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2010年6月11日 (金)

点数がナンボのもんじゃい!

6月26日の、堀さんの講演会に向けて、関連記事を書こうと思っていたのですが、今朝の朝日新聞の読者投稿欄に載った記事に、ちょっと、ムッとしてしまい、そのことを書かずにおれなくなりました。


東京の高校非常勤講師さんの投稿、「だから教師はやめられない」、読まれたかた、いらっしゃいますか?


投稿したかたは、中間試験の答案返却のとき、わざと渋い顔をするのですって。それで、生徒はみな緊張した面持ちになるが、自分の答案を見て、ホッとする顔あり、固まる顔あり。可哀そうだが、可愛い。答案返却はなんでこんなに面白いのか、と思うのだそうな。

採点ミスの申し出もよくあるが、今回、「一点多いです」と自己申告してきた生徒があり、「信」の文字が浮かんだ。「答案返却は面白い。」と結んである。


なんだか、とっても、不愉快。


私もこういう世界で学生やってきたから、わかりますよ、その雰囲気。

採点ミスで、一点でも点数があがらないかと、血眼になって答案を見つめたこと。

高校で落ちこぼれてからは、一ケタの点数が恥ずかしくて、人に見られないように答案用紙を隠すようにして受け取ったこと。

物理や化学の教師には、「バカ」とののしられたり、「なさけない」とため息をつかれて、×だらけの答案を手渡されたこと


点数の世界、あの頃は、それが私の世界だった。


試験のたびに、「おまえはダメなやつだ」と点数で突きつけられる。
「できる子」だった中学時代は、先生にバカにされてる子を見下す、いやなヤツだった私。


でも、今、きのくにに出会って、全然違う世界があることを知った。


子どもたちが生き生きと、楽しんで学ぶ世界。
学習は点数をとるものでなくて、好奇心を満たすもの。新たな世界の扉を開けるもの。


きのくにの高校生たちは、レポートに追われつつも、旅行の話し合いをしたり、遊びの計画をたてたり、プロジェクトというメインの活動に主体的に関わる。

意見の食い違いで悩むことや、自分の進路で迷うことはあるけれど、それが人生。
かけがえのない人生を、ダイナミックに生きている。


1点に一喜一憂するなんて、小さい小さい!


小、中、高校時代にそう思えていたなら、私の10代、もっと幸せだったな。死にたくなんか、ならなかっただろうな。


今も、答案用紙を見て絶望感に沈んで、自分を卑下している子どもたちがいる。


それがあなたのすべてじゃないよ。

もっと別の、大きな世界があるんだよ。

って、言ってあげたい。


サマーヒルのゾーイさんは言っていた。
「いくら勉強ができても、人とコミュニケーションがとれなかったら、何にもなりません」


だから、やっぱり、私は、きのくに、かつやま、南アルプス、北九州、たくさんの子どもの村のことを、多くの人たちに伝えたい。

ニイルやジョンエッケンヘッドの功績も、霜田静志さんの「叱らぬ教育」も、多くの人たちに知ってもらいたい。

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コメント

同感ですよ

あまりにも点数偏重結果主義ですね

そうじゃない先生もいますけど
結局先生やってる人たちのほとんどがその路線で鍛えられてきてるんでしょうね

だから出来ない子供の気持ちは理解できないのかな

先生というのは先生が思う以上に生徒に影響が大きいという認識がなさすぎですよ

今度の講演会楽しみにしてますね

家族で茨城から乗り込みますよん

投稿: ミュルア | 2010年6月12日 (土) 09時52分

ミュルアさん、こんにちは。

ほんとに、子どもにとって、教師の影響力は大きいですね。すべての学校がきのくにのようになるのは無理かもしれなくても、せめて、きのくにのスタッフのように、子どもの心理を深く勉強した人が、教師になってほしいものです。

19日、南アルプス行かれるのですね。

私、話すのは得意ではありませんが、参加者のかたと南アルプス子どもの村に、少しでも、何かお役にたてますようにと、ない頭を絞っています。

お会いできることを、楽しみにしています。

投稿: mami | 2010年6月13日 (日) 22時37分

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