2011年7月14日 (木)

片付けにはまってますー追記あり

先日、『人生がときめく片付けの魔法』という本を読んでから、片付け道まっしぐら。


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ブログをサボってる間もいろいろなことがあったのですが、パソコンに向かうよりもまず片付け、という状況でした。


今、机の上、信じられないくらいきれいです。パソコンがまっすぐ置ける!


服も、本も、4分の1くらいに減りました。


この本の中では、「何を捨てるか」ではなく「何を残すか」に焦点が当てられているのです。

で、残す基準は、それに触れてみて、ときめくかどうか。


アマゾンのブックレビューでは、そこのところが、少女趣味的とか曖昧とかいう意見も見られますが、私にはぴったりきました。

(*このあいだアマゾンのページ、リンクできたのに、あれから日にちがたっちゃって、どうやればよかったのか、忘れてしまった。私って、なんてバカなんだろう・・・。)←再度挑戦で、できた、かも。


クローゼットも棚も、風通しがよくなって、気持ちいい〜。


それに、残った本を見ると、「私って、やっぱり、これと、これと、これに興味があるんだよね」と、自分のことがわかってきます。


そして、面白いのが、場所別の片付けじゃなくて、モノ別の片付け。

要するに、服なら服の日、と決めて、家中にある服を全部だしてきます。(冬物も)

それをするだけで、まず、からだは一つなのに、いったい何枚持ってるのよ、私! と、呆然とします。しかも、着る服はだいたい決まってるから、全然登場しないものも溜め込んでいました。


本もしかり。全部出してきて、一堂に会します。

いつか読もう、と思って放ってあった本たちと遭遇して、あ、なんだか居心地悪い。


「いつか」は来ないかも・・・。思いきって処分。


ああすっきり、頭が冴えてきました。


そんな片付けの合間に、久々に、『百姓屋敷わら』のオーナーさんのブログをのぞいてみました。

そしたら、今の私にぴったりのセミナーが開催される!早速申し込みました。

http://www.wara.jp/waraclub/seminar/20110806.html


そう、私、人生の整理をしたいんです。

教育のこと、原発のこと、家族のこと、仕事のこと、趣味のこと、いろいろやりたいことがあるけど、どれも深くやりこなせてないなあ、なんて感じてたところだったので、『人生の模様替え』という言葉に強く惹かれました。


講師の著書『人生の模様替え』(磯馴勇司著 SEIKO出版)も早速読んでみましたが、セミナーに参加するのがますます楽しみになりました。


そもそも、『百姓屋敷わら』を知ったのは、数年前。

きのくにの保護者さん(OB)が教えてくれたのです。私は泊まりには行けなかったけど、すてきなところだなあ、いつか行きたいなあ、と思っていました。


そしたら、昨年、堀さんの講演会を通して知り合いになったかたの娘さんが、「わら」の研修生になって半年間働いた、という話しを聞いて、わあ、つながるなあ、と思ってたら、今度は、町内の知人(スローカフェのスタッフ)が「わら」に一泊研修旅行に行った、ということで、さらにびっくり。


ちょっとどきどき、そして、楽しみ。


人生のお片づけに行ってきま〜す!


そのまえに、今度は食器の片付けしなきゃ。あ〜なんだか面倒になってきた・・・。


*近藤麻理恵さんの『人生がときめく片付けの魔法』は電子書籍にもなっています。800円くらいだったと思います。

iphone(ソフトバンク)に変えたので、電子書籍、どんなものかと思って購入してみました。

こんな小さな画面で書籍なんて、見にくいやろ、と思っていたけれど、意外と大丈夫。この本には衣類のたたみかたなど、動画もでているので、きっちり取り組みたかった私にはとても参考になりました。

http://www.sunmark.co.jp/topics/kataduke_app/


しかし、動画中のお部屋、彼女の自室でしょうか?私には落ち着かないくらい、きれい過ぎ。

小さいお子さんのいるご家庭は、片付けにはまりすぎないほうがよいのでは、と思います。子どもは散らかすものですから。

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2011年7月 6日 (水)

本の紹介

これまで、書籍のご紹介をしたいとき、いちいち表紙の写真をとって、それを貼付けるという方法をとっていました。


よく見る、Amazonの画面を貼付けるの、やりかたがわからず、そんな面倒なことをしていました。


ずっと気になっていて、夜中に起きだしてなんやかんややってみたら、できた、みたいです。大丈夫ですよね?

