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2007年4月27日 (金)

自立させない教育

あら、気がついたら、このブログを初めて、一年がたってました。まあ、我ながら、よく書いたこと!いつも読んでくださっているみなさま、ありがとうございます。


一年前、きのくに中学を卒業したばかりだったFは、自分でしっかりとスケジュールを管理し、ギターレッスン、練習、バイト、ピアノ、通信制高校の課題、たくさんのコンサートと、忙しく、そして充実した毎日をすごしています。

Nは、春休み後、きのくにに行くとき、「あ〜、俺ももう中三、受験生か〜」と楽しげにつぶやいていました。それで、私が、「なんか興味のある分野とか学校があったら、お母さんもネットで情報集めようか?」と尋ねたら、「いや、まだいいわ」と、すっきりとした返事。


きのくにに入って、自分のことは自分でする、というのが当たり前になっているので、こちらもどっしり落ち着いていいられます。


先日、「チョイス」のことを書きましたが、チョイスに限らず、きのくにでは、とにかく「自分で選ぶ」という能動的なことがらが多いです。

そもそも、小学校、中学校、高等専修学校と、制服がありませんから、朝起きて、今日は何を着ようかな、というところから、「自分で選ぶ」ですもの。

そして、一年ごとにプロジェクトを選び、その週にする活動をミーティングで決め、学期ごとにチョイスを選び、修学旅行に行くかどうか、どこに行くかを、自分たちで決める。ときには、ものすごく悩んでしまうこともある。そういうことの積み重ねが、自立した子どもを育てるんだなあ、とつくづく思います。


『きのくに子どもの村』の77ページに、いい話しが書いてありました。工務店での活動の【週間計画を立てるー月曜日】から、抜粋します。


【ほとんどの子が忙しそうに動いている。とてもいい顔をしている。楽しそうなおしゃべりをしながら。でも、よく動く。自分がいま、クラスのどんな仕事のどの部分を担当しているかを、よく知って動いているのだ。

この週の途中のことだ。
「午後は何するんだったっけ」
と真理ちゃんから聞かれた。「何をしたらいいの?」というのではない。「何をする予定だったか」という意味である。

「工事だったんじゃない?」とこたえると、
「ああ、そうだった!」

ことばの違いは小さいけれど、子どもにとっても大人にとっても、その中身の違いは大きい。まだまだ工夫したいところも多いけれど、週間計画を立てるひとときは、これからも大事にしていきたい。】


このちょっとした言葉の違いのなかの、大きな意味の違いを敏感に察知し、大切にしているきのくにって、やっぱりすごいなあ、と思います。ちなみにこの文章は、堀さんでなく、丸山さんがお書きになったものです。


一方、私が受けてきたような、【毎日、朝起きたら、何も考えずに制服を着て、時間割通りに授業を受けて、試験があって、採点されて・・・】というような教育、受け身だなあ。

子どもをできるだけ「自立させない」ための教育、みたいです。

おまけに、セカンドバッグや、髪型、長さまで決められている学校も少なくないでしょう。そういうことをして、いつも上から押さえつけているから、中学生、高校生がいつまでも幼いんですよ。


某大学教授が言っていました。

「学生たちは、授業中、おしゃべりはするのに、名指しして意見を求めると発言できない。おまけに自分がさされているのに、周りを見る。だから、周りの意見じゃなくて、あなたの意見は?と言うのだか、もじもじして、はっきり言えない」


社会は「自立させない教育」が好きな人のほうが多そうです。でも、いつか変わる。変える。ひとりひとりが、「そういう考えはおかしいよ」と発信し続けてれば、いつか変わる、変わって欲しい。


このブログを始めた一年前、Fのギター修行が本格的になり、専門家コースに入ることになったとき、そのスクールの店長さんに、こう言われました。

「お母さんの役目は、もし、Fくんが練習を怠けてるなあ、と思ったら、練習しなくていいの?と声をかけてあげることです。よろしくお願いします。」

それで、こう答えました。まだ、人間関係がそれほどできていなかったので、遠慮がちにではありますが・・・。

「私の役目は、一生懸命働いて、Fが何かをやりたいときや、いいギターが必要になったときに、経済的にバックアップすることかな、と思ってます。練習は、もしFがしないで、だめになるんだったら、それはそれでしょうがないかなって・・・・。」


さて、あさって(29日)は、楽しみな春祭り。昨年はFも一緒に行ったのですが、今年は忙しくて、無理のようです。

今夜、村治佳織さんのコンサートがあるので、福岡へ。そのまま福岡泊まりで翌日は高校のスクーリング、夜遅くに帰ってきて、29日は朝からバイト。きのくにで培われたたくましさで、日々、過ごしています。

