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2010年11月22日 (月)

子どもと共に笑える社会に

11月20日、きのくに教育研究所主催の教育シンポジウムに行ってきました。


今回、節約のため、小倉まで運転(2時間半)、小倉から夜行バス、シンポジウム終了後の夜にまた夜行バスに乗って帰る、という強行軍でした。

初めて乗った夜行バス、きつかった〜。寒いかと思ったら、暑い!

ジーンズの下に、ヒートテックはいてたんだけど、あまりに暑くて、バスの中で脱いじゃいました。真っ暗だから、どうせ見えないし。というか、「見えてもいい!」と思うくらい、苦しかったです。(まあ、誰も、50前の女の足なんて見たくもないでしょうけど・・・)


前の人は160度くらい背もたれを倒してたから、身動きもしにくくて、ほとんど眠れなかった。

それに、ちょうどNが帰宅している週末だったので、私、なんだか、ホームシックになりそうでした。「おうちに帰りたいよ〜」って。


でも、そんな思いをしても、やっぱり行って良かった!


参加者等の詳細はこちら↓

http://kinokuni-daisuki.cocolog-nifty.com/blog/2010/11/in-0594.html


東京都立高校の、現教員と元教員のかた、と〜ってもすてきで、「ああ、こういう先生だったら生徒は幸せだよね」と思いました。

自己保身とか、建前とか、多くの教師が身につけているものは持ってなくて、生徒を尊重する心、みたいなものがあふれているように感じました。


そういう先生が、現場ではつらい思いをするんですよね。


特に、東京都では、2006年4月以来、『職員会議での挙手採決禁止』ですから、事なかれ主義に流される教師も多いことでしょう。

そんな中で、生徒たちのことを思い、自分の頭で考えて、おかしいことをおかしいと言える先生が、逆に、「ヘンな人」と見られるようになるのです。


数ヶ月前、土井敏邦監督の『私を生きる』という映画を見ました。

http://www.doi-toshikuni.net/j/info/ikiru.html

この映画での話しは、今現在進行している話しなのに、マスコミではほとんど報道されません。


実際の様子を聞いて、怒りに震えました。

国歌、国旗、という以前の問題です。
とにかく、ものを考えない教師を育成しようとしているとしか思えません。


でも、怒ってるだけじゃどうしようもない、なにか、できることないかな、と思っていたら、『東京・教育の自由裁判をすすめる会』のパンフレットをいただいたので、早速会員になることにしました。


野田正彰さんのお話は、まとめようもないくらい、衝撃的でした。

今起こっている学校現場でのこと、野田さんの著書がたくさん出ていますので、みなさまぜひ、どれか1冊でも読んでみてください。

広島のある高校では、教師の自殺が続いたのに、教育委員会も地域も、それを隠し、そのままなかったことにしようとする空気なのだそうです。

「こういうことは、子どもの心に、表向きは”自由に生きなさい”と言いながら、でも、異議を申し立てたら死なないといけない、というウソだらけのメッセージを与えることになる」


気持ちが暗く落ち込みそうになったところで、きのくにのお話。


きのくに子どもの村小学校の「工務店」というプロジェクトが取り組んだ、古〜い民家を再生する活動の報告です。

最初は子どもたちも、おそるおそる入ったくらい、古くて傷んでいた家を、一部は壊し、一部は残して改修し、完成させていく様子が生き生きと語られました。


その家では、かつて、高野豆腐を作っていたそうで、屋根裏部屋から当時使っていた高野豆腐づくりの道具がみつかり、そのときから、子どもたちの表情や声が変わったそうです。


【「やっぱり、高野豆腐をつくっていた道具だ!」子どもたちの表情や声がかわった。村の歴史を肌で感じ始めた瞬間だ。ものを運び出す手つきもやさしく、慎重になる。子どもたちにとって、この家が価値あるものへとかわっていった。】(シンポジウムの資料より)


「子どもたちをひっぱっていくのは、大人(教師)ではなく、活動そのもの」と話されましたが、その通りなんですね。


石臼が発見されたときには、「30カンあるって言ってたけど、カンって何?」というところから、数や重さの学習になります。そして、興味は昔のくらし、遊び、道具など、多方面に広がってゆくのです。

学年末には、日本独楽博物館、北名古屋市民族資料館、民家集落博物館などをめぐる旅行にでかけたそうです。


当日販売していた資料には、この活動で、子どもたちはどのように成長したのか、感情的側面、知的側面、社会的側面からの考察が詳しく載っています。

きのくにの教育は、単に、のびのび活動してるなんていう、表面的なことじゃないんですよね。

この資料、きのくににまだ残っていたら、買えるかも?


