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2007年5月29日 (火)

善き人のためのソナタ

『善き人のためのソナタ』というドイツ映画、みなさまはもうご覧になりましたか?当地では、ただいま公開中でして、先日の日曜日、一人で見てきました。もう最高の映画でした!


舞台はベルリンの壁崩壊少し前の東ドイツ。国家保安省の優秀な局員であるヴィースラーは、反体制の疑いのある劇作家ドライマンと、その恋人クリスタを完全監視することになります。24時間態勢で、すべてを盗聴するのです。

ヴィースラーは、盗聴器を通して、ドライマンとクリスタの愛を感じ、西側の思想に触れ、ドライマンがピアノで弾くソナタを聞きます。

家では一人で食事をし、売春婦を呼んで、ひとときの安らぎを買うヴィースラーは、次第に自分の硬い心が変化するのを感じるのです。

敵だと思っていた相手に、共感を覚えてしまったら、どうなるのでしょう。

この先はぜひ映画をご覧ください。


最後の最後のシーンが、胸にグッときて、エンドロールが全部終わっても、まだ心のなかで波だっている感動を、味わい尽くせないような感じでした。


私が言葉で表現すると、なんだか安っぽく、陳腐になってしまいそうですが、人間のほんとうの強さを見せられたような気がしました。そして、人は変われる、という希望・・・。う〜ん、どう書いても、伝えられない〜。とにかく多くのかたに見て欲しいです。

Nは残念ながら、公開中は帰宅しないので見られないけれど、Fは今週見に行くそうです。


それにしても、ベルリンの壁崩壊が1989年11月。まだ20年もたってないのですね。その頃私は20代半ばでした。壁崩壊は知っていたけど、それまでの東ドイツが、こんな恐ろしい監視国家だったなんて、全然知りませんでした。社会のことに、あまり関心もなかったし。なんてぼんやりと過ごしてしまったんだろう、と忸怩たる思いです。


ぼんやりしてたら、自由な日本も、いつ監視国家になってしまうかわからない!

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2007年5月28日 (月)

サマースクールのお知らせ

毎年大人気の、きのくに子どもの村学園サマースクールの日程が決まりました。

8月8日(水)〜8月11日(土) 3泊4日で、対象者は年長児から小学校5年生までの子どもです。詳しくは、きのくにのホームページにでていますので、ご覧ください。


福井県にある、かつやま子どもの村学園でも、サマースクールが開催されます。かつやまでは日程が二つあります。

・A日程:7月28日(土)〜7月31日(火)
・B日程:8月2日(木)〜8月5日(日)

こちらは、対象は5歳(年長組)〜小学校6年生までとなっています。

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2007年5月24日 (木)

センス・オブ・ワンダー

5月21日の朝日新聞朝刊にでていました。

レイチェル・カーソン日本協会、っていうのがあるんですね。今月27日で米国の海洋学者で、作家のレイチェル・カーソンが生まれてから、100年になるので、協会では、各地で写真展や自然鑑賞会などを開いているそうです。

レイチェル・カーソン、と言えば、日本では、『沈黙の春』『センス・オブ・ワンダー』がよく知られていますね。


協会の理事長である、上遠 恵子氏は、言います。

【センス・オブ・ワンダーとは、神秘さや不思議さに目を見はる感性と訳せばいいでしょうか。この本の中でカーソンは、『子どもたちが出会う事実の一つひとつが、やがて知識や知恵を生み出す種だとしたら、さまざまな情緒や豊かな感受性は、この種を育む肥沃な土です。幼い子ども時代はこの土を耕すとき』と書きました。

生き物の名前を覚えることに一生懸命になりすぎると、『なぜそんな形をしているのか』といった、神秘さや不思議さを見過ごしてしまいます。名前を覚えることは二の次でいい。いまの環境教育で一番求められている点です。】


ほんとうに、今の教育では、「なぜ」が軽視され、「覚えること」が重視されて過ぎています。

三歳児神話、三つ子の魂百まで、とはよく聞く言葉ですが、これは、早期教育をすることでなく、しっかりと受容されている安心感と感受性の豊かさを蓄える時期ですよね。


『沈黙の春』が1962年、『センス・オブ・ワンダー』が65年の出版ですから、50年以上前から、現代に通じる、大切なことを伝えてくださったかたがいたのですね。私も、もういちど読み直そうと思います。


