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2007年8月29日 (水)

ダメな子?

Fがきのくに中学校を卒業するとき、「きのくにに行ってなかったら、どんなだったかなあ」と、聞いたことがあります。

Fは、「う〜ん、ダメな子って感じだったかな」と、笑って答えました。


私もそう思います。あのまま年月を経ていたら、「ダメな子」って感じになっていたと思います。

16歳になった、今のFを見て、「ダメな子」と思う人はいないと思うし、もちろん本人も思っていません。


何が変わったんでしょう。何が変えたんでしょう。


保育園で、4歳頃の担任の先生は、まず最初に、その日の子どものよくなかったところを、伝えるようなかたでした。特に悪意はないのですが、ほめることも少なかったです。

私もそんなものだと思っていました。確かにFはおっとりしていたし、片付けもうまくできないほうでしたから。


ところが、5、6歳のときの担任の先生は、子どものちょっとした仕草や言い回しを覚えていてくれて、それをとっても楽しそうに伝えてくれるかただったのです。

「今日Fくんは、お友達にこんなやさしいことしてくれて・・・」とか
「Fくんて、表現のしかたが独特で、かわいいですね〜」とか。

そうすると不思議なもので、私もFのかわいいところがどんどん目につくようになって、「あらあ、こんなにすてきな子だったっけ?」という感じになりました。

Fも子どもながらに、先生の受け止めかたがうれしかったのでしょう。ある時、「先生にお手紙書きたい。おかあさん、書いて」と言ってきました。当時まだ字が書けませんでしたから、私に頼んできたのです。

「なんて書くの?」と聞いたら、

「『先生はきれいな先生ですね』って書いて」ですって!

なんてかわいいこと思いつくのかしら、と、感激しました。先生も笑いつつ、とてもうれしそうでした。

その先生には、私が気がつかなかったFのよいところをたくさん見つけてもらい、Fを愛おしく思う気持ちがより深くなりました。


それなのに、小学校に上がって、宿題、忘れ物注意、とかキリキリしているうちに、またガミガミ母さんに戻ってしまいました。Fが泣くまで音読させたりしたなあ。

でも、とことんヒドい母に成り下がらずに、のんびりしたFの良さも認めることができたのは、保育園の頃の先生が、いっぱいほめてくださっていたからだと思います。


それから、五味太郎さんの、『大人問題』にも出会って、Fが良さを発揮できないのは、なんでも画一的にやらせる、学校教育に問題があるのかもしれない、と思うようにもなりました。

そういう疑問が生まれなければ、日本の教育について考えることも、きのくに子どもの村学園を見つけ出すこともできなかったでしょう。

幸せなことに、きのくにでは、どの担任になっても、否定的なことをほとんど言われず、ありのままのFのよいところを、たくさん見てくれました。それでますます、親も息子が好きになる、という相乗効果でした。


「ダメな子」というのが存在するのでなく、親や周りの大人が「ダメな子」をつくっているだけなんですよね。Fだって、一歩間違えば、いつもムカついてて、自分が嫌いで、ムスッとした青年になっていかもしれません。

どの子もみんな、ほんとうは、すばらしい子。いろんなきらめきを持っている子たち。

それを「ダメ」にしているのは、大人たちだってことに、気付けない限り、子どもが家族を殺すような悲惨な事件は、増えこそすれ、減ることはないと思う。

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2007年8月25日 (土)

ハートボイス

【岡崎がまだ小さいとき、

「徹は、大きくなったら何になりたい?」と、おじいさんに聞かれた。

「ぼくは、お医者さんになりたい。」と答えた。
おじいさんは大よろこびした。お医者さんはおじいさんの夢だった。小さい岡崎には、自分の夢とおじいさんの夢の区別がつかなかった。お父さんもお母さんも、岡崎の夢に夢中になった。

岡崎は、自分の夢が見られない・・・。

長瀬先生や吉岡先生との出会いは、岡崎の殺していた自我を目ざめさせた。何よりもテストの結果を優先する、自分の家族の生き方に疑いを持ちはじめた。かくれて読んでいたマンガを取りあげられ、食事の時間まで制限される生活に、とうとう岡崎は切れた。

