« その3 | トップページ | 兄弟でなごやかに »

2008年9月12日 (金)

その4

過去のコメント掘り起こしも、今回で一区切りです。

ここで取りあげさせていただいたみなさま、ありがとうございました。また、いつも読んでくださるかた、コメントしてくださるかた、ほんとうにありがとうございます。

私も改めて読み返しながら、あのコメントのように考える大人が増えてくれば、たくさんの子どもたちが、もっと幸せになるのになあ、と思いました。


では、最後は、
○通りすがりのおやじさん、さんのコメントです


子ども    ドロシー・ロー・ホルト 作


 批判ばかりされた子どもは 非難することをおぼえる

 殴られて大きくなった子どもは 力にたよることをおぼえる

 笑いものにされた子どもは ものを言わずにいることをおぼえる

 皮肉にさらされた子どもは 鈍い良心のもちぬしとなる

 しかし、激励をうけた子どもは 自信をおぼえる

 寛容にであった子どもは 忍耐をおぼえる

 賞賛をうけた子どもは 評価することをおぼえる

 フェアプレーを経験した子どもは 公正をおぼえる

 友情を知る子どもは 親切をおぼえる

 安心を経験した子どもは 信頼をおぼえる

 可愛がられ 抱きしめられた子どもは

世界中の愛情を感じとることをおぼえる


スゥエーデンの教科書に載っている詩です、いい詩ですよね。

はじめましてmamiさん、時々訪問させていただいております。
スゥエーデンをはじめヨーロッパの多くの国では、親でも体罰(暴力)が禁止(法律で)されています。

だからと言って決して甘やかされてるのではありませんし、ちゃんと立派な社会人になっています。
スゥエーデンでは、日本のように型にはめ「教える」教育はせず、子どもが自由に伸びるにまかせ、大人は子どもが伸びられるような環境を整える役割を担っています。

授業もみんなで議論をしてすすめる、自分で考えることを重視する教育です。

私も、自分ではあまり憶えていないのですが、子どもをたたいてしかったことがあります。
最近、20歳になる子どもがその時のことを憶えていて、「なぜ、怒られているのかわからず、ただ怖かっただけ」だったと言っていました。

その時の自分自身の心理状態を今考えてみると、自分の言う事を聞かない(自分の思い通りにならない)ことに対する怒りを子どもにあたっていただけだったように思います。

子どもに特定の基準を「良いもの」として押し付け、その基準からはずれると「悪いもの」と、子どもの個性を見ることなく「自分の子どもはこうあってほしい」という思いが勝手に親の愛情と思いこんでいたように思います。

最近、日本の教育が子どもの個性を押さえ込み、子どもが自由に考えたり、話し合ったり、協力しあったりすることがやりにくい方向に進んでいることに不安を感じます。
 
きのくにでは、校則などいろんなことを大人と子ども全員の話し合いで決めると聞きました。
いじめの問題も子どもたちが話し合いで解決しているところをテレビで見たことがあります。

きのくにのような学校がもっとたくさんできるといいですね。応援しています。

|

« その3 | トップページ | 兄弟でなごやかに »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/175659/42453458

この記事へのトラックバック一覧です: その4:

« その3 | トップページ | 兄弟でなごやかに »