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2007年4月23日 (月)

そういえば、家庭訪問

4月の後半になると、いつもは遅い時間にしか治療に来れなかった小学生たちが、午後の早めの時間に来たりします。「家庭訪問週間」だから、授業が早く終わるのですって。

ああ、そういえば、家庭訪問、っていうの、ありましたねえ。きのくにに入ってから、すっかり忘れていました。そういえば、保育園の頃から、家庭訪問、やってました。


当時は、担任の先生がいらっしゃる日を、けっこう楽しみに待っていたりしたのですが、よく考えてみると、家庭訪問って、なんのために必要なんでしょうか?先生がたも膨大な時間と労力を費やすわけですが、それに見合うだけの価値が、なにかあるのでしょうか?


子どもの家庭の状況を把握しておいたほうがいいから?

でも、学校の先生は、家庭のことまで責任もてませんよね。それに、私は親の立場としたら、そこまで立ち入ってほしくないしなあ。


親と1対1でコミュニケーションをとって、なんでも話せる関係をつくりたいから?

まあ、無駄ではないでしょうけれど、たった15分か20分そこらで、どの程度の効果があるのかなあ。一軒一軒訪問するのに割く時間を考えると、なんだか、無駄な気がする。

もし、「家庭訪問」っていうのが、いつ頃、なんの目的で始まったのか、ということをご存知のかたがありましたら、教えてください。


きのくにには、うちのように遠くから来ている家庭もたくさんあるので、家庭訪問なんて、とても無理な話しです。もちろん、堀さんは、しようとも思わなかったでしょうけれど。

でも、入学に際しては、面談があるし、年に2回は夜更かし会があって、担任だけでなく、堀さんや他のスタッフとも、じっくり話しができるから、コミュニケーション不足を感じたことはありません。

それに、保護者は普段の学園の様子を、いつでも見に行くことができるのです。

これで十分。なんの問題も感じません。きのくにに入ってから、目からいっぱいウロコが落ちました。


学校の先生がた、とても忙しいとききます。文部科学省の方針が変わるたびに、振り回され、膨大な書類が必要だったり、部活の顧問があったりと、ほんとうに大変そうです。

「昔からやってるから」というのでなく、「ほんとうに必要なのかな」「どういう目的でしているのかな」という視点で考えれば、家庭訪問も、もしかしたら、無理にしなくてもいいんじゃないのかなあ。


形式じゃなく、ほんとうに必要なことはなんなのか、見直せば、もっとゆとりが生まれるんじゃないかなあ。

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2007年4月18日 (水)

チョイス

きのくにのカリキュラムは、プロジェクト(一年を通して、クラスで取り組むメインの活動・個人研究もある)の他に、基礎学習とチョイスの時間があります。


「チョイス」というのは、一学期ごとに、教師が用意してくれた様々な活動から、好きなものを三つ(中学校では若干異なる)を選んで、そのグループで行われる活動です。授業時間内に行われます。

大まかにいって、プロジェクトの時間が全体の半分をしめ、その残りを基礎学習とチョイスで、半々に使うという時間配分です。あと、木曜の最後の時間は全校ミーティングに当てられています。


息子たちがこれまでどんなのを選んだのか、だだ〜、っと挙げてみます。

【野球・サッカー・ギター入門・陸上・卓球・書道・筋肉番付・器械体操・お菓子づくり・合奏・バードウオッチング・登山家・書道・・・・・】

他にもいろいろあります。選んだのはスポーツが多いですが、彼らが選ばなかったものもたくさんあります。イラストを描いたり、英語があったり、したっけな。だからスタッフも芸達者(?)なんですよ!


息子たちは、このチョイスの時間を、とても楽しみにしていました。ほんとに楽しそうですよね。こんなにいろいろ選べて、新たなことにも挑戦できて。


Nは小学生のときは「全部スポーツにする」といって、毎学期、3つ全部スポーツ系でしたが、中学生になって、ギターや合奏、書道など、いろいろトライしているようです。

卓球に目覚めて、いいラケットを買って、試合に出たこともあったなあ。きのくにのスタッフは、子どもたちのやる気が盛り上がったときなどは、試合のチャンスも見つけてきてくれるのです。それも、日曜日の朝早くから試合会場に連れて行ってくれたりして。


プロジェクトは、もちろん学年の枠がありませんが、チョイスも年齢、学年が混ざっています。(ものによっては多少の制限もあるようですが。)

こういう時間が授業の一環というのが、とてもいいと思います。子どもたちは、一日中、決まった「クラス(学級)」に閉じ込められることなく、他の仲間との交流があり、いろんなことに挑戦できるのです。

