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2008年7月28日 (月)

ゆふいん音楽祭

みなさま、お久しぶりです。

7月24日から27日まで、ゆふいん音楽祭がひらかれました。(プログラムはこちら↓)

http://www.coara.or.jp/~mieko/ymfj.htm

このブログには、順次、そのときの写真などがアップされると思います。


24日の夜は、前夜祭といって、出演者のご紹介をかねて、無料のコンサートが開かれました。その、前夜祭に、Fが出させていただけることになり、それを見るために、音楽祭期間中、東京の義母が我が家にステイ。

5日間も一緒に過ごすなんて、初めてのことなので、それなりに緊張しつつ、昼夜のコンサートにでかけ、合間に食事つくって、仕事もありで、めくるめく(?)夏の日々。はふ〜。


で、その前夜祭、F以外は、すべてばりばりのプロの音楽家のかたばかりですので、同じ舞台に上がらせていただけるだけでも、ほんとうにありがたいことです。ひとえに小林道夫先生の、「若者を育てたい」という優しいお心のおかげだと思います。

本人も、演奏後、たくさんの課題を自覚したようです。


このときの様子が、下記の、音楽ジャーナリストの渡辺和氏が書かれているブログに出ています。↓


http://yakupen.blog.so-net.ne.jp/2008-07-24#comments


*着ているのは、「音楽祭Tシャツ」で、毎年新しいデザインでつくられ、期間中スタッフはこれを着用します。また、前夜祭のみ、出演者も、このTシャツを着て演奏します。


この記事の前後にも、たくさんゆふいん音楽祭についてのレポートが書かれていますので、ご興味のあるかたは、どうぞご覧ください。音楽に関するお話が、とてもすばらしいです。


Fは、不本意な演奏だったらしく、ショックを受けていましたが、音楽祭期間中に、しっかりそのことに向き合い、最終日には、自ら渡辺氏のところへ歩み寄り、「僕に、なにかアドバイスがあれば、お願いします」と尋ねたそうです。そこで、ビシッと、的確なアドバイスをいただけたそうで、今後の、大きな糧になることでしょう。


逃げない姿勢が強いな、と思います。


sunみなさま、来年の夏は、ゆふいん音楽祭を堪能する、湯布院ツアーなどいかがでしょうか〜?

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2008年7月20日 (日)

確かな成長

今日はNが名古屋へ向かうため、大分空港まで送ってきました。18時50分の便。


28日から山梨県の富士吉田で、バスケットボールの大会があり、その前に愛知県在住のメンバー宅にお世話になり、合宿するのです。


搭乗口で手荷物検査を終え、Nは私のほうを振り返って、手をふってくれた。

鼻の奥がツ〜ンとしちゃった。


だって、小学二年生からきのくに子どもの村学園に転入し、寮生活を送ってきたN。

最初の数年は、搭乗口につくと、それからいっさい私のほうは振り返らなかった。たぶん、振り返ったら寂しくなるから。

小学校高学年になっても相変わらず。
その頃には、多分、寂しくなる、というより、親のほうへ手をふる、というのが、ちょっと、恥ずかしかったのかな、と思う。


そして今、16才。すてきな微笑みをたたえて、私のほうへ手をふってくれる。

それはたぶん、いつまでも背中を見つめているであろう母親に対する思いやりの気持ち。


だから、鼻の奥がツ〜ン。


今日は朝から夫もFも不在のため、Nと二人。これから二週間留守にするNのために、いろいろ食べさせようと料理張り切る。

でも、あわてて、かたまりのベーコンを切るとき、手が滑って指先をザクッと切ってしまった。

あ”〜と、声を上げる私に、急いで駆け寄ってきて、指先の肉がペロンと切れてるのを見ると、

「絶対病院行ったほうがいいよ」と言ってくれる。


でも、肉が落ちちゃってるわけではないので、押さえてれば大丈夫。さすがに、昼食づくりはNにバトンタッチ。


食べながらも心配してくれるN。

「その指で、運転(空港まで)大丈夫?帰ったら安静にしてなよ。温泉はやめて、うちのシャワーにしたら?濡らさないほうがいいよ。」と、やさしい言葉。


指は痛いけど、息子の優しさに心は熱く。


きのくにに出会う前の、息子を支配したがる私だったら、こんな穏やかな関係は築けていなかっただろうな。

息子のため、を錦の美旗にして、あれやこれやと口を出している私だったら、息子は母を振り返ることをしなかっただろうな。


きのくにに出会ってからの9年で、息子も私も、確かな成長をしてきているんだろうな。


私たちにとって、必要だった、離れている時間。

最初は、どうしてこんないい学校が、和歌山にしかないんだ〜!遠すぎる〜、と思ったけど、私たちにとっては、あのとき、きのくにに転入して、それぞれが自分のことを見つめ直す、そんな時間が必要だったんだ、と思える。


