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2007年6月23日 (土)

深い興味、広がる興味

6月19日の記事『試練のとき』につけていただいた、まいさんのコメントの中で、オットさんがきのくにに関して不安を感じていることについて触れてありました。以下の部分です。

【きのくにでは、(「たまたま」と言うような軽いものではないと思いますが)興味を持ったことに没頭しすぎて、自分の本当の持ち味を生かせない子もいるのではないか・・・】


他にも、見学に行かれたかたの感想で、このようなご意見が書いてあるのを読んだことがあります。それに対して私の思いを書く前に、ゾーイさんの文章を、また、少し転載したいと思います。


【子ども個人の自由に関しては、子どもというものは、時にはわれわれ大人には賛成しかねることを決めたりします。この事実は受け入れなくてはいけません。

子どもであれ、大人であれ、私たちは、何に興味を持ち、どの方向に進むかを自分で決めなくてはなりません。

私たちがだれでも脳外科の医師や宇宙飛行士になれるわけではありません。それに、もしみんなが同じになったら、この世の中はつまらない所になるのではないでしょうか。

それがいかに退屈でありきたりのものであっても、どうしてもしたいことがある人は、それをしなくてはいけないのです。】


きのくに在学中に、【どうしてもしたいこと】に出会った子どもは、それをするでしょう。

まだ出会っていない人は、人生を楽しみながら、それを探求していくでしょう。

堀さんは、「30歳くらいまでに、自分の進む道が決まればいい。ゆっくりでいい。」とおっしゃるそうです。(この話しは、私は直接聞いたことがないので、実際聞かれた保護者さま、どのような状況での話しだったのか、教えてください。)

「大学で、なにを専攻するかというとき、きのくに時代にプロジェクトでやっていたことに関連した専攻をする子が多い」というのは、堀さんから直接聞きました。


そして、長男のFに、「きのくに中学卒業する時点で、将来この仕事をする、そのためにこの学校に行くって、はっきり決めてる子って、どのくらいいるの?」と聞いたら、「そんなに多くはないよ。」ということでした。


私が見た感じでは、きのくにでは、狭い教科学習でなく、プロジェクトで建物を造ったり、料理をしたり、畑仕事をしたりするなかで、日本の建築、世界の料理、地域のこと、環境問題など、たくさん学ぶことができるので、一つのことに深く興味を持つ子、広くいろんなことに関心を持って学ぶ子、と、いろいろな子がいるなあ、ということです。

逆に、黒板に向かって、5教科の授業を静かに聞いて、ノートをとる、という数年間から、どんな生き生きとした興味が持てるのかなあ、と思います。


Fは、二年前のシンポジウムで、「きのくにのいいところはどこだと思う?」という質問に対して、こう答えていました。

「オレは、小学校四年生からきのくにに来たんですけど、きのくにでは、例えば産業革命のことだったら、どうして起こったのか、ということに、深く入り込めるのがいい。前の学校だったら、何年に何が起こった、ただそれだけ。」


数ヶ月前に新聞の投書欄に高校生の文章が載っていました。

「社会の授業で習っていたとき、先生は、その事件をさっと話し、“これは試験にでるかなら、覚えておけよ”と言っただけで、次へ進んでしまった。えっ?それだけ?私はどうしてその事件が起こったのか、その後どうなったのか、もっと知りたかったのに」 というような内容でした。


以上は、【興味の幅が狭くなる】という、意見に、私が見聞きした範囲で、こんな感じかな、というのを、書いてみました。


ここから先は、ちょっと私の深読みかもしれませんが、思うところを書きます。


【興味を持ったことに没頭しすぎて、自分の本当の持ち味を生かせない子もいるのではないか・・・】という親の不安は、実は、親の側に、「せめて大学までは行ってほしい」とか「将来あまりみじめな生活はさせたくない、せめて十分な給料を稼げる仕事についてほしい」、というような願望があるのではないか。

もし、きのくにで、料理に興味を持ってしまって、中学卒業するときには、「オレは高校には行かん、板前になる」とでも言われたらどうしよう、というような不安。


もしくは、自分の無意識が、きのくにの【自由】の理念と闘っている。頭では良い学校だ、自由はよいことだ、と思うのだけれど、それをすべて受け入れてしまうと、今まで自分自身が受けてきた教育や価値観を否定することになる。無意識の葛藤が、きのくにのどこかを批判することで、バランスを保っている。


能力主義教育で成功をおさめてきた人は、批判精神が大事だと思っている。「すべて信頼する」というのは落ち着かない。何か一つでも、批判するところを見つけるのが、賢い大人の役割だと思っている。


