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2010年7月29日 (木)

あるのは問題の親ばかり

【問題の子どもというものは決してない。
あるのは問題の親ばかりだ。】

これは、A.S.ニイルの『問題の親』の冒頭の言葉です。


昨日(27日)秋葉原殺傷事件の加藤被告の第16回公判が開かれ、ネットでも新聞でも、公判記録が掲載されました。(新聞では要旨)


あまりに重くて、これについて書くのはやめておこうと思っていたのですが、寝られなくなって、とにかく、書いています。


加藤被告は

「事件を起こした責任はすべて私にあり、後悔している。同じような事件が将来起きないよう、参考になることをお話したい。」と語ったそうです。


私たちは、ほんとうに、彼の言葉をしっかりと受け止めて、考えなければならないと思います。


多くの人が感じたことだと思いますが、彼の子ども時代、あまりにかわいそうです。


子どもの頃から大人になっても、なにか人にいいたいこと、伝えたいことがあるときは、いきなり相手を殴ったり、仕事も持ち場をぷいっと離れるなど、すぐ行動にうつしていた、ということです。

これは、何の説明もなく、いぎなり怒鳴りだしたり、たたいたりする母親の育児態度そのものです。


母親の育てかたに対する批判が大きく取りあげられていますが、私が一番腹が立ったのは、父親の態度です。


「妻は被告に高学歴を望んでいたが、私は健康に育てばいいと思っていた。被告が小学生のころ、妻はつきっきりで宿題を見ていた。チラシにひっくり返した食事を食べさせたことがあり、やりすぎだと思った。」
(父親の調書の要旨より抜粋)


「やりすぎだと思った」のなら、どうして止めないのですか?


「高学歴でなくてもいい、健康に育てばいい」と思っていたのなら、どうして、息子をたたいてまで勉強を強制する妻に、反対しなかったのですか?


あなたが精一杯守ってあげれば、彼は救われたはずです。


傍観者の父親。

傍観者は絶対自分を振り返らない。


「警察からの電話で事件を知り、なぜなんだ、との気持ちしかない。裁判でありのままを話してほしい。」


全く他人事ですよね。


私、もう、怒りが込み上げてきて、どうしようもないくらいです。


私の家族が被害者の一人だったら、私は、この父親を徹底追及したいです。もちろん、母親にも腹はたちます。


とにかく、自分たちのあり方の、どこが間違っていたのか、しっかりと向き合って、被害者の方々にはもちろん、加藤被告に対しても、詫びてほしい。


そうでなければ、「同じような事件が将来起きないように」という、加藤被告のことばを、受け止めたことにはならないと思うのです。


もう一度、『問題の親』からの抜粋です。(P.16)

【ー略ー  このように書いてくると、親たちが次のようにいうのも無理はない。

「たしかにその通りでしょう。しかし、学校と家庭は違います。私は、古い意味で子どもを愛しております。子どもは私の一部です。私は、子どもとの関係に感情を持ち込まないわけにはまいりません。」

このことばに間違いはない。しかしどんな「感情」を持ち込むのだろう。愛だろうか。それとも憎しみだろうか。承認だろうか。それとも不承認だろうか。

親はいつでも子を愛していると思われている。

しかし、親の愛はいつも存在するのだろうか。

私はあえて言いたい。問題の子どものケースを見ると、親の愛はないことが多いのだ。

だから問題の親にかんする論点は、「大人の心理のどの要素が、自分自身を憎み、その結果として子どもを憎む親に変えるのか」ということにしぼることができる。これはとても大きな問いである。】


「親は子どもを愛するものだ」

「躾のつもりでやっていたことだ」

そういうおためごかしはやめてもらいたい。


数年前、生徒が事件を起こした学校で、校長が集会で話したことの中に、

「君たちの親は、いつも君たちを愛している」

という言葉がありました。


そういうことを言うから、親からつらい仕打ちを受けている子どもたちが、それを人に話せなくなるじゃないですか。

自分を責めるようになるじゃないですか。


もう、本音でいこうよ。


子どもを愛せない親もいる。


そういう不幸な親もいるのが現実。


それを認めた上で、じゃあ、どうしたらいいのか、なにをすべきなのか、考えていかないと、いつも表面的な後始末で終わってしまうような気がする。


私の思いつくことの一つは、とにかく、みんな、ニイルの本を読みましょう、ということです。


*怒りのパワー全開で、ごめんなさい。次回は、少し楽しい話題をお送りします。


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コメント

真剣に読みました。まばたきできませんでした。
mamiさんが言っているのは、本当のことだと思います。

わたしたちは、世の中の色々にたいして、
怒るべき時はちゃんと怒り、声をあげていかなければならないと、感じました。

怒って、大切なことを真剣に伝えてくれて、ありがとうです!!
ニイル読まんとなぁ…

投稿: かめポン | 2010年7月29日 (木) 07時28分

かめポンさん、コメントありがとうございます。

こういうデリケートな問題、いろんな感情を持つ方がいらっしゃるだろうな、と思いながらも、書かずにはおれませんでした。

共感してくださって、こちらこそ、ありがとうです!