「二日まえ、ぼくは家出をしたんです。でも、遠くに行く度胸はなくて、結局、近くの本屋さんとコンビにで、時間をつぶしました。そのうち、お父さんに見つかって、家に連れもどされて・・・。お母さんがぼくにいったことばは、『四時間のロスタイムよ。今日はねないで取りもどすのね。』それだけだった。ぼくの決心なんて、だれも本気にとってくれなかった。」

ー中略ー

「もう、家には帰りたくない。だれの顔も見たくない。これ以上何かいわれたら、ぼく、お母さんを殺すかもしれない。」】


この文章は、『ハートボイス』という小説の一部です。最近起こった、16歳の男子がおじいさんを殺害した事件を思い起こさせます。

著者は青木和雄氏。心理学を専攻し、教育委員会、小学校校長などを経て、現在は教育カウンセラーをしておられます。

他の著書に、『ハッピーバースデー』『ハードル』があり、いずれも子どもたちが悩み葛藤しながらも、心から信頼できる大人や友人と出会って、力強く立ち上がって行く姿が描かれています。

登場人物の言葉がすばらしくて、胸にずんときて、特に『ハッピーバースデー』を読んだときは、号泣してしまいました。「こんな話しをしてくれる大人と出会いたかった」と思ったのです。


また、カウンセラーとしての事例をとりあげた、『HELP!ーキレる子どもたちの心の叫び』では、いじめ、虐待、少年犯罪などを取りあげ、押さえつけられて来た子どもたち、また、未熟なまま大人になってしまった親たちの様子が書かれています。


これらの著書を読むと、青木氏は、子どもの心がわかっているかただなあ、と思います。小、中、高生の読者が多いのもうなずけます。彼らはきっと、青木氏の本のなかにでてくる、すてきな大人たちに出会いたいと思っていることでしょう。


子どもや孫に、「難関大学にはいってもらいたい」とか「医者になれ!」とか言っている大人にこそ読んでほしいけど、読むわけないでしょうね・・・。

事件が起こるたび、そしてその背景を知るたびに腹立たしく、やりきれない思いがします。

人を殺していいわけはないですけど、人の心を殺すのは、なんの咎もないんでしょうか?

おじいさんを殺してしまった16歳に、共感を覚える少年少女がたくさんいるでしょう。

私自身、親を殺そうとまでは思ったことはありませんが、「いなくなってほしい」とは思ったことがあります。もしあの頃、青木さんの本に出会っていたら(当時はまだ出版されてませんが)、きっとつらい思いをしたためた手紙を送ったと思います。


背後霊のようになって、子どもを管理支配する親たちには、どうか、青木さんの本を読んでみてください、と懇願したいです。


作者あとがきから少し転載して、今日のところは終わりにしたいと思います。


【ある中学を訪問したとき、「うちの学校には、いじめはありません。生徒たちには、自分の進学のことだけ考えるように指導しています。友だちと関わらないようにすれば、いじめも起きませんから」といった教師がいました。わたしが、子どもたちの「ハートボイス」を、本に書こうと思ったきっかけにもなる、重いことばでした。

ハンディキャップ、国籍、性別、家庭の事情など、子どもたちは、さまざまな重荷を背負って生きています。異質なものを排除するのではなく、尊重するやさしさは、友だちと関わらなくては学べないと思うのです。「いじめ」解決の道は、子どもたちが深く関わり、考えを語りあい、おたがいを理解する過程にこそあるのです。

ー中略ー

学校が変われば、子どもも変わり、親も変わります。そして、社会も大きく変えていきます。多様化した価値観に巻きこまれ、学校が大きくゆれているように思えます。方向を見失わないようにと祈る思いで、この本を書き上げました。子どもたちにはもちろんのことですが、おとなの方がたにも、ぜひお読みいただきたいと思っています。】

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2007年8月22日 (水)

