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2010年5月 6日 (木)

ニイルのおバカさん

『かつやま子どもの村通信 第56号』でも紹介されていた、『ニイルのおバカさん』、買ってしまいました〜。
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子ども時代のニイルは、学校の勉強はできないし、何をやってもうまくいかず、父親も愛想をつかすほど。ドジなこともいっぱいして、読んでいて、思わず吹き出すことが何度もありました。

それにしても、昔の出来事や、そのときの自分の気持ちを、よく克明に覚えていることには驚かされます。


そして、サマーヒルを創設するまでに、こんなに様々な紆余曲折があったことを、本書を読んで初めて知りました。

以前から堀さんは、「20代に入ってからでもやり直しがききます。子どもをせき立てないで、30歳くらいまでは面倒をみてあげるくらいの気持ちでいてください」とおっしゃっていますが、「ほんとに、人生、いろいろ経験して、じっくり考えて進んでいけばいいんだなあ」と、この本を読んで、改めて、そう思いました。


そういえば、先日の講演会で、「きのくにのような教育が良いということは、誰にでもわかりそうなものなのに、どうしてもっと広がらない(認められない、だったかな?)のでしょうか?」という質問がでました。私も常々思うことです。

それについての堀さんのお答えは、ここに書くと、言葉通りではないので、誤解を生じる可能性があるので、敢て書きませんが、実体験をふまえてのお話に、ふむふむと納得されたかたも多かったのではないでしょうか。


それと同時に、私は、『ニイルのおバカさん』の中の『日本語版への序ー霜田静志をしのぶ」の文章を思い出していました。


【日本の読者の方々にお話をするのは、私にとっては容易なことではない。それは日本語がわからないからではない。皆さん方のお国の教育事情をよく知らないからである。

しかし、察するところ、他のすべての国の教育と同じように、書物による学習、上からのしつけ、従順、その他あらゆる背筋の寒くなるような美徳を大切にしているのではないかと思う。

これは、その国の社会体制とは関係がない。共産主義国でも資本主義国でも同じように、学校を出れば永久に忘れてしまうのに、せっせと教科の勉強にはげんでいるのだから。


権力の座にあるものは、いつまでも権力を保持しようとする。そのためには、彼らが支配している国民は、ものをいわぬおとなしい羊のようでなくてはならない。

そこで彼らは、一番根本的なところから手をつける。つまり、幼い子どもをつかまえて、おとなに服従するように、性の欲求を抑圧するように、そして権威を恐れるように教え込む。

その結果、子どもたちは去勢された牛のようになり、既成の権力に挑戦したり反逆したりすることのできないおとなとなる。

だから、学校で歴史や地理を教えることは表面的な目的にすぎないのであって、本当のねらいは、子どもの性格を型にはめて作ることにある。

こういう教育の結果がどうなるかは、今日の病める世界を見ればよくわかる。

今日の若者の乱暴な行動は、基本的には、親や教師の権威にたいする抗議である。赤ん坊を打つ母親は、それによって赤ん坊を、乱暴な行動を何とも思わない人間へと育てているのである。

ー以下略ー】


この本が、もうなかなか手に入らないというのは、ほんとうに残念です。

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