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2008年12月12日 (金)

ブログ我慢宣言!

みなさま、いつも当ブログをお読みいただき、ありがとうございます。

私、毎日、話したいこと、お伝えしたいことが溢れてて、この場で表現できるのはとても幸せです。


なのに、ですが、1月25日まで、多分、更新、お休みします。

多分、というのは、「今書きたい!」ということがどうしてもでてきて、我慢しきれず書いてしまうかも、という気もするからです。


で、なぜにお休み、というと、以前、少し書きましたが、11月半ばに受けたフランス語検定試験に、合格してしまったからなのです。(かなりぎりぎりの点数で。)それで、二次の口頭試験が1月25日に行われます。これは、私にはかなり高度な試験なので、本気で準備しないと、情けないことになりそうです。また、準備をすることで、フランス語力がグンとアップするのでは、という予感もしております。


ただ、「フランス語が好き!」で始めた趣味ですが、このあいだ、「クマともりとひと」をフランス語に訳するのにトライしてみたら、まだ少しですが、とても楽しくて、将来、なにか、私の関心ある社会問題の面で、役に立てることができるかな〜、なんて夢を描いたりして・・・。


なので、心を鬼にして(?)、ブログ我慢宣言をすることにいたしました。


みなさま、この間に、どうぞ、過去の記事を、まったりとお読み返しくださいまし。

ほんとに、「ええ話し」が、たくさんなんですよ、きのくにには。私は、何度話しても、何度聞いても飽きませんのです。

ついでに一つ「ええ話し」を。

普段は頼まれて荷物を送ってあげても、「届いたよ」の一言もないNですが、今日「合格した〜」とメールしたら、すぐに返事が来ました!
「おめでとう。二次試験も頑張ってね。」って。もう、うるうるの母です。


コメント、メールは、いつでも大歓迎です。ぼちぼちお返事させていただくのを楽しみにしています。


それから、先日ご紹介した、平野虎丸さんの本、もしアマゾンなどで注文する場合、もし、懐に余裕がありましたら、二冊ご注文なさることをお勧めします。

絶対、他のかたにお勧めしたくなると思いますし、この本の収益金は、シカなど野生動物の生息地買い取りに使われますので、無駄はありません。

この本が爆発的に売れれば、もしかしたら、日本の未来を変えることができるかもしれません。

年末の、いろいろと物入りの時期ではありますが、どうぞ、よろしくお願いいたします。

では、みなさま、よいお年をお迎えください。

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2008年12月11日 (木)

目ざめてほしい

10日発売の『AERA』 12月15日号に、良い記事がでていました。

【わが子に「学校」はいらないー公立でも私立でもない、もう一つの選択
 ゆとり教育の反動から再び「お受験」が過熱している。だが、受験エリートが社会で通用するとは限らない。教育に携わる親たちがわが子の選択肢から「学校」を捨てた】 P.75


ここで取りあげられているのは、東京コミュニティスクール(TCS)、よみたん自然学校(沖縄)、神戸フリースクールの三校です。


それぞれ、自然体験や、自分たちで考え、学ぶことを重視した、ユニークな教育を実践しており、子どもたちはたくましく成長しています。


TCSに8才の息子さんを行かせているのは、私立大学の教授のAさん。

Aさんは
【一方的な伝達形式の日本の教育では世界に通用しないー。根底には大学時代、アメリカへの留学体験がある。語学力以前に、プレゼンスキルがなく、議論に参加できない。悔しかった。相手に伝える力、主体的に学ぶ力が最も重要だと感じた。】
ということです。


TCSの理事長さんは、「大事なのは学ぶ意欲」と言います。

その通り、ですね!

そして、少人数では社会性が育たないのではないか、という指摘に対しては、こう答えています。

【30、40人学級だと、気に入らない相手は無視すればいい。でも、この人数だと、どの人ともかかわらざるを得ない。異年齢集団で、自分の判断で人とかかわることで本当のコミュニケーション力が生まれます。】

これも、その通り!


以前、きのくに国際高等専修学校に興味を持った友人がいて、パンフレットを差し上げたことがあったのですが、「教育は良いけど、人数が少ないね。うちの子には、もっとたくさんの人とかかわらせたいから、ここには行かないわ。」と言われたことがあります。

大人数だから人とかかわれる、っていうのは、幻想だよな〜、と思ったけど、多分、きのくににあまり心を動かされなかった故の後づけの理由なのでしょうから、何も言いませんでした。

でも、実際きのくには、人間関係の密度がとても濃いですよね。多分、心が解放されてないガチガチの大人は、やっていけないでしょう。

海外生活、一ヶ月同じメンバーで過ごすなんて、できますか?