アフィリエイトかなんかに登録するんですよね?紹介料なんていらないけど、「読みたい」と思ったひとが、すぐにAmazonに飛べるようにしたかったの。


どんなふうになってるのか、今いち不安なので、記事は短めにして、とりあえずアップしてみます。


堀さんの講演会後は、しばらく脱力状態でしたが、一週間後には、ゆふいん文化・記録映画祭があって、いくつか映画を見て、またまた頭の中がいっぱいになりました。


で、前から読みたかった、「知事抹殺」を映画祭会場で購入して、一気読み。


原発の安全性に疑問を持ち、国の言うことに従順ではなかった当時の福島県知事、佐藤栄佐久さんが収賄で逮捕されます。その経緯と取り調べの様子に、怒りが込み上げてきました。

ぜひ、ご一読おすすめします。


原発問題の根深さを感じます。

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2009年4月17日 (金)

朗報&速報

きのくに子どもの村学園長、堀真一郎氏の著書
『自由学校の子どもたちーきのくに子どもの村のおもしろい人々』
みなさまお持ちでしょうか?

この本、増刷していないのか、なかなか手に入りにくようです。

でも、今、Amazonに数冊出ています。しかも、中古で1000円代から。

まだ読んだことのないかた、人から借りて読んだかた、今がチャンス!ぜひ、お買い求めになることをおすすめします。


この本のなかで、特に私が好きなのは、第四章「そしてタロウは残ったーきのくにのミーティングー」の部分です。

私、きのくにのすごさは、なんといっても、ミーティングにあると思うんですよね。すべての要という気がします。でも、我々保護者は、なかなかミーティングの様子を見ることができません。

この本のなかで、子どもたちの生き生きしたやりとり、自分の意見を言い、人の意見を聞く、考える、そんな様子を目の当たりにすることができます。そして、教師の深い洞察と配慮。

ここに全文紹介したいくらいですが、ちょっと無理、なので、ぜひぜひみなさまに読んでいただきたいです。

新品は6000円くらいになっちゃってますが、それでも、買って絶対後悔しないと思います。


あるときFに「きのくにに行って、なにが変わったと思う?」と聞いた時、彼は「俺、強くなったと思う。自分の意見を言えるようになったし。前の学校のときは、自分の意見、っていうか、あんまり考えんでよかったんや」と言いました。

そのとき、きのくにの価値を、さらに強く実感しました。

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2008年12月11日 (木)

目ざめてほしい

10日発売の『AERA』 12月15日号に、良い記事がでていました。

【わが子に「学校」はいらないー公立でも私立でもない、もう一つの選択
 ゆとり教育の反動から再び「お受験」が過熱している。だが、受験エリートが社会で通用するとは限らない。教育に携わる親たちがわが子の選択肢から「学校」を捨てた】 P.75


ここで取りあげられているのは、東京コミュニティスクール(TCS)、よみたん自然学校(沖縄)、神戸フリースクールの三校です。


それぞれ、自然体験や、自分たちで考え、学ぶことを重視した、ユニークな教育を実践しており、子どもたちはたくましく成長しています。


TCSに8才の息子さんを行かせているのは、私立大学の教授のAさん。

Aさんは
【一方的な伝達形式の日本の教育では世界に通用しないー。根底には大学時代、アメリカへの留学体験がある。語学力以前に、プレゼンスキルがなく、議論に参加できない。悔しかった。相手に伝える力、主体的に学ぶ力が最も重要だと感じた。】
ということです。


TCSの理事長さんは、「大事なのは学ぶ意欲」と言います。

その通り、ですね!

そして、少人数では社会性が育たないのではないか、という指摘に対しては、こう答えています。

【30、40人学級だと、気に入らない相手は無視すればいい。でも、この人数だと、どの人ともかかわらざるを得ない。異年齢集団で、自分の判断で人とかかわることで本当のコミュニケーション力が生まれます。】

これも、その通り!


以前、きのくに国際高等専修学校に興味を持った友人がいて、パンフレットを差し上げたことがあったのですが、「教育は良いけど、人数が少ないね。うちの子には、もっとたくさんの人とかかわらせたいから、ここには行かないわ。」と言われたことがあります。

大人数だから人とかかわれる、っていうのは、幻想だよな〜、と思ったけど、多分、きのくににあまり心を動かされなかった故の後づけの理由なのでしょうから、何も言いませんでした。

でも、実際きのくには、人間関係の密度がとても濃いですよね。多分、心が解放されてないガチガチの大人は、やっていけないでしょう。

海外生活、一ヶ月同じメンバーで過ごすなんて、できますか?

