« 2010年7月 | トップページ | 2010年9月 »

2010年8月26日 (木)

有意義病

夏休み、おうちでゴロゴロ、の子どもをみて、『有意義病』のイライラに陥っているかたはいらっしゃいませんか〜?


えっ?『有意義病』ってなあに・・・って?


辞書によると


【きちんと計画をたてて日々を過ごすことが、何より大切だと考え、ぼーっとしていることは、無駄な時間だと思ってしまう病。しかし、この病の持ち主は、自分自身のことを振り返るよりも家族、特に、自分の子どもに対して、「有意義に過ごすこと」を過剰に要求する。

小学生の頃から、教師に、“夏休み、有意義に過ごしましょう”“きちんと計画をたてましょう”と言い聞かせられ、うちでちょっとでものんびりしていると、親からは”宿題はやったの!?”と言われ続けてきたことが、この病の原因と思われる。】


なんて、書いて、・・・ありません。


でも、なんか、こういう病気、ありそうじゃないですか?


私、有意義病、そのものでしたし、今でも、ちょっと、その気がありますもの。


息子達が中学生の頃、なが〜い夏休み、ゴロゴロしてると、気になったなあ。

時間がた〜っぷりある今のうちに、本でも読んだらいいのに、とか、
ちゃんと、前日に、翌日やるべきことの計画をたてといたらいのに、とか。


でも、本人の、機が熟していないときに、まわりがわーわー言っても、無駄なんですよね。


やっとわかってきました。


そして、ぼーっとしているように見えて、それが、実は大切な時間だったりするんですよね。

そんなときに、

「あんた、なにぼーっとしてるの!本でも読んだら!?」とか
「ゲームは1時間って決めたら?もっと他にすることあるでしょ。」

なんて決めつけたら、気分はムカムカで、結局、何にも集中できない、ってことになってしまいます。


マンガもゲームも堪能して、ほんとうの自由も味わって、十分満足したら、しっかりと、自分の足で立ち上がって、歩んでいくんですよね。


「機が熟す」

これがとっても大切で、この時期は、その子その子で、タイミングは違うのでしょう。


私も、ときどき有意義病がぶり返すのですが、堀さんやきのくにスタッフから学んだことを思い出して、自分を戒めています。


一つ、ご参考までに、過去記事ですが、こちら↓を読んでみてください。気持ちが軽くなるかたもおられるのではないでしょうか。

http://kinokuni-daisuki.cocolog-nifty.com/blog/2009/05/post-7e08.html


そして、私は、子どもがどう過ごしているかが、気になって仕方がないというときは、結局、自分自身が「有意義に」生きていないときだということにも気がつきました。


だって、自分自身が、忙しく、やりがいのあることに没頭しているときは、息子についての些末なこと、あまり気にならないですもん。


だから、私のイライラ度は、自分の生き方の充実度をはかる物差しになっています。

| | コメント (4)

2010年8月22日 (日)

寮生活とホームシック

**8月23日9時半までにこの記事をお読みになったかたへ:堀さんとニイルの文中で一カ所ずつタイプミスしていました。訂正しましたので(下線ひいてあります)、恐れ入りますが、正しいほうを、もう一度お読みください。**


ブログを書いているおかげで、たくさんのかたからメールをいただきます。


一番多いのは、きのくに、かつやま、南アルプス、北九州への入学を検討しているかたで、「でも、子どもに小さいうちから寮生活をさせるのが心配」というかたからのご相談メールです。


人それぞれ、状況は違いますが、私がまずお伝えすることは、

堀さんの『自由学校の設計』の43ページ、「寮生活とホームシック」のところをお読みください

ということです。


【寮にかんしては、見学の人や講演を聞いてくれた人からしょっちゅうだされる疑問がある。

「小学校の子でも寮生活は大丈夫でしょうか。親元から離れて暮らしていても問題ないでしょうか。」

大丈夫である。ほとんど問題はない。ただし「親のほうに問題がなければ」という前提が必要だ。

子どもを離すことへの不安にとらわれていたり、子どもへの支配欲が強かったりすると、子どものほうが寮生活への適応に時間がかかることが多いからだ。いつも親から心理的に囲い込まれているので、その囲いがはずれると、かえって不安定になるのである。