きのうの続き

『朝2時起きでなんでもできる』を読んで、しみじみ思うのは、自分が充実した生き方をしていれば、子どもや配偶者にぶちぶち口うるさく言わずに済むんじゃないかな、ということです。

実際、本を読みなおす前の数週間は、なんとなくイライラして、Fの生活態度が妙に目についたり、夫に(いつも以上に?)ムカついたりしていました。

今は、とても心穏やかなんです。


『朝2時起きで・・・』には、娘さんの話しもよくでてくるのですが、こういうお母さんだったら、子どもは家事分担は増えて大変かもしれないけど、精神的にはとっても平和だろうなあ、と感じられます。

アメリカから帰国した直後、娘さんは3歳でしたが、英語がぺらぺらになっていました。その頃のことを、こういうふうに書かれています。

【「せっかく英語を覚えてきたのだから、忘れないように続けさせれば?」といってくれる人もいましたが、「私だって大人になってから勉強したのだから、必要になったりやりたくなったら、自分でやればいい」と思っています。】


このおおらかさが、いいですね。
枝廣さんのお母さんもまた、すてきな方だったようです。
【おわりに】というところに、こう書いてあります。


【この本を母に捧げたいと思います。
私はよく「なんでそんなに楽しそうなのですか?」と聞かれますが、「そういうふうに生まれついて、そういうふうに育てられたからじゃないかな〜?」という答えしか思い浮かびません。

小学校が「児童の安全」のため、たとえ父兄がいっしょでも河原での遊びを禁止したときも、母は「ばかなことを」と取り合わず、「自分が全責任を取りますから」と学校に宣言して、私たち子どもを引き連れて、好きなだけ川や野原で遊ばせてくれました。

「勉強しなさい」とは一度もいわれたことがないけど、成績が落ちたときに、正座して「持って生まれた能力を生かすかどうかは、自分の努力しだい」といわれたことは忘れません。

「大学院やめるわ」「通訳学校に行くことにした(子どものお守りよろしく!)」「あ、明日からアメリカに出張なの〜(保育園のお迎え頼むね)」と、いつも突然の事後通告にも、「娘がやっていることは意義があるから」ではなくて、たんに「娘がやっていることだから」と、イヤな顔ひとつせずに(うちの娘たちと同じレベルで遊んでいる母を私はひそかに女良寛と呼んでいる)支えてくれています。】

【「娘がやっていることは意義があるから」ではなくて、たんに「娘がやっていることだから」】

というところが、すごくすてきだなあ、と感じます。

いろんなことに好奇心があって、自分の生き方ができる人は、子ども時代に親から押さえつけたり支配されたりしないで、のびのびと力を発揮できる環境にあったのですね。

うらやましいけど、私は私で、生きていこう!

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2007年8月21日 (火)

朝2時起きでなんでもできる!

今日のタイトルを見て、「え〜、mamiさん、朝2時に起きてるの?」とびっくりなさったかた、すみません。これは私のことじゃなくて、本のタイトルです。

少し前まで、道を見失っていた、というか、だらだらと日々を過ごしてしまっていて、自分が嫌いになりかけていました。趣味のフランス語学習も滞っていて、自分はいったい何がやりたいのか、なんのために生きているのか、なんてことを考えだし、鬱々としていたのです。

「これじゃいかん!」と、5年前に読んだこの本、『朝2時起きでなんでもできる!』を思い出し、もう一度読んでみました。

あ〜、読んでよかった!今までの憂鬱な気分は、誰のせいでもなく、全部自分がつくってたんだなあ、としみじみ思いました。

それで、「まず、やりたいことにチャレンジしよう」、という気持ちになり、先週から少し早起きをして(朝2時じゃありませんよ)、自分だけの時間をつくって勉強を始めました。


この本の著者は同時通訳者、翻訳者であり、環境ジャーナリストである、枝廣淳子氏。

29歳まで英語は苦手なほうだった枝廣氏は、夫が2年間の予定でアメリカに留学することになったので、その2年間で英語をマスターしようと考え、どうせなら、英語が完璧にできないとなれない同時通訳者を目指すのです。