しかも、その間に、旅行計画をたてたり、興味のある分野を掘り下げ、学び、皆が満足できるような活動を作っていくんです。

黙って、先生と黒板を見つめていれば日々が過ぎる毎日と比べて、どちらがコミュニケーション力が身につくでしょうか。


とにかく、今回のAERAの特集、よかったです。まだ書店にでていますので、みなさまご覧ください。


ただ、どれもすてきな学校ですが、学校教育法で定められた学校ではないので、例えばTCSは、【籍を置く地元の公立学校にTCSでの学習状況を伝えることで、公的な出席記録や卒業認定がされる。】ということになっています。

それを考えると、きのくには、学校教育法で定められた正規の学校法人なので、そのような手間や心配が必要なく、親としては(私としては)有り難い存在です。


記事に出てくる親たちのような考えを持つ人が、もっともっと増えたら、暗記中心、管理主義の公教育が廃れ、真の自由主義教育が当たり前になっていくんじゃないかな〜、と期待しています。


後半は、【大人になるキッカケが 学校にはないー「学校」を捨てた人生のその後】と題して、10代の頃から学校以外の場で自分の道を模索し、はつらつと行きている若者たちの取材記事が出ています。


こういう記事を読んで、今まで興味のなかった人たちが、目ざめてくれないかな〜。

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2008年12月 7日 (日)

自分を好きになれたら

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雨宮処凛さんの、『生き地獄天国』という本を読みました。

雨宮さんを知ったのは、ここ一年くらい。新聞、雑誌でよく見るようになりました。いじめの問題やワーキングプアの問題について意見を述べておられて、共感する部分が多かったので、著書を読んでみたいと思っていました。

右翼団体に入っていた、という経歴にも興味がありました。

本の背表紙に書いてある、簡単な解説はこちら↓です。

【現在、フリーター等プレカリアート(不安定層)問題について運動、執筆し、注目される著者の自伝。息苦しい世の中で死なないために。激しいイジメ体験→ビジュアル系バンド追っかけ→自殺未遂→新右翼団体加入→愛国パンクバンド結成→北朝鮮、イラクへ→右翼をやめるまで。文庫化にあたらい、その後現在に至るまでを加筆。】


ちょっと引いてしまうような経歴ですが、読んで見ると、雨宮さんがその都度真剣に、必死で行きてきたことがわかります。


【追っかけを始めてから、もう一年が経っていた。私はもう、立派な追っかけ少女だった。メンバーの泊まっているホテルならすぐ見つけられたし、家出しても、泊まる先には不自由しないほどたくさんの友達がいた。カツアゲもできるようになってたし、万引きなんて、プロ級だ。一年前の、ただのイジメられっ子だった私から、今の私を誰が想像できただろう?

でも、実のところ、私は少しも楽しくなかった。
その日も、家には一週間くらい帰ってなかった。
「こんなことしてていいのかなあ・・・」
同じく一週間家に帰っていないマキが、私の隣で呟いた。

聞きたくない言葉だった。お願いだから、そんなこと言わないで。バンドの話ばかりしていて。
そう思っても、その疑問はもう、私たちの間ですら誤摩化すことはできなくなっていた。】


雨宮さんの両親は、娘がイジメで苦しんでいたときも、何も気づこうとせず、勉強のことしか言わなかったそうです。

母親に暴力を振るったり、手首を切ったりするようになっていたある日、・・・

【小学生の弟を人質にとって、私は、自分の部屋に立てこもっていた。
弟は、いつも私のことを怯えた目で見る。その目が堪えられなかったから。
母の前で、弟に包丁を突きつけた。弟は泣かなかった。母は取り乱して、何でも言うことを聞くと言った。

私は何も言えなくなった。
自分が何をどうしたいのか、それさえも全然わからないから。
ただ、母に守られている弟が、死ぬほど羨ましかった。私はもしかしたら、そんなふうに、誰かに無条件に抱き締められたいだけなのかもしれない。

私は泣いた。弟を抱き締めて泣いた。ただもうこれ以上、自分を嫌いになりたくない。もうこれ以上、家族にも嫌われたくない。なのに、何て逆のことばっかりしちゃうんだろう?】


