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2009年12月31日 (木)

平和な夜

今日は大晦日。

たいした大掃除もせず、おせちもつくらず、穏やかな一日です。

でも、三が日に食べるだけのビーフシチューと根菜の煮物と、その他、きんぴらごぼうや酢の物はつくったんですよ!(←名誉挽回)


おせちは、みんな、好きじゃないんです。特にFなんて、「全部冷たいやん、おいしくない」と言いますので、私としては、楽ですね〜。


さて、この時間、何をしているかというと、夫は自室で、読書かな?あれ?ちょっと尺八の音も聞こえるかな? (←見てないので、何をやってるものやら・・・)

Fはギターの練習。

Nはリビングで読書。私も同じく。


Nが読んでいるのは、デュマの「モンテ・クリスト」。

この本は7巻あるのですが、数年前私が読んで、ものすご〜く面白くて、やめられなくらいだったので、家族みんなにお勧めしていました。でも、誰も振り向いてくれず・・・。


でも、少しまえ、Fが手に取り、すっかりはまり、それから夫、そして、冬休みに帰宅して、みんなが読んだと知るや、猛然と読み出して、今、最後の巻です。


みんながはまる様子に、ウフフ、と喜ぶ私です。


私が高校生のころの大晦日って、なにしてたかといえば・・・「勉強」でした。

紅白歌合戦は、好きな歌手のときだけ、呼んでもらって見てました。あれだけ時間費やした「勉強」だったのに、結局、嫌々、だらだらしてるもんだから、全然身につかないし、楽しくないしで、結局浪人だし。いったい、何やってたんでしょうね、私。

それに、家族とリビングで一緒に過ごす、っていうのが苦痛だったし。だって、親の視線が、「そんなことしてて、大丈夫なのか!?」って、言ってるんだもの。


だから、今、Nと同じテーブルに向かって本を読んだり、・・・、あ、今、Fが練習の休憩で、みかんを食べにやってきた、・・・こうやって、家族が同じ部屋で、過ごすのが、最高に幸せです。


まあ、当地は、と〜っても寒いので(雪が降っています)、みんなが別の部屋で過ごすと、暖房代がすごくなる、という理由もあるのですけどね。息子たちも、冷えきった自室には、行きたくないみたいです。


そんなこんなで、今年も終わろうとしています。


来年は、Nもきのくに生活最後の年になります。この冬休み中、ちょっと、転機があったような・・・。


また楽しみな一年。

私も、自分のやるべきことを見失わず、大切に過ごしていきます。


きのくに子どもの村学園のすばらしさを、もっともっと、多くの人に伝えたいです。

ブログを見に来てくださるみなさま、また来年も、どうぞ、ご協力お願いいたします。

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2009年12月24日 (木)

許せばいい

『身近な人の名言・格言、今年の受賞作を発表!』という記事が、先日の新聞に出ていました。

そのなかで、黛まどか賞をとった、39歳の主婦のかたの『名言』が、とても心に残りました。


【現在中1の息子が5歳の時のことです。ある日、何度注意してもいたずらばかりするので、父親が怒りました。

「口で何べん言っても、たたいてもわからんのなら、お父さんは一体どうすればいいんか!?」

息子は涙をぽろぽろ流しながら一言。


「許せばいい」


小さなことをいちいち怒るなという事か?と家族みんなで大笑いでした。】


大笑いしてくれるような家族で、よかったですね!


実際私も、今思えば、怒らなくてもいいようなことでいちいち怒っていたな〜、ということがたくさんありました。

周りの人から「良いお母さん」、と思われたくて、小さなことで息子を叱ったり、自分が他のことでイライラしてたものだから、つい、普段だったら怒らないようなことなのに、声を荒げたり。

きのくにと出会って11年、息子たちに小言を言う事が、ほんとうに減ったなあ、と、つくづく思う今日この頃。そして、息子たちは、野方図に、わがままいっぱいに育ったかといえば、とんでもない!すばらしくすてきに育っています!

(親バカも相当入っていますが、でも、きのくに保護者さんなら、この気持ち、わかってくださいますよね?)


