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2009年9月24日 (木)

きのくにー行き帰り

先日、ブログを見てくださってるかたにメールをいただき、質問を受けました。

「大分からきのくに、飛行機を使っておられるようですが、送り迎えとか、どこまで、どのようにしていたのですか?」


この質問、以前も、別の方から、個人メールでいただいたことがあるので、今回、記事としてアップすることにしました。


まず、ルートとしては、
家から大分空港・・・車
大分空港から伊丹空港・・・飛行機
伊丹空港から難波駅・・・バス
難波駅から橋本駅・・・電車
橋本駅からきのくに・・・学校のバスもしくはタクシー

と、こんなふうです。


で、四年生の4月から、きのくにに転入となったFは、大分空港から一人できのくにに行きました。

それまでに、3回、親と一緒にきのくにに行っていましたから、もう大丈夫だろうと思ったのです。


1回目は見学のとき。

でも、このときは、行きは関西空港から行ってしまったので、参考になりませんでした。人に聞いて、伊丹から難波のルートのほうが行きやすいことがわかって、この日の帰りから、そのルートをとることにしました。


2回目は、体験入学のとき。

このときは、転入できるかもしれない、という予感があったので、Fにも「ここで切符買って、ここで乗って、降りたらこっちで・・・」と、説明しながら、道中を共にしました。


3回目は、待ちに待った、入学の日。

入学を祝う会は日曜日なので、家族で行きました。そのときは、Fを先に歩かせたりして、次回から一人で行き来することを、親も本人も、かなり意識していました。


一週間後の、最初の帰宅日。このときまで、私が橋本駅まで迎えに行きました。(最初の1ヶ月は寮の都合で、長期滞在ができず、毎週行き来していたのです!)


そして、週末休み明けの月曜日、朝早く、大分空港まで送り、そこからバイバイです。初めて一人で行きました。

その日は、そりゃあ心配しましたよ。

それに、学園のバスには間に合わないので、タクシーに乗らないといけなかったものですから。


12時頃学園に電話して、「Fが着いてるかどうかだけ、教えてください」と聞いてしまいました。もちろん、無事に着いていましたが。


仕事しているので、毎週学園までの送り迎えは無理ですし、そんなことしてたら経済的に破綻してしまうので、早々にFを一人で行かせてしまいましたが、彼も、あまり不安がることなく、そんなものだと思っているかのように、淡々と行き来していましたね。


その次からの、Fのひとり帰宅も、ほんとにドキドキしました。飛行機を降りてでてくるまで、「ほんとにこの飛行機の乗ってるかしら」と思って・・・.


で、ずっと順調に行ってたのに、次の年の1月からNも転入できて、一緒に行くようになって初めて、大変なトラブルが起こりました。このことは、2006月8月25日の『電車をまちがえて』をご覧ください。こちらのページ↓を少し下へスクロールしていただくと、でてきます。

http://kinokuni-daisuki.cocolog-nifty.com/blog/2006/08/index.html


このときは、Nのほうが、早々に、なにかおかしいと気がついて、「兄ちゃん、この電車、違うんじゃない?」と言ったのに、のんびりどっしりのFが、「まあ、大丈夫やろ」とかなんとか言って、一時間も違う方向の電車に乗っていたという、大物ぶり?


でも、ほんとに、この、行き帰りの経験が、彼らにとっては、目には見えない力になっているような気がしています。


きのくには、けっこう遠方から来ているお子さんが多いので、夜更かし会のときなどには、わが子の爆笑珍道中ぶりが披露され、「今だから笑えるよね〜」「あのときは、親のほうが泣いたわ〜」という話しがいっぱいです。


途中でお菓子買っちゃって、電車代が足りなくなっちゃったとか、電車の中にリュック忘れたとか。

でも、みんな、自分でなんとかしちゃってるんですよね。たくまし〜。


こうやって書きながら、当時のことを、懐かしく思い出しました。


あ、それから、親がついていくことはできないけど、低学年で心配、というご家庭は、大阪のベビーシッター会社と契約して、空港や駅から、橋本まので送迎を頼んだりしているところもありました。

たしか、ラビットサービス、という会社だったと思います。


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