こういう子は、ホームシックが長く続くし、いつまでも寮母にすがることになりかねない。】


以下は、本でお読みくださいね。


それにしても、「寮生活」と言ったって、毎週末に帰宅する児童が一番多いわけですが、ざっと日数を数えてみましたけど、一年の半分は家で過ごせるわけなんですよ。ちょうどいいバランスじゃあないですかねえ。


我が家は毎週帰るわけにはいかない距離でしたから、家庭で過ごす時間はもうちょっと少なかったですが、それでも、春、夏、秋、冬と、たっぷり休みがありますし、ちゃんといい子に育ってますから、心配ないで〜す!


9月からの転入を控えているかたもおられると思いますが、子どもさんのことは安心してお任せして、親は、その分浮いた時間を、自分磨きに使えば、きっと、ますます楽しくなると思います。


さて、ニイルは、寮生活のこと、こんなふうに言っています。

『ニイル選集③ 恐るべき学校』の第13章『質問に答える』の中で、「家庭にいて学校へ通学するのと、寄宿学校に入るのとでは、どちらが子どもにとってよいでしょうか」という質問に答えての文章です。


【私は寄宿学校を経営して生計を立てている。だから私の答えはかたよっている。しかし、どちらがよいかは、どんな学校や家庭であるかによって違う。

私の見るところでは、よい家庭の子どもは喜んで家庭へ帰り、また喜んで学校にもどってくる。

しかし、どちらかといえば、よい寄宿学校に入るほうがよいだろう。どんなよい家庭であっても、たいていは互いに神経にさわることが起きるものだ。


それにもう一つ大切な要素を考えねばならない。

つまり、通学の子どもは、十分にほかの子どもと交わることができない。子どもにとっては、きょうだいの間のような情緒的に深く結びつきすぎていない子どもと遊ぶのがいちばんよい。


さらに寄宿学校は、子どものためにつくられたものである。家庭は、そもそも大人にふさわしいようにできている。

私は、子どもたちのやかましい物音の真っただ中で暮らしていける。それが私の仕事だから。

しかし会社からもどった父親はそうはいかない。父親のほどんどは、うるさい子どもには我慢がならない。

結局こういうことだ。

家庭がよくても、学校が悪いと害が大きい。逆もまた真である。】


ニイルの本、どれもおもしろいですが、この「質問に答える」の章、特に好きです。


| | コメント (8)

2010年8月20日 (金)

F 中三の決意

Fは、中学二年生の秋頃、あるコンサートに行った時、「音楽やっていきたい」と口にしました。

そのころは、エレキギターやアコースティックギターを自己流で弾いていました。


「ギターで食べていく」と、より強く決意したのは、三年生の夏。


じゃあ、きのくに子どもの村中学校卒業後はどうするか、と探した先は、福岡のクラシック専門のギターアカデミーでした。その頃は、クラシックギターとアコースティックギターの区別もついていないような感じでした。


そして、高校はどうする?