次は、きのくにの卒業生で、現在寮母をしているかたが、子どもの様子と自分の成長を、失敗談を織り交ぜながら、率直に語ってくださいました。


自分の答えに合うように、子どもたちを誘導しようとしてしまっているのではないか、と悩んだこともあったそうです。

悩みながらも、『親業』の『私メッセージ』で話すようにしたり、自分の頭をからっぽにして、子どもの話しを聞くようにしたりした、という話しもしてくれて、20以上も年が違うのに、なんか、すごいな、と尊敬の念が湧いてきました。


あるとき、寮の掃除の時間にふざけてしまう子がいて、それが他の子にも広がって、つい怒ってしまったことがあった、というエピソードを話してくれた後で、


「自分の思い通りにいかない、ということでなく、ミーティングを大事にしない、ということで怒れる自分でありたい」

「人としてお互いに尊重し合える存在が幸せだと思う」

と言われたことに、胸が熱くなりました。


まだ20代、しかも前半、ですよ!

この年の頃、私、何してたかしら、何考えてたかしら。


彼女の素直さ、伸びやかさ、そして、しっかり寮母という仕事に向かっている様子を見ると、ほんとうに、きのくにの教育ってすごい、と、また思ってしまうのです。


最後は、日本よりも受験戦争が厳しいと言われる韓国で、新たな教育が広まりつつあるお話を聞いて、また、希望がでてきました。


時間がかなり押しましたが、30分、討論の時間もあり、野田さんがうまく進めてくださいました。こういうのは、やっぱり、その場にいないと、私が書いても伝わらないですよね。


最後の締めに登場してくれたのが、きのくに国際高等専修学校三年生のSくん。


「僕は小学一年生からきのくににいます。今日話しを聞いて、それがどれだけ幸せなことだったか・・・」


すみません、私、ここで号泣してしまい、その後何を話してくれたか、メモできませんでした。


「子どもと共に笑う」 そんな社会を、私たちがつくっていくんだよね。

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コメント

東京の教員の方の「教師も管理されている」話と、きのくにの自由教育の話を対比させたのでしょうけど、それぞれが大きいテーマなので、まとめて聞くと、少し消化不良な感じがしていました。ここのレポートを読んで、復習できた感じです。
遠くからお疲れ様でした。

投稿: musashi | 2010年11月23日 (火) 22時51分

musashiさん、コメントありがとうございます。お役に立てたのならうれしいです。内容、もっとい〜っぱいでしたもんね〜。私もまとめるの大変でした。wobbly

私は、「対比させた」とは思っていなくて、どちらも、たとえいろんな障害があったとしても、「子どもと共に笑う」日々を求めているという点で通じるものを感じていました。

ほんとうに、みなさん大切なことを語っておられて、とてもとても消化できてはいないのは、私も同じです。資料を読み返し、行動に移せることはやっていこうと思っています。そう思えたという意味で、私には非常に意味のある教育講座でした。

投稿: mami | 2010年11月24日 (水) 22時33分

またまたブログでコピペさせていただきました♪

いつも事後承諾ですみません^^

東京で会えるかな~

投稿: ミュルア | 2010年11月25日 (木) 16時16分

ミュルアさん、いつもこんなふうに連絡していただいて、大変感じがいいです!ありがとうございます。

きっと、会えますね~。楽しみです。

投稿: mami | 2010年11月26日 (金) 14時05分

もちろんシンポジウムですから、いろんな意見の方が参加したほうがいいのですが、限られた時間の中で、盛りだくさん過ぎて、「対比」でなければ、東京都立高校の先生を入れた意図がわかりにくいです。
タイトルが「子どもとともに笑う」ですからどんな環境でも「子どもとともに笑う」教育実践ができることは感じられましたが・・・。
あのまじめで誠実な先生方は、(そこが論点でなかったので、想像でしか言えないのですが)「どの子にも基礎学力を」「進路保障を」という教育をめざしてこられたのではないかと思うのです。そこでいう「学力観」はきのくにの学力観とは少し違うだろうと。
そこの議論のためなら、あのメンバーでよかったと思いますが、私としては、折角のきのくの主催の場なら、もっときのくにの教育内容に大きくスポットを当ててほしかったです。そういう意味で物足りなくて、また、あの先生方のお話も、別で時間をかけてお聞きしたい大きなテーマをふくんでますから、消化不良でした。

投稿: musashi | 2010年12月 5日 (日) 08時20分

musashiさん、そういうご意見、ぜひきのくににお伝えになったらよいのでは、と思いました。

そういえば、今年は橋本会場のほう、アンケートがありませんでしたねえ。東京のほうではアンケートがあったので、私、橋本のほうのことまで、意見、書いちゃいました。その意見を次回に取り入れるか否かは主催する側の問題なので、私は、書いたあとは、そのことについてはきれいさっぱり忘れちゃいます。その程度のことなんですが・・・。

返事を求めるというのなく、一参加者の意見を伝える、というのは決して悪いことではないと思うのですよ。happy01

投稿: mami | 2010年12月 5日 (日) 20時42分

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