神様は、よいタイミングで出会いをくれる、と思う。それをつかむか逃がすかは、自分次第。


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2008年7月19日 (土)

道徳の時間ですよ!?

このところ毎日のように、大分県教員汚職の記事がでています。

これに関する談話で、

「一番の被害者は子どもたち。いったいどう説明すればよいのか・・・」という現場の声が載っていました。


一番の被害者は、合格点だったのに落とされた受験者だと思いますが、それはさておき、

「どう説明すればよいのか・・・」

って、その通り説明すればいいんじゃないんでしょうか?子どもをバカにするのもほどがある!(と、ちょっと怒っています。)


『心のノート』を使って、建前ときれいごとだらけの道徳の授業をするくらいなら、事件の経緯を、詳しく説明したらいいじゃないですか。


「自分の子どもをどうしても教師にならせたくて、有力者に頼み込んで、お金を払った人と、その人の言うことを聞いて、点数が足りないのに合格させた人がいて、そういう人が逮捕されました。みなさんはどう思いますか?私は、こういうずるいことをするのは、とても恥ずかしいことだと思います。」


と、そのままを伝えることに、何を躊躇する必要があるのか、私には理解できません。


「道徳」を授業で教えるということに、私は賛成できませんが、でも、どうしてもしたいなら、今回の事件こそ、絶好の、「道徳」の題材になると思うんですが・・・。


こういうことを子どもには隠しておいて、

【むねを はって いこう。 いちばん すてきな あなたで いよう。 せなかを ぴんと のばして すすんで いこう。 もっと すてきな あなたを みつけよう】 (心のノートより)

こんな文章読ませるのですか?

こんな建前教育で育てられる子どもたちが、気の毒です。

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2008年7月17日 (木)

あと何回・・・

基本的に毎日の食事は手作りで、身体に良いものを、と心がけて作っています。(冷凍食品や売ってるお総菜を使わない、という意味で、決して豪勢な食卓ではありません。)

でも、おやつまでは手が回らず、買ってきたものですませてしまうのが常です。

が、

最近、

できるだけ、手作りおやつをつくろう!!と思い立ちました。

といっても、クレープもどきとか、ジャガイモ団子とか、簡単なものばかりです。ケーキ焼くとかは、ちょっと無理なんですが。


それでも、FとNが、「ウマいなあ」と言って食べてくれるのを見ると、幸せ!

心の中で、「お母さんが死んだ後、“そういえば、おふくろのつくってくれたクレープもどき、うまかったよな”なんて思い出してね」とつぶやきつつ、二人の顔を見つめてしまいます。


普段は寮生活のNと、このところ、どんどん忙しくなって、ひと月の3分の1は福岡泊まりのF。家族四人で食卓を囲めるのも、あと何回なのかなあ、と思うと、毎回、「ありがたや〜」という気持ちになります。


この間は、Nが「グラタンつくるの覚えたいけん、つくるときは言ってな」と言うので、一緒につくりました。

でも、すべてアバウトな私のこと、おいしい玉ねぎとジャガイモとカボチャがあったので、マカロニは抜きにしてつくることにしました。

玉ねぎ炒めて、小麦粉もいためて・・・。

Nに、「シチューと同じでいいんか」と言われてしまった!

お塩を入れすぎてしょっぱくなったので、お水(牛乳がもうなかった)を入れたら、「そういうときは、水でうすめるんか」と言われてしまった!


おまけに、ほぼ出来上がったとき、Nが、「オレ、これ一人で食えるわ」と言うので、急遽マカロニをゆではじめて量増やし作戦をする始末。


「Nくん、うちの料理って、きっと正式じゃないからね。私、いつも適当につくっちゃってるから。でも、料理って、そんなんでいいんだと思うよ。楽しく、気楽に〜」と、苦しい言い訳。


でも、ほんと、これが我が家の味だからね。

いつまでも、覚えていてね。

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2008年7月13日 (日)

今日のできごと

現在Nは夏休みで在宅ですが、7月26日から31日まで、山梨で、全国高専バスケットボール大会があり、それに参加します。

きの高のチームメンバーはあちこちに散らばっているので、直前の練習をするために、20日にはうちをでて、愛知県のチームメイトの家で合宿。(お世話になります!)