さて、A.S.ニイルは『問題の子ども』の中で、このように書いています。


【子どもが求めているのは愛と理解である。善良なままで成長する自由だ。

子どもが善良なままで大きくなる自由、これをもっともよく与えることができるのは、本当は親である。

しかし、世界には困ったことでいっぱいだ。そんな婉曲的な言い方をやめてはっきりいえば、世界は憎しみであふれているといったほうがよい。

そして子どもを問題の子どもにするのは、親自身の心の中の憎悪である。それは犯罪者に罪を犯させるのが社会にしみわたった憎悪であるのと同じだ。


救いは愛にある。


しかし愛を強制できる人はだれもいない。だからもし世の中に希望があるとすれば、それは寛容を学びとることである。

おそらく寛容こそ愛であろう。しかし私にはよくわからない。

寛容を学ぶには、なによりもまず、自分自身に問いかけねばならない。

「寛容と慈善は家庭で始まる」というが、内省ことは、知恵の始まりとまではいわないとしても、寛容の始まりである。

問題の子どもをもつ親は、静かに腰をおろして自問自答しなくてはいけない。


「私は、子どもに寛容を示しただろうか。私は信頼を示しただろうか。理解を示しただろうか。

ー略ー

「なんとしても、人それぞれに自分自身の生き方をさせよう。」

人生においても、教育においても、これが私のモットーだ。これは、ほとんどの場合にあてはまる生き方である。

考えられる例外はひとつだけ、つまり強盗がナイフをもって歩き回るような場合だけである。

この態度こそが、ひろい心を育てる唯一のものである。これまで「ひろい心」ということばが思い浮かばなかったのは、どうしたことだろう。

これこそは、自由学校にふさわしい。


私たちは、子どもにひろい心を示すことによって、ひろい心をもった人間になるように導いているのだ。

心がひろいということは、寛容の心をもつということだ。】
 

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2009年12月22日 (火)

ニッポンのミカタ

みなさま、先日のテレビ放映、ご覧になりましたか?

「テレビがないから見られない」と書いた私ですが、それどころか、大分では放送自体がありませんでした。


でも、きのくに保護者さんが、ユーチューブに、その場面をアップしてくださいました!

ありがとう〜〜。smile

http://www.youtube.com/watch?v=NQeaptCtOo0

なかなか簡潔にまとまっていて、よいですね。最後の、たけしさんのひとことが、よけいな気もしますが・・・。


堀さんのお話は、だいぶカットされたのでしょうね。

それでも、大事なことは伝わってきました。

「頑張れ、と言われて頑張れるものじゃない」

ほんとうにその通りです。

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2009年12月17日 (木)

テレビ放映時間訂正

先日お知らせしました、テレビ放映に関して、時間が間違っていたようですので、訂正して、改めてお知らせいたします。


12月18日(金) 21:00〜22:54
【たけしのニッポンのミカタ】 テレビ東京系


YOKOさんのブログに詳しく載っていますので、ご覧ください。
http://ameblo.jp/yoko-do/


それから、北九州子どもの村小学校の保護者さん、KUuさんのブログにも、情報が掲載されています。
http://k-children-chiacchie.blog.so-net.ne.jp/

終了時間が微妙に違いますが、当日テレビ欄でお確かめください。


・・・と宣伝しておきなが、私ったら、テレビがなくて、見られない・・・。weep


ご覧になったかたがいらっしゃいましたら、どんなだったか、教えてくださいましね。

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2009年12月14日 (月)

知識よりも感情

このブログの検索キーワードを見てみると、「きのくに卒業生」とか「きのくに 進路」などどいう言葉がよく見られます。(一番多いのは、「きのくに 授業料」ですが・・・)


みなさん、「きのくにって良さそうだけど、卒業生は何してるのかしら」って、気になるんですね。

人それぞれで、進路もほんとうに多岐に渡っているようです。

参考までに、我が家の場合を・・・とも思うのですが、その渦中にある場合は、いろいろと書きにくいこともあるので、しばらくたって、プライバシー等の問題がなくなったとき、追々書いていきますので、お待ちくださいね。


さて、最近また、『ニイル選集』を読み返したりしているのですが、本文の内容もさることながら、最後に載っている、霜田静志氏やジョン・エッケンヘッド氏、訳者の堀真一郎氏の文章もとてもすばらしく、まだお読みでないかたに、ぜひぜひ紹介したく、一部転載することにしました。


*A.S.ニイル・・・サマーヒルスクール(スコットランド)の創設者。1973年に死去した際、ロンドン・タイムスは
「もし、わが国の子どもたちが、学校において以前よりもいくらかなりと幸福であるとすれば、それは、この変わったスコットランド人教育家によるところが多い。」
と記した。


*霜田静志・・・初めてニイルの著書を翻訳し、日本に紹介した。


新版『ニイル選集1 問題の子ども』 の中の『ニイルを語る1ー霜田静志』より。


【○知識よりも感情
ニイルの教育の特色のもう一つは、知識よりも感情を重視する点である。彼は特にこの題名の本を一冊書いて、これを徹底的に論じているほどであるが、他のところでも、しばしばこれを論じている。

