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2007年12月25日 (火)

読書は楽しい

前回記事を書いてから、もう10日以上たってしまったのですね〜。びっくりです。あっという間です。一昨日はNも帰宅し、料理づくりにもリキがはいり、楽しく過ごしております。


さてさて、先般お騒がせしておりました仏検の結果がでまして、「不合格」でした。半分予期していたものの、わずかな望みもあり、「二次試験の準備をするべきか否か」と中途半端な気分の数週間。これで、心機一転、日常を楽しみ、かつ、来年に向けて頑張れます!応援してくださったかた、ありがとうございました。また、来年お騒がせすると思いますが、「ああ、またか・・・」と思ってやってくださいまし。


で、二次試験の心配がなくなると、急に普通の本が読みたくなりまして、今は、ドナ・ウイリアムズ著の『自閉症だったわたしへ』という本を読んでいます。以前本屋さんで少し立ち読みしたものの、買わずに後悔していたもので、先日見かけて迷わず手に入れました。


これは、実際自閉症である著者が、幼い頃からの記憶を綴ったもので、その独特の精神世界が、大変興味深いです。私たちからみたら、「おかしい」」「理解できない」行動が、本人にはすべて理由があることなんですね。例えばこんな記述があります。


【この頃わたしは、再び聴力テストを受けた。口をきくことはできても、普通の人とは話し方やことばの使い方が違ったり、言われたことに対して何も反応しなかったりすることが多かったので、難聴ではないかと疑われたのだ。確かに言語はシンボルであるが、ではわたしがシンボルというものを理解していなかったかというと、それも違う。

わたしにはちゃんと、わたしだけの話し方のシステムがあって、それこそが「わたしの言語」だったのである。まわりの人々こそそういったわたしのシンボリズムを理解していなかったのだし、そんな人々に対して、どうやってわたしの言いたいことを説明したらよかったというのだろう。

わたしは一人で、わたしだけのことばを充実させていった。二本の指をもう片方の手で握ることも、自分のつまさきを丸めることも、わたしの動作にはどれも意味があった。たいていそれは、自分がばらばらになりそうなほどつらい時に、自分自身を落ち着かせるための励ましのことばだった。大丈夫、誰もおまえをつかまえたりはしないから、と。

自分の気持ちを人に伝えようとすることばもあった。だがどれもとても微妙なものだったので、気付いてもらえないことが多かった。さもなければ、またあの「おかしなドナ」が変なことをしていると思われるだけで、終わってしまうのだ。】


この本、まだ三分の一くらい読んだだけなのですが、引き込まれてます。

自閉症でなくても、小さな子どもたちの、大人には理解できない行動も、ちゃ〜んと意味があるんだなあ、と思うんです。

FやNが小さかった時、「なんで朝から泣いてるのよ!」「どうしてそんなことするの!」と怒鳴っていた私。ごめん。きっと、口では説明できないけど、言いたいことはたくさんあったよね。私がそれをわかろうとしなかっただけなんだね。


さて、また読書にもどりま〜す。

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