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2011年3月31日 (木)

私たちと生き続けていく命

このところ、ブログの主たるテーマとは直接関係のない話題に終始しておりまして、きのくにの情報を見ようと立ち寄ってくださったかたには、申し訳ございません。


不器用なものですから、しばらくこんな状態かもしれません。


さて、3月29日の朝日新聞朝刊に、心にじ〜んとくる文章が載っていました。

哲学者、森岡正博さんの文章です。長いですが、全部載せます。(段落は、パソコン上で見やすいように、私が変えたところがあります。)


【今回の震災で多くの方々のいのちが奪われた。


ある生存者は語る。


津波が襲ってきたとき、妻と手を握りしめていたが、強い波の力によって彼女を流されてしまった、と。目の前で愛する者が消えてゆき、自分だけが生き残ってしまったという慟哭は、それを聴く者の心にも突き刺さる。

自分は愛する者を守りきることができなかった、最後の瞬間に何もしてあげることができなかったという自責の念は、どんな言葉をかけられたとしても、おそらく消えることはないだろう。


しかし、人生の途中でいのちを奪われた人たちは、けっしてこの世から消滅したわけではない。


その人たちのいのちは、彼らを大切に思い続けようとする人々によっていつまでもこの世に生き続けるだけではなくて、私たちの外側にもリアルに生き続ける。


たとえばふとした街角の光景や、たわいない日常や、自然の移りゆきのただ中に、私たちは死んでしまった人のいのちの存在をありありと見いだすのだ。

彼らは言葉を発しないけれども、この世から消え去ったわけではない。


人生は一度限りであるから、どんな形で終わったにせよ、すべての人生は死によって全うされている。

すべての亡くなった方の人生は聖なるものとして閉じた。

そして彼らのいのちはこれからずっとこの世で私たちと共にいる。


私たちは彼らに見守られて生きていくのである。】


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