張ろうっと、てな感じです。(*_*)
ブログも、無理ない範囲で、ぼちぼち再開で〜す!


この前の運動会の記事にコメントしていただいているikuさんとは、何度かメールやりとりしていましたが、あの運動会のとき、初めてお会いしたんですよね。帰りの電車でも一緒になったので、いろいろとお話したのですが、そのとき息子のNもいまして、あとから、ikuさんに、「Nくん、自然体でとてもすてきですね」と言っていただきました。

とても嬉しい言葉でした。

「自然体」でいる、これがなかなか難しくて、大人は苦しむのではないでしょうか?そもそも、「自然体」ってなに?、というか、自分自身がほんとうはどうありたいのか、何をしたいのか、どういう人間なのか、がわかっていないので、「自然体」でいられようはずがないのです。

そんなことを思っていたら、ちょうどタイミングよく、運動会の日に配られた、「きのくに子どもの村通信」に、ジョン・エッケンヘッドの、こんな言葉が載っていました。


【自由な人とはーかつてソクラテスは、教育の目的は何かと問われて、「汝自身を知ること」と答えました。数学や言語の勉強ではありません。自由学校の使命、それは子どもが自分を知っている大人へと育つための援助をすることだといえるでしょう。

どうすれば子どもは自分自身を知るでしょうか?机に向かって先生の話しを聞けばよいでしょうか。決してそうではありません。むしろ自然で自由な子どもであること、心を通わせて何かをする、そして楽しむ。そこに自分自身を知るにいたる道が開かれています。】


ikuさんがNを見て、「自然体でいいな〜」という気持ち、私も、きのくにの子どもたちを見て、何度も感じました。

この間は、きのくにで、Nと同級生の男の子と20分くらい話す時間があったのですが、将来の夢や、進路のことなどを話してくれて、私もそれについて思うことを言ったりして、ほんとうにごく自然に会話ができるたです。とても中学生と話している気がしませんでした。

「こうあらねばならない」というところがなくて、自分を大きく見せようともしない。それでいて、自分の考えはしっかり持っていて、自分の思っていることを笑顔でさらりと表現できる。う〜ん、すてきな子たちです。


ジョンの言う「自由学校の使命」、それは、きのくににもちゃんと受け継がれているのです。

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2007年10月31日 (水)

体力も精神もタフですね

きのくに子どもの村学園では、今のところ、年に二回、【夜更かし会】があります。一学期最終日(7月)と運動会前夜です。

一学期最終日は、子どもたちも一緒に参加するので、人数も多く、飲み物食べ物なども持ち寄ったりして、とてもにぎやかななか、他の保護者、教員、寮母さんがたと、おしゃべりします。

運動会前夜は、子どもたちはいつも通り、寮の子は、寮に泊まっているので、参加するのは、教員と保護者だけになり、夏に比べて若干静かで、人数も少なくなります。

私は過去16回の夜更かし会のうち、最初の一回をのぞいて、あとはすべて15回、参加してきました。初めて参加したとき、さんちゃんが「毎回来たほうがいいですよ〜」と声をかけてくれたので、よくわからなかったけれど、忠実に守りました!!

そして今、毎回「参加してよかった〜」と、心から思います。毎回感動と気付きがあり、初耳話も聞けるんです。


前置きが長くなりましたが、今回も、よかったです!

私は、参加するとき、毎回ちょっとした目的を持って行きます。
○○さんと話す、とか、スタッフの△△さんに、あのことを聞いてみよう、とか、そんなことです。

今回は、修学旅行の引率をしてくれたスタッフのなかで、直樹の話しによくでてくるけれど、私はほとんど話したことがなかったかたがいて、その人と話してみよう、と思って参加しました。


そのスタッフAさんは、きのくにに来て、三年くらいの、若い女性です。隣には、同じく三年目のスタッフBさんがいらっしゃいました。

Nのこと、旅行のことなどを聞いた後で、率直に聞いてみました。

私:「ぶっちゃけ、きのくにをやめようと思ったこと、ありませんか?」

Aさん:「う〜ん、やめようっていうのはなかったけど、やっていけるかな〜、というのは思いました。」

私:「それは仕事がハードだから?」

Aさん:「ええ、でもね、それが年々、大丈夫になっていくんですよね〜(笑)。あれ、以前だったら私、無理だったのに、今はこなせてる、っていうか・・・。」

Bさん:「そうそう、なんか限界がどんどん高くなるっていうか・・・。最近、私、ふっと時間にゆとりがあるようなとき、何かやり残したことがあるような気がしちゃうんですよ〜。忙しくしてるのになれちゃって、時間がぽっと空くと、かえって不安になっちゃうんです〜。(笑)」

Aさん:「それにね、子どもたちもすごくしっかりしてるから、今回の修学旅行なんか、とっても楽でしたよ〜。なんでも子どもたちが自分たちで動いてくれるから。」


こんな話しを明るく笑いながら話してくれる彼女たち、ほんとにタフで、すてきです。こういう話しを聞いているうちに、自分も「タフじゃなくっちゃあ」という気になって、日常がまた、元気になってくるのです。私、もう毎日が楽しくって、忙しくって、幸せです。

きのくに保護者のみなさま、夜更かし会は、とにかく毎回参加すると、きのくにが十倍楽しめると思いますよ!