ではなぜこれを重視しなければならぬか。

昔から今日に至るまで、教育はどこの国でももっぱら知識を高めることにつとめて来た。そして知識の進歩は人類文化の高度の発達をもたらし、今日の科学時代を現出した。

これによって産業の近代化は徹底的に行われ、家庭は電化されて、生活は快適なものとなり、便利なものとなった。ー略ー


しかしこれによって人類ははたして幸福になり得たであろうか。いかにも今日の科学および科学技術の進歩は、われわれの生活を豊かにし、これを向上させた。

しかしその一方核兵器の研究開発によって、戦争の脅威はいよいよ増大し、恐るべきものとなった。

ひとたび核兵器による戦争がおこったなら、もうこの戦争には勝ち負けはない。地球の大半は破壊しつくされ、敵味方とも、共だおれになるよりほかはない。 ー略ー


そこで今日の教育としては、科学知識の向上ということもさることながら、このような科学知識を人類の平和と幸福に役立てようとする熱意のある人物の育成こそだいじである。


これは決して知識の問題ではない。感情の問題である。


かつては、人間の知識が進めばおろかな戦争なぞしなくなる、と考えられていた。

第一次世界大戦は「戦争を終わらせるための戦争」といわれた。そしてもうこれで戦争はおしまいだと一般に信ぜられていた。

しかも二十年後には、それよりももっと大きい第二次世界大戦をひきおこした。そしてそれからさらに二十余年を経た今日、第三次大戦などおこらぬという証拠はどこにも見られない。 ー略ー


このような時代に、今まで通り知育万能の教育をつづけていてよいであろうか。

ここに当然、教育の根本的革新が必要になってくる。科学に対する高度の研究は一部の専門家に任せておいてよい。

一般の人々のためには、人間性を尊重し、これを善導する感情の教育こそ必要である。


今までの教育においては、感情は抑えられ、もっぱら理性的であるように教育されてきた。

その結果はどのようなことになったか。

抑えられた感情ははけ口を求める。その結果は愛であり寛容であるべき感情は、憎悪となり支配欲となる。

あらゆる人と人との争い、社会悪、戦争などは、ここに誘発されることになる。

ある人は、それだから道徳教育・宗教教育が必要であるというかもしれない。

しかし今日の道徳教育・宗教教育は、人間本来の人間性を抑圧し、そのよさを育てることに役立たない。目的と反対の結果を生み出しているのである。


そこでこのような抑圧を去っての感情の解放こそ必要である。】


全国学力テストをどうするとか、学力向上のために放課後まで学校で塾講師が授業するだとか、そういうニュースを見るにつけ、「そんなことをしている場合じゃないでしょ!」と叫びたくなります。


ニイルがしてきた教育、霜田氏のことば、多くの人に届けたいです。


続きはまた次回・・・。

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2009年12月 5日 (土)

尊い心

うちの歯科医院の待合室には、日本熊森協会の冊子やら、三重県大台町の水源の森をトラストするための寄付を求めるインフォメーションなどが置いてあります。

http://homepage2.nifty.com/kumamori/trust-oodai-top.htm


先日、80歳過ぎの患者さんが、お会計が済んだ後で、受付の私に「これ、水源の森のために、募金させてください」と、300円を差し出したのです。


そんなことを言ってくださった患者さんは、そのかたが初めてで、私はびっくりするとともに、とてもとても感激して、泣いてしまいました。

そのかたは、少し身体がご不自由で、いつもつましい身なりをしていらっしゃる。ご主人もご高齢で、身体も自由がきかないと聞いたことがあります。

そんな彼女が、そっと差し出してくれた300円、ちゃんと熊森協会に送金します。尊い心と一緒に、送金します。ありがとうございます。


それにしても、10月初め、「水源の森を買い取ってトラスト地として保存します」との発表があったとき、寄付募集額は9000万円でした。

無理じゃないか・・・と思うような金額。


熊森協会でも、買い取るかどうかを巡って、内部でかなり議論したそうです。

「ー略ー 本部スタッフを含め、みんなで何回も議論致しました。なぜなら、物件が大きすぎるため、手持ちの積立金ではとても買えない。国民に呼びかけて、もし、買えなかったら、会としての信用を失う等など。

しかし、私たちが買わなかったら、この森は守れない。組織が大きくなってきて組織を守りたい気持ちが先に立つようになってしまったら、熊森ではない。挑戦し続けるのが熊森である。このような結論になっていきました。

こうして、ひとりの9000万円は無理だろうが、9000人の1万円ならありえるのではないかと考え、全国民にトラストを呼びかけることを決意しました。 ー略ー」


11月30日の時点で、1207名から寄付が寄せられ、寄付金総額は、約4100万円となっています。


尊い心が集まれば、可能になる、そんな気がしています。


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