この後、雨宮さんとお母さんは東京へカウンセリングを受けに行くのですが、途中で雨宮さんは逃げてしまい、結局お母さん一人でカウンセリングを受けることになります。

このあたりは、「どうなっちゃうんだろう」とハラハラしながら読みました。

ココまでで、まだ全体の、ほんの六分の一くらいです。が、その後も、一気に読めちゃいます。


私は、白状しますが、とても許容範囲の狭い人間です。

ゴスロリファッションとか、大嫌いですし、子どもを自分の都合で叱りつけている親を見ると、ムカムカしますし、真っ黒で大きな車に乗って、大声で自分の主義をがなりたてている人たちが、理解できません。私とは接点のない人たち、と思っていました。


でも、雨宮さんの本を読んで、みんな、迷いながら、苦しみながら、一生懸命生きているのかも、と思ったら、ちょっと、心の垣根が低くなりました。


【泣きながら、何もかも笑い飛ばせる気がした。ずっとこんなふうじゃなきゃ生きられない自分がイヤでたまらなかった。でも、こうやってジタバタしていれば、何か見えてくるみたいだ。

私はこのままでいいんだ。
 ー略ー
そして私は、生まれて初めて自分を好きだとちょっとだけ思った。】


やっぱり、「自分を好き」と思えることが、なにより力になるんですね。

だから、人の自尊感情をずたずたにするイジメは絶対にしてはいけないことだし、親が子どもを丸ごと受け止めて愛してあげることが、なにより大切だと、最後はそこに行き着くと思うのです。


よい本です、と、私は思います。

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2008年6月 4日 (水)

気になる人

作家の田中慎弥さん。

今年4月に川端賞を、5月に三島賞を受賞。両賞の同時受賞は史上初。

ということで、最近よく新聞に登場なさっているので、ご覧になったかたも多いと思います。数週間前は、朝日新聞の【ひと】の欄で取りあげられていました。

今日は文化面に文章を書いておられます。大変ユニークな文章(表現も内容も)で、全部ここに紹介したいくらいですが、長過ぎるので、一部転載します。


この文章のタイトルが、また、すごいんです。


夢も希望もないから


【高校を卒業して以降、就職どころかアルバイトさえしたことがなく、大学、専門学校、予備校などへ通いもせず、つまり何もしていないと呼ぶ以外にない状態が長く続いた。 ー略ー


なぜそういう生活を送るようになったのか、説明するのは難しい。何かをしたのであればその動機や端緒を語ることが出来るが、何もしていないのだから説明のしようがない。働きたくなかった、働かなかった、それだけだ。

では動機や端緒ではなく、どんな精神状態で生活していたのか、を説明することは可能だろうか。そういう生活に突入した場合に感じる筈の焦りや不安といったものは、いっさい覚えたことがない。なんとなく、この先どうなるんだろうか、とぼんやり想像することはあっても、明日には雨が降るんだろうか、という程度の感覚であって、とても危機感などとは呼べない。 ー略ー


何もしていないというのは外から見てのことであって、本を読んだりノートに文章を書いたりはしていた。だがそれは、将来のためというより、ただ好きだったからだし、ひまだったからだ。友人は一人もいないし出かけなくてはならない用事もない。そしてそういう生活を送ることを、何かしている、とはやはり言えないだろうから、何もしていないと言うしか、ない。

ー略ー

デビューしたことを、世の中と関わりを持てるようになった、前進だ、成長だ、などとも全く思わない。人と話しをする時間が増えるほど、デビュー前よりももっと狭くて深いところへ、心地よく沈んでゆけるという気分になる。いまの方が、ずっとずっと世の中と隔たっていると感じる。言葉を書き連ねてゆくことは自分にとって、世の中とか他人と直に向き合うのをさけるための手段なのだろうか。


主義主張や知識を持ち合わせていないので、外から見て何もしていない生活を送っている人たちに言いたいこと、言えることなどあまりない。夢も希望もないから、苦労するのがいやだから小説を書いています、おすすめできる生き方ではありません、働くなり勉強するなりした方がいいと思います、という程度か。


ただ、十数年前の私は、親から金をむしり取って映画を観にゆく電車の中で、自分と同い年くらいの大学生風の人たちやサラリーマンなどに囲まれ、こういうちゃんとした生き方をしないといけないんだろうな、と思う裏側で、自分の読書歴を思い返し、この電車に乗っている人間の中で「源氏物語」の原文を二回通読したのはたぶん自分だけだろうな、と、不遜で、無恥で、無礼で、しかしこの世で自分のとってだけは多少の意味がないわけでもないことを思い巡らせて、卑屈に安心していた、ということを、最後に書いておく。】


淡々としていて、なんとなく潔い文章で、今日、何度も読みたくなりました。
今で言えば、ニート、の生活、と言えるのでしょうけれど、不思議と自己肯定感が漂っていませんか?