この大会参加が決まったとき、Nはきのくにから電話してきて、「参加してもいいなあ?参加費用とか、ユニフォーム代とかは自分でだすから、うちから往復の交通費をだしてもらいたいんだけど」と相談がありました。

要するに、大分から大阪までの航空運賃+αですから、スカイメイト(学生割引)が使えたとしても、バスや電車代もいれると3〜4万円はかかるでしょう。

う〜ん、痛い出費ですが、二ヶ月もうちにいてだらだら過ごすより、仲間たちと好きなことに取り組むのもよいことなので、「行ってきていいよ」と返事しました。それに、普段うちにいないことのほうが多いので、アルバイトはしにくいため、「全部自分でだしなさい」というのも酷な気がして、交通費負担の条件も承諾しました。


Fがバイトしているピザやさんでは、Nがいるときとお店が忙しいときが合えば、つかってくれます。5月の連休のときも、二日間だけさせてもらい、ホクホクしていました。


今回はまだお呼びがかからなかったのですが、今日、「19日からの連休三日間、バイトできない?」と声がかかりました。

私は、「よかった〜、ちょっとでもバイトしてくれたら、自分でだしてもらえるから、助かるな」と思ったのですが、19日は練習のために地元のB&G体育館を借りる申し込みをしてしまった、ということで、また、当初21日の出発の予定が、練習試合の都合で20日出発になってしまった、ということで、結局バイトはお断りすることになりました。


ここで、私の心の声。

angryもう〜、ムカつく〜。
angry親にお金出してもらえるから、平気でバイト断れるんでしょ。
angryこんなことなら、交通費出すなんて、言わなきゃよかった。そうすれば、もっと必死でバイトしたのに。


数分ムカついた後で、さて、どうする、と、考えました。

thinkNには、うちの経済状況とか、これからさき、どれだけお金がかかるか、話しておいたほうがいいよな〜。でも、お父さん(夫)は、あまりけちけちしたこと言うのは嫌いだし、できることはしてあげよう、っていう考えだから、両親が違う考えっていうのも、子どもにはどうなんだろう・・・。それに、Nのすることを、ダメっていうみたいに受け取られて、ふてくされちゃったら困るなあ・・・。


少し落ち着いてから、夕食のときに、話しを切り出しました。


私:バイトのことだけど、大会から帰ってきたら、できるだけやってね。そしたら家計も助かるから。Nくんは、うちがきのくにのお金やら、今度の交通費とか、楽々出してるように思うかもしれないけど、まあ、そんな、ぎりぎりってわけじゃないけど、やっぱり、これから先のこと考えたら、決して有り余ってるわけじゃないからね。

 それと、きのくに行って、高専行って、っていうの、みんながみんなできることじゃないからね。当たり前のことじゃないからね。それだけわかっててほしいの。


N:(穏やかに)うん、わかってるよ。


私:ならいいんだけど。知ってると思うけど、お父さんのうちは、すご〜く節約するほうだったから、お父さんは経済観念しっかりしてるけど、使うべきときに使えないのがイヤだったみたい。だから、子どもには出せるときは出してあげる、っていう考えなの。だけど、お母さんのうちは、お金ないくせに、ばんばん使っちゃうでしょ。その経済観念、お母さん受け継いでるから、それが、あなたにも受け継がれないか、心配なの。


N:(苦笑しつつ)大丈夫。


私:それでさあ、19日は、体育館はキャンセルして、バイトしたら?

