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2010年8月10日 (火)

不用意なことば

以前にも書いたと思いますが、私、背が低いんです。ここ何年もはかってないけど、たぶん、150センチ、ないです。

今、背が低いことで、特に、すご〜く困っていることはないのですけれど、子どもの頃は、ものすごいコンプレックスだったなあ。


だって、小学校に上がる前から、母が、「背が伸びないねえ、お姉ちゃんは、ちゃんと大きくなったのに・・・」と悲壮な顔をして、言うんですもの。


小学校に上がれば、いつも身長順に並ばされるから、そのたびに、自分の背の低さを意識せざるをえないし。


とにかく、両親から、いつもいつも言われた、「背が伸びないねえ、困ったねえ」という言葉が、心にふか〜く突き刺さっていて、子どもながらに、とても困ったことだ、恥ずかしいことだ、と思っていました。


でも、どんなに困ったって、背は伸びませんよね。


そんなこんなで生きてきて、ニイルの本の、この部分を読んだときは、「そうですよね〜」と、声を大にして、叫びたくなりました。そして、私の気持ちをわかってくれる人に出会って、とってもうれしかったです。


その部分とは、『ニイル選集②問題の親』の235ページ(1995年初版)、以下の部分です。


【このほかに子どもに劣等感を抱かせるのは、親が子どもの体の大きさを口にする時だ。

子どもには「体が小さい」といってはならない。

私は、多くの母親が子どもの目の前で「この子は、年のわりには小さいでしょ」というのを耳にする。

大人のことばは、子どもにとってはとても大きな意味をもつ。大人は、このことを十分にわきまえておかなくてはいけない。

子どもの頃、私は、近所のおかみさんがいつも私の母親に「まあ、ニイルさんの奥さん、このお子さんは、あんまり長生きはなさいませんよ」といったものだ。

私はこれを聞くと『家庭医学全書』を見ないわけにはいかなかった。そして、その中のどの病気も自分にあてはまると気づいて恐怖にふるえたのを、いまでもはっきりと覚えている。 ー以下略ー】


ほんとうに、親の一言が子どもの心に与える影響は、とても大きいです。


もうひとつ、私が親に言われて、影響が大きかったな、と思う言葉は、

「お父さんは、男の子がほしかったのよ」

という言葉です。


「最初、お姉ちゃんだったから、あんたのときは、そりゃあもう、男の子を楽しみにしてたんだけど、また女の子でしょ。ほんとにがっかりしてたわ〜」


これ、何度も言われました。


それで、子どものころは、女の子らしくしてたら、父を悲しませると、無意識で思っていたのでしょう、おもちゃやさんに行っても、

「お人形いらない、ピストルがいい!」

と言っていました。


高校では山岳部、大学では合気道部。


「合気道部に入ったよ」と告げた時の、父のうれしそうな顔!

私は、ほんとうに自分がやりたいのことは何なのか、わからなくなっていました。


【男の子を望んでいたのに、女の子が生まれた場合に、親はどうしたらよいか。これについては、私はただ、親たちは自分たちの満たされない思いをいっさい口にしないほうがよい、としか申し上げられない。】
『問題の親』P.213

上記は、「第二章 いくつかの事例」の中の一節です。前後もお読みいただくことをお勧めいたします。


子育てでは、こういう配慮こそ大事なことだと痛感しています。


そして、こういう大事なことを知らないまま、親や教育者になってしまうことは、大きな問題だと思います。


私、きのくにに出会うまで、こんな大事なことを知らずに生きてきました。ただ、自分が親に言われてイヤだったことは、しないように気をつけてきましたが・・・。


「あら、男の子二人なのね〜、奥さん、次は女の子生まないと!」

なんて、息子たちの前で、平気で言ってのけるクソババアには(←あら、失礼!)

「いいえ〜、男の子だけで十分、と〜ってもかわいいですからあ〜」と言っていました。本心でしたし。


とにかく、不用意な一言で、子どもを傷つけている大人、そして、傷つけていることすら気がついていない大人、たくさんいますよね。


学力向上とか、食育とか、そんなことより、まず、子どもの心を大切にすることに目を向けてほしいものです。

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コメント

まずは子どもを幸せにすること^^すべてはそれからですなあ^^
子どもの方がよっぽど人格的に優れていることが多いのですから^^

投稿: サムライ菊の助 | 2010年8月11日 (水) 08時32分

mamiさん。

私は真逆のことを言われてきましたよ。

小学校のときから背が高かったので、
①「体ばっかり大きくて気が利かないんだから……」

ついでに足も大きかったので、
②「バカの大足」

子どもは女の子二人なので、
③「次は男の子を産まんとね」

①、②は母親から言われた言葉です。だから、体も足も小さい人がすご~く羨ましかった。

③は、おばさんたちはたいがい言いますよね。「男の子二人」より、もっと頻繁に言われるはずです。だって、「跡継ぎ」=男の子 という図式は、いまだに健在ですから。

許して、そして怒りを手放しましょう。

mamiさんはmamiさんでしかありえないし、充分に素晴らしい人生を歩んでいるでしょう。

それは、反面教師として関わってくれた人たちがいてくれたお蔭かもしれません。

投稿: 風の魔女 | 2010年8月11日 (水) 16時22分

○菊の助さん、ほんとに、子どもたち、みんなみんな幸福になってほしいです。
それから、昨日はどうもありがとうございました。これから草刈り頑張ります!