以上は、私自身の心の中を覗き込みながら、書きました。


それと、「我が家の場合」という感じであけすけに書けないので、抽象的な文章ばかりでごめんなさい。なんせ、まだ渦中ですから、息子のプライバシーがありますので、ご容赦を。

そして、しつこいですが、あくまで、私、一個人の意見であって、きのくに保護者を代表するのではありませんことを、重ねて記しておきます。

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コメント

>>堀さんは、「30歳くらいまでに、自分の進む道が決まればいい。ゆっくりでいい。」とおっしゃるそうです。(この話しは、私は直接聞いたことがないので、実際聞かれた保護者さま、どのような状況での話しだったのか、教えてください。)


 私も直接でなく、そういう話を他の保護者からお聞きしていたのですが、昨年の夏期講座の時、最初の挨拶で堀さんが、「人生40年の時代の元服は15才だった。寿命が延びた分、ゆっくりになっていい」というような話をされていました。
(記憶の範囲なので、多少表現が正確でないかも知れません)


 友人に、きのくにの話をした時、「人生好きなことだけして生きてはいけないのに、それを教えるべき親が、『すきなことをしなさい』なんて言ってしまってどうするのよ?」といわれたことがあります。
おそらく、そういう考え方の大人は世の中に多いのでしょうね。(この言い方に、「自由」という言葉への偏見も感じますけど、どう話をしていけばいいか、考え中です。)
 後「楽しい」ということへの偏見というか、「苦しいこと、嫌なことを乗り越えてこそ成長する」みたいな精神主義も多いですよね。

 義務教育では、5教科のみならず、芸術や体育など、何でも、一通り基礎的なことをバランスよく網羅させることを目標にしてるのでしょうけど、押し付けられて教養が身につくとは思えません。
 「これ」と言うものが見つかってる子の方が、目的意識が明確で生き生きしていると思います。(まだ見つかって無くても、一生懸命探そうとする姿勢を持っている状態も含む)
 今の多くの学校は、決められた課題の消化に忙しすぎて、そんなこと考える暇がないようにみえます。
すごーく能力が高くて、先生の要求をすっとクリアできる子以外には、とてもしんどい環境だと感じます。

投稿: むさし | 2007年6月24日 (日) 14時03分

むさしさんwrote;
> 友人に、きのくにの話をした時、「人生好きなことだけして生きてはいけないのに、それを教えるべき親が、『すきなことをしなさい』なんて言ってしまってどうするのよ?」といわれたことがあります。
おそらく、そういう考え方の大人は世の中に多いのでしょうね。(この言い方に、「自由」という言葉への偏見も感じますけど、どう話をしていけばいいか、考え中です。)
 後「楽しい」ということへの偏見というか、「苦しいこと、嫌なことを乗り越えてこそ成長する」みたいな精神主義も多いですよね。

>「自由」という言葉への偏見
偏見というより、「自由」への無知かもしれないと思います。以前の私もそうでした。


 我が家二番目の息子が中学の卒業時のミニスピーチで言いました。【きのくにでは一般の卒業式のような『卒業を祝う会』があります。そこで卒業証書と、一人一人本人の希望を聞いてもらって決まった卒業記念品をいただき、マイクの前で短く卒業にあたっての自分の想いを語ります。】

開口一番はどんなことをしゃべったか覚えていませんが、途中、
…楽しいことがいっぱいあったけど、辛くて苦しいこともあった。【このあたりで、息子は涙ぐんで言葉に詰まりました。】でも、辛いこと苦しいことを乗り越えて僕は成長したと思います。高校にはいっても、いろんなことに挑戦して行きたい。…

 前後は忘れましたが、息子が一番言いたかったことは、この部分だったようでした。

【涙ぐみながら、こういうことをしゃべった息子の成長が嬉しくて私は涙ぐみました。】

 充分に「好きなこと」をして、自分の存在をきちんと認められた子は、「辛いこと」「嫌なこと」でも、必要ならばその方向に突き進んでいくようです。そのことは多くのきのくにの子どもたちに教えてもらいました。

 家業や、なにかの作業を手伝う必要が生じた場合も、「こんな作業をいまどきの若い子が熱心にするなんて」と驚いて褒められることが多いです。

なんでも、頭ごなしに… という生活をしてこなかったから、その場の状況を自分で判断し、すべきことをするみたいで、
大人が作った規則に縛られ、指示・命令でなごとかをこなしてこなかったから、今のようになったんだなぁと、ひしひしと感じるこのごろです。

