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2010年7月15日 (木)

価値観の溝

今日は、息子の前で泣いてしまった。←別に珍しくないけど。


実家の母と電話で話しをしていたら、落ち込んで、泣いてしまった。


母は、子どもの頃、かなり悲惨な生活をした人。母親を早く亡くして、とても苦労したらしい。兄弟姉妹も多くて、愛情に飢えていて、いじけていたそうだ。

今は、未亡人にはなったけれど、それなりに、金銭的にも、健康上も、問題なく生活をしている。


本人は「お金がない」というけれど、どう見ても、金銭感覚が狂っている。百貨店の外商に勧められたから、と言って、7〜8万もするバッグを、買ってしまう。

一緒に買い物に行った時も、私が、「もっとよく考えたほうがいいよ」と言っても、「お母さんは、今、これが欲しいの!」と言って、二ついっぺんにバッグを買い(両方で10万くらい)、次に会ったときは、「これ、やっぱり重くて使えないからいらない」と言う。


子どもの頃は、姉と私、さんざん比較して育てられた。性格がいいのはお姉ちゃん、成績がいいのはmamiちゃん。どちらかをほめるときは、必ず片方をけなす。そういう育て方。


自分が苦労したせいなのか、学歴大好き。学歴で人を見る。


亡くなった父も、つらい子ども時代を過ごしたせいか、愛情のかけかたがよくわからないような人だった。


姉に対して、「お前はほんとうに疫病神だな」「お前の顔を見るだけでイライラしてくる」と言って、よく姉を泣かせていた。

母は、その様子を見ても、単なる傍観者。私は、父の怒鳴る声を聞きながら二階でふとんをかぶって泣いていた。

「お前達は橋の下で拾ってきたんだ」「孤児院に捨てるぞ」とも、よく言われたなあ。今なら笑えるけど、子どものときは、恐かったなあ。


姉は、「親に心からかわいがられた記憶が一度もない」と、はっきり言っていた。


母とは断絶しかかったこともあったけど、やはり、一人暮らしで寂しいだろうなという気持ちも起きて、なんとなく、ときどき電話したり、手紙を書いたり、一年に1〜2回は会ったりしている。


でも、私が一番大切に思っている、教育についての価値観を、全然わかってもらえてないのがしんどくなって、この間、手紙を書いた。


きのくにのこと、息子達が今、どういうことに興味があって、どんなふうに過ごしているか、私が仕事以外でやっていることなど、丁寧に書いたつもり。今後もつきあっていくのなら、人生の根幹に関わる部分は理解しておいてほしいと思ったから。


夫は、「あまり期待しないほうがいいと思うよ。お義母さんは、人に興味がないでしょ。簡単には変わらないよ」と言っていたけど、私は、期待してしまっていた。


結果は、夫の言った通りだった。


自分がどれだけ娘のためにやってきたかを、滔々とまくしたて、「あなたはほんとうに思いやりがない」と。


ああ、前にもあったな、こういうこと。

高校のときから始まった過食症が、一人暮らしの大学生時代にひどくなり、母に手紙を書いたことがあった。

自分の症状、そして、その原因。親からの、勉強やしつけの重圧がきつかったことなどを書いた。そうしたら、母は激怒して、「なにを甘えてるんだ。私もお父さんも、精一杯やってきたのに!」と、まるで聞く耳がなかった。

ああ、そうだったな、それなのに、私、なにを期待していたんだ。


長年親子やってきても、これだけ気持ちは通じ合わないものなんだ。


私も、この母の価値観を、多少なりとも受け継いでしまっているのだろうか。
私も、この母と同じくらい、息子のことを理解できていないのだろうか。
私が感じたこの虚しさを、息子にも感じさせてきたのだろうか。


それを思ったら、泣けてきた。


今、Nと二人暮らし。夫は研修で出張。Fはイタリア。


私:「Nくん、お母さん、Nくんのことを全然わかってないなあって思うことある?」

N:「そんなこと、ないよ」

私:「お母さん、おばあちゃんよりマシなお母さんかなあ」

N:「そういうふうに思うだけで、大丈夫」


泣いている私に、そう言ってくれた。


ありがとう、Nくん。ダメなところいっぱいのお母さんだけど、これからも、よろしくね。


*普段は、いろんなこと、即座にアップしないで、すこし寝かせてから書くのですが、今日は、ちょっと、心のままに書いてしまいました。今日はじめてこのブログをご覧になったかた、よくわかりませんよね、ごめんなさい。