早くにお父さんをなくされ、長くお母さんと二人暮らしだそうです。

お母さんは息子さんに、どんな接しかたをされてきたのかなあ、と、とても気になります。

作品も読んでみたいなあ。
今、とっても、気になる人、です。

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2008年4月20日 (日)

愛は裁かず

『かつやま子どもの村通信』第46号の4面【連載 ニイルのことば 愛は愛を育てる】の最後に、〈おすすめの本〉として、伊藤重平著の『愛は裁かず』『ゆるす愛の奇跡』(黎明書房)が紹介されていましたが、みなさま、もうお読みになりましたか?


伊藤氏は、小学校校長、児童福祉司などを経て、裁判所の調査官などを務められました。
実際の相談の事例を挙げ、問題をかかえた親子との、具体的な会話が書かれています。

私、早速購入しまして、夢中で読んでしまいました。

どの事例も、親や教師が、「困った子」の相談に訪れるのですが、結局、親や教師のほうに問題があったことがわかってきます。

キーワードは、「責めない」「裁かない」「ほめる」「ゆるす」。
具体的なところは、ぜひぜひ、みなさま本をお読みください。


2006年11月6日の記事『宝箱からもうひとつ』の事例は、まさに、伊藤氏が書かれていることだと思いました。

私自身、FとNには、さんざん、「責める」「裁く」、をやってきました。
「なんで早く準備しておかないの!」「明日早いんだから、もう寝なさい」という、詰問、命令口調。


入学を祝う会で、堀さんにお会いしたとき、この本を読んだことを話しました。

そして、「Nがーーしたのも、ーーだったのも、全部、私がいけなかったんだということが、あの本を読んでよくわかりました。」と言いましたら、堀さんは、すべてお見通しだったのでしょう、やさしく笑っていました。

Nがまだきのくにに入る前だったのですが、Nのことでどう対応したらよいか悩むことがあり、半泣きになって相談の電話をしたことがありました。(Fはすでにきのくにに転入していました)

そのとき堀さんは、「くどくど叱るのは意味がないですよ。それより、ぎゅ〜っと抱きしめてあげてください。」と言われたのです。その通りしました。


そして、それから、少しずつ、ほんとに少しずつですが、私は変わったんだと思います。

Nが中学生になったときには、思春期でイライラしていたのか、私が掃除や料理のお手伝いをお願いしても、「え〜!!」と、ものすごく不機嫌になることがあり、悩んだり、衝突した時期がありました。

それでも、少しでもやってくれたときには、「ありがとう、すごく助かる〜」と言うようにしました。「できれば言わなくてもやっといてくれたらいいのに」と思うことも、なかったわけではありませんが、それを言うと不機嫌になることが目に見えていたので、まず、よい方に目を向けるようにしていました。

今ではあの頃がうそのように、何でも気持ちよくやってくれ、言わなくてもお茶碗を拭いておいてくれたり、「なんか手伝おうか」と言ってきてくれたりします。


伊藤氏の本を読んで、やっぱりガミガミ言わずによかったんだな〜、と確信しました。そして、もっと前に、子どもたちがもっと小さいときに、この本を読んでいたら、私の子育てもだいぶ違っていただろうな・・・。


黎明書房さんは、よい本を出版してくれますね。「頭のいい子をつくる本」みたいなのばっかり売れて、はがゆいったらありません。

堀さんも、「あの本、いいでしょう。でも、出版業界は今、ほんとうに大変なんですよ。」とおっしゃっていました。みなさま、この本、絶対にお勧めです。ぜひぜひ、買って、お読みくださいませ。

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2008年2月20日 (水)

霜田静志氏の文章

【よく言うことをきく子。これが今日までどこでもよい子とされている随一であろう。親たちは二言目には、どうもこの子は言うことをきかないで、という。永年教育相談の仕事をやって来て、私がいつも親たちから訴えられるのはこれである。

