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2007年5月15日 (火)

ちょっと訂正たくさん補足

昨日、「帰宅したときは、のんびりごろごろ、マンガ、ゲーム三昧。でも、私はもう、「本がすらすら読めるか」なんてことは、気にしなくなっていました。」なんて書きましたが、そんなことなかったことを、思い出しました。


Fが中一のとき、担任に、こんな相談メールを送ったのでした。


【Fのことで、というより私のことで相談に乗っていただきたくメールしております。

夏休みになってはや十日、Fは今日もゲームとマンガにあけくれています。もっとも、昼ご飯を作ってくれたり、CDを聞いたり、Nとテニスしたり、ということもしていますが。

Fは「今度英検受けたいな」と言っていましたので、私としては「だったら少し勉強したら?」という気持ちなのです。それにもう少し本も読んだ方がいいんじゃないかとか思ったり。

でもよけいなお世話かもと思い、それを実際Fに言ったことは一回だけです。

両親とも仕事しているので、めったに出かけることもできなく、一日中兄弟でごろごろしている様子を見ると(医院と自宅が同じ棟なので、仕事の合間に自宅に戻ると、どうしても目に入ってくる)親の私が少し声をかけて、もう少し有意義に過ごすようにし向けるべきなのか、ほおっておくべきなのか悩んでいます。

私の考えは、子供の自由を邪魔することなのでしょうか?実際、私にとっての「良い夏休みの過ごし方」みたいなものがあって、Fをそれにあてはめようとしている自分の気持ちも感じます。

でもやっぱり、四十日間マンガとゲームだけなんて・・・と否定的な気持ちがでてきて・・・。

父親は「この本すごく面白かったよ」などと水を向けていますがいまいちのってきません。でも、ビデオで昔の名画をみたりというのは好きで、よく一緒にみます。

きのくにっ子の親なのに、お恥ずかしい限りですが、何かアドバイスいただければ、と思います。それ以外はほんとうに優しくて、落ち着いていて、すてきに育っていると思うのですが。】


そうしたら、こんなすてきなお返事が届きました。


【私はずっと考えていることがあります。それは2年前にサマーヒルのゾーイがその当時の中学生に向かっていった言葉ですが、こういう意味合いでした。

「あなたたちがもし好きなことを好きなだけしていい、といわれたら何をしたいか教えて下さい。」

すると、子どもたちから、「サッカー」「パソコン」「ギター」と次々に色々な答えが出されました。そこで、ゾーイはまたにこやかにいいました。

「もし、その好きなことを好きなだけするとしたら、どれぐらいの時間が必要?」

すると、みんな黙りこくってしまいました。しばらくして、神妙に考えていた子どもがいいました。
「たぶん1ケ月で十分。多分、あきる。他のことしたくなる。」

ゾーイはその時、とってもうれしそうな顔をしていました。

 
私は、はっきりとはいえませんが、子どもは受容的にほったらかしてあげる、ことで、自然と成長していくものだと信じています。中学生にもなれば、親のいうことならば、全部反対のことをしてみたい年頃ですし、ましてや、将来を見通して、こうした方がいいなどという道徳的な説教にいたっては逆効果にしかなりません。mamiさんほどの、子どもに対する深い愛情があれば、それだけで十分。どっしりと構えて、お仕事をなさってらっしゃればいいと思います。

また、子どもに自分の思いをすべていうのは容易いことですが、いわずに黙っている、というのも結構大変ですよね。そっちの方が苦しいですね。そんな時は、もしかしたら、「親業」の「私メッセージ」で話しかけてみたらどうでしょうか?きのくにのスタッフは、時折、親業の話もしますよ。
参考になるかどうかわかりませんが。

とにかく、F君は、こんなに子どものことを思ってくれる親をもって幸せだと思いますよ。】


このお返事をいただいて、私はすごく心が解放されたのを感じたのでした。


きのくに子どもの村学園は、堀さん一人がすばらしいんじゃなくて、こういう返事を書いてくれるすてきなスタッフがそろっているんです。

ブログを書きながら、思い出すこと、感謝することが、どんどん湧いてきます。

*この話し、すでにこのブログで書きましたっけ?