普通の学校では時間がもったいないから、通信制にしよう、と選んだのが、同じく福岡にある通信制高校。


入学にあたって、願書とともに、「クラーク高校でやってみたいこと」というテーマの作文を提出しなければなりませんでした。


高校に提出するときに、その作文を見せてもらったら、中学三年生と思えないくらいしっかりした文章に、びっくりしてしまいました。


しばらく見失っていたその作文(提出する前にコピーをとっておいた)が、昨日、棚の奥からでてきました。本人承諾の上、ご紹介します。


【私がクラーク高校への受験を選んだ理由は二つあります。

一つめは、勉強と平行して、趣味であるクラシックギターとアルバイトが両立出来る高校だったからです。

ギターを始めたのは中学一年の頃でした。最初は面白半分で始めたのですが、いつの間にか自分にとって、とても大切なものになっていました。

そして将来はギタリストになり、聴いてくれる人達が少しでも幸せになるような演奏をしたいと思っています。

クラーク祭などの行事でも発表できたらと思います。

アルバイトをしたい理由は、お金をため、大学に入ったり留学したりする時のために、親ばかりに頼るのではなく、少しでも自分でなにかできないかと思ったからです。

それに、アルバイトという形で、やがて社会に出ていくための準備ができると思いました。


勉強も決して得意ではないので、自分のペースで一歩一歩着実に学習し、高校を卒業したいと思います。

通信制のよいところは、自分のペースで勉強でき、分からないことがあれば、先生に聞くという、学習進度に合った勉強ができることだと思いました。

ー中略ー

勉強をしながらギターの修行をし、しかもアルバイト、決して楽なことではないけれど、悔いの残らないようにしたいと思います。】


今この文章を読んで、この通りになってるなあ、と感心します。


作文を書くにあたっては、担任の大人がチェックしてくれて、アドバイスもしてくれたそうです。


私だったら、「通信制高校なんて、落ちることないでしょ」と見くびって、「そんなに真剣にやらなくても大丈夫よ」なんて言ってたかもしれません。


合否にはほとんど関係ないとしても、この課題作文は、 Fにとって、自分の考えをまとめる大切な機会になりました。その大切さを、きのくにの大人は、ちゃんとわかっているのですね。


クラシックギターの世界に入ってから、目上の人たちに囲まれて、同年代の友だちがいなかったり、スランプに陥ったりと、悩む時期もあったようでしたが、「俺は今、なにも後悔していない」と言います。


しっかり自分の人生を歩む息子、すてきだなあ。

| | コメント (2)

2010年8月14日 (土)

Fのイタリア滞在記

今年の7月、Fは、一ヶ月間、イタリアのシエナという町に滞在していました。

キジアーナ音楽院で毎年行われるサマーセミナーに参加するためです。

様々な国から参加者が集まり、声楽、指揮、フルート、ピアノ、ヴァイオリン、作曲・・・まだまだたくさんの科でレッスンと聴講、コンサートなどが開かれ、音楽漬けの一ヶ月なのです。

このことは、以前、ちょっと書きましたね。↓

http://kinokuni-daisuki.cocolog-nifty.com/blog/2010/07/post-da85.html

8月2日に無事帰国しました。

最初の二泊はホテルを予約していましたが、あとは現地で見て決めることになっていました。

Fの英語力で、そんなこと、できるのだろうか、と思っていたのですが、向こうで知り合ったスペイン人と部屋をシェアすることができて、こんなきれいなところで過ごすことができました。

すてきなお部屋!
1_4

部屋で練習していたら、隣の部屋のベランダに人がいる気配がしたので、うるさいのかな〜、と思ってドアを閉めようとしたら、その、隣の住人、サマーセミナーの指揮科の学生二人が、ベランダ伝いにFの部屋にやってきて、「なんで閉めるの!? 君のギター聞いてたんだよ。すごくよかった!もっと聞かせて!」と言いにきたそうです。

こちらはギター科講師のオスカー・ギリア先生。

Photo_2

かつて、このキジアーナ音楽院で、セゴビアに師事していました。すばらしい演奏家であるとともに、多くの優秀な弟子を育てています。

ちょっと怖い先生、と聞いていたようですが、レッスンは楽しくて、とてもためになったそうです。

その、ギリア先生のレッスンを受けるためには、初日にオーディションがあって、それに合格しなければなりません。今年は約35名が受けて、うち、23名が合格して、レッスンを受けられることになりました。

そして、最終日には、そのなかから優秀だったもの13組(デュオ含む)が、ファイナルコンサートで演奏することができます。

こんなすてきな会場で演奏ができるのです!