ちょっと余談ですが、私はFが小学校一年生くらいのとき、『センス・オブ・ワンダー』を読み、

【そして、あらゆる生きものたちの声にも耳をかたむけてみましょう。子どもたちが、春の夜明けの小鳥たちのコーラスにもまったく気がつかないままで大人になってしまわないようにと、心から願っています。

子どもたちは、とくべつに早起きをして、明けがたの薄明かりのなかを外にでかけたときのことをけっしてわすれないでしょう。】

という文章に感化され、「明日から5時に起きて、散歩するよ!」と、有無を言わさずFを起こして、散歩したことがあります。

Fは、「あのときは、きつかったことしか覚えてないわ。」と言うのです。(トホホ・・・)

あの頃は、「息子の心に残る、よいことをしてやった」という、自負の念がありましたが、子どもの意志を無視した、親の押しつけは、ナンにもなりませんね。

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2007年5月22日 (火)

究極の選択?

ちょっと馬鹿げた考察(と言えるだろうか・・・)かもしれませんが、こんなことを考えてみました。


「ガチガチの管理教育&詰め込み教育の学校に行っているが、親は受容的でやさしい」、という家庭と、「きのくにのような自由学校で学んでいるが、親はガミガミ過干渉」、という家庭と、子どもはどっちで育つのが幸福か。


どっちも程度問題ですが、私が子どもだったら、前者のほうがましかなあ。きのくにで学んでるのに、親が口うるさくて、子どもを思い通りにしたがる管理的態度だったら、気持ちが分裂しそうだな。


以前、スタッフとのメールのやりとりで、下記のような文章をいただいたことがあります。

これをこのブログに載せるのは、ちょっと危険かな、という気がしたのですが、ほんとうにきのくにに子どもを入れたいと思う保護者のかたには、とても貴重な文章だと思うので、思い切って掲載します。なにしろ、私自身、とても感銘をうけましたし。

なぜ危険かな、という気がするかというと、掘さんやニイルの著書を読んだことのない方が、たまたま私のブログでこれを読まれたなら、多分理解できないであろうし、多少きのくにのことに興味があっても、絶対に自分と向き合いたくない、いつも原因を外にだけ求めている人にとっては、この文章は、言いようのない嫌な気持ちをかき立てるものになるだろうからです。


でも、このブログは、そういう方のために書いているわけではないし、この文章を読まれたことで、自分の糧にされる方のほうが遥かに多いと感じているので、掲載します。(クドくてすみません。)


【つくづく思うのですが、きのくにで子どもが自由になるためには、保護者自身が自由でなければならないと思います。以前の自分と向き合い、省みようとする態度が必要です。今の自分を知ることも大切です。臨床心理士がそうであるように、自分の弱点を他者にさらし、無意識で避けてきたことに立ち向かい、それを克服する。その結
果、自分を知ることで、自分自身が変わっていく。

しかし無意識で避けてきたことに、立ち向かうのはとても勇気のいることです。人は、自分を苦しめた同様のことを、知らず知らずのうちに子どもにしてしまいます。それを止めるためには、無意識を意識化することが必要なのです。

この学校の方針に賛成することは、一部の人々にとっては、それまでの子育てをすべて否定することになりえます。それまでの自分を否定することができない、執着心の強い方には、とても勇気のいることなのです。自分自身が不自由なのだと気づいてほしいと思う気持ちは当然あります。

しかし、不幸な人生を送ってきた人ほど、無意識の壁は厚くて高い。それを壊すのは、私たちは無理だと思っています。気づいてもらうことはできることもありますが。

「子どもがどこへ向かうのかわからない。だから私たちは子どもを導こうとしない」
というニイルの言葉が、堀さんは大好きだそうです。私も、この言葉が好きです。】

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2007年5月18日 (金)