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コメント

mamiさん、【仲間】のところで「拙ブログ」を紹介してくださってありがとうございます。

この、お話、前にもブログでちょっと聞いたと思いますが、何度聞いてもいいお話ですね。

また、何度でも聞きたいお話です。

私も、
【きのくに子どもの村学園は、堀さん一人がすばらしいんじゃなくて、こういう返事を書いてくれるすてきなスタッフがそろっているんです。】こういうふうに感じたことが何度もあったように思います。

そして、これは堀さんがおっしゃった言葉ですが、
大人の海外研修に参加したとき、
ある日、次の日の予定も一杯で、急がなければならない行程の日にレストランでウエイトレスの勘違いから料理が出てくるのが大変遅くなったことがありました。
そういうトラブルがなくてもはじめから、「急がなければならない日」でしたから、私たちは遅れて出てきた料理を必死になって、なるべく品が悪くならないように大急ぎで食べているとき、
堀さんが、「急がないでいいですから、ゆっくり食べてください」と穏やかな声でおっしゃいました。

その時私は、「一点の曇りもない『急がなくていい』を聞いた。」と思ったのです。

きのくにに転校したてのころ、私が言った「今は、きのくにの大人のマネをして、急がなくていいって言う時だな」って考えてから言う「急がなくていい」とは程遠いものでした。

そう言ってくださっても、もちろん急いで食べました。でも、私のこころはとても楽になりました。

息子たちは、こういう人々と昼の大半を過ごしているんだ。こういうふうにゆったりと、受容された時間を暮らしていると思って感動しました。もちろん、それまでの体験から、そういうことは頭ではわかっていました。しかし、自分がそう言われたときの気持ちの変化はとても新鮮ではっきり覚えています。

そういうふうに暮らした結果、「命の大切さ」を言葉で教わらなくても、命の大切さを感じているし、違う考え方の人と接するのも上手みたいだし、「国を愛せ、親を敬え」なんて、言われなくても、自分も相手も尊重する。敬意を持つべきものにはそうする大人になってきたのだと思います。

号令をかけたらそうなる、命令したらそうなると思っている人は、きっとそういう事を知らないだけなのだと思います。


投稿: さんちゃん | 2007年5月16日 (水) 19時14分

今日は、いい話がふたつも読めて、ほのぼのといい気分。お二人とも、こらからもこういうエピソードをいっぱい教えてください。

投稿: むさし | 2007年5月16日 (水) 23時56分

昨日のコメントに補足

>息子たちは、こういう人々と昼の大半を
>過ごしているんだ。

「昼の大半を」について、
うちの息子たちは、
第一子は、通学。第二子は、高等専修学校に入ってから寮に入ったからです。

投稿: さんちゃん | 2007年5月17日 (木) 08時08分

mamiさん、さんちゃんさん、いいお話をありがとうございます。
国民投票法、教育3法、海上自衛隊の辺野古派遣など、世の中は気が滅入る話題ばかりですが、ここにくると世界が違うみたいで、ほっとします。堀さんだけでなくすてきなスタッフがそろっている・・私もそう思います。通信でのコメントを読ませてもらったり、電話での応対など、スタッフの方々、とても生き生きしているなぁと感じます。
振り返って幼児の母にして、すでに口うるさくなりかけている自分(ほとんどが、グズグズして遅刻しそうなときですが)・・う〜、困った。ほっこりおいといてやりたいけれど、遅刻の連続も困るし〜。

投稿: まい | 2007年5月18日 (金) 17時09分

さんちゃん、私も「急がなくてもいい」の話し、何度聞いてもじ〜んとします。こういう暖かさを、きのくにの子どもたちは、ごく自然に受け取っているんですね。私なんて、堀さんにそんなこと言われたら、「うわ〜ん」って、泣いちゃいそうです。^^

むさしさんからも、たくさんすてきな話し、ききましたよ〜。今後も披露してくださいね!