だが果たして言うことをきく子が何でもかでもよい子であると言うことができようか。言うことをきく子がよい子であると考えている人も、もしわが子が、見知らぬ人にうまく言いくるめられ、その人のいうことをきいてついて行って、そのために災難を受けたということになったらどうであろう。 ー略ー


言うことをきく子どもをよい子とする考え方に立って行ってきた従来の日本の教育はどういう結果になったであろうかを考えて見るとよい。ちょうど前述の見知らぬ人の口車にのったと同じことが、国全体として行われたのである。


明治以来の一環した教育精神によって、日本人は皆、上の者のいうことにはいつも絶対服従で、言うことをきくようにと教育されて来た。

欧米の新しい考え方にふれて、そんな盲従はいけないと、これに反対する意見を出す者もあり、一部これを実行に移したものもあるにはあったが、大勢はどうすることもできなかった。日本人全体は依然として上の者のいうことなら何でもかでも無批判に受け入れるという状態であった。


そうした日本人は、遂に誤れる指導者の導きに従って太平洋戦争に突入し、日本を今日のような悲惨のどん底におとしいれてしまったのである。

ドイツの民謡、ハメリンの笛吹きは、笛吹きの笛の音に踊らされて鼠の大群がことごとく川に落ちてしまう話しであるが、今の日本人は全くこの話しのように哀れなものである。


「言うことをきく」バカバカしさを恐らく日本人ほど骨身にこたえるほど痛感したものはないであろう。それなのに今日でもなおかつ、ともすればすぐ人の尻馬にのって騒ぐ連中、一人の扇動者にあおり立てられると、いい気になって騒ぎだす群衆が、あちこちに見られるのは何といっても情けないことである。

永年の教育というものは恐ろしいものである。日本人をこうまで自主性のない、個性のない、付和雷同的な人間にしてしまったのである。】 

ー『霜田静志復刻選集 第1集』より


霜田静志氏は、A.S.ニイルの著作を翻訳し、日本に広めたかたで、きのくに子どもの村学園の堀真一郎氏の恩師でもあります。


上記の文章は、霜田氏が昭和24年に創刊した『愛育通信』の文章をまとめたものです。

戦争中には、「自由教育」などと言ったら大変なことになるので、「叱らぬ教育」と表現を抑えて文章を書かれていたそうです。

復刻選集には、心から賛同できる文章がたくさんです。少しずつこちらで紹介していきます。

でも今、日本の教育の現状には、とても不安を覚えます。せっかく霜田氏が心を込めた書かれたことが、一人でも多くのかたに伝わって、価値観の大きな転換につながれば、と思うのです。


それと、先日95歳の映画監督、新藤兼人氏の原作、脚本、証言による、『陸に上がった軍艦』という映画を見てきました。都会では昨年中に上映がすんでいるようですが、地方は今頃です。

http://oka-gun.com/

多くのかたに見ていただきたかったな、と思いました。

今日は長くなったので、この映画のことは次回に書きます。
ホームページご覧ください。

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2007年12月25日 (火)

読書は楽しい

前回記事を書いてから、もう10日以上たってしまったのですね〜。びっくりです。あっという間です。一昨日はNも帰宅し、料理づくりにもリキがはいり、楽しく過ごしております。


さてさて、先般お騒がせしておりました仏検の結果がでまして、「不合格」でした。半分予期していたものの、わずかな望みもあり、「二次試験の準備をするべきか否か」と中途半端な気分の数週間。これで、心機一転、日常を楽しみ、かつ、来年に向けて頑張れます!応援してくださったかた、ありがとうございました。また、来年お騒がせすると思いますが、「ああ、またか・・・」と思ってやってくださいまし。


で、二次試験の心配がなくなると、急に普通の本が読みたくなりまして、今は、ドナ・ウイリアムズ著の『自閉症だったわたしへ』という本を読んでいます。以前本屋さんで少し立ち読みしたものの、買わずに後悔していたもので、先日見かけて迷わず手に入れました。


これは、実際自閉症である著者が、幼い頃からの記憶を綴ったもので、その独特の精神世界が、大変興味深いです。私たちからみたら、「おかしい」」「理解できない」行動が、本人にはすべて理由があることなんですね。例えばこんな記述があります。