しかも、その間に、旅行計画をたてたり、興味のある分野を掘り下げ、学び、皆が満足できるような活動を作っていくんです。

黙って、先生と黒板を見つめていれば日々が過ぎる毎日と比べて、どちらがコミュニケーション力が身につくでしょうか。


とにかく、今回のAERAの特集、よかったです。まだ書店にでていますので、みなさまご覧ください。


ただ、どれもすてきな学校ですが、学校教育法で定められた学校ではないので、例えばTCSは、【籍を置く地元の公立学校にTCSでの学習状況を伝えることで、公的な出席記録や卒業認定がされる。】ということになっています。

それを考えると、きのくには、学校教育法で定められた正規の学校法人なので、そのような手間や心配が必要なく、親としては(私としては)有り難い存在です。


記事に出てくる親たちのような考えを持つ人が、もっともっと増えたら、暗記中心、管理主義の公教育が廃れ、真の自由主義教育が当たり前になっていくんじゃないかな〜、と期待しています。


後半は、【大人になるキッカケが 学校にはないー「学校」を捨てた人生のその後】と題して、10代の頃から学校以外の場で自分の道を模索し、はつらつと行きている若者たちの取材記事が出ています。


こういう記事を読んで、今まで興味のなかった人たちが、目ざめてくれないかな〜。

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2008年12月10日 (水)

平野虎丸さんのお話

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この本は、熊本に住む、平野虎丸さんが書かれた本です。

たった今読み終え、改めて、政府、林野庁の無策ぶりとずるさに、ムカムカしています。それとともに、たった一人で地道に、勇気をもって活動を続けてこられた平野さんに対し、尊敬の念と感謝の気持ちでいっぱいになりました。


平野さんと出会ったのは、11月22日。きのくにのシンポジウムを断念して参加した、熊森協会福岡支部主催の講演会でのことです。

講師のかたは二人で、お一人はドイツ在住の環境ジャーナリスト、村上敦氏。もうひとりが平野虎丸氏でした。

村上さんのお話はドイツのフライブルグ市の町づくりについてでした。将来を見据えた政策が、ほんとうにうらやましくなりました。

市街地で広葉樹なら1.5mまで成長した樹木は伐採してはならないという法律があるそうです。理由は、空気清浄作用、保水作用、日陰を作る温度調整作用があるから。

また、傾斜10度以下の平屋根には、法律によって屋上の緑化が義務づけれらています。コストのかからない工法を支援しており、見栄え悪いけれど、環境的貢献を重視しています。見栄え優先のどこかの国とはだいぶ違います。


平野さんは、「熱い、行動のヒト」、という感じでした!

平野さんが理事を務めるエコシステムでは、自分たちで山を購入して、そこで自然復元による実生の森づくりをしています。そこでは、ツリーハウスに宿泊できたり、プレーパークとして子どもたちがおもいきり遊べたりします。
私の好きな「たき火」だって、できちゃいます。

詳しくはこちらのホームページをごらんください、

http://www.ecosys-jp.net/


話しの前に、配られた資料に目を通しましたが、日本の林業のことは、全然知らなかったので、「えっ、どういうこと?」と、大変興味をそそられました。

まず、その資料の、冒頭の部分を抜粋します。


【国民の皆さんへ

日本の奥山が税金で破壊されていることをご存知ですか。

治山治水のために自然林として残すべき奥山を、林野庁や県の森林関係、森林組合の方々が、シカ、サル、イノシシなど、野生動物の棲みかを木材生産のために破壊しています。

棲みかを奪われたシカやサル、イノシシたちは、里山へ降りてきて、その降りてきたシカ、サル、イノシシたちを国や県の皆さんの税金で殺しています。

国民の大多数は実情がわからぬままに、農林業被害が出るなら仕方がないと思っておられると思いますが、野生動物には何の罪もありません。
*事実をここで明らかにします。

農林業被害は、林業関係者の奥山での林業暴走が原因です。

皆さんの血税を使って森林破壊を繰り返し、野生の命を無駄に殺し続ける公務員の横暴を一刻も早くやめさせましょう。森林環境税も森林破壊やシカ殺しに使われています。真実を知ってください。】