投稿: さんちゃん | 2007年6月24日 (日) 16時52分

まみさん、むさしさん、さんちゃんさん、どうもありがとうございます。私がオットの言葉をふと書いてしまっただけで、こんなにたくさん素敵なご意見をいただいて、やっぱりきのくに保護者さんだなあ〜と感心しています。

>きのくにでは、例えば産業革命のことだったら、どうして起こったのか、ということに、深く入り込めるのがいい。前の学校だったら、何年に何が起こった、ただそれだけ。
それはすごく思います!何年に何が起こったという事実の羅列をいくら知っていても、その意味や背景について考えていなかったら、それは学んだことにはならないのではないかと、自分の学生時代から感じていました。私はむしろ、大人になってから、興味のある分野については自分で本を読んだりして背景を知っていったようなところがあって・・子ども時代からそれができるきのくにはやはり素晴らしいと思います。

>興味を持ったことに没頭しすぎて、自分の本当の持ち味を生かせない子もいるのではないか・・・】という親の不安は、実は、親の側に、「せめて大学までは行ってほしい」とか「将来あまりみじめな生活はさせたくない、せめて十分な給料を稼げる仕事についてほしい」、というような願望があるのではないか。
これは私にとってもかなり耳の痛い(それだけに重要な)ご意見です。私の気持ちを掘り下げてみると確かにそういうところはあると思います。目に見える学歴とか地位よりも、私たちの大学時代と似た雰囲気のなかで刺激を受けて「教養」の入門的な考え方(たいしたものではないのですが(^_^;))を身につけてほしいという気持ちはあります。もちろん、中卒でパティシエになっても、陶芸をしてもいいのですが、例えば仕事の傍ら例えば放送大学で学ぶとか、日常から離れた抽象的思考(例えば宇宙の果てに思いを巡らすとか、日々の生活に役立たないけれど、人生を豊かにする(と私が思っている)こと)に触れてほしいというか・・・。

いろいろ書きましたが、要するに一度は大学的な雰囲気のなかに身を置いてほしいという願望は確かにあります。これってやはり、自分が生きてきた枠のなかから踏み出せていない「問題な親」でしょうね。

>子どもであれ、大人であれ、私たちは、何に興味を持ち、どの方向に進むかを自分で決めなくてはなりません。
これは本当に何度も噛みしめなくてはならない言葉ですね。

長くなりましたので、むさしさん、さんちゃんさんには次にコメントさせていただきます。

投稿: まい | 2007年6月25日 (月) 23時53分

>「これ」と言うものが見つかってる子の方が、目的意識が明確で生き生きしていると思います。(まだ見つかって無くても、一生懸命探そうとする姿勢を持っている状態も含む)
 今の多くの学校は、決められた課題の消化に忙しすぎて、そんなこと考える暇がないようにみえます。
そうですね。目的があるときの子どものパワーのすごさ!幼児の我が子でさえも、感じます。その目的意識が職業に結び付くか、大人になるまで続くか・・・そんなことは重要でないように思ってきました。日々、きらきらと輝いて子ども時代を生きられたら、そんな幸せなことはないですね。

>なんでも、頭ごなしに… という生活をしてこなかったから、その場の状況を自分で判断し、すべきことをするみたいで、
大人が作った規則に縛られ、指示・命令でなごとかをこなしてこなかったから、今のようになったんだなぁと、ひしひしと感じるこのごろです。
これも我が子を見ていて思います。先日、保育園の参観日で、朝の会で背の順にピシッと整列して(ふざけている子もいましたが)礼拝や歌を歌っていました。私のなかで、それはまあ許容範囲の「統制」だったのですが、こういう雰囲気が小中高とだんだん強くなっていって、決まっていることだからというだけで、理由も考えずに言われた通りにする生活が続いたら・・と思うと、おそろしくなりました。保育園では、その決められた動き以外の場面では、統制が取れていないというか、ある意味子どもらしくてほっとしたのですが、海外(オーストラリアやフィンランド)の学校の本を読むと、背の順に並んだりすることはなくて、みんなそれぞれに好きな場所に好きな格好で座ったり立ったりしていて、それでいて自分の判断できちんと話を聞いたり、その場の状況に合わせているようで、そういう方が良いように思います。

ところで「青い光が見えたなら」高橋絵里香さん(講談社)という本でフィンランドに単身高校留学して見事卒業し、現地の大学に進んでいる女の子の留学記を読みました。日本の管理教育とは正反対で、日本の中学で心身の調子を崩していた著者は、フィンランドでみるみる自分を取り戻していきます。
その学校の様子がきのくにと似ているのですよ!先生は名前やニックネームで呼ぶ、授業の選択の幅が広い、生徒の決定権が重視されているなどなど・・・とてもよく似ています。
やっぱりきのくにはすごい!と思いました。きのくに保護者さんは興味があればぜひ一読を!