“自由な子ども”が育つために

先日の、堀さんが出たNHKの番組、よかったですね〜。

堀さんにしてみたら、1時間で話し尽くせるものじゃない、というところかもしれませんが・・・。


堀さんは、サマーヒルを見て、「教師が徹底的に子どもの側にたっている」ということに驚いた、とおっしゃていましたが、今の堀さんは、ほんとに子どもの側にたっています。ちょっと表現がおかしいかもしれませんが、保護者を敵に回しても、子どもの側にたっている、と感じることが多々あります。


あるとき、低学年の保護者が、「寮にゲームを持って行かないように指導してほしい」と電話してきたのですが、堀さんは、「寮でゲームをしてもいい、というのは子どもたちが決めたルールですから、私はそれを禁止したりはしません」と、きっぱりおっしゃったそうです。その話しはNから聞いたのですが、Nは、「堀さんは、子どもの気持ちがわかっちょんのや。(大分弁)」と言っていました。


普通の学校って、教師は、子どものことより、保護者の機嫌を損ねないように気を遣っている、という感じがします。


最後のほうで、「私はほんとうに幸せです。大学にいたときより、子どもの成長を間近に見ることができて、こんな幸せなことはありません。自然に笑えてくる」とおっしゃっていました。

私、こういう人のところで子どもが育ったということに、心から感謝です。

「きのくにがすてきなことはよくわかるけど、子どもを親元から離すなんて・・・」という言葉を、今までさんざん聞いてきましたが、私に言わせれば、「親が一人で子どもを囲い込むより、心から信頼できる方たちと、一緒に子育てしたら、親子で100倍幸せよ!」、です。

私は、息子たちが、こんなに暖かい大人たちに見守られて育ったことに、感動を覚えます。そして、それは、親子の関係を、いささかも切り離すものではなく、それどころか、親としての自分のあり方を顧みることになり、成長できた結果、息子とも、対等の、よい人間関係がつくれているように感じているのです。


ところで、このNHKの番組、地味だから、どれくらいの人が見てくれるのだろう、と思っていたら、やっぱり、赤い糸で結ばれた人たち(?)が、見ているんですねえ。


13日に放映以降、このブログもアクセス数が倍増しています。テレビを見て、きのくに子どもの村学園で検索したら、このブログにたどり着きました、という方からも、数人、メールをいただきました。


メールいただいたみなさま、ありがとうございます。今後も、子どもの幸福のために教育について、どんどん語り合いましょうね!

それから、今までメールいただいたかたには、みなさんご返事したつもりなのですが、もし返事が届いていないかたは、多分、迷惑メールのほうに流れてしまって、削除してしまった可能性があります。恐れ入りますが、再度ご連絡お願いいたします。

なお、教育関係とわかる件名をつけていただければ、安全確実、と思います。


今、日本では、きのくにのような教育が、あちこちで試みられています。長野、勝山、北九州。
和歌山には、きのくに国際高等専修学校以外にも、ユニークな高校が、今年開校しましたね。

こういった情報も、どんどん紹介していきたいと思います。

ひらおだい四季の丘小学校のHPは、ただいま更新作業中とのことで、ページが開けません。URLは変わっていないので(ですよね?)、数日たってから、またアクセスしてみてください。

【仲間】のところの「ひらおだいはGrande!」というブログは、四季の丘小学校の保護者さんが書いておられます。こちらはアクセスできると思いますので、ご覧ください。

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2007年5月15日 (火)

ちょっと訂正たくさん補足

昨日、「帰宅したときは、のんびりごろごろ、マンガ、ゲーム三昧。でも、私はもう、「本がすらすら読めるか」なんてことは、気にしなくなっていました。」なんて書きましたが、そんなことなかったことを、思い出しました。


Fが中一のとき、担任に、こんな相談メールを送ったのでした。


【Fのことで、というより私のことで相談に乗っていただきたくメールしております。

夏休みになってはや十日、Fは今日もゲームとマンガにあけくれています。もっとも、昼ご飯を作ってくれたり、CDを聞いたり、Nとテニスしたり、ということもしていますが。

Fは「今度英検受けたいな」と言っていましたので、私としては「だったら少し勉強したら?」という気持ちなのです。それにもう少し本も読んだ方がいいんじゃないかとか思ったり。