私のように、「ん?どういうことだ?」と思われたかたは、ぜひ、平野さんの本をお読みください。
『日本政府の森林偽装』 中央公論事業出版 税別1300円です。


講演会では、実生の木と挿し木の根の違いを見せてもらいました。

実生の木の根は、下のほうへしっかりと伸びています。一方、挿し木の根は、ひょろひょろと細いものが、横にだけ少し伸びています。このような木は、大きくなっても根が下にしっかりはっていないので、倒れやすく、土砂崩れの原因になり、また、水源涵養の役目も果たせません。

そういえば、当地でも、おととしの台風のとき、あっという間に大水がでて、あちこちで土砂崩れが起きました。古くから住んでおられるかたも、「こんなことは今までなかった」と言っていました。


自然林を伐採して、スギ、ヒノキばかりを植えて、花粉症を引き起こすわ、土砂崩れは起きるわ、野生動物はすめなくなるわの状態にした、その責任は誰もとらず、今なお、国有林を破壊しつづけている林野庁と政府の無策ぶりに、腹が立ちます。

結局、政治家さんたちは、地球のことも、国民のことも、実は、全然考えていないんじゃないかとさえ思えてきます。自分たちがお金儲けをしたいために、利権がからんだ、よけいな仕事をつくりだしているだけ。


平野さんが森林保護を始めた21年前、熊本市の九州営林局へ足を運び、そこの課長さんと話しをしたときのこと、課長さんは、こんなことを言ったそうです。

「広葉樹を皆伐して、スギ、ヒノキの苗を植えることはよくないことだとわかっています。しかし、他の仕事がないから、労働者(職員)に仕事を与えるために仕方なしにやっています」


私はこの日、行きたかったきのくにのシンポジウムを諦めて、こちらの講演会に参加しました。でも、二つはつながっていたことに気がつきました。

私が自由教育をもっともっと広めたいと思っているのは、子どもたちが自立して、自分の頭で考えられる人間育ってほしいと思うからです。

今、政治の世界を牛耳っている人たちのような、自分のことしか考えない人間にはなってほしくないと思っているからです。

こういう(営林局の課長さんのような)志のない人間にはなってほしくないと思っているからです。


今日、数人の中学三年生が診療にきましたが、「これから塾に行く」とか「受験なので2月末まで来れない」という話しがちらほらでてきました。

私も自分の受験時代を思い出し、「ああ、あの頃は、受験のことで頭がいっぱいだったなあ」と思い出しました。


でも、それじゃあダメなんだと思う。いくつであれ、その年齢に応じて、新聞を読んだり、本を読んだり、映画を見たり、音楽を聞いたり、おもい存分遊んだりして、社会や人と関わり、自分の意見を持つことが大切です。

そうでないと、バカな政治家みたいになって、しかも、そういう人たちの言うことを、何の疑いも持たずに受け入れてしまうようになる。そういう人ばかりになったら、利益を得たい、一部の人の笛に踊らされて、あっという間に戦争にも巻き込まれてしまうでしょう。


きのくにの教育を広めることは、絶対に大切なことなんだ、と、強く思いました。


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2008年12月 7日 (日)

たき火

櫟の木があって、落ち葉がすごいので、落ち葉を掃いてたき火をしました。ちゃっかり、銀紙に包んだサツマイモもいれて・・・。

でも、昨日の雪で葉っぱが湿っていて、なかなかよく燃えてくれない。

何度もマッチをすって、頑張っているところに、バイトから帰ったFが、「おっ、燃やしてるん」、とうれしそうによってきました。

「血が騒ぐな」とか言って、落ち葉を集めたり、部屋から紙をもってきたり、フーフーと、息を吹きかけたりして、よく燃えるようにせっせと働きます。

ちりちり赤く燃える火をしばらく眺めてから、犬の散歩に行きました。


さて、残った私は、まだまだ大量の落ち葉を、じっくり燃やし続けました。

これがなかなか楽しい。たき火を見ているのって、なぜだか妙に落ち着きます。

考え事をしたり、なにも考えずに、ただ、ぼんやり、だったり。


Fが犬の散歩から帰ったころには、お芋もほくほくに焼けていて、サイコー!電気を使ってない、っていうのが、妙にうれしい。


今の小中高生で、たき火の経験のある子って、何割くらいいるのかな。

たき火をしても「学力」つかないかもしれないけれど、こういう、一見無駄なことをする時間が、人の心には大切なんじゃないかな、と思う。


キャンプファイヤーって、すごく意味があることなんだな、ということが、わかった気がする。

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自分を好きになれたら

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雨宮処凛さんの、『生き地獄天国』という本を読みました。

雨宮さんを知ったのは、ここ一年くらい。新聞、雑誌でよく見るようになりました。いじめの問題やワーキングプアの問題について意見を述べておられて、共感する部分が多かったので、著書を読んでみたいと思っていました。