1_5

なんと、Fはファイナルに選ばれて、ここで演奏することができました。wine

T_2

参加者のなかには、現在留学中の人も多く、いろいろと学校の話しも聞けたそうです。

Fが来年留学したいと思っているスイスの音楽大学は、「あそこは難しいよ〜。20人に1人しか受かんないんだよ」と、数人に言われたらしく、「そんなに難しいんだ・・・」と驚いています。

でも、あまりそういう数字を気にすることなく、日々、やるべきことに取り組んでいるF。
ギターを心から楽しんでいるF。

そういうところが、彼の強さかな。

| | コメント (2)

2010年8月10日 (火)

不用意なことば

以前にも書いたと思いますが、私、背が低いんです。ここ何年もはかってないけど、たぶん、150センチ、ないです。

今、背が低いことで、特に、すご〜く困っていることはないのですけれど、子どもの頃は、ものすごいコンプレックスだったなあ。


だって、小学校に上がる前から、母が、「背が伸びないねえ、お姉ちゃんは、ちゃんと大きくなったのに・・・」と悲壮な顔をして、言うんですもの。


小学校に上がれば、いつも身長順に並ばされるから、そのたびに、自分の背の低さを意識せざるをえないし。


とにかく、両親から、いつもいつも言われた、「背が伸びないねえ、困ったねえ」という言葉が、心にふか〜く突き刺さっていて、子どもながらに、とても困ったことだ、恥ずかしいことだ、と思っていました。


でも、どんなに困ったって、背は伸びませんよね。


そんなこんなで生きてきて、ニイルの本の、この部分を読んだときは、「そうですよね〜」と、声を大にして、叫びたくなりました。そして、私の気持ちをわかってくれる人に出会って、とってもうれしかったです。


その部分とは、『ニイル選集②問題の親』の235ページ(1995年初版)、以下の部分です。


【このほかに子どもに劣等感を抱かせるのは、親が子どもの体の大きさを口にする時だ。

子どもには「体が小さい」といってはならない。

私は、多くの母親が子どもの目の前で「この子は、年のわりには小さいでしょ」というのを耳にする。

大人のことばは、子どもにとってはとても大きな意味をもつ。大人は、このことを十分にわきまえておかなくてはいけない。

子どもの頃、私は、近所のおかみさんがいつも私の母親に「まあ、ニイルさんの奥さん、このお子さんは、あんまり長生きはなさいませんよ」といったものだ。

私はこれを聞くと『家庭医学全書』を見ないわけにはいかなかった。そして、その中のどの病気も自分にあてはまると気づいて恐怖にふるえたのを、いまでもはっきりと覚えている。 ー以下略ー】


ほんとうに、親の一言が子どもの心に与える影響は、とても大きいです。


もうひとつ、私が親に言われて、影響が大きかったな、と思う言葉は、

「お父さんは、男の子がほしかったのよ」

という言葉です。


「最初、お姉ちゃんだったから、あんたのときは、そりゃあもう、男の子を楽しみにしてたんだけど、また女の子でしょ。ほんとにがっかりしてたわ〜」


これ、何度も言われました。


それで、子どものころは、女の子らしくしてたら、父を悲しませると、無意識で思っていたのでしょう、おもちゃやさんに行っても、

「お人形いらない、ピストルがいい!」

と言っていました。


高校では山岳部、大学では合気道部。


「合気道部に入ったよ」と告げた時の、父のうれしそうな顔!