幼児を抱えての生活でしたが、効果的なやりかたをどんどん考えだしたり、無駄のない時間の使い方で、成果を上げていきます。

語学習得の話しだけでなく、自分の人生を主体的に生きる術が、精神論ではなく、具体的に書かれているので、実行しやすいのです。

「朝2時」というのは、著者がたまたま、夜8時に寝て、朝2時に起きて仕事をする、という生活が合っていたので、続けているわけで、「朝2時に起きる」ことが目的の本ではありません。


私がイライラしていた原因の一つが、フランス語を勉強するための、一人になれる部屋がない、ということでした。

私の机は、食事をしたりくつろいだりする部屋(リビング)にあります。一階にはトイレ、お風呂、台所、以外、このひと部屋しかありません。そこで勉強しようにも、Fもそこでギターをひくし、それだけならまだしも、Nが帰ってきたときは、エレキギターまで加わります。

二階に寝室はありますが、そこで勉強しても、夫が早く寝たい、となれば、電気をけさなければならない。

それにひきかえ、夫は、診療室(自宅のとなりに歯科医院がくっついているのです)を一人でのびのびと使って、思い切り尺八を吹いています。もう、腹立つ!私ばっかり自分のやりたいことができな〜い!!

と、ムカついていたわけです。

でも、枝廣さんの本を読んで、「ああ、なんて無駄なことやってきたんだろう。自分が本気で勉強する気になれなかったのを、環境のせいにしてたなあ」と、実感したのです。

増築するお金もないんだから、部屋のことを言ってもはじまらない、だったら、みんなより早く起きて、静かな時間をつくればいいんだ、愚痴ばっかり言っても始まらない、と思ったら、すっきりしました。


第三章は、『ストレスゼロ、やりたいことは全部やる』というタイトルで、ストレスを少なくする方法が、これまた具体的に書かれていて、参考になります。

まだまだマスターしきれていなくて、「〜だから、○○ができない」という愚痴がでそうになることがありますが、そんなとき、「それ、ほんとにやりたいことなの?」「ほんとにやりたいなら、どうしたらやれるか、考えてみよっ。」と思考の方向を変えるように意識しています。


それと、語学学習以外に、もちろん自由教育をひろめる、っていうのも続けたいし、環境問題も関心があるのですが、あれやこれやに手を出して、全部中途半端になってしまうような気がしていたのです。

でも、枝廣さんの生き方を読んで、どれも真剣にやっていけば、どこかで繋がることがあるし、どれも必要なんだな、と思えてきました。(枝廣さんくらい、真剣にやらないとだめなんでしょうけれど・・・)


この本、買って損はありません。イチオシで〜す。サンマーク出版からでています。

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2007年8月17日 (金)

修学旅行へ出発

Nは、明日からイギリスへ、約三週間の修学旅行へ出発です。18日朝7時に関空集合なので、Nは今日のうちにうちを出て、今夜はきのくにに泊まります。

きのくに子どもの村中学校では、修学旅行は、中学一年生から三年生まで、どの学年でも、そして、毎年でも、参加できます。

国内組と海外組とがあって、国内は、そのときのグループで決めますが、たいてい沖縄とか、北海道です。今年はたしか、屋久島だったと思います。海外は主にイギリス。キルクハニティを拠点に、テーマを持った旅をします。

*キルクハニティに関しては、2006年7月10日の【ジョン・エッケンヘッドのことば】と、2006年7月13日の【キルクハニティときのくに】をお読みください。


さて、Nたちの旅行のテーマは、【民族音楽と演劇】です。日程を見てみると・・・

キルクハニティに滞在して、のんびり過ごしたり、そこを拠点に、ダンフリーズやエジンバラ、湖水地方などへの日帰りお出かけ。

それ以外はアイルランドへ二泊の旅行をして、伝統音楽を聞いたり遺跡を見たりするようです。あとは、リバプールで多分ビートルズ?、ロンドンでミュージカルを見るそうです。二つから選べるのだそうで、Nはサウンドオブミュージックを見るのを楽しみにしていました。