N:それは無理やって。練習もせんと大会に出てもな。オレらも真剣なんや。学校にも、大会費用、○万円くらい出してもらってるんやから、全然だめでした、っていうわけにはいかんのや。


この、最後の言葉を聞いて、ああ、落ち着いて話しをしてよかったな、と思いました。


私、Nがバスケの大会に、そんなに真剣な気持ちで取り組んでるなんて、知らなかったんです。

たしかに、よく練習してるし、学校でのチームのことも話してくれてたけど、学校に費用を出してもらってることまで心に留めているなんて、知らなかったんです。


ムカついたままにしなくてよかった。
ムカついた気持ちを、感情のままにぶつけなくてよかった。


私、自分の経済観念、家計計画に、とても自信がないものだから、いろいろ迷い、悩みます。

これからも、またいろいろあるだろうけれど、素直に思いを伝えてみればいいんだな〜、と、なにか、ほっとした、今日のできごとでした。

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2008年7月11日 (金)

子どもの頃のこと

みなさんは、子どもの頃の記憶って、いくつくらいからありますか?

私は、ものすご〜く断片的ですが、3、4才頃の記憶があります。

当時は北海道に住んでいて、「リュウ」という名前の犬を飼っていたのですが、そのリュウが引いてくれる犬ぞりに乗って遊んでいて、雪の中に転がった、その瞬間のことだけを覚えています。


幼稚園に入る頃になると、誰しもいろんなことを覚えているでしょう。

私もいろいろ思い出しますし、我ながら、「小さいのに、けっこうあれこれ考え、悩んでたものだなあ」と思うことがあります。


あるとき、母親に叱られて、泣きながら歩いていたのですが、しばらくすると、怒りや悲しい気持ちも薄れてきました。

「もう泣き止もうかな」と思いながらも、すんなり泣き止むのもくやしいような、恥ずかしいような気がして、「どのタイミングで泣き止もうか」、と考えていたことを、妙にはっきりと覚えています。


あと、幼稚園バスでのこと。

「一番前に座りたいな」と思っていたのに、自分が乗るときにはいつもすでに誰かが座っている。でも、その日は、普段一番前に座る子がお休みだったのか、空いていました。うれしくって、ちょっとどきどきしながらその席に座ったら、「あいつ一番前に座ってる〜」と、揶揄するような声が・・・。

それから幼稚園に着くまでの、つらかったこと。大人になってから思い出せば、そんなの気にしなきゃいいのに、と思うけど、子どものころって、なぜか、何でも深刻なんですよね。


こういう深刻さとはちょっと違うのですが、FとNの、とってもかわいい思い出、最近、こんな話しを聞きました。


うちにはディズニー映画のビデオが何本かあるのですが、その中の「ピノキオ」の話しになりました。

F:「久しぶりに見てみたいな〜。でも、あれ、子どもがロバになるところ、ちっちゃい頃は恐かったよな。びっくりしたし。」

N:「うんうん、恐かった〜。あんなんなるんかと思ったらな、悪いことせんようにしよう、って思ったな。」


アハハ〜、かわいい〜。
子どもたちがサーカス小屋みたいなところに集められて、ロバにされてしまうんですよね。耳が大きくなって、みるみるロバの顔になり、しっぽが生えて・・・。そうか〜、そんなに恐かったんだ〜。


子どもの心ってやわらか〜い。そして、いろんなこと、考えてるんですね。


Fが小学一年生のときは、すでに、うちにはテレビがなかったのですが、帰りに友達のうちで、「衝撃の映像特集」みたいな番組を見たときには、帰ってから、「恐かった〜。心が壊れそうやった」と言っていました。


子どもに何かを教えたり、わかってもらうのに、暴力や脅し、きつい叱責はいらない、としみじみ思います。だって、小さくたって、しっかりちゃんと、考えているもの。

話せばわかる。

自分が子どもだった頃のことを考えれば、誰しも、そう思うのではないでしょうか?

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2008年7月 7日 (月)

あったか〜い

梅雨あけ後、いきなりの猛暑に、このタイトル。すみません。


きのくに国際高等専修学校は7月5日から夏休みにはいり、Nが帰ってきました。それで、心があったか〜くなる話しを聞いたので、ますますHOTにお届けします。


きのくにでの中学時代、Nはバンドを組んで学内でのイベントで演奏していました。そのたびに必死で練習していたようです。

他にもいくつかバンドグループがあり、せっかくだから在学中にCDに録音しておこう、という話しがでていたそうです。結局時間がとれず、卒業することになったのですが、6月のある日曜日、あちこちにちらばったメンバーが集結し、無事、録音を終えたということです。この日のために、埼玉から来たメンバーもいます。帰りは夜行バスで帰ったとのこと。


集合場所はきのくにの録音機器のある部屋。スタッフのKTちゃんが、日曜の朝8時から夕方7時頃までつきあってくれたそうです。

毎日遅くまできのくにでお仕事しているのに、さらに日曜日まで。しかも、 KTちゃんは楽しそ〜にやってくれるんですよね。一緒に歌を歌っていらしたこともありました。(いい声でした〜!)