私は、ほんとうに自分がやりたいのことは何なのか、わからなくなっていました。


【男の子を望んでいたのに、女の子が生まれた場合に、親はどうしたらよいか。これについては、私はただ、親たちは自分たちの満たされない思いをいっさい口にしないほうがよい、としか申し上げられない。】
『問題の親』P.213

上記は、「第二章 いくつかの事例」の中の一節です。前後もお読みいただくことをお勧めいたします。


子育てでは、こういう配慮こそ大事なことだと痛感しています。


そして、こういう大事なことを知らないまま、親や教育者になってしまうことは、大きな問題だと思います。


私、きのくにに出会うまで、こんな大事なことを知らずに生きてきました。ただ、自分が親に言われてイヤだったことは、しないように気をつけてきましたが・・・。


「あら、男の子二人なのね〜、奥さん、次は女の子生まないと!」

なんて、息子たちの前で、平気で言ってのけるクソババアには(←あら、失礼!)

「いいえ〜、男の子だけで十分、と〜ってもかわいいですからあ〜」と言っていました。本心でしたし。


とにかく、不用意な一言で、子どもを傷つけている大人、そして、傷つけていることすら気がついていない大人、たくさんいますよね。


学力向上とか、食育とか、そんなことより、まず、子どもの心を大切にすることに目を向けてほしいものです。

| | コメント (5)

2010年8月 6日 (金)

親の昔話

我が夫、パッと見は、真面目そうなんですが、子ども時代は(実は、今も)悪ガキで、小学校のときなんかは、しょっちゅう担任に殴られていたそうです。

そんな夫のおバカなエピソードは、かつて一度書きましたが↓、

http://kinokuni-daisuki.cocolog-nifty.com/blog/2008/03/post_727a.html


今日はもう一個、ご紹介します。


【あれは、K先生のときだったから、小学校四年生くらいだったかなあ。

お父さんの(息子たちに語っています)小学校は、台東区立K小学校っていうところで、屋上に、セメントでつくられた日本地図の立体模型があったんだよ。

けっこう大きかったな。10メートル四方くらいだったかな〜。

休み時間は、よくそこで遊んでたなあ。だいたいいつものメンバーの4〜5人で。


でさあ、トイレに行きたくなると、わざわざ下まで降りるのがめんどくさくて、よくそこでしてたんだよ。


その日は、ちょうど、日本海の深くなってるところに雨水がたまってたんだ。だから、そこにもっと水を増やそう、なんて気持ちもあって、みんなで日本海めがけておしっこしたらさ、そのとき、クラスの女の子が見てて、担任にチクってさあ・・・。


俺ら、普段からいたずらばっかりしてて、よく殴られてたんだけど、その日は、親が呼びだされてさ、やべえなあ、と思いながら、教頭室に入ったんだ。

担任のK先生と教頭、あと、5人の母親が神妙にしててささ・・・


教頭:「君らが、屋上の日本地図の太平洋におしっこをしたというのは、本当かね?」

俺:「いえ、違います。」

教頭:(ムム!この期に及んで認めようとしないのか?という雰囲気で)「君らが日本地図の太平洋におしっこをしたというのを見たと、ちゃんと聞ききましたよ!」

俺:「いえ、違います。太平洋じゃありません、日本海です!!」


そのとき、雰囲気が、一気にやわらいで、おふくろたちも笑いをこらえてるふうだったけど、俺としては、日本地図だから、太平洋より日本海のほうがずっと大きくて、深くて、ちゃんと、そこに水(おしっこ)をためるつもりでしたんだから、ちゃんと訂正しなきゃ、と思っただけだったんだけどね。】


この話しを聞いたときの、息子たちの楽しそうな顔!


それから、FとNも、「俺もさ、・・・してさ」と、今だから話すけど、のエピソードが次々と!