他にも、ユースホステルを利用して、3週間、欲張りに旅を堪能するみたいです。


これだけいろんな経験をさせてくれて、まだポンド高にも関わらず、旅行代金は、航空券含めて20万円ちょっとです。(おこづかいは別途)

もちろん20万円自体は「安い」とは言えませんが、内容と照らすと、破格です。

これが実現できるのは、可能な限り多くの子どもたちに海外修学旅行の体験をさせてあげたいと考える、きのくにの大人たちが、安い航空券の手配に頑張り、現地での移動も、堀さんはじめ、スタッフが運転してくれるからこそ、なのです。


子どものうちに、海外を体験することは、きっと目には見えないたくさんのものを、頭と心に蓄えることになるでしょう。

旅行前に行きたいところを調べて発表したり、みんなでミーティングをして意見を調整したり。現地では、予定外のこともたくさん起こってくるけれど、それもまた、大切な体験です。(パスポート盗難事件は記憶に新しい・・・。)ハプニング自体よりも、そのときの大人の対応を見たり、自分の気持ちを味わったりすることで、ぐんと成長するのです。

そして、普段触れることのない世界に感動する気持ち。


中学三年生といえば、受験勉強に必死になっている家庭も多いことでしょう。私自身もその一人で、夏休みは、ほとんど一日中勉強していました。

Nを見ていて、「ああ、こんな中三もいるんだ」と、すごく新鮮です。そして、成績が上がった、下がったと、カリカリする必要のない生活ができてて、ほんとうに幸せです。


きのくにに感謝、です。
堀さん、ありがとう〜。

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2007年8月14日 (火)

教育シンポジウムのお知らせ

2007年11月23日(金)と24日(土)に、きのくに子どもの村学園主催の、教育シンポジウムが開かれます。

場所は、23日はかつやま子どもの村小中学校(福井県)、24日は橋本市教育文化会館です。

内容は両日共通が、自由学校子どもサミットというもので、以下の学校が参加する予定です。
 かつやま子どもの村小学校(福井県)
 きのくに子どもの村小学校(和歌山県)
 グリーンヒルズ小学校(長野県) 
 ひらおだい四季の丘小学校(福岡県)
 わくわく子ども学校(大阪府)

それに加えて24日のほうは、【いま高等専修学校がおもしろい】と題して、きのくに国際高等専修学校とりら創造芸術高等専修学校が紹介されるようです。


楽しみですね〜。きのくに高専の様子や、昨年開校したりら創造芸術高専の話しもぜひ聞きたいので、私は24日のほうに行くつもりです。

その週末はNが帰宅する予定になっているのですが、もう中三だし、一日くらい私がいられなくても、まあ、いいかな。福岡からの夜行バスに乗ってみようかな、と思っています。飛行機に比べるとかなり安いから。朝大阪についたら、どこかでのんびり銭湯にでも入ってと・・・。


このブログを読んでくださっていて、まだお会いしたことのないみなさまと、ぜひぜひこの機会にお会いしたいです!詳しいことは、きのくに子どもの村学園のホームページの、【教育研究所】というところから見ることができます。


数年前、堀さんが、「これからは、あちこちにできつつある、自由教育の学校やユニークな取り組みをしている学校とネットワークをつくっていきたい」とおっしゃったことがあります。その思いが形になってきているのだなあ、と感慨深いものがあります。


いつも変わらず守り続けるものがあり、それと同時に進化もしつづけるきのくにはほんとうにすばらしい!