Fが言ったことがあります。

「KTちゃんは子どもの部分が残ってるんやな。そこがいいんや。」と。


朝から晩までの録音作業中、他のスタッフがいろいろと差し入れしてくれたそうです。

のどに効くアメや手作りシフォンケーキ。
あるスタッフは、昼食のとき、Nたちが5年生のときにプロジェクトで作った味噌をつかって、お味噌汁をつくってくれたそうです。(熟成されたお味噌、おいしかったそうです。)

別に「学校行事」というわけではなく、子どもたちがやりたい、と言ったことです。

子どもの心に応えてくれるきのくにのスタッフ。楽しんで協力してくれるスタッフ。


あ〜、いい感じだな〜。こんな雰囲気だったら、心からの「ありがとう」が言えますよね。

心がほっかり暖かくなりました。

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2008年7月 2日 (水)

セヴァン・スズキさんのスピーチ

昨年6月、地球温暖化を考えるイベントが町内でありました。

そのとき、1992年リオデジャネイロでの地球サミットで、セヴァン・スズキさん(当時12歳)がされたスピーチの様子をビデオでみました。文章では読んだことがありましたが、映像の迫力は、胸に響きます。

もう一度見たい、と思っていたら、きょう、YouTubeで見られることを発見!

このブログをご覧になっているかたなかでも、すでにご存知のかたがたくさんおられると思いますが、ご紹介します。

環境問題、いつも心の中にあるのに、あまり行動していない自分がもどかしく、自分に活をいれるためにも、このスピーチのことを忘れないでいたい、と思っているのです。(セヴァンさんは、「伝説の」なんて言ってないで、行動しなさいよ、という気持ちかもしれませんが・・・。)

このスピーチの原稿は、当日になって、急遽、話しをする時間が与えられることになったという連絡がはいり、会場に向かうタクシーの中で、必死に書いたそうです。


http://jp.youtube.com/watch?v=C2g473JWAEg


セヴァン=スズキスピーチ全文

こんにちは、セヴァン・スズキです。エコを代表してお話しします。エコというのは、子供環境運動(エンヴァイロンメンタル・チルドレンズ・オーガニゼェーション)の略です。カナダの12歳から13歳の子どもたちの集まりで、今の世界を変えるためにがんばっています。

あなたがた大人たちにも、ぜひ生き方をかえていただくようお願いするために、自分たちで費用をためて、カナダからブラジルまで1万キロの旅をして来ました。


 今日の私の話には、ウラもオモテもありません。なぜって、私が環境運動をしているのは、私自身の未来のため。自分の未来を失うことは、選挙で負けたり、株で損したりするのとはわけがちがうんですから。

 私がここに立って話をしているのは、未来に生きる子どもたちのためです。世界中の飢えに苦しむ子どもたちのためです。そして、もう行くところもなく、死に絶えようとしている無数の動物たちのためです。


 太陽のもとにでるのが、私はこわい。オゾン層に穴があいたから。呼吸をすることさえこわい。空気にどんな毒が入っているかもしれないから。父とよくバンクーバーで釣りをしたものです。数年前に、体中ガンでおかされた魚に出会うまで。そして今、動物や植物たちが毎日のように絶滅していくのを、私たちは耳にします。それらは、もう永遠にもどってはこないんです。

 私の世代には、夢があります。いつか野生の動物たちの群れや、たくさんの鳥や蝶が舞うジャングルを見ることです。でも、私の子どもたちの世代は、もうそんな夢をもつこともできなくなるのではないか?