○風の魔女さん、コメントありがとうございます。

まあ、いろいろ言い方があるもんですね〜、大きくても、小さくても。で、大人になってみると、大きかろうと小さかろうと、そんなにたいした問題じゃないんですけどね〜。


私の「怒り」は、自分の両親へではなく、今現在も、子どもに不用意なことばをなげつけて、それを気づかずにいる大人たちへ、です。

しかも、きのくにの保護者になってまで、無神経なこと言う親に会っちゃうと、怒り爆発です!!ニイルの本、読んでないんかい!!!って。^^

といっても、自分も少し前までは、同じ穴のムジナだったわけなので、怒る、というより、伝えたい、という気持ちです。ニイルが言う、「親は子どもに何を言うべきか、ではなく、何を言ってはいけないか」ということを、たくさんの人々に知ってもらいたい、という気持ちです。


それから、「許す」ということについて。

許すってどういうことでしょう。逆に、「許さない」ってどういうことかと考えてみると、復讐するとか、恨み続ける、ということかなあ。

私は親に復讐しようとは思わないし、恨む、という気持ちでもないです。

ただ、親から言われたことを、なかったことにする、ということはできないことです。

数年前、私は、自分の親が「毒になる親」だということをはっきりと認識しました。それまでは、子ども時代のあれやこれやを、封印して、見ないようにして生きてきました。

でも、はっきりと認識できると、自分もその毒を受け継いでいることに直面することができ、別の生き方をする可能がでてきました。そうなるためには、まず、過去を振り返り、押さえ込んできた怒りを出してやることが必要です。

ここ数年は、ただ、親がいつか私を受容してくれて、私の価値観を理解してくれるだろう、いつか心の通い合う家族になれるだろう、という幻想を抱いていて、それが叶わないことを目の当たりにされるたびに失望し、怒り、悲しんでいました。

さすがに、その幻想は、もう、手放そうと思います。

それでも、私が親のことを書くのは、「親の育児が間違っていた」と、はっきり言ってもいいんだ、言うべきだ、という気持ちからです。

「自分はどうして、こんなに腹立たしい自分なのか、ということがずっとわからなかったけれど、mamiさんの話しを聞いて、今、思い出しました。子どもの頃、・・・」と、それまで押さえ込んできた、子ども時代の苦しさを話してくれたかたがありました。もう50歳を過ぎたかたでした。ずっと「いい子」だった人ほど、怒りを表に出せず、マグマのように怒りを抱えたまま大人になり、人間関係が上手くいかないことも多く、苦しみが長く続きます。

長々と書きましたが、結局、私の一番伝えたいことは、ニイルが言っていることの大切さ、です。子どもの心を理解することの大切さ、です。

私自身、まだまだですが、生きている限り、成長していきたいな〜、と思っています。

投稿: mami | 2010年8月12日 (木) 20時39分

親も未熟な人間のまま親になったんですねえ。未熟だったんだと気付く親と気付かない親。
そして、いつまでも人間は未熟な存在。自分は未熟なんだと常に意識することが大切なんじゃないでしょうか。そうすれば、無駄な説教やしつけなんか出来なくなると思います。
みんな、ニイルの本を読んで、幸せな大人になりましょうね^^

投稿: サムライ菊の助 | 2010年8月13日 (金) 08時31分

<伝えたい、たくさんの人々に知ってもらいたい、という気持ち>

そうですね。それこそ、mamiさんの使命のような気がします。あなたがいてくれたからこそ、きのくにや堀さん、そしてニイルにも、出会うことが出来たのですから。


<過去を振り返り、押さえ込んできた怒りを出してやることが必要です。>

<私が親のことを書くのは、「親の育児が間違っていた」と、はっきり言ってもいいんだ、言うべきだ、という気持ちからです。>

私の親も、間違いだらけの子育てをしてきました。
妹がいつも両親の集中攻撃を受けていたので、私は比較的被害を受けずに済んだのですが。
妹が、家族の前から姿を消して、もう何年になるかしら?明らかに被害者です。
母は、「あの子の子育て間違ったわー。」などと、今頃言ってますが、遅すぎです。
妹には子どもがいないのが幸いですが、もしいたら、決して幸せにはなれないでしょう。
親の犯した間違いを繰り返さないためにも、そして、そこから自分自身が解き放たれるためにも、苦しかった子供時代を直視することは大切ですね。


<生きている限り、成長していきたいな〜、と思っています。>

同感です。
菊さまもコメントしていらっしゃるように、「自分は未熟なんだ」ということを意識していれば、子供たちに対しても敬意を持って接することができるし、子供は安心して親を超えてゆくことができますよね。

投稿: 風の魔女 | 2010年8月13日 (金) 20時40分

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