あ、それから、【最近のきのくに】に、先日のサマースクールの写真が、ほんのちょっとですが、アップされていますよ。

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2007年8月11日 (土)

縛られていた

現在Nは大阪に行っています。11日、12日と、サマーソニックとかいうロックコンサートがあるので、友達のうちに滞在して、それを見に行っているのです。13日には帰宅しますが、18日からイギリスへの修学旅行のため、17日にはまた大阪へ。

というわけで、うちには、夏休みの半分くらいしか、いないのです。


そんなNがうちにいるときに過ごし方は、読書→ギター→マンガのローテーションです。今回は、読書のウエートがかなり大きかったです。ものすごく集中するタイプで、一日中本に向かって一気に読んでしまうのです。


Fもでかけるときなど、空いた時間に読むための本を鞄にいれています。


同じ本を読んで、感想を話し合ったりもできるようになり、幸せな気持ちです。それと同時に、チクリと胸をさす思い出があります。


小さい頃、本を読むのが大嫌いだったFに、ずいぶんと焦り、イライラしたことを思い出すのです。なんとか本好きにさせようと、いろいろ買い与えたり、声に出して読ませたりしました。


「小さいうちから本に親しませましょう」とか、「本を読む子は賢くなる」とか、「たくさん本を読んで、想像力を豊かにしましょう」とか、とにかく、「読書はすばらしい」という大人のメッセージ、あふれていますよね。

私自身本は好きで、そのメッセージに賛同していましたので、息子たちにもたくさん本を読んでもらいたいと思っていたのです。でも、私の思い通りにはいかなかったんです。

そうすると、すごく苦しかった。よそのお母さんが、「うちの子、本が大好きで、いっつも図書館から借りてくるのよ」なんていう話しをすると、自分の子が劣っているような気がしてしまっていたのです。


そんなとき、ある有名な詩人が、「私は本を全然読めない子どもだった。字を目で追っていると、眠くなって・・・。」という話しをしていました。(朝日新聞のインタビュー記事)

その記事に救われる思いがしたんです。「本読めなくてもいいんだ〜」って、妙に安心したというか・・・。


で、ほっとしたあとで、「人の言葉にいちいち焦ったり、安心したりしている私って、なんなの?」と思ったわけです。
息子たちを、あるがまますべて受け入れるのがほんとうの愛なのに、私のは条件付きの愛。そこに直面したときも、やっぱり苦しかったです。


「たくさん本を読む子」「ちゃんと挨拶できる子」「忘れ物しない子」etc.

いろんな「こうあらねばならない」に縛られて、苦しい思いをしてきました。目に見えないたくさんのものに縛られて、ほんとうに幸せな時間を、いくつか無駄にしてきたかもしれません。

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2007年8月 6日 (月)

夜更かし会のいいところ

これまで14回夜更かし会にでてきました。毎回感動や発見があって楽しいものです。

  *『夜更かし会』については、過去の記事を読んでね。

ず〜っと継続して参加してくると、毎回は話せなくても、何年かおきに、ひさびさに顔をあわせて話しができるかたもいます。そうすると、「あ、この人変わったなあ」と思える瞬間があり、感動します。


この間の夜更かし会(7月21日)で、何人かの保護者、スタッフと話しをしているとき、寮生活にすぐ慣れるかどうか、という話しになりました。

私が、「その子の年齢にもよるけど、あまり問題なく、ホームシックもこじれず寮生活に入っていけるところって、やっぱり親がきのくにのことよくわかっていて、不安が少ない家庭ですよね」と言いましたら、スタッフのかたも、うなずいて賛同されていました。


そのとき、もう古株になった保護者さんが、「そうそう。それわかる!うちは大変だったもの〜。私がよくなかったの。」と、明るくおっしゃいました。

こんなふうに、過去の自分を振り返って、さらりと言える人って、すてきだなあ、成長してるなあ、って思います。

「幸福な子どもは美しい。そして成長している。」とは、堀さんがおっしゃる言葉ですが、親も、「成長しているときに美しい」、そう思います。


こんなふうに、互いの成長を感じながら保護者が集える学校というのは、とても貴重です。


それから話しは、家庭で性教育はどうしてる?、という話しになって、中学生を持つ親同士、ぶっちゃけ話しに花が咲き、それを、小学校低学年の子を持つ保護者さんたちが、目を丸くして聞いている。私もかつて、「目を丸く」のほうでしたが、そこから月日はだいぶ流れました。


子どもも異年齢の中で育ち、保護者も、保護者自身の年齢はもちろんさまざまで、なおかつ、小学一年生から高校生と幅広い年齢層をもった親が一堂に会して話しをする、こんな機会は普通の学校ではなかなか得られないチャンスではないでしょうか。

ともに成長していける環境がある、って、ほんとうに幸せです。


きのくにに出会って10年近くがたち、私の顔のシミも増えましたが、お化粧で美しくなるより、成長して美しくなりたいものです。(負け惜しみ?)