そして、Nは、「俺さ、小学生のうちに、十分悪いことしたから、中学になったら、ほとんどそんなことせんかったよ。子どものうちは、いろいろしたほうがいいんやと思う」と、大人なことば。


確かにね。


抑圧されずにギャングエイジを堪能したら、自然と落ち着いてきて、次のステージに行けるのでしょうね。


ちなみに、夫たち、悪ガキ5人、親が呼び出されたあと、しょんぼりと帰りながら、

「俺たち、帰ったらまた叱られるよな。もう、やだな〜。どっか、遠い国に行こうか。」

「そうだな、そうしよう、なら、今夜、メリケン波止場に集合な!」

と、誰も「メリケン波止場」がどこにあるのかも知らないで、約束を交わして別れたそうな。

そして、誰も、「メリケン波止場」に行くことなく、次の日、また、学校で顔をあわせたそうな。

なんだかかわいいな。


こんな話しを、目を輝かせて聞き入る息子たちも、とってもかわいいな。

| | コメント (3)

2010年8月 1日 (日)

大好評 サマースクール

夏休み中は、きのくに、かつやま、南アルプス、北九州、すべての子どもの村小学校でサマースクールが開かれています。


北九州では、7月29日から31日にA日程が行われ、大盛況だったようです。

木工、クッキング、パーティー、洞窟探検、きもだめしなど、子どもたち、目一杯楽しみましたね。

自分でつくった作品を、うれしそうに持ち帰る姿も見られました。


最終日には、堀さんの講演会もあったので、私はその時間に間に合うように、駆けつけたのです。


講演会の話しはまた後日書きますが、サマースクールB日程もまもなく始まります。8月4日から7日の3泊4日です。

こちらは、あと、少しなら、参加受け入れできるようです。迷われているかた、あきらめているかた、北九州子どもの村小学校に、ご相談ください。


そういえば、ちょうどA日程の頃、Nたち、きのくに国際高等専修学校のバスケ部のみんなは、山梨の富士吉田で開かれた、全国高等専修学校体育大会に出場し、見事優勝しました!scissors


一昨年につづいての快挙です。昨年は、海外研修と重なっていたので、参加できませんでした。


今回は5試合して、ほとんどダブルスコアで勝利。


日頃の練習は、全部自分たちで計画をたてて、やっていたそうです。

大会前は、各自、走ったり、自転車をこいだりして体力作り。


直前には、愛知にあるメンバーのお宅にお邪魔し、短期合宿。(M家のみなさま、お世話になりました。)


自主的に、楽しくやって、優勝!


一昨年のビデオを見ましたが、きの高生、ほんと、うまいです。体力あります。


監督さん(きのくにの卒業生)はいるのですが、きのくにには週一回の授業に来るだけなので、日頃の練習にはノータッチ。


先発メンバーも自分たちで決めるのですが、試合中には、監督さんが的確なところでタイムアウトとってくれたり、みんなの動きをよく見ててくれて、「こんなふうになってるよ」「こういうふうに動いたら」と、アドバイスをくれたりして、「とても助けになった」、とNは言っていました。

引率のNさんは、ビデオをとっててくれるし、優勝したら、お約束(?)の焼き肉おごってくれるし。


生徒たち、なんて幸せなのかしら〜。


さて、めいっぱい楽しんだN。

解散後は、31日にある、志望大学の学科説明会のため、東京へ。


大学の施設をいろいろ見せてもらって、授業の説明も聞いて、ますますここに行きたくなったそうです。

帰宅後、彼の口からでるのは、合格を前提にした話し。


その自信はどこからでるのだ?

私、あなたが勉強してる姿、まだ見てないんですけど・・・。coldsweats01

帰ってきたら、早速、今日も明日もアルバイトだし・・・。


でも、なりたい自分、のイメージが大切なんですよね、きっと。

私までつられて、来年4月には、彼、あの学科の学生になってるような気がしてきた。


なんか、笑ってしまうけど、まあ、Nのペースでやっていけばいいんでしょう。


まあ、Nがそんなに行きたいなら、一回で合格すれば私もうれしいけど、もし、失敗したとしても、長い人生のなかの一年や二年、いろいろあっても、いいんじゃないかな。


ああ、なんだか、楽しい毎日だなあ。


月曜日の夜には、Fが帰ってくるはず、です。


| | コメント (4)

« 2010年7月 | トップページ | 2010年9月 »