右翼団体に入っていた、という経歴にも興味がありました。

本の背表紙に書いてある、簡単な解説はこちら↓です。

【現在、フリーター等プレカリアート(不安定層)問題について運動、執筆し、注目される著者の自伝。息苦しい世の中で死なないために。激しいイジメ体験→ビジュアル系バンド追っかけ→自殺未遂→新右翼団体加入→愛国パンクバンド結成→北朝鮮、イラクへ→右翼をやめるまで。文庫化にあたらい、その後現在に至るまでを加筆。】


ちょっと引いてしまうような経歴ですが、読んで見ると、雨宮さんがその都度真剣に、必死で行きてきたことがわかります。


【追っかけを始めてから、もう一年が経っていた。私はもう、立派な追っかけ少女だった。メンバーの泊まっているホテルならすぐ見つけられたし、家出しても、泊まる先には不自由しないほどたくさんの友達がいた。カツアゲもできるようになってたし、万引きなんて、プロ級だ。一年前の、ただのイジメられっ子だった私から、今の私を誰が想像できただろう?

でも、実のところ、私は少しも楽しくなかった。
その日も、家には一週間くらい帰ってなかった。
「こんなことしてていいのかなあ・・・」
同じく一週間家に帰っていないマキが、私の隣で呟いた。

聞きたくない言葉だった。お願いだから、そんなこと言わないで。バンドの話ばかりしていて。
そう思っても、その疑問はもう、私たちの間ですら誤摩化すことはできなくなっていた。】


雨宮さんの両親は、娘がイジメで苦しんでいたときも、何も気づこうとせず、勉強のことしか言わなかったそうです。

母親に暴力を振るったり、手首を切ったりするようになっていたある日、・・・

【小学生の弟を人質にとって、私は、自分の部屋に立てこもっていた。
弟は、いつも私のことを怯えた目で見る。その目が堪えられなかったから。
母の前で、弟に包丁を突きつけた。弟は泣かなかった。母は取り乱して、何でも言うことを聞くと言った。

私は何も言えなくなった。
自分が何をどうしたいのか、それさえも全然わからないから。
ただ、母に守られている弟が、死ぬほど羨ましかった。私はもしかしたら、そんなふうに、誰かに無条件に抱き締められたいだけなのかもしれない。

私は泣いた。弟を抱き締めて泣いた。ただもうこれ以上、自分を嫌いになりたくない。もうこれ以上、家族にも嫌われたくない。なのに、何て逆のことばっかりしちゃうんだろう?】


この後、雨宮さんとお母さんは東京へカウンセリングを受けに行くのですが、途中で雨宮さんは逃げてしまい、結局お母さん一人でカウンセリングを受けることになります。

このあたりは、「どうなっちゃうんだろう」とハラハラしながら読みました。

ココまでで、まだ全体の、ほんの六分の一くらいです。が、その後も、一気に読めちゃいます。


私は、白状しますが、とても許容範囲の狭い人間です。

ゴスロリファッションとか、大嫌いですし、子どもを自分の都合で叱りつけている親を見ると、ムカムカしますし、真っ黒で大きな車に乗って、大声で自分の主義をがなりたてている人たちが、理解できません。私とは接点のない人たち、と思っていました。


でも、雨宮さんの本を読んで、みんな、迷いながら、苦しみながら、一生懸命生きているのかも、と思ったら、ちょっと、心の垣根が低くなりました。


【泣きながら、何もかも笑い飛ばせる気がした。ずっとこんなふうじゃなきゃ生きられない自分がイヤでたまらなかった。でも、こうやってジタバタしていれば、何か見えてくるみたいだ。

私はこのままでいいんだ。
 ー略ー
そして私は、生まれて初めて自分を好きだとちょっとだけ思った。】


やっぱり、「自分を好き」と思えることが、なにより力になるんですね。

だから、人の自尊感情をずたずたにするイジメは絶対にしてはいけないことだし、親が子どもを丸ごと受け止めて愛してあげることが、なにより大切だと、最後はそこに行き着くと思うのです。


よい本です、と、私は思います。

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