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2007年8月 3日 (金)

台風こわかったです

あの〜、最初にことわっておきますが、今日の記事は、教育とは全然関係ありません。


昨日は台風5号が九州直撃でしたが、九州にお住まいのかたがた、大丈夫でしたでしょうか?
当地も、ものすごかったです。今現在も、土砂崩れで通行止めのところが何か所かあります。


そんななか、Fは、今度の日曜日に先輩方とギター四重奏を演奏しなければならず、その練習のため、前日より福岡入りしておりました。

昨日2日は、高速バスが運休する可能性が大なので、少しでも早く帰るようにメールしたのですが、練習真っ最中らしく、応答はありません。

16時頃電話があり、「16時15分のバスで帰るから」とのこと。その便は、町内中心から少しはずれたところに着くため、車で迎えに行かないといけません。


普通は2時間くらいで着くところが、高速も通行止めになったとかで、「もうすぐ着く」と連絡があったのは、19時過ぎ。いつもなら夫が迎えにいくところが、買い物の用事があったので、私が行くことにしました。

でも、すごい雨風。車からお店にはいるところで、もう全身ずぶぬれ。用事を済ませて、バス停まで車で15分の道のり、ぶるぶる震えながら運転しました。

途中、すでに道路は冠水。それでもなんとか進むと、今度は消防のかたが、「これから先、土砂崩れしているので、行けません。引き返してください。」

裏道を通って行こうとするも、また通行止め。裏道は、冠水状態も、もっとヒドくて、タイヤの三分の二がつかるくらいでした。

「バス停にいるFはどうなるの〜」、とパニックになり、電話で夫に助けを求めたら、「裏道、近道は全部冠水してるから、絶対通っちゃだめ!ぐる〜っとまわって、あっちの道から行って!」と言われ、なんとか心を落ち着けて、大回りして行くことにしました。


その間も、頭はFのことでいっぱい。

「車で行けなかったら、歩いてでも行くしかない。でも、ギターはどうする。濡れたらおしまいだし、バス停に置いてくるわけにも行かないし。そもそも、バスは無事に着いているんだろうか。F待っててね〜。お母さん、泳いででも(泳げないのに)行くからね!」

と、泣き泣き運転しました。


やっとバス停に着いたら、雨風の吹き込む待ち合い所に、壁に身を寄せるようにして、ギターを抱えたFが待っていました。30分もその状態で待っていたそう。おまけに、携帯の電池が切れてしまって、公衆電話を探して家に電話したので、彼もずぶぬれ。


それでも、車の中でほっと一安心。私も心強くて元気がでました。で、Fのひとこと。


「30分も待って来なかったけん、お母さんの性格(短気)からして、絶対帰ったと思った。」ですって。


そんなわけないでしょうが〜!

その後、私がどんな苦労をして、たどり着いたかを話して聞かせ、Fも、外のものすごい様子を見て納得した様子。

帰りは冠水がもっとヒドくなり、あちこちで、水が噴水のように吹き出していて、ほんとうに恐かったです。

今まで、ひどい台風のとき、外に出るということがなかったので、甘く見ていました。


以前、家族でキャンプしていて、川の中州に取り残されて、流されたという事故がありましたが、どんなに恐かっただろう、と身につまされました。ほんとうに、あっという間に増水するんですね。

まだ8月初めなのに、もう二回も大型台風。覚悟しておかなければ。
みなさまも、どうぞ、十分お気をつけください。


それにしても、台風のなか、30分も待てないで、息子を見捨てるほど短気だと思われていたのか・・・。ちょっとショックでした。^^”


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