まいさん、ほんとに、世の中の動きには、気がめいりますね。おまけに、「戦争があれば人を殺せるのに」とか、1歳児をバイクのもの入れに入れてしなせるとか、もう、はらわたが煮えくり返る思いです。

でも、絶望せずに、歩み続けましょうね!

口うるさくなってしまう、親なら誰しもぶつかる壁ですよね。
掘さんが以前講演してくださったとき、「同じことを言うのでも、否定でなく、肯定で言うのですよ。」という話しをしてくださいました。

「もう5分しかないよ」→「あと5分あるよ」
「ご飯まだ半分も残ってるよ」→「もう半分食べたんだね」

開校してすぐだったか、学校ができる前のサマースクールのときだったか、工作をしているとき、あるスタッフが「あと10分しかないよ」と言ったとき、子どもが数人、つぎつぎに怪我をした。

「あと10分あるよ」と肯定的に言ったときは、不思議と怪我をしない、という話しも聞いたことがあります。

難しいですが、私は、とにかく、形からはいろうと、その言い方を真似るようにつとめています。(すぐ忘れるけど。特に夫に対して。)

投稿: mami | 2007年5月18日 (金) 21時32分

まみさん、アドバイスありがとうございます!
確かに・・・例えば高いところから跳ぼうとしたりとか、親からみて「ちょっとあぶないな」と思うことをしようとしてる時、「あぶないよ」とか「やめなさい」というよりも、「気をつけてね」と言った方が気持ちが良いみたいです。「気をつけてね」というと「うん、気をつけるから」という返事が返ってきます。そして慎重にやって、たいがい何ごとも起こりません。「あぶない」とか言うよりも、「気をつけて」の方が子どもへの信頼感や自主性を重んじる気持ちが入っているのでしょうね。そして子どもはそれを敏感に感じているようです。
朝の支度にもそれを応用・・ですね。最初は親の方に忍耐(笑)が必要だと思いますが、やってみますね。

投稿: まい | 2007年5月19日 (土) 10時43分

まいさんwrote;
>親からみて「ちょっとあぶないな」と思うことをしようとしてる時、「あぶないよ」とか「やめなさい」というよりも、「気をつけてね」と言った方が気持ちが良いみたいです。

ちょっと長くなります。すみません。

この、危ないことについては、いい方法(と私が思っている)があるのです。

危険を、親が時間の余裕のあるときに体験させる。

たとえば高いところから跳ぼうとして、一生懸命高いところへよじ登っている場合、
黙って見ている。

「これは跳ぶどころか、そろそろ『元来た道』をもどれそうにもない」ところへ登ってしまったとき、子どもが降りられない事を認識し、困ったことになったと分かるまで、下ろして欲しいと頼むまで黙って待っていてやる。
逡巡したあと、自分で恐る恐る跳ぶかもしれないし、跳べなかったら(降りられなかったら)
次からは、自分で跳べない(降りられない)ところには登らなくなります。

昔、たしか『暮しの手帖』で読んだのですが、家屋の廃材も置いてあるような、土地で子どもが遊ぶ時、「ここは、釘が出た古木もあるから気をつけるように」って説明してから遊ばせると怪我がほとんどない。なにも危ないものがないところのほうが怪我をしたりするものだと。

我が家は旧式日本家屋で家中に引き戸があります。幼児の間はその引き戸が閉まる時、手を詰めるときがあります。
今、28歳になる甥が、まだオムツをしてよちよち歩きだったころうちに遊びに来ました。

甥は戸を閉める時、最後に戸が閉まる際、サッと、もう見ていて面白いくらいにサッと 指を全部そろえて詰めないように伸ばしていました。自分の家で指をはさんだことがあったのです。