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コメント

mamiさん

よーくわかります。

私も同じような思いを何度も何度も味わってきましたから。

ご存知のように、うちの娘は今高校を休んでいて、ようやく自分の時間を満喫しているわけですが、私の両親は、そのことに関して、「あなたたち夫婦は、子どもを甘やかしすぎ!もっと厳しくしないと、これからの社会、絶対生きていけないよ!」と、言います。

そのような言葉を聞いていると、かつて両親と一緒に暮らしていた頃の息苦しさを思い出します。

こうしたい、これはやりたくない、という子どもの意思を、脅すような言葉で否定する親でした。

そして何より、人からどう見られるか、を第一に考える人たち。

大人になってからも、「あのとき、自由にさせてもらっていたら、今頃私の人生はどんな風だったろう?」と、何度となく考えました。

だから今、「この子の思うとおりにさせてみよう。そして、私が親から受け取ることのなかった愛情を、この子には存分に注いでやろう。」と決めているのです。

私がそんな両親に育ててもらったからこそ、私たちの子どもは、幸せな、愛に満ちた人生が送れるのだと信じています。

投稿: 風の魔女 (旧 カズミ) | 2010年7月16日 (金) 08時40分

mamiさん、まこです。
読ませていただいて、あまりにも私の思いと同じなことに心が揺れて、コメントさせていただきました。
風の魔女さんのおっしゃる通り、私たちは、「愛」を学ぶためにこの両親を選んで生まれてきたのでしょう。
そして、学んだ「愛」を愛として表す為に、子どもたちが私を親として選んで生まれてきてくれたのですね。

息子さんに素直な思いを伝えられるmamiさん、息子さんがおっしゃるとおり、素敵なおかあさんですね。
失礼ながら可愛いなあと思いました。

また一つmamiさんから、きにくにの魔法の呪文を教えていただきました。
ありがとうございます。  まこ

投稿: まこ | 2010年7月16日 (金) 14時15分

バジルです、こんにちは。お久しぶりです。

親子だからわかってもらいたい、きっとわかってくれる、そう思いたくてmamiさんはお手紙を書かれたのですね。

そして親子だからこそ、それがうまくいかないと、他人に理解されないよりはるかにつらいです。

自分が否定されながら育ったと感じている人が子どもをもつと、
やはり同じように自分の子も否定しながら育てるしか方法を知らない場合が多いと思います。
でもmamiさんは子ども時代つらい思いをされることが多くあったにもかかわらず、
全く違う価値観を持って息子さんたちと接しておられます。

息子さんの「大丈夫」という言葉、とても素敵です。

相手と自分が「違う」、ということを受け入れ、認めることができる、きのくにの教育の賜物ですね。
そんなきのくにの教育を知り、息子さんたちに受けさせようと思われた時点で、mamiさんの揺るがない愛情があったと思います。

大丈夫です!

(私も寝かせたりせず、思わずコメントしてしまいました)

投稿: バジル | 2010年7月16日 (金) 16時52分

○風の魔女(旧 カズミ)さん
はつらつとしてて、娘さん思いの風の魔女さん、きっと温かい家庭で育ったんだろうなあ、と思っていました。

【そして何より、人からどう見られるか、を第一に考える人たち。】
あ〜、同じだ〜。私の母、まさしくそうなんです。

私はまだ、あの母には感謝はできないけれど、親子であったこと、意味のあることだとは思っています。

○まこさん、コメントありがとうございます。

【学んだ「愛」を愛として表す為に、子どもたちが私を親として選んで生まれてきてくれたのですね。】

ほんとに、そうですね。すてきなことば、ありがとうございます。
最初は自分の母性に自信がなかったのですが、どんどんどんどん息子達が愛おしくなって、今は、こんなに愛情を持てる自分がうれしいです。

○バジルさん、こんにちは。あのときお会いできたから、とても身近に感じます。そして、気持ちを受容してくれて、ありがとうございます。

きのくにに出会わなければ、自分のことも息子のことも、心から愛せないままだっただろうな、と、つくづく思います。
そんなこんながあっての今日なので、きのくにでのことを話すと、いつも涙があふれちゃうんです。
バジルさん、また、お会いしたいです。

投稿: mami | 2010年7月17日 (土) 20時05分

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