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2010年11月30日 (火)

大地保育とプロジェクト

27日は東京で、南アルプス子どもの村小学校主催の教育講座が開かれました。


講師は、堀さんと、「大地保育」を実践している塩川寿平氏(大地教育研究所所長・大中里保育園園長・元静岡県立大学教授)、のお二方です。


大地保育、孫(ができたら)、こういう保育園に入れたいなあ。

どろんこになって思い切り遊び、動物に触れ、好きなところで楽しく食事。お昼寝も、どこで寝るか、自分で決める。


当日いただいた塩川さんの資料から、少しご紹介します。(文中*は、私が注を入れました)


【私たちの願いは、創造性の豊かな子どもに育ってほしいということである。

私たちは、できる限り子どもたちの手に生活を返してやろうと思う。一つでも多く自分で決定して暮らす生活をふやしたいと考えている。

それ故に、野中(*大中里保育園の姉妹園)では、食事も思い思いの場所でとるし、昼寝の場所も自分で決定して決める。ある子は木陰を選ぶし、ある子は遊具のトンネルのなかで寝る。

よく心配されて質問を受ける、「しつけはどうなるのですか」と。

しつけとは何であろう。

私たちはこう考える。

昼寝のしつけとは、熟睡することであり、食事のしつけとは楽しく食べることである。熟睡や、楽しい食事を、一人ひとり主体的につくりだせるようになることがしつけだと思う。】


塩川さんの著書は、フレーベル館から数冊でていますので、ぜひお読みください。


英才教育や早期教育に関しては、「ノーマルな発達を無視するものである」と、断固反対の立場であり、私も「そうだそうだ〜」と言いたくなりいました。


【私たちは、次のような保育を憎む。

ある日、幼稚園から5歳になる男の子が、英語を教えられて帰ってきた。単語はスイートポテト(a sweet potato)である。

だが、この子は、さつまいもを土のなかから掘り出したことも、丸ごとたき火のなかにほうり込んだこともない。もちろん、黒こげの焼き芋を取り出して、口のまわりをスミで真黒にしながら「アチチ、アチチ」と食べたこともない。

その子が、机の前に座って、何時間も何日もかかってa sweet potatoと覚えているとき、野中の子どもは、土を耕して、苗を植え、草とりをして、実りを待っている。

ー中略ー

幼児の生活を何と心得ているのであろうか。先生の指示にひたすら従う幼児の姿を思い浮かべるにつけ、腹立たしさを押さえることができない。あまりにも貧弱な子どもだましの保育ではないか。

ー中略ー

子どもたちの自発性や主体性に任せようとすれば、かなり禁止や統制をはずさなければならない。そうすれば必然的に戸外に出ざるを得ない。

戸外にはがあり、太陽がある。私たちは、大地にこそ人間教育の基本があると考えるのである。】


私も、早期教育の塾とか公文とかが流行ってるのが、不思議でしょうがないし、腹が立ってしょうがないです。


塩川さん、堀さん、ともにおっしゃっていましたが、「情緒の安定」「心の解放」こそ大事なんです。

そこがしっかりしていれば、いわゆる、世間一般が言うところの「学力」、なんて、必要になればいつでも身につきます。


きのくに子どもの村学園の体験学習(プロジェクト)は、まず、活動自体が魅力的で、大人も子どももそれに興味があって、やりたいことなのです。


Nは、中学三年生のとき、道具製作所というプロジェクトで、熱気球をつくりました。(かつて、このブログ内で、書いたことがあります。写真アリ。どこだったっけ?)

そのなかで、「ボイル・シャルルの法則」というのを使って、温度と、体積と、圧力の関係を計算したそうです。私、こういう分野苦手で、うまく説明できませんが、ちゃんとバーナーで火をいれて気球を上げるため、どうしても必要な計算だったそうなんです。


Nは今でも、「これは達成感あったなあ」と、思い出深げに写真を見ます。そのときの話しをするNは、自信に満ちています。

これだけでなく、中学一年のときは、鉄を溶かして鐘楼をつくったりと、とにかくすべて本格的なプロジェクトなんです。かなりの高温で溶かすので、危険も伴う作業、大人がよくやらせてくれたなあ、と感心します。


興味ある活動に、頭と体をフルにつかって取り組むなかで、子どもはものすごく成長します。


でも、その「成長」は、偏差値いくつの学校に行けるのか、ということのほうにばかり関心のある親には、見えない、もしくは、気づけない、成長なのかもしれません。


だから、親も心が解放されていなくちゃもったいない!


心の解放には、やっぱり、ニイルの本がお勧めかな。

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コメント

大きく頷きながら読ませてもらいました。

しつけ、という名の下に、
学校も家庭も、一丸となって、
型にはまった、御しやすい人間を大量生産しようとしているのですね。

対する大地保育、真の力強さを持った人間が育ちそうで、絶対こっちの方が健全だと思います。

せっかくの人生、もっと自由にならなくてはね。大人も子供も。

投稿: 風の魔女 | 2010年11月30日 (火) 10時31分

乳幼児の頃から型にはめた保育では、先が思いやられます。でも、そういう方を選ぶ人が多いことに、暗澹とした気持ちになります。


風の魔女さんが共感してくれて、うれしいです。ありがとう。happy01

投稿: mami | 2010年12月 1日 (水) 11時22分

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