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2011年1月15日 (土)

試験中

15日の10時、ちょうど今、センター試験中で『現代社会』をやってるんだなあ。


いやあ、まったくNにはあきれちゃう。というか、感心するというか、う〜ん、よくわからん。


志望校が決まったのが一年前、じゃあ、センター試験をうけなきゃならない、ということで、問題集を買ったのも、その頃。

うちで勉強している姿は見たことないけど、学校(寮)でやってるのかなあ、と思ってたら・・・、全然やってないじゃん!

先月12月末の模試で、我ながら出来が悪く、やっと現実を見たのか、そこからの猛スパート。


といっても、変にあせるようすもなく、「現社、けっこうおもしろいな」とか「漢文、全然わからんかったけど、このあいだ、反語のところがやっとわかってきたわ」などと言いながら、淡々とやってました。


二階の自室で勉強しやすいように、ファンヒーターも置いてあげたのに、結局みんなが集まるリビングでするもんだから、こっちが気を遣ってしまった。本人は、人がいてもあまり気にならないらしい。


実質3週間の受験勉強、現実は厳しいとは思うのですけど、過去問にトライして、「○○点だった」と着実に身につけていっている様子を見ると、けっこういいセンいってるのかなあ、などとも思ったりして・・・、ホント、よくわからないです。


私は、高校時代、四当五落(睡眠時間、四時間なら受かるが、五時間なら落ちる)神話を聞かされてきたものだから、とにかく、必死の形相でやるのが受験勉強だと思ってしまっているのです。

でも、いま思えば、だらだらやってたよなあ。


この間読んだ、内藤朝雄氏の『いじめの構造』の中に、こんな文章があり、「これって、私のこと!」と笑ってしまいました。


【また現行制度のもとでは、学校で集団生活することが「勉強する」ことであるといった現実感覚が蔓延する。

多くの生徒たちは、終日ぼんやりと教室に座っているだけで国語や数学をろくに習得していなくても、「学校で授業を受ける」という集団行動(集団学習)をすることでもって、自分は「勉強をした」と思っている。

一日中学校で「授業」を受け、さらに塾に通い、それでも(その結果!)勉強ができないといったありさまは、生徒にされた人たちのあいだでは普通のことである。】


はい、その通り。

あれだけ一日中机に向かってて、私、何やってたのかしら。そうとう非効率だったと思います。


昨夜、Nに

「3週間の(←多少イヤミあり?)受験勉強、つらかった?」と聞いたら、

「つらくはないよ。でも、“させられる”んだったら、つらいだろうね」

と言っていました。


まあ、センターが終わっても、大学の一次試験、それに通れば二次と、先は長いけど、きっと、Nの人生にとって、ベストな道が示されるだろうと思います。


受験生の親って、なんか、ワクワクして楽しいな。


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