2011年6月11日 (土)

Fのコンサート

堀さんの講演会まであと一週間。


当日使う資料の準備をしているのですが、堀さんの文章を読みながら、「やっぱりすごい教育だなあ」と、自由教育の奥深さをしみじみと感じています。


「叱らぬ教育」 この言葉を最初に使った霜田静志氏はこのように書いています。

「問題は、叱ることがよいか悪いかではなくて、叱らずにいられる人と、叱らずにはいられぬ人との相違である」


この言葉のふか〜い意味は、19日、講演会場で、じっくり感じて、味わって、考えてみてください。


参加者の中には、現役の保育士さんも、何人かおられるようです。

教職に就かれている方にも、ぜひとも聞いていただきたい内容です。もちろん、お父さん、お母さんにも!
(とは思うものの、残席あと少しですが・・・。)


私も、また話しが聞けるのが楽しみでしかたありません。


さて、クラシックギタリストの卵、長男Fのコンサートのお知らせです。


バーゼル音楽院への留学記念コンサートとして、7月3日(日)には湯布院で、9日(土)には福岡で演奏させていただきます。


福岡での詳細はこちらをご覧下さい。↓

http://www.foresthill-morioka.com/music/artist/info/fuyuki_B.jpg

会場はこちら↓
http://www14.ocn.ne.jp/~qkyoku/kaikan/kaikan_shisetu.html


きのくに子どもの村中学校を卒業してから、約5年学んできた、フォレストヒルギターアカデミーさんが主催してくださいました。


湯布院では、7月3日(日)17時より、空想の森 アルテジオにて行います。

コンサートは無料ですが、アルテジオの入館料600円が必要となります。

会場はこちら↓
http://www.artegio.com/museum.html


ギターの音が好きな方、クラシック音楽が好きな方、これから成長するであろうFの演奏を、お聞きいただければうれしいです。

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2010年4月14日 (水)

最後の?入学を祝う会

先日紹介した、霜田静志氏の『叱らぬ教育』、お昼にアマゾンをチェックしたら、1000円未満のものは完売してる〜!どなたが買ってくださったのかな?感想などお聞かせくださればうれしいです。

残るはあと1冊、1100円くらいだったかな。でも、定価は1607円ですから、送料払っても安いくらいです。

*910円のがありました!(4月15日19時現在)


あと、これもなかなか書店では手に入らなくなった、堀さん著の『きのくに子どもの村ー私たちの学校づくり』(ブロンズ新社 定価2000円)が、1000円代から数冊でています。


きのくにの最初の頃の様子がわかりますし、子どもの名前もたくさんでてきて、「あれ、この人、今、きのくにの大人じゃない?」なんて発見も!

「霜田静志先生のこと」という一節も設けられています。

貴重な、ジョン・エッケンヘッド氏の文章も入っています。


私が読んだのはもう10年以上前ですが、今でも心の残る一節があります。もしかしたら、以前も転載したかもしれないけれど、もう一度書きます。子どもたちが好きな苗を買ってきて、植える場面です。


【自分の苗を植えると、ほとんどの子が花壇の中に「自分のところ」といわんばかりに石を並べはじめた。

それだけではない。さらに一つひとつの苗のまわりを小石で囲んだ。大事そうに、ていねいに。二段、三段と積み重ねて囲ったりもしている。

4月の太陽はもうまぶしい。思わず石のあつさで花が傷まないかと思ってしまう。注意をしようかとも思う。

しかし、子どもたちの真剣さはふつうではない。「土がかたいから、柔らかい腐葉土を入れて植えるといいよ」という説明もしっかり耳に入っている。腐葉土をとても貴重なもののように扱っている。

「自分の花」を柔らかい土で包み、そしてかたい石で守ろうとしているのだ。「これは私の花です」というメッセージだ。

しゃがんで、一つひとつ石をならべている子どもたちを見ていると、声がかけられなくなってしまう。

初めて家を離れて、共同生活を始めた子どもたち。笑い声を上げたり走りまわっているけれど、きっとみんな、ほんとうは緊張しているにちがいない。

まるく囲まれた石を見ていると、「自分のものがほしい」「自分を守りたい」という声が聞こえてくるようだ。石で囲まれた花たちがいっそう可憐でいとおしく見える。

それでいいんだ。自分を守っていいんだよ。きのくには「自分」を大切にする学校なんだ。「みんな」を大切にするのも大事だけれど、その前に、まず「自分」」を大切にする学校、それが「きのくに」なんだ。自分自身を好きな子こそが、ほかの子にたいしてもやさしくなれるのだから。】