夜更かし会こぼれ話、続きはまた今度。

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2007年10月23日 (火)

やっぱり楽しかった〜、運動会!

一年前には、「運動会、あ〜、楽しかった」という記事を書いてます。で、一年たって、やっぱり楽かったんですよ、運動会。

で、今回もNは、「全部出た」、だそうです。今年目玉の「超 長距離」という種目では、一位狙いでトレーニング(夜、寮の周りを十週くらい走る)を重ね、見事いっちゃ〜く!

他にも、小さい子から大きい子まで、走っている子がたくさんいたそうです。

通学の子も、朝のバスが来る前に、「運動会の練習」と称して、早めに集合して走ったりしていたそうです。練習がないきのくにの運動会ですが、やりたい子は、それぞれのペースで、自由に準備をするって、いいなあ、と思いました。


きのくにのような運動会だったら、「走ってみようかな」「あの種目に出たいな」って、自分から思えるんです。そして、出なくても、誰からも責められることはありません。まあ、発展途上の親から、「あんた、何か出たら?」と背中をどつかれている子も、いなくはないですが・・・。


私、つくづく思うのですけれど、普通の学校では、子どもたちに勉強をさせよう、スポーツをさせよう、と押し付けてしまって、かえって勉強嫌い、運動嫌いをつくりだしているんじゃないかな?

きのくにの、強制しないで一緒に楽しむっていうやりかただと、逆に勉強したくなるし、体を動かしたくなるんです。このほうが、子どもも教師も、ずっと幸せなのに・・・。


運動会前夜は、学校で夜更かし会がありましたが、たくさんのかたに、「ブログ読んでま〜す」と声をかけていただいて、感激しました。みなさま、ありがとうございます。

読んでくださっているかたは、この、文章だけの、とにかく「きのくに愛!」のブログに飽きられるかもしれませんが、私は、いくら書いても、飽きることがありません!(オタクですなあ。)

いつまで続くかわかりませんが、枯渇するまで(多分枯渇しない)書き続けますので、どうぞよろしくお願いします。

ただ、私事ですが、11月18日に、趣味でやっておりますフランス語の検定試験を控えておりまして、ちょっと更新が滞りがちになりますが、ご容赦ください。(少し滞るくらいが、ちょうどいいかしらん?)

今回の夜更かし会でも、はじめてゆっくり話したスタッフのかたもいらして、こぼれ話がたくさんです。

ぼちぼちアップしたいと思います。

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2007年10月15日 (月)

ホンモノに取り組む

先週、Nが入っているプロジェクト、道具製作所(以下、道具)から、活動の様子を知らせるお手紙が届きました。

じっくり読んで、あらためて、「きのくにってすごい!」と、また感動。なにに感動かというと、まず、やってることがホンモノなのです。

道具の主な活動の一つが、車に関することで、きのくに職員の車を整備して、車検に通したりします。今回のお手紙には、10月3日に体験した、陸運局での車検の様子が詳しく書かれていました。

今回の車検に関わったのは、男女あわせて4人、一回目のコースで不合格だったヘッドライトの光軸検査とバックライトの交換も、自分たちで行います。(もちろん、車検コースを運転するのは大人ですが。)

私は車のことは詳しくなくて、車検を自分でするなんて、とんでもないことですが、説明を読んで、「へえ、こういうふうにやってるんだ〜」と初めてのことばかりです。気の短い私には、とてもできそうにありません。


もっとも、道具は車のことばかりやっているわけではなく、グループごとに研究していることもあります。

今年は、「気球チーム」「ロケットチーム」「環境チーム」の三つに分かれて研究、作成しています。最後の「環境チーム」では、太陽熱温水器をつくっているそうです。


Nは気球チーム。今は、5m×7mの球皮を裁断して、それぞれを縫う仕事に入っているいるそうです。お便りに写真もでていましたが、体育館に布を広げて、待ち針をうっている様子が見られます。

昨夜Nと電話で話しましたが、「すげえ大変」とのことです。でも、声は生き生きしています。

そして、気球の球をつくるだけでなく、 熱をだして球を浮き上がらせることをしなければなりません。全体の大きさ、重さと、パワーの関係など、物理の計算が必要になってきます。

ここらあたりのことは、一学期末に、担任との懇談で、もう少し詳しく聞いたのですが、なんせ、数学、物理、と聞いただけで頭がくらくらしてくる私のこと、片っ端から忘れてしまいました。なので、この程度の説明しかできませんが、とにかく、ホンモノ、すごいんです!

