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2008年9月11日 (木)

その3

6月19日の記事『しつけと体罰』↓へのコメントから、二つアップ致します。

http://kinokuni-daisuki.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/post_2200.html#comments


○むさしさんのコメント

mamiさんに、共感しつつも、「体罰絶対反対」と声高に言えないのは、自分の子育てを振り返って、実は、手も出したし、怒鳴ったり、脅すような言葉の暴力も日常茶飯事だったからです(きのくにに出会うずっと前のこと)。
そして、今そのことを振り返り、「あんな方法でなくとも、もっとやりようがあったのでは・・・」と後悔しています。

手が出たり、怒鳴る時、「この子がきちんと成長するために、心を鬼にしてあえてそうしている」とか「しつけのためにはこのくらいの体罰が適当な度合いだ」とか、そんな冷静に分析して、自律的に出来るものでしょうか。

たいていの場合、「人に見られてどう言われるか」みたいな思いや、自分のペースが乱されることへのイライラが、引き金ですから、自分の側の要因でエスカレートしがちです。

体罰を、しつけの方法として、適度に使いこなすような上級テクニックは、私には無理。コントロールできない手法は使うべきでなかった。一生懸命、育ててきたけど、結果的に子どもをとても傷つけてきてしまったかも知れない・・・そんな気持ちです。
  
 中略

それと、書いてきたことと相反するかもしれませんが、人間ですから、子どものことを深く思ってる親御さんが、つい手が出ることがあって、それを気にしすぎて自分を責めてしまって悩んでいるとしたら「大丈夫、そんなに気にしないで」と言ってあげたい思いもあります。


○くるくるさんのコメント

毎日の生活で、特に意志の疎通がままならない頃の子どもと暮らしていれば いろいろな場面で、選択→即決断の連続です。理屈より咄嗟に手がでたり、無理やり大人の判断に従わせてしまう事もあるかと思います。

けれど・・今私は大好きな伯父と別れ、動揺し乱暴な言い方だったり相手を尊重することが疎かになっています。これは私の心の状態が招いた事です・・我が子は許してくれますが、それは子どもにとって必要な存在だから。世界で一番大好きと言ってくれるからと甘えてはいけない。私の主張に従わせられたとしても、傷ついた目を見て自己嫌悪です。正論を言ったとしても心に残る効果はゼロに限りなく近く、怖いだけですね。

やっぱり心の余裕は たいせつ、そして どうしても避けられない状況や押さえきれない感情があるのも現実。

むさしさんのお話の中の
>コントロールできない手法は使うべきでなかった。
この言葉は、とても響きました。

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