投稿: まい | 2007年6月26日 (火) 00時14分

こんにちは。きのくに保護者の求名です。

>目に見える学歴とか地位よりも、私たちの大学時代と似た雰囲気のなかで刺激を受けて「教養」の入門的な考え方(たいしたものではないのですが(^_^;))を身につけてほしいという気持ちはあります。
 
 
 まいさんの気持ち、私も感じることがあります。目に見える実用的な体験は親以上に積むであろうけれど、抽象的、学問的知識や見聞は持たずに終わるのだろうかという、多分余計であろう心配。

 数年前のきのくに教育シンポジウムの時、きの中を卒業してスイスの高校に留学、卒業後、国際貢献のNPOの活動をしながら、宗教学と国際政治経済学を同時に勉強できる大学を探して、大学教授などいろいろな人に相談しているけれど、日本の大学にそういう所はないようだ、と話した子がいました。

 彼は多くの本を読み、海外にも行って、真剣に中東問題などの解決策を学びたい、それには宗教学と経済学が必要であると考えているようでした。私はその時、かれは大学レベルを飛び越していると思いました。

 本当の教養は、自分と世界とに真剣に向き合うことから生まれてくるのであって、一般教養を積み上げることでは身に付かないと、身につまされる思いでした。

 幹が太れば枝葉は後からついてくる。 て、カッコつけすぎ?

投稿: 求名 | 2007年6月26日 (火) 16時38分

むさしさんwrote:
>「楽しい」ということへの偏見というか、「苦しいこと、嫌なこ
>とを乗り越えてこそ成長する」みたいな精神主義も多いですよね。

いるいる、こういうヒト。自分で選ぶ権利もない中での「苦しいこと嫌なこと」なんて、拷問みたい、と思います。

さんちゃんwrote:
>…楽しいことがいっぱいあったけど、辛くて苦しいこともあった。>【このあたりで、息子は涙ぐんで言葉に詰まりました。】でも、
>辛いこと苦しいことを乗り越えて僕は成長したと思います。高校
>にはいっても、いろんなことに挑戦して行きたい。…

きのくにって楽しいことばっかり、って誤解している人も多いのですけど、人間関係で悩んだり、自分と向き合ったりして、苦しいこともいっぱいありますよね。でも、誰に強制されたわけでもなく、自分で選んだ道だから、前を向いて乗り越えていけるんだと思います。

普通の人(っていう言い方も適切ではないかもしれないですが)が考える「楽しいこと」「苦しいこと」というのと、ちょっと違う気がします。闇雲に「苦しいことに耐えてこそ」っていうのは、すごく消極的で、軍隊的、とい思います。

【「青い光が見えたなら」高橋絵里香さん(講談社)】
まいさん、いつもすてきな本の紹介、ありがとうございます。ぜひ読んでみたいと思います。

【背の順に並ぶ】こういうのにこだわるのって、日本人だけなんでしょうか?私、そのためにどれだけ嫌な思いをしたことか。小中と、ちびコンプレックスのかたまりでした。でも、今大人になってみるとそれほど不自由感じないし、身長150センチの人ってわりといるものですね。
私は子どもを背の順に並ばせる教師どもにいいたいです。
「あなたたち、職員室での席順を、髪の毛の少ない人から、とか、体重の重い人から、とかで決めたらいかがですか?」って。

求名さん、こんにちは。
【幹が太れば枝葉は後からついてくる。】
はい、私も同感です。
子ども時代に遊びを十分堪能し、自分のことは自分で決める、自分と向き合う、という生き方が身に付いている子は、ほんとうに強いですね。

投稿: mami | 2007年6月29日 (金) 22時58分

>背の順に並ばせる教師ども

【ども】はいけませんね。教師の【かたがた】に訂正いたします。
つい、積年の思いが・・・。失礼いたしました。

投稿: mami | 2007年6月30日 (土) 12時28分

みなさん、mamiさん、コメントありがとうございます。
取り急ぎ書名の訂正です。
「青い光が見えたなら」と書いてしまいましたが、「青い光が見えたから」の間違いでした。いま、アマゾンで「・・見えたなら」で検索したら、該当なしになりましたので、急ぎ訂正します。
講談社発行で書店によっては平積みになっているそうです。

投稿: まい | 2007年7月 2日 (月) 00時13分

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