彼らの根気強さ、積極性はどこからくるのかしら。

私は想像しただけで、「いやだ〜、面倒くさい。」と思ってしまいます。


一方このところあまり話題にでないFですが、こちらもまた、日々夢に向かって歩んでいます。

最近のトピックは、なんと、2年前までは楽譜も読めなかったFが、チェンンバロ奏者、小林道夫氏のコンサートで、譜めくりをする、という大役をこなしたことです。

*譜めくりとは:ピアニストの左側にすわって、譜面をめくってさしあげることです。


小林先生は偉大な音楽家で、長く東京で活躍されましたが、数年前、当地に移り住まれました。家が近かったり、ギタリストを目指している、ということからご縁ができて、時々遊びに行かせていただくようになりました。

うちの近くにアルテジオという美術館があるのですが、そこのサロンで毎月一回、チェンバロとピアノのコンサートをされていて、10月はゲストにヴァイオリン奏者のかたもこられるということで、そのときの譜めくりを頼まれたのです。

譜めくり・・・、慣れている人にはなんでもないことなのでしょうが、Fは楽譜を読めるようになってまだ2年にもならないくらいで、しかも、ピアノの楽譜には慣れていません。それでも、声をかけてもらうだけ光栄なことですから、彼もやりたかったのでしょう。


先生に電話して、譜めくりの練習(って、あるのか?)をさせてもらい、音源を借りてきて、下準備。日数にもあまり余裕はありませんでしたが、それでも逃げずに、いったん引き受けたら、できるだけのことをして臨みました。

「オレ、小林先生より緊張してると思うわ。」と言いながら出かけましたが、結果はバッチリで、先生にも「とてもやりやすかったよ」とほめられ、興奮して帰ってきました。


11月末には、また別会場で、チェロとの共演のときに譜めくりさせていただくそうで、今から楽しみにしています。今度は私も見に、じゃなくて、聞きに行こうと思っています。


Fの、自分が引き受けたことは逃げずに取り組む、っていう態度は、きのくにでの生活の中で培われてきたのかなあ、としみじみ思いました。

子どもだましでない、ホンモノの仕事に取り組ませてもらって、失敗しても、根気よく、「なんでだろう」「どうすればいいんだろう」というふうに考えられる。「もうやだ〜」って投げ出さない。そういうことを、学んできた人間は、ほんとうの強さを持っているんだな、と感じました。それは、点数では評価されない力です。そして、幸福に生きていく上で、とても大切なチカラなんだな、これが。

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2007年10月 4日 (木)

誰に感謝すればいい?

きのくに子どもの村学園では、ほぼ毎週、「weekly きのくに」というお便りが出されるので、保護者は離れていても、学園の様子を知ることができます。

修学旅行があったときには、引率の大人がそれぞれ、子どもたちの様子や感想などを綴ってくれますので、それを読むのがとても楽しみなのです。

今回も、Nが行ったイギリス修学旅行のお便りが届きました!どなたの文章も、子どもの深いところ見てくださっている文章で、毎回ながらじ〜んとします。


その中で、すこ〜しだけ抜粋します。

なお、きのくに子どもの村学園中学校の、海外修学旅行は、福井県にある、かつやま子どもの村学園中学校との合同です。


【子どもの村のイギリス修学旅行も15回目を越えた。天気は運としても、やはり、前向きな子どもたちと経験を積んだ職員が多くなり、修学旅行が充実してきている。常に笑いが絶えず、日に日にかつやまときのくにの子どもたちがいっしょになって会話に花が咲いた。

ことばも文化も違う遠い国で過ごす戸惑いは、日に日に自信となって、新しい感動が素直にからだに入っていくのがわかる。気持ちの安定とたくましさは裏表だとつくづく感じた20日間だった。冗談のなかにも自分を振り返り、生き方に触れる会話が多く聞かれた。共に大笑いしたが、印象に残ったのは一つや二つではない。

最後のきわめつけは世界遺産のIron Bridgeだった。堀さんが人類の発展の証しととられがちな産業革命の裏で、自分の意志で生きる権利や生活を奪われた人々の話しをされた。

「子どもの村のみんなは、歴史をそのような面からとらえられるようになってほしい。」

中学生たちの真剣な目は今回の旅行の締めくくりになった。世界で最初の鉄の橋は、私には特別なものになった。】


修学旅行で、教師(*寮母や事務職員も行くことがあります)と子どもたちが、「笑いがたえない」とか「大笑い」っていうのが、まず、いい感じですよね〜。目に浮かびます。整列させられたり、怒鳴られたり、っていうのがないから、みんなピリピリすることがなくて、自然体なんです。

そして、自然の中で、友との関わりの中で、見学先で、ふと、自分を振り返り、人生を考える。ああ、いいなあ。


息子がこんな経験をできたのも、堀さんがきのくにをつくってくれたから。で、その前には、サマーヒルのニイルやキルクハニティのジョン・エッケンヘッドがいたから。

自由教育の先人たちに、心からありがとうと言いたい気持ちです。


そして、悲しいニュースも届いてしまいました。

ジョン・エッケンヘッド(故人)の奥様、モラグさんが9月21日の夜になくなったそうです。95歳でした。ジョン亡き後も、暖かいまなざしで子どもたちを迎えてくれて、キルクハニティに、きのくにの子どもたちの声が響くのを、とても喜んでくださっていました。心から、ご冥福をお祈りいたします。


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