私、今、これを打っていてさえ、目頭が熱くなってしまいます。


きのくには、子どもを、こんなふうに温かく見守ってくれるところなんです。


4月になって、子どもさんが南アルプス、かつやま、きのくに、北九州に入学されて、少し不安も感じている親御さんもいらっしゃるかもしれないけれど、

大丈夫ですよ〜

と、私は声を大にして言いたいです。

昔書かれた堀さんの本、手に入りにくいものもでてきて、保護者のかたにとっては気の毒なことと思いますが、図書館に行くなりネットで調べるなりすれば、必ず読むことができます。何度も何度も読んでほしいです。安心感で満たされ、自分自身の心も解放されてくるのではないかと思います。


さて、本題は、先日の、きのくにでの入学を祝う会のことでした。

Nも今年度がきのくに生活最後(だと思うんだけど・・・)なので、入学を祝う会に行くのもこれが最後かな〜。ほんとは毎年でも行きたいけれど。


我が家にとっての最初の入学を祝う会は、Fが転入した小学四年生のとき。


号泣してしまった。


各プロジェクトの紹介を大人がするんだけど、あるプロジェクトでは、最後にみんなでKinKi Kidsの「フラワー」を歌って、それに合わせて大人ふたりが踊ったんですよ。

それも、すごい踊りっていうわけじゃなくて、私だったら、ちょっとてれちゃうような感じで・・・。


でも、それに感動してしまったんです。そもそも、いわゆる普通で言えば入学式で、大人、つまり、先生が踊る、ってことに、びっくり。そして、そういうことの背景には、緊張してこの日を迎える子どもたちに、楽しんでもらいたいという気持ちがあふれてるんですよね。

その気持ちに、私、涙が溢れて止まらなかったです。


以来、きのくににマスカラをつけていくことは厳禁です。coldsweats01


今回も警戒(?)してましたが、大笑いしてしまいました〜。


なんといっても、工務店の紹介での寸劇。堀さんが風に吹き飛ばされる様子、今でも頭から離れません。見てない方、お会いする機会がありましたら、その様子、フリつきで、私がお話しいたしましょう!


少し前から、ちらほら、きのくにの卒業生が教員や寮母さんとして勤務するようになりました。

今年度もまた、あらたな卒業生が来ていましたね。

そのうち一人は、Fの3年上のかただったので、私も知っています。いい感じのかたですね〜。

きのくにが開校して19年目(ですよね?)、卒業生が職員として努めるようになったとか、感慨深いものがあります。こうして、どんどん、つながっていったら幸せだなあ。


この日は時間的に余裕があったので、学校でいろんなかたとおしゃべりしましたが、あるスタッフのかたが、こんなことをおっしゃっていました。


「掘さんのアイデアにはいつもびっくりするんですよ〜。それで、私って、まだまだ頭がかたいな〜って思うんですよ。堀さんは、二つの選択しがあったとき、どちらか、でなく、両方できる方法はないかって考えるんですよね。」


ほんとにね〜。

実は、少し前も、私、堀さんのアイデアを、「え〜、それはありえないでしょ〜」と笑ってしまったのです。←なんという失礼な女!

で、結果は・・・ありえました。gawk
(具体的に書けなくてごめんなさい。)


ほんと、私って、頭がかたいわ〜。


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2010年4月 9日 (金)

叱らぬ教育の実践

霜田静志氏の本、『叱らぬ教育の実践』を、アマゾンの中古で見つけて即買いしました。

Photo


序文の一部をご紹介します。


【何といってもだいじなのは知識よりも人間教育である。学科がよくできる、知識的に優秀である、ということはのぞましいには相違ない。しかしながら、知識的にいかに優秀であっても、人物としてだめだったら真に役立つ人となれようとは思われない。

知識的にはそれほどでなくとも、人間としてよくできている人であったなら、そういう人こそ社会人として、真に役立つ人となることができるであろう。


では立派な人物を育成するには、どうしたらよいか。多くの人々は、子どもがよくないことをしたら叱ればよい、過ちを犯したらこれを戒めてやればよい、とまことに簡単に考えている。

しかし、非難や叱責によっては、よい人物は育成されない。叱られてかえって悪化し、罰せられていっそう不良化してしまった、というような例は、数かぎりなくある。

子どもは理解を求めており、自分を認めてもらおうとねがっている。だから叱らぬ教育、承認と賞賛と愛による教育によってこそ、子どもは真に立派な人物となってゆく道が開かれるであろう。

そしてこれによって彼らも、真に平和と幸福の世界を築こうとする人となることであろう。】


文章は少し古めかしいですが、さまざまな具体例が挙げられていて、愛に満ちた考察がなされています。


こんないい本が180円。(送料のほうが高いわー340円)まだ5〜6冊でていましたよ。絶対お勧めです。


それから、なかなか手に入らない、堀さんの『自由学校の子どもたちーきのくに子どもの村のおもしろい人々』が3000円前後で数冊出ていました。

以前もこのブログで紹介しましたが、それから3、4日後に見た時は、もうなくなっていました。なので、興味のあるかたは、お急ぎくださいませ〜。どちらも黎明書房さんです。

