« サマースクールのこと | トップページ | どうして本音が言えないの? »

2008年8月12日 (火)

自由と共同生活

【「自由ってなに?」っていうことは、本当に難しいですよね。でも、それがきのくにで一番大切な点のうちの一つだと思います。】


↑ 『サマースクールのこと』へのコメントの中で、さんちゃんさんが、書いてくださいました。

それを読んで、私も、いろいろなことを思い出しながら、きのくにの良さは「自由」が正しく認められ、行使されうるところだなあ、と感じました。


そして、きのくにの保護者でも、もし、なにか学園なり、大人に不満を持つようなことがあったとしても、「自由ってなに?」っていうところがしっかりとおなかの底に落ちていれば、自然と解決する、というか、たいした問題ではなかったことに気がつく場合が多いような気がします。


『自由学校の設計』から、一部抜粋致します。(p.189〜190)(パソコン上で読みやすいように、段落を多めに開けています。)


【(5)自由と共同生活

きのくにでは、できるだけ自分のことは自分で、自分たちのことは自分たちで決める、というのが基本原則だ。この方針に従って、食事はバイキング方式である。食事はしつけの場ではない。楽しみと社交の場である。

偏食をする子があっても、すべての料理を食べるように強制したりしない。好きなだけ取って、好きなテーブルで、好きな人とたっぷり時間をかけて食べる。もちろんお替わりタイムを破ったり、暴れたりはできない。

寮でしばしば問題になるのは就寝時間である。ベッドタイムは自由ではない。いちばん年少の子は9時、小学校高学年は10時、中学校は11時に決まっている。消灯はそれぞれ30分後だ。

もちろん眠れなくておしゃべりしたり、ごそごそ音を立てる子もある。私たちは「成長に悪いから早く寝るように」とか、「次の日に疲れるから睡眠時間を十分に」とはいわない。

こういう理由も根拠はあるだろう。しかし成長が妨げられたり疲れたりしても、それは厳密にはその個人の問題だ。

ところが他人の眠りを妨げるのは迷惑行為である。そのうえ寮母さんの「安心して自室にもどる権利」を奪うのもよくない。労働基準法に従えば、寮母は「断続勤務」といって、夜間は勤務を解かれるのだ。もし夜中に迷惑をかける子のために特別に寮母を雇うとすれば、寮費は一人当たり月に一万円くらい高くなってしまう。

こういう話しをすると、不服そうな顔をする者もあるが、反論はできない。私は時おり、夜遅くにこっそりと寮へ出かけるが、今のところ深夜に動いている子はほどんどいない。 ー後略ー】


後半略した部分も、是非続けてお読みください。


このブログを読んでくださっているかたの中には、現在、きのくに、かつやまへの入学を検討されているかたもいらっしゃると思います。そのかたへお勧めですが、どうぞ、折に触れて堀さんの本、ニイルの本を、すみずみまで読んでみてください。

見落としていたこともあるでしょうし、自分自身の心が解放されるような文章にも出会うでしょう。


私、自称きのくにオタクですが、『自由学校の設計』も、付箋だらけ、マーカーだらけにして、何度も何度も読みました。で、思うんですが、本からは理念を学び、息子たちの様子からは、その理念が間違っていないことを確信し、という繰り返しで、今日まできたような気がするのです。それはそれは楽しい日々でした。(現在も進行中ですが。)


さて、次には、息子のFが中学三年生のときの文章を紹介します。(前にも載せたこと、あったかな?)


わらじ組、という、子どもたちが何をするか決めていくプロジェクトで、7週間イギリスに滞在しました。そのときのことをまとめた『まじめで愉快なイギリス本』という中からの抜粋です。


*文章中にでてくる、「ファミリーシッティング」というのは、食事のとき、小学生から中学生までがそろうようにグループに別れ、大きい子はお父さんお母さんのような立場で、家族のように食事をする、というものです。


【Killyにくると決まってするのが、ファミリーシッティング。もちろんミーティングで決めたんだけど。ファミリーシッティングもとても楽しかった。本当に家族みたいだった。

いや、それよりも工務店の子はしっかりしていて、朝ご飯のときいつもわらじの男子がおくれるんだけど、起こしに来てくれたり、自分のテーブルについてみると、ちゃんとお皿にご飯をつぎわけてくれていた。その光景を見て俺はとても感動した。

でも一つ嫌なことがあって、それは強制的にご飯を食べさせること。「絶対残すな」とまではいかないけど、「これだけは食べて」とか「これを食べるんならこっちも食べて」とか言う声が他のグループから聞こえてきた。

俺は小さい子の立場になって考えてみたけど、もちろん嫌いなものを食べるの嫌だし、食べたからといって好きになるわけでもないし、無理やり食べさせる必要はないと思ったから、自分のチームでは食べれない物は取らないようにした。

でも小さい子は大きい人には逆らえないから、どうしても食べれないものがあったら、人に見られないように地面に捨てたり、トイレに捨てたり、外に捨てにいったりしてしまう。

自分のチームにもどこかに捨てに行ってしまう子がいた。最初は何でだろうって思ったけど、やっぱりこれは食べれないって言えなかったんだと思う。

ファミリーシッティングでこういう上下関係が生まれるんだったら俺はしないほうがいいかなと、深く思った。】


「これだけは食べて」「これを食べるんならこっちも食べて」・・・多分、家で親から言われているのでしょう。


それにしても、この文章を読んだとき、Fがこんなことを考えているんだなあ、共同生活って、こういうふうに人を育てていくんだなあ、と、大変感動しました。


きのくには、悩んだり、自分を振り返ったり、心から笑ったりして、そうして、やさしくてたくましい子どもたちが育つところなんだろうな、と思います。

|

« サマースクールのこと | トップページ | どうして本音が言えないの? »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/175659/42146524

この記事へのトラックバック一覧です: 自由と共同生活:

« サマースクールのこと | トップページ | どうして本音が言えないの? »