でもよけいなお世話かもと思い、それを実際Fに言ったことは一回だけです。

両親とも仕事しているので、めったに出かけることもできなく、一日中兄弟でごろごろしている様子を見ると(医院と自宅が同じ棟なので、仕事の合間に自宅に戻ると、どうしても目に入ってくる)親の私が少し声をかけて、もう少し有意義に過ごすようにし向けるべきなのか、ほおっておくべきなのか悩んでいます。

私の考えは、子供の自由を邪魔することなのでしょうか?実際、私にとっての「良い夏休みの過ごし方」みたいなものがあって、Fをそれにあてはめようとしている自分の気持ちも感じます。

でもやっぱり、四十日間マンガとゲームだけなんて・・・と否定的な気持ちがでてきて・・・。

父親は「この本すごく面白かったよ」などと水を向けていますがいまいちのってきません。でも、ビデオで昔の名画をみたりというのは好きで、よく一緒にみます。

きのくにっ子の親なのに、お恥ずかしい限りですが、何かアドバイスいただければ、と思います。それ以外はほんとうに優しくて、落ち着いていて、すてきに育っていると思うのですが。】


そうしたら、こんなすてきなお返事が届きました。


【私はずっと考えていることがあります。それは2年前にサマーヒルのゾーイがその当時の中学生に向かっていった言葉ですが、こういう意味合いでした。

「あなたたちがもし好きなことを好きなだけしていい、といわれたら何をしたいか教えて下さい。」

すると、子どもたちから、「サッカー」「パソコン」「ギター」と次々に色々な答えが出されました。そこで、ゾーイはまたにこやかにいいました。

「もし、その好きなことを好きなだけするとしたら、どれぐらいの時間が必要?」

すると、みんな黙りこくってしまいました。しばらくして、神妙に考えていた子どもがいいました。
「たぶん1ケ月で十分。多分、あきる。他のことしたくなる。」

ゾーイはその時、とってもうれしそうな顔をしていました。

 
私は、はっきりとはいえませんが、子どもは受容的にほったらかしてあげる、ことで、自然と成長していくものだと信じています。中学生にもなれば、親のいうことならば、全部反対のことをしてみたい年頃ですし、ましてや、将来を見通して、こうした方がいいなどという道徳的な説教にいたっては逆効果にしかなりません。mamiさんほどの、子どもに対する深い愛情があれば、それだけで十分。どっしりと構えて、お仕事をなさってらっしゃればいいと思います。

また、子どもに自分の思いをすべていうのは容易いことですが、いわずに黙っている、というのも結構大変ですよね。そっちの方が苦しいですね。そんな時は、もしかしたら、「親業」の「私メッセージ」で話しかけてみたらどうでしょうか?きのくにのスタッフは、時折、親業の話もしますよ。
参考になるかどうかわかりませんが。

とにかく、F君は、こんなに子どものことを思ってくれる親をもって幸せだと思いますよ。】


このお返事をいただいて、私はすごく心が解放されたのを感じたのでした。


きのくに子どもの村学園は、堀さん一人がすばらしいんじゃなくて、こういう返事を書いてくれるすてきなスタッフがそろっているんです。

ブログを書きながら、思い出すこと、感謝することが、どんどん湧いてきます。

*この話し、すでにこのブログで書きましたっけ?

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2007年5月14日 (月)

時がきたら伸びる

長男のFは、小学校三年生まで地元の小学校に行っていました。友達も多く、サッカー部にも入って、楽しくやっていましたが、お勉強がイマイチ・・・。

私は息子に偏差値の高い高校、有名大学に行って欲しいとは、全く思っていませんでしたが、学校の宿題の本読みで、あまりにもたどたどしく読む様子を見て、不安になりました。算数の宿題を見てやっても、なんだかあまりわかってなさそう。