あなたがたは、私ぐらいの年の時に、そんなことを心配したことがありますか。

 こんな大変なことが、ものすごいいきおいで起こっているのに、私たち人間ときたら、まるでまだまだ余裕があるようなのんきな顔をしています。まだ子どもの私には、この危機を救うのに何をしたらいいのかはっきりわかりません。

でも、あなたがた大人にも知ってほしいんです。あなたがたもよい解決法なんてもっていないっていうことを。オゾン層にあいた穴をどうやってふさぐのか、あなたは知らないでしょう。死んだ川にどうやってサケを呼びもどすのか、あなたは知らないでしょう。絶滅した動物をどうやって生きかえらせるのか、あなたは知らないでしょう。そして、今や砂漠となってしまった場所にどうやって森をよみがえらせるのかあなたは知らないでしょう。


 どうやって直すのかわからないものを、こわしつづけるのはもうやめてください。


 ここでは、あなたがたは政府とか企業とか団体とかの代表でしょう。あるいは、報道関係者か政治家かもしれない。でもほんとうは、あなたがたもだれかの母親であり、父親であり、姉妹であり、兄弟であり、おばであり、おじなんです。そしてあなたがたのだれもが、だれかの子どもなんです。

 私はまだ子どもですが、ここにいる私たちみんなが同じ大きな家族の一員であることを知っています。そうです50億以上の人間からなる大家族。いいえ、実は3千万種類の生物からなる大家族です。国境や各国の政府がどんなに私たちを分けへだてようとしても、このことは変えようがありません。

私は子どもですが、みんながこの大家族の一員であり、ひとつの目標に向けて心をひとつにして行動しなければならないことを知っています。私は怒っています。でも、自分を見失ってはいません。私は恐い。でも、自分の気持ちを世界中に伝えることを、私は恐れません。


 私の国でのむだ使いはたいへんなものです。買っては捨て、また買っては捨てています。それでも物を浪費しつづける北の国々は、南の国々と富を分かちあおうとはしません。物がありあまっているのに、私たちは自分の富を、そのほんの少しでも手ばなすのがこわいんです。

 カナダの私たちは十分な食物と水と住まいを持つめぐまれた生活をしています。時計、自転車、コンピューター、テレビ、私たちの持っているものを数えあげたら何日もかかることでしょう。

 2日前ここブラジルで、家のないストリートチルドレンと出会い、私たちはショックを受けました。ひとりの子どもが私たちにこう言いました。

 「ぼくが金持ちだったらなぁ。もしそうなら、家のない子すべてに、食べ物と、着る物と、薬と、住む場所と、やさしさと愛情をあげるのに。」

 家もなにもないひとりの子どもが、分かちあうことを考えているというのに、すべてを持っている私たちがこんなに欲が深いのは、いったいどうしてなんでしょう。


 これらのめぐまれない子どもたちが、私と同じぐらいの年だということが、私の頭をはなれません。どこに生れついたかによって、こんなにも人生がちがってしまう。私がリオの貧民窟に住む子どものひとりだったかもしれないんです。ソマリアの飢えた子どもだったかも、中東の戦争で犠牲になるか、インドでこじきをしてたかもしれないんです。

 もし戦争のために使われているお金をぜんぶ、貧しさと環境問題を解決するために使えばこの地球はすばらしい星になるでしょう。私はまだ子どもだけどこのことを知っています。

 学校で、いや、幼稚園でさえ、あなたがた大人は私たちに、世のなかでどうふるまうかを教えてくれます。たとえば、
 

争いをしないこと

話しあいで解決すること

他人を尊重すること

ちらかしたら自分でかたずけること

ほかの生き物をむやみに傷つけないこと

分かちあうこと

そして欲ばらないこと

 ならばなぜ、あなたがたは、私たちにするなということをしているんですか。

 なぜあなたがたがこうした会議に出席しているのか、どうか忘れないでください。そしていったい誰のためにやっているのか。それはあなたがたの子ども、つまり私たちのためです。あなたがたはこうした会議で、私たちがどんな世界に育ち生きていくのかを決めているんです。 

親たちはよく「だいじょうぶ。すべてうまくいくよ」といって子供たちをなぐさめるものです。あるいは、「できるだけのことはしてるから」とか、「この世の終わりじゃあるまいし」とか。しかし大人たちはもうこんななぐさめの言葉さえ使うことができなくなっているようです。おききしますが、私たち子どもの未来を真剣に考えたことがありますか。

 父はいつも私に不言実行、つまり、なにをいうかではなく、なにをするかでその人の値うちが決まる、といいます。しかしあなたがた大人がやっていることのせいで、私たちは泣いています。

あなたがたはいつも私たちを愛しているといいます。しかし、私はいわせてもらいたい。もしそのことばが本当なら、どうか、本当だということを行動でしめしてください。

 最後まで私の話をきいてくださってありがとうございました。
 

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