ちょっと前にNHKの『クローズアップ現代』を見ていたら、引き戸のちょうど幼児が手をはさむ高さの部分を凹ませた(戸が完全に閉まった時も、その部分が穴が開いている状態)のを紹介していましたが、そんなことしたら、危険回避能力が育たないと思いました。

甥のそれをみていたもので、息子が生まれて、よちよち歩き出した時、ちょうどそういう場面があり、「そんなことしてたら痛いよー」と言いながら、あまりきつく挟まないけど、ちょっとは痛いくらいの挟み方を体験させました。

これで引き戸は大丈夫になりました。

アイロンも幼児用ガードを付けていない扇風機もファンヒーターじゃないストーブも。

熱いものは、まだ熱さが残るうちに短時間触れさせます。(これも昔、ドイツの育児の話題をどこかで読んだ気がします。)

のこぎりなんかは、まだ力が弱いうちに持たせると、刃がすべってもし手に当たったとしても、(最初は横で大人が付き添っていなければなりませんが、)自分の力が弱いから、大怪我にはなりません。
ピリピリッと破線状に皮膚が切れるだけですから。それで充分、子どもは刃物は慎重に扱うようになります。

そうしていくうちに、世の中には危ないもの(痛いもの)がたくさんあるんだ、身にしみてわかるようになって、そういう体験が増えていくと他の危ないものについても想像を働かせやすくなると思います。危険へのセンスがアップするのですよね。

「気をつけてね」と言わなくても、気をつけるようになります。

投稿: さんちゃん | 2007年5月20日 (日) 19時45分

さんちゃんさん、ありがとうございます!
なるほどー、実害のない小さな危険を体験することによって、本物の危険回避能力を育てるのですね。子どもが学ぶ力はすごいですものね。その方法だったら、いちいち「気をつけて」と言わなくても危険予知能力が育ちそうです。危険のシミュレーション法とでも言えばいいのでしょうか。生活のなかにぜひ取り入れてみます。
みなさんと比べると育児初心者の私にとっては、こちらのブログ、コメントでは学ぶことがいっぱいです。また、いろいろと相談させていただくことになりそうです。よろしくお願いします。

投稿: まい | 2007年5月20日 (日) 23時22分

さんちゃんは、私がきのくにで出会ったなかで、もっとも尊敬する保護者のかたです。きのくにに入って一年もたたない頃、さんちゃんと、すでに中学生(だったかな)の大きな息子さんと、すごく自然に会話して、笑い合っているのを見て、「わあ、いい親子関係だなあ、うちもこんなふうになれるのかなあ」と思ったのです。

まいさん、私もいろんな人との関わりのかなで、気付かされることがたくさんです。こうやって、場所も時間も飛び越えて、会話ができるってすばらしいですね。こちらこそ、またよろしくです!

投稿: mami | 2007年5月21日 (月) 13時28分

mamiさんwrote;
>私がきのくにで出会ったなかで、もっとも尊敬する保護者のかたです。きのくにに入って一年もたたない頃、さんちゃんと、すでに中学生(だったかな)の大きな息子さんと、すごく自然に会話して、笑い合っているのを見て、「わあ、いい親子関係だなあ、うちもこんなふうになれるのかなあ」

尊敬なんて、そんな…
こちらこそ!です。

私も、きのくにでの行事のときなどに、たくさんのそういう穏やかで暖かそうな親子の会話をいっぱい聞いて、mamiさんと同じ事をいつも感じていました。

そういう空気のなかに自分をおくことで、きのくにをより深くわかることができたように思います。

投稿: さんちゃん | 2007年5月24日 (木) 12時53分

そうですね、すてきな場面をたくさんみたり、話しを聞いたり、そういうことの積み重ねですね。きのくにに行くと、自然と顔がほころびます!

投稿: mami | 2007年5月24日 (木) 22時16分

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