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2010年10月11日 (月)

身辺整理をしてみたら・・・

この連休、久しぶりに何も用事のない休日だったので、長い間気になっていた、二階の押し入れ整理をしました。

この押し入れには、18年前、東京から引っ越してきたときにダンポールに詰め込んだ昔のアルバム、日記、手紙、本などが、ほとんど手つかずで放置されていました。(←放置するにもほどがある!)


人生、今までよりも、これから先のほうが、たぶん短いわけで、こんなものそのままにしておいたら、後に残った者(夫?息子?)に迷惑かけるよな〜、とか、子どもの頃の日記を、私が死んだ後に見られたくないな〜、とか、いろんな思いがあって、やっと身辺整理(?)に取りかかったわけです。


片付けているうちに、つい、じっくり読んじゃうんですよね〜。


日記といっても、私、続かない性格なんですが、単発で数ヶ月書いて、放置、また数年経って書き始める、みたいな感じで、小学校高学年の頃から中学、高校、大学、20代頃まで、ちょこちょこ書いていました。


以前、予備校時代の日誌を、一部公開したことがありましたが↓

http://kinokuni-daisuki.cocolog-nifty.com/blog/2009/02/post-647e.html


それに劣らず、暗くて、ネガティブな私!


小学六年生で、すでに、「遺書」の下書きしてるし。

「点数も下がって、このままではパパとママの期待に応えられません。ごめんなさい。今度生まれ変わったら、もっと頑張って、いい子になります。」って。

こうやって書けるだけ、まだ深刻になり過ぎないですんでたのかなあ。


あと、母や姉に対する怒りの言葉もすごい。アブナかったぞ、私。


小学校の卒業の時に書いた、「20才のわたしへ」という作文には、

「あなたは気の弱いところがあるから、ノイローゼになったり自殺したりしないでね」だって。


まあ、それだけでなく、誰とか君が好きなのに、他の人も好きになっちゃったとか、ふられた話しとか、いろいろ書いてあって、笑えるんだけど、基本的に、ものすごくいじけてる。


「楽しいことなんて、なんにもない、こんな私、生きてる意味があるんだろうか」

「私には勉強しかない。それなのに、全然集中できない」

「今度は絶対一番になるぞ!○○さんには負けたくない!」


もうやめて〜っていう感じ。(苦笑)


私、人生のなかで、今が一番幸せかも。

生きててよかったです。
自己否定地獄から、やっと抜け出せたみたい。


段ボールからは、忘れてた本なんかもでてきて、捨てるものもたくさんあったんだけど、掘り出し物(?)もいろいろ。


まず、小児科医の毛利子来さんの本『育児のエスプリ』。


この本は、Fがまだ小さい時に買ったものだから、そのときから、のびのび系の子育てには関心があったのだと思うのですが、でも、最後までは読まなかったみたい。あまり記憶がない。

今読んでみると、ルソーやエレン・ケイ、フレーベル、コルチャックなどの名言がピックアップしてあって、なかなか面白い。


明治時代の自由民権運動のリーダー、植木枝盛のことばも紹介されています。

「子が“吾は値打ちのある者だ”と己を大切にするようにならしむが肝要なり」

いいですね〜。この時代に、そういうことを言っている人がいたのですね。


理論物理学者のポルノウ(1903−1991)という人、はじめて聞いた名前ですが、このかたも、いいこと言っています。

「子どもを”朝のような気分”においてあげよう」

毛利さんの解説は、こうです。

【さて、そのポルノウによれば、朝は、「すべてが、希望にあふれているとき」。そして、「子ども時代」は、本来、そのような「とき」を生きる時代であるはずなのです。

「だから」、とポルノウは強く言います。「子どもは、そうした朝のような気分の中で育てることが、絶対に、必要なのです。」

「もし、そのような気分を奪うような状態に、子どもを置いたとすれば、子どもは、決して健全には育たないでしょう」とも言い切ります。】


この本が出版されたのは1993年です。Fが三才になろうとするころ。きのくにはもう、存在していたんですね。


もし、この本を手にしたとき、もっとしっかり読んでいたら、子どもの教育についてもっとしっかりと考え、低学年からFをきのくにに入れることもできたのかなあ、なんて思ったりもします。


でも、


ほんとに、機が熟した時にしか、出会わないものなのかもしれませんね。


もう一冊の掘り出し本は、Raymond Briggsの『WHEN THE WIND BLOWS』。たしか、映画にもなった、「風が吹く時」です。


2人仲良く暮らしていた夫婦が、あるとき、町に原爆を落とされて、2人は家の中にいたけれど、放射能の影響で、だんだん弱って、体に紫斑ができ、血も吐いて、髪が抜けて・・・。


当時はすごく話題になったお話だと記憶しています。


すごく話題になったけれど、核の問題は何も解決しないし、原子力発電所は増えるばかりだし・・・。

この本を見つけて、なんだかちょっと、つらくなってしまった。何もしてない自分も後ろめたいし。


自分の、来し方行く末を考えた2日間でした。


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コメント

mamiさん

私も子供の頃、「今日こそ死ぬかも」と、毎日のように思っていたことを思い出しました。
それより、“親の死”をより強く願っていたけどね。あの頃。
つらかったねー。ホント……。
私たちの場合、大人になってようやく夜が明けたって感じかな。
おかげで、子供たちには余計な束縛をせず、ただ見守り、愛する、という選択ができた訳ですが。
しかし、今の明るいmamiさんからは想像もつかない、ネガティブな日記で、驚きました。
朝が来て良かったね♪

投稿: 風の魔女 | 2010年10月12日 (火) 10時18分

風の魔女さん、私も”親の死”を願っていましたよ。でも、そのことでまた自分を責めて・・・。出口がなかったなあ。

まあ、お互い、いろいろあったけど、今、希望の朝を過ごせて幸せだね!

投稿: mami | 2010年10月13日 (水) 22時37分

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