投稿: mami | 2010年7月30日 (金) 22時15分

「親は子どもを愛するものだ」とか
「君たちの親は、いつも君たちを愛している」という思い込み、世間の押し付け科あって自由に考えることができにくくうなっている。
本当の愛、幸せを知らない親は、我が子の幸せさえにも嫉妬して、周りからの援助さえ拒否するケースもあります。そうさせているのは貧困にあるのでは? 経済的貧困だけでなく精神の貧困、「貧すりゃ鈍す」という言葉通りの事態が広がっているように思います。
きのくにの自由は、"みんなと生きる"、"人と助け合って生きる"、”誰らかと一緒にやってこそ成し遂げられる"、プロジェクトによってのあり方を体験してそのことを芯から実感し、人と人といるからこその深い人間信頼が彼らの心にあるのではと思っています。
人間の無限jの信頼があるところに、あんな事件は起こるはずもありません。

一番身近な人に信頼を寄せられなかった子どもの心はいかばかりの悲しみ?絶望? であったかは、想像もできません。


投稿: ペー | 2010年8月 2日 (月) 19時40分

ぺーさん、コメントありがとうございます。

なにか事件があるたびに、「命の大切さを教えてきたつもりだったのに・・・」と言う学校長の話を聞くたびに、むなしくなります。
実際は、虚構の勝ち組になるための競争、生徒の序列化、お題目だけの道徳教育。

「精神の貧困」を感じます。

「一人ひとりがみんなと自由に」というきのくにの精神こそ、生きることを楽しむ、豊かな人間が育つと思います。

投稿: mami | 2010年8月 4日 (水) 14時12分

秋葉原事件の被告の親も、問題の親に育てられたんだなと私は思いました。

私は子供を愛さない親はいないと思います。
愛したいのに、愛し方を間違ったり、無意識の心の闇が
邪魔をして愛せなかったりするだけだと思うのです。

愛せない親の心の闇を理解して癒さないと、
やっぱり子供に連鎖していくんじゃないかなと思います。

加藤被告の父親も妻のやり方に反対できなかった
心の闇、被告を守ってあげられなかった心の闇を私は知りたいです。
何らかの恐怖、寂しさ、嫉妬があるように思います。
多分、母親も。。

加藤被告の両親も加藤被告も無意識の感情を
解放してくれる堀さん、こどもの村の方々に
出会えてたら心の闇が癒されて、
人間らしく生きていけたかもしれないなと思いました。

なんだかえらそうに書いてしまいました。
初めてなのに、すみません。。

投稿: すず | 2010年8月 5日 (木) 00時48分

加藤被告の友人がある講演会で『自分の知っている彼はあんなことをするような人間じゃない』と弁護していました。

加藤被告の親もそのまた親にありのままの自分を愛されないで育ったのかもしれませんね。

そう考えるとその親たちも加害者でもあり被害者でもあり。

また加藤被告は当時、向精神薬を常用していたようです。
メディアは絶対に報じませんが・・・
向精神薬の副作用も関係していると思います。

複雑で多面的な背景があるでしょうが
加藤被告も含め社会の問題でもあるでしょうね。

投稿: ミュルア | 2010年8月 5日 (木) 23時19分

○すずさん、はじめまして。コメントありがとうございます。
きのくにだけでなく、子どもの心理を理解しようと努める人たちが増えて、つらい思いをしている子どもたちが、救われる場がたくさんあればいいのに、と心から思います。


○ミュルアさん、こんにちは。お子さん、サマースクール楽しんだようですね!

ほんとうに、いろいろなことが絡んでいますね。

加藤被告は、「今後同じような事件が起きないよう、参考になることを話したい」ということで、彼なりに責任を取ろうとしていると思います。

そして、裁判で、「親の育て方に問題があった」と言ったとき、弁護人だか検察だか(すみません、どっちだったか忘れました)が、「事件を起こしたのは親のせい、ということですか?」と聞きました。

それに対し、彼は、「そういうことではない」とはっきり述べています。

そういう、裁判に直接関わる人だけでなく、一般の人も、「親のせい、社会のせいにするな!」という人が多いですね。

人のせいにするのと、原因と要因がどこにいあったのかを明らかにすることとは、全然別のことなにのに・・・。

大阪の、二児放置死事件の母親も、報道では、やはり父親からネグレクトに近い育てられ方をしたと聞きました。

とにかく、親の毒を受けてきた人は、なんとしても、その人の、今の代で断ち切って、次につなげないでほしいと、切に思います。

投稿: mami | 2010年8月 6日 (金) 10時25分

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