【この頃わたしは、再び聴力テストを受けた。口をきくことはできても、普通の人とは話し方やことばの使い方が違ったり、言われたことに対して何も反応しなかったりすることが多かったので、難聴ではないかと疑われたのだ。確かに言語はシンボルであるが、ではわたしがシンボルというものを理解していなかったかというと、それも違う。

わたしにはちゃんと、わたしだけの話し方のシステムがあって、それこそが「わたしの言語」だったのである。まわりの人々こそそういったわたしのシンボリズムを理解していなかったのだし、そんな人々に対して、どうやってわたしの言いたいことを説明したらよかったというのだろう。

わたしは一人で、わたしだけのことばを充実させていった。二本の指をもう片方の手で握ることも、自分のつまさきを丸めることも、わたしの動作にはどれも意味があった。たいていそれは、自分がばらばらになりそうなほどつらい時に、自分自身を落ち着かせるための励ましのことばだった。大丈夫、誰もおまえをつかまえたりはしないから、と。

自分の気持ちを人に伝えようとすることばもあった。だがどれもとても微妙なものだったので、気付いてもらえないことが多かった。さもなければ、またあの「おかしなドナ」が変なことをしていると思われるだけで、終わってしまうのだ。】


この本、まだ三分の一くらい読んだだけなのですが、引き込まれてます。

自閉症でなくても、小さな子どもたちの、大人には理解できない行動も、ちゃ〜んと意味があるんだなあ、と思うんです。

FやNが小さかった時、「なんで朝から泣いてるのよ!」「どうしてそんなことするの!」と怒鳴っていた私。ごめん。きっと、口では説明できないけど、言いたいことはたくさんあったよね。私がそれをわかろうとしなかっただけなんだね。


さて、また読書にもどりま〜す。

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2007年8月22日 (水)

きのうの続き

『朝2時起きでなんでもできる』を読んで、しみじみ思うのは、自分が充実した生き方をしていれば、子どもや配偶者にぶちぶち口うるさく言わずに済むんじゃないかな、ということです。

実際、本を読みなおす前の数週間は、なんとなくイライラして、Fの生活態度が妙に目についたり、夫に(いつも以上に?)ムカついたりしていました。

今は、とても心穏やかなんです。


『朝2時起きで・・・』には、娘さんの話しもよくでてくるのですが、こういうお母さんだったら、子どもは家事分担は増えて大変かもしれないけど、精神的にはとっても平和だろうなあ、と感じられます。

アメリカから帰国した直後、娘さんは3歳でしたが、英語がぺらぺらになっていました。その頃のことを、こういうふうに書かれています。

【「せっかく英語を覚えてきたのだから、忘れないように続けさせれば?」といってくれる人もいましたが、「私だって大人になってから勉強したのだから、必要になったりやりたくなったら、自分でやればいい」と思っています。】


このおおらかさが、いいですね。
枝廣さんのお母さんもまた、すてきな方だったようです。
【おわりに】というところに、こう書いてあります。


【この本を母に捧げたいと思います。
私はよく「なんでそんなに楽しそうなのですか?」と聞かれますが、「そういうふうに生まれついて、そういうふうに育てられたからじゃないかな〜?」という答えしか思い浮かびません。

小学校が「児童の安全」のため、たとえ父兄がいっしょでも河原での遊びを禁止したときも、母は「ばかなことを」と取り合わず、「自分が全責任を取りますから」と学校に宣言して、私たち子どもを引き連れて、好きなだけ川や野原で遊ばせてくれました。

「勉強しなさい」とは一度もいわれたことがないけど、成績が落ちたときに、正座して「持って生まれた能力を生かすかどうかは、自分の努力しだい」といわれたことは忘れません。

「大学院やめるわ」「通訳学校に行くことにした(子どものお守りよろしく!)」「あ、明日からアメリカに出張なの〜(保育園のお迎え頼むね)」と、いつも突然の事後通告にも、「娘がやっていることは意義があるから」ではなくて、たんに「娘がやっていることだから」と、イヤな顔ひとつせずに(うちの娘たちと同じレベルで遊んでいる母を私はひそかに女良寛と呼んでいる)支えてくれています。】

【「娘がやっていることは意義があるから」ではなくて、たんに「娘がやっていることだから」】

というところが、すごくすてきだなあ、と感じます。

いろんなことに好奇心があって、自分の生き方ができる人は、子ども時代に親から押さえつけたり支配されたりしないで、のびのびと力を発揮できる環境にあったのですね。

うらやましいけど、私は私で、生きていこう!

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