この本の中で、丸ちゃんが書いているミーティングの場面『そしてタロウは残った』、何度読んでもじ〜んとします。


さて、今日はこのくらいにして、もう休みます。

明日は4時半にうちをでて、大阪難波の国立文楽劇場で、文楽三昧してきます。翌日は、きのくにの入学を祝う会。あ〜楽しみだなあ。


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2009年12月14日 (月)

知識よりも感情

このブログの検索キーワードを見てみると、「きのくに卒業生」とか「きのくに 進路」などどいう言葉がよく見られます。(一番多いのは、「きのくに 授業料」ですが・・・)


みなさん、「きのくにって良さそうだけど、卒業生は何してるのかしら」って、気になるんですね。

人それぞれで、進路もほんとうに多岐に渡っているようです。

参考までに、我が家の場合を・・・とも思うのですが、その渦中にある場合は、いろいろと書きにくいこともあるので、しばらくたって、プライバシー等の問題がなくなったとき、追々書いていきますので、お待ちくださいね。


さて、最近また、『ニイル選集』を読み返したりしているのですが、本文の内容もさることながら、最後に載っている、霜田静志氏やジョン・エッケンヘッド氏、訳者の堀真一郎氏の文章もとてもすばらしく、まだお読みでないかたに、ぜひぜひ紹介したく、一部転載することにしました。


*A.S.ニイル・・・サマーヒルスクール(スコットランド)の創設者。1973年に死去した際、ロンドン・タイムスは
「もし、わが国の子どもたちが、学校において以前よりもいくらかなりと幸福であるとすれば、それは、この変わったスコットランド人教育家によるところが多い。」
と記した。


*霜田静志・・・初めてニイルの著書を翻訳し、日本に紹介した。


新版『ニイル選集1 問題の子ども』 の中の『ニイルを語る1ー霜田静志』より。


【○知識よりも感情
ニイルの教育の特色のもう一つは、知識よりも感情を重視する点である。彼は特にこの題名の本を一冊書いて、これを徹底的に論じているほどであるが、他のところでも、しばしばこれを論じている。

ではなぜこれを重視しなければならぬか。

昔から今日に至るまで、教育はどこの国でももっぱら知識を高めることにつとめて来た。そして知識の進歩は人類文化の高度の発達をもたらし、今日の科学時代を現出した。

これによって産業の近代化は徹底的に行われ、家庭は電化されて、生活は快適なものとなり、便利なものとなった。ー略ー


しかしこれによって人類ははたして幸福になり得たであろうか。いかにも今日の科学および科学技術の進歩は、われわれの生活を豊かにし、これを向上させた。

しかしその一方核兵器の研究開発によって、戦争の脅威はいよいよ増大し、恐るべきものとなった。

ひとたび核兵器による戦争がおこったなら、もうこの戦争には勝ち負けはない。地球の大半は破壊しつくされ、敵味方とも、共だおれになるよりほかはない。 ー略ー


そこで今日の教育としては、科学知識の向上ということもさることながら、このような科学知識を人類の平和と幸福に役立てようとする熱意のある人物の育成こそだいじである。


これは決して知識の問題ではない。感情の問題である。


かつては、人間の知識が進めばおろかな戦争なぞしなくなる、と考えられていた。

第一次世界大戦は「戦争を終わらせるための戦争」といわれた。そしてもうこれで戦争はおしまいだと一般に信ぜられていた。

しかも二十年後には、それよりももっと大きい第二次世界大戦をひきおこした。そしてそれからさらに二十余年を経た今日、第三次大戦などおこらぬという証拠はどこにも見られない。 ー略ー


このような時代に、今まで通り知育万能の教育をつづけていてよいであろうか。

ここに当然、教育の根本的革新が必要になってくる。科学に対する高度の研究は一部の専門家に任せておいてよい。

一般の人々のためには、人間性を尊重し、これを善導する感情の教育こそ必要である。


今までの教育においては、感情は抑えられ、もっぱら理性的であるように教育されてきた。

その結果はどのようなことになったか。

抑えられた感情ははけ口を求める。その結果は愛であり寛容であるべき感情は、憎悪となり支配欲となる。

あらゆる人と人との争い、社会悪、戦争などは、ここに誘発されることになる。

ある人は、それだから道徳教育・宗教教育が必要であるというかもしれない。

しかし今日の道徳教育・宗教教育は、人間本来の人間性を抑圧し、そのよさを育てることに役立たない。目的と反対の結果を生み出しているのである。


そこでこのような抑圧を去っての感情の解放こそ必要である。】


全国学力テストをどうするとか、学力向上のために放課後まで学校で塾講師が授業するだとか、そういうニュースを見るにつけ、「そんなことをしている場合じゃないでしょ!」と叫びたくなります。


ニイルがしてきた教育、霜田氏のことば、多くの人に届けたいです。


続きはまた次回・・・。

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