「落ちこぼれたらかわいそう」という母心が、私を鬼にしました。

夏休みは、本を数冊買ってきて、それを声に出して何度も読ませたり、要約させたりしていました。できないと、声を荒げてました。


この様子を見ていた次男のNは、後になって、こんなことを言いました。

「前はお母さん、すごかったよね。俺、小学校に行きたくなかったよ。行ったらお母さんあんなに恐くなるのかと思って・・・」


それが、きのくに子どもの村学園に出会って、「一番大切なのは、子どもが今、幸福に生きていることなんだ」と、心から思えるようになりました。

きのくにで、みんなと力を合わせて建物をつくったり、料理をしたり、旅行の計画をたてて、あちこちでかけたり、そういうことをしていくなかで、楽しみながら、いろんな力を身につけていくんだなあ、ということも、よくわかりました。

きのくにの大人は、教師も寮母さんも、口うるさくあれこれ指図しないし、保護者に対しても、「家庭では、のんびりさせてあげてください」と言われます。私も、「口うるさいお母さん」を返上するべく、努力しました。

帰宅したときは、のんびりごろごろ、マンガ、ゲーム三昧。でも、私はもう、「本がすらすら読めるか」なんてことは、気にしなくなっていました。


そして今、16才になったFは、毎朝新聞を隅々読み、心に残った記事や、音楽に関する記事を切り抜いて保存しています。

Fが新聞をじっくり読むようになるなんて、想像できなかったなあ。

さんちゃんが、少し前のコメントに書かれていた「きのくにマジック」、私も感じます。

ほんとは「マジック」じゃなくて、子どもを一人の人間として尊重するようになったら、子どもは自分で必要なときに、必要なだけ伸びる、ってことなんだろうけど、ほんとに、びっくりする変化と成長です。

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2007年5月12日 (土)

自己決定としなやかさ

さんざん悩んだ末、「道具製作所」というプロジェクトを選んだN。ゴールデンウイークに帰ってきたとき、「俺、道具製作所にしてよかったわ。」と、満足気に言っていました。

それで私が、「じゃあ、今まで、選んで失敗した〜って思ったプロジェクトある?」と聞いてみました。

「いや、失敗ってことはないなあ。俺には合わないな、って思うこともあったけど、プロジェクトの中でいろんなことするし、去年はキルクハニティのビデオづくりとか面白かったしな。全部イヤとか、失敗ってことはないよ」
とのことでした。

確かに、小二できのくにに入ったNは、自分でプロジェクトを選ぶ、ということを、8回やってきたわけですが、今まで私は、一度ども、「○○(プロジェクト名)はやだ〜。他のに代わりたい〜。」というような愚痴を聞いたことがありません。


こういう様子を見て、私は、自己決定ができる環境にあることの大きな意義を感じます。

もし、これが、自分でプロジェクトを選ぶのでなく、教師によって決められているのだとしたらどうでしょう。

「俺、このプロジェクト、全然おもしろくねえ。」「○○くん(友達)が入ってるプロジェクトのほうが面白そう」などという言葉がでてくるような気がします。


子どもたちは、言葉にはしないけれど、「自分で選んだ」という誇りと自信があるから、例えそのプロジェクトで嫌なことがあっても、そこから逃げるのでなく、「さてどうしよう」とういうふうに考えられるようになっているのではないか、と思うのです。


自由であり、自己決定ができる環境は、子どもたちを、しなやかで、かつ、たくましく成長させるのだということを、強く感じています。


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2007年5月11日 (金)

NHKに堀さん出演します

5月13日午後、下記の番組に、きのくに子どもの村学園長、堀真一郎氏が出演します。6日の早朝に放送されたものの再放送です。すでにご覧になったかたもいらっしゃるかもしれませんね。


こころの時代〜宗教・人生「“自由な子ども”が育つために」
チャンネル :教育/デジタル教育1
放送日 :2007年 5月13日(日)
放送時間 :午後3:30〜午後4:30(60分)

▽「自由な子ども」が育つために 和歌山県橋本市に16年前につくられた
学校法人「きのくに子どもの村学園」の学園長・堀真一郎の自由な学校づくり。

〜和歌山県橋本市・きのくに子どもの村学園で録画〜

堀 真一郎, 【きき手】井上 善夫

放送時間は、もしかすると地域で違ったりするかもしれませんので、当日の新聞テレビ欄や、下記のNHKホームページでご確認ください。

http://cgi4.nhk.or.jp/hensei/program/index.cgi

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2007年5月 5日 (土)

