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2007年4月23日 (月)

そういえば、家庭訪問

4月の後半になると、いつもは遅い時間にしか治療に来れなかった小学生たちが、午後の早めの時間に来たりします。「家庭訪問週間」だから、授業が早く終わるのですって。

ああ、そういえば、家庭訪問、っていうの、ありましたねえ。きのくにに入ってから、すっかり忘れていました。そういえば、保育園の頃から、家庭訪問、やってました。


当時は、担任の先生がいらっしゃる日を、けっこう楽しみに待っていたりしたのですが、よく考えてみると、家庭訪問って、なんのために必要なんでしょうか?先生がたも膨大な時間と労力を費やすわけですが、それに見合うだけの価値が、なにかあるのでしょうか?


子どもの家庭の状況を把握しておいたほうがいいから?

でも、学校の先生は、家庭のことまで責任もてませんよね。それに、私は親の立場としたら、そこまで立ち入ってほしくないしなあ。


親と1対1でコミュニケーションをとって、なんでも話せる関係をつくりたいから?

まあ、無駄ではないでしょうけれど、たった15分か20分そこらで、どの程度の効果があるのかなあ。一軒一軒訪問するのに割く時間を考えると、なんだか、無駄な気がする。

もし、「家庭訪問」っていうのが、いつ頃、なんの目的で始まったのか、ということをご存知のかたがありましたら、教えてください。


きのくにには、うちのように遠くから来ている家庭もたくさんあるので、家庭訪問なんて、とても無理な話しです。もちろん、堀さんは、しようとも思わなかったでしょうけれど。

でも、入学に際しては、面談があるし、年に2回は夜更かし会があって、担任だけでなく、堀さんや他のスタッフとも、じっくり話しができるから、コミュニケーション不足を感じたことはありません。

それに、保護者は普段の学園の様子を、いつでも見に行くことができるのです。

これで十分。なんの問題も感じません。きのくにに入ってから、目からいっぱいウロコが落ちました。


学校の先生がた、とても忙しいとききます。文部科学省の方針が変わるたびに、振り回され、膨大な書類が必要だったり、部活の顧問があったりと、ほんとうに大変そうです。

「昔からやってるから」というのでなく、「ほんとうに必要なのかな」「どういう目的でしているのかな」という視点で考えれば、家庭訪問も、もしかしたら、無理にしなくてもいいんじゃないのかなあ。


形式じゃなく、ほんとうに必要なことはなんなのか、見直せば、もっとゆとりが生まれるんじゃないかなあ。

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コメント

 家庭訪問について、そもそもの目的は、はっきり知らないのですけど、それでも、公立の小学校で家庭訪問を実施する事は、社会的に一定の役割を果たしえるのではないかと思います。
 小学校から私学に通わせられる家庭は、その時点で、いろんな意味で、ある程度安定した家庭です。そして、私学に行かない子は、基本的に全て公立小学校に籍を置きます。
 だから、公立小学校は、日本の子どもの置かれている状況を全数把握できる場所です。
 家庭訪問で、「家庭」という密室に、公的な目が入ることが、子どもの安全や福祉に繋がるような家庭もあると思います。(残念ながら、今、日本の子どもが置かれている状況は、そういう必要もあると感じます。)
  

投稿: むさし | 2007年4月27日 (金) 23時58分

むさしさん、ご意見ありがとうございます。

>家庭訪問で、「家庭」という密室に、公的な目が入ることが、
>子どもの安全や福祉に繋がるような家庭もあると思います。

確かに、そういう面はありますね。なんでも自分のものさしだけで考えてはいけないな、と再認識いたしました。
高校教師をしている友人も、「家庭がひどすぎて、暗澹たる気持ちになることがあるよ」と言っていました。


投稿: mami | 2007年5月 1日 (火) 22時04分

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