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2008年8月16日 (土)

どうして本音が言えないの?

7月19日の『道徳の時間ですよ!』にも少し書きましたが、大分県教員採用&教員昇進試験贈賄事件の話題です。こちらは地元なので新聞でも連日大きく取りあげられているけれど、関西、関東では、どの程度の記事になっているでしょう。


昇進試験贈賄事件では、三人の校長、教頭が良心の呵責に耐えかねて、自ら警察に出向きました。そのうちの一人のかたが、朝日新聞の取材を受けて語ったことが記事にでていました。


話しをしたのは贈賄で書類送検された小学校教頭。4年連続で教頭試験に不合格。合格者との答え合わせでは自分のほうが高得点だったこともあった。そのうち「コネのない人間がまともにやっていてもだめなんじゃないか」と思うようになり、そんなとき、知り合いに口利きを示唆され、50万円の商品券を渡してしまう。以下、記事の抜粋です。


【教員採用を巡る汚職事件が明るみにでた今年6月、事件を説明する全校集会の司会を任された。「たまらなく憂うつだった」。教員向けの研修もした。「偉そうに説明しながら、自分が不正を隠していることが耐えられなかった。と振り返る。

「ばれるのでは」。眠れない日々が続いた。良心の呵責に耐えきれずに7月8日、佐伯署に出向いた。

「先生は誘惑に負けた悪い人間です」。

前日、児童らへの書き置きを職員室の机に残していた。その後は年休を取り続けている。児童や保護者に経緯を説明してあやまりたいが、「混乱が起きる」と周囲に止められているという。

一方でこう話した。「正当化する気はないが、私たちのケースは氷山の一角。県教育界全体の体質を改めなければ、同じことが繰り返される」】


「混乱が起きる」として、本人の謝罪を止めている「周囲」って誰なんでしょう?

どんな「混乱」が起きるんでしょうか?


こんなことばっかりしてるから、いつまでたっても隠蔽体質は変わらないんですね。

このかたが児童に宛てた手紙も読まれないまま、何の説明もされないまま、なのだそうです。


私がこの学校の生徒だっとして、教頭先生がみんなの前で涙を流して自分のしたことを話し、謝ったら、多分そのことはずっと忘れられないだろうし、小学生ながらに、社会のことや、どんな人間になりたいか、自分だったらどうするか、など、いろいろ考えると思います。


もし、きのくにの大人が、何か、罪になるようなことをしたとしたら、絶対学校からきちんとした説明があると思います。

夜更かし会での会話からも、「そこまで話してくれるんですか〜?」と思うことが多々あり、本音での会話がとても気持ちよいです。


冒頭の教頭さんがいた学校、どうしてホントのことを述べてはいけなのでしょう。


私も自分のブログでぼやいていないで、教育委員会に電話でもして、意見を述べるべきなのだろうか、と考えています。


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