絶望はしていない

4月29日、きのくに子どもの村学園での春祭りの日、野田正彰氏(精神医学者、関西学院大学教授)の講演会がありました。

タイトルは『子どもの成長が親の社会観の変化につながる学校』


最初、野田氏は、「みなさんは子どもさんがきのくにに来ておられるので、現在公立小学校の現状をご存知ないかもしれませんね」ということで、京都のある公立小学校の通知表の内容について、話しをしてくださいました。

実際の通知表を持ってきてくださったのですが、それは、なんと14ページにもわたるもので、内容も、信じられないような事細かさ。

たとえば国語は、各単元ごとに、【国語への意欲・・・】【話すこと、聞くこと・・・】【書くこと、読むこと・・・】など、それぞれにABC評価をつけ、さらに【全体の評点】というのを11個つけなければならないそうです。

これらを毎学期、全部の教科について行い、学年末の総評価もいれると、一年で272項目の評価をすることになります。こんなことが、ほんとにできるのでしょうか?でも、しなければならないんですよね。こういうことを課せられている先生がたは、どんな精神状態になってしまうのでしょう。子どもの気持ちなんかに、かまってられないんじゃないでしょうか?

おまけに、その通知表の表紙は【神社】の挿絵が描いてあります。


他にも、教育界の危険な状況の話しがありました。


そして、私たちは、どうするべきか、というところで、以下のような話しがありました。(メモを取るのも限界があり、あくまでも、私が書き取れた範囲でまとめたものです。)


【人間の幸せ、喜び、というのは、親しい人と深い交流ができること。その点で見たとき、親子が人として交流できていて、喜びがあるか。

大人が子どもから得ているものとして、生きていることのあたたかさややわらかさがある。きのくにでは、子どもの可能性が開かれているのに驚く。訓練による教育の成果を遥かに越えた成長がある。

みなさんは、子どもと交流して、今の教育を変える力をつけてほしい。】


最後に、「今の教育の状況はとても悪いが、私たちはどうすればよいと思いますか」という質問に、このように答えておられました。


【まず、政治を変えることです。そして、子どもの、違う生き方をつくっていくことです。私は絶望したことはありません。絶望は、所詮からまわりでしかない。

どんな強固に見える社会体制でも、変わるときは変わるのです。それは、外の影響で変わることが多い。この国で多数であることが、人類にとって多数ではないのです。】


ものすごく勇気のでる言葉でした。そして、私も、たまたまきのくにに出会って、幸せな親子関係を築かせてもらっているけれど、これを、「我が家の幸せ」だけにしないで、社会を変える力をつけていきたい、行動していきたい、と、心から思いました。


*あの講演をお聞きになったかたで、補足、訂正などありましたら、どうぞよろしくお願いいたします。

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2007年5月 1日 (火)

春祭りー初写真!

4月29日は、きのくに子どもの村学園の春祭りでした。いろいろ写真を撮ろうと思っていたのに、結局見て、食べて、しゃべって、遊んで、と忙しく、とれたのはこの写真だけ。しかも、デジカメでとった写真をブログにアップするのは今回初めてなので、ちゃんとできているのか、とても不安です。

(過去に1、2度写真を載せたのは、携帯から直接アップだったので、とても簡単だったのです。)

ということで、失敗しているかもしれないので、文章は短めにしておきます。詳しいことは、後日。


今年Nは道具製作所、というプロジェクトに入ったので、今日のところはその話しで。

写真の赤い車は、道具製作所の昨年のメンバーがつくったBDF(バイオディーゼル燃料)カート、というものです。ブルーシートが半分かかっちゃってるのは、私がぼやぼやしているうちに、片付けの時間になってしまって、しまわれていたので、写真をとるために、そろ〜っとシートをはがした、というわけで・・・。

あと、道具製作所では、ERK(電動レーシングカート)の運転をしたり、タイヤ外しに挑戦したり、と、保護者(もちろん私も)が真剣にタイムを競ったりしていました。

室内では、道具製作所手作りの木のおもちゃ(竹とんぼや車など)やクッキーの販売をしていました。あっという間に売れていました。

これらも写真に撮ろうと思ってたのに・・・。

いつもドジな私でした。

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