「きのくにでは自分でプロジェクトを選ぶから、小さいうちから興味の幅が狭まってしまわないか」という、見学者の意見も聞いたことがありますが、普通の学校で、毎日机に向かって、教科書を通してだけ勉強しているほうが、よほど狭くなるんじゃないかと思います。


先日、内藤氏の「学級制度の廃止」について書きましたが、それを書きながら、やはりきのくにのことを思ってしまいました。


きのくにの空気がよどんでないのは、大人(教師)も子どもも、よ〜く動いているからなんだな。

プロジェクトで頭と体を使い、ミーティングで話し合い、悩み、チョイスで他の仲間と楽しい活動をして、心も体も柔らかだからなんだな。

*もちろん基礎学習もちゃんとやってますが、私があまり関心ないから、つい書くのを忘れてしまいます。 (- -")

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2007年4月13日 (金)

学級制度の廃止

ギタリスト村治佳織さんのお父さん、村治昇氏の記事が載っていたので、『婦人公論』4/22号を買いました。
そうしたら、ちょうどその号は【子育て】に関する特集だったようで、なかなか面白い記事が多かったです。


なかでも興味を惹かれたのが、ヤンキー先生、こと、義家弘介氏と明治大学助教授の内藤朝雄氏の対談です。

義家氏はすでにかなり有名で、私も雑誌、新聞、ラジオなどで彼の考えを聞く機会もありましたが、考えがあまり深くないように感じるところがあって、主張全体にも共感できない部分が多々ありました。

一方、内藤氏のほうは、この雑誌で初めて知りましたが、論点がすっきりはっきりしていて、主張も共感できるものでした。

内藤氏は、いじめを二つに分け、それぞれ別の対処をするべきと言います。

ひとつは暴力系のいじめ、もう一方はシカト・くすくす笑い・悪口などのコミュニケーション操作系のいじめ。

前者は犯罪なのだから、法的に対処し、必要ならば警察に任せる。

後者に関しては、このように話しています。


【問題はコミュニケーション操作系のいじめ。隠微で曖昧な笑いやしぐさ、どうとでもとれる言葉を「いじめ」と判断し処罰を下すことは、現実的に不可能です。

しかし、解決策は簡単です。

学級制度を廃止すればいい。生徒を、限定された空間と人間関係に軟禁する学級制度を廃止して、より広い生活空間で友達を選べるようにすれば、コミュニケーション操作系のいじめは、効力を大幅に失います。

同じシカトやくすくす笑いでも、学級制度のもとでは相手を自殺に追い込みかねない凶器となり、大学のような自由な生活空間では「単なる不快な言動」と化すわけです。】


私もこれを読んで、「その通り!」と思いました。

朝登校したら、まず教室に入って鞄を置いて、それからほとんど一日中、その教室で、過ごさなければならない。少なくとも一年間同じメンバーで。

うまくいっているときはいいかもしれないけれど、一度いじめられたり、からかわれるような立場になってしまうと、もうクラスは地獄なんですよね。逃げ場がない。


この内藤氏の意見に対して、義家氏は、

【私は、学級をなくしてしまうという考えには反対ですね。社会に出れば、それこそいろんな荒波に遭遇するわけで、嫌いな相手と仕事をしなければならなかったり、自分が弱い立場に立たされたりすることもある。

小中学校のうちにさまざまな人間関係のなかでやっていく力を鍛えておかなければ、結局は後で苦労するはめになるだけです。子どもたちの人格形成にとって、集団教育は必要なものなのです。】


私はこういう考え方が嫌いです。結局は、イジメに耐えろ、自分でなんとかしろ、と言っているように聞こえます。


この義家氏の発言に対して、内藤氏は、こう答えます。(最初の部分、ちょっと省略します。)

【ー略ー  社会は立場の弱い者へのいじめなど、理不尽に満ちているのだからといって、学校でも同じ理不尽を体験させるべきだ、とは言えません。苦労には、したほうがよいものと、しないほうがよいものがあります。

強い者の理不尽に屈服するとか、「自分の心を変えて」までいじめられた相手となかよくする、といった苦労は、せずにすむのならしないほうがいい。】


つづきは、どうぞ本屋さんで立ち読みでもしてください。でも、買って損はないと思います!

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2007年4月 9日 (月)

大切な記念品

2007年3月22日の記事『きのくにを愛する気持ち』に寄せられた、むさしさんと私のコメントのなかに、「卒業記念に○○をいただいた」という話しがでてくるのですが、この「卒業記念」について説明します。


きのくにでは、卒業を祝う会のとき、堀さんや来賓のかたの簡単な挨拶はありますが、メインは卒業する子どもたちの挨拶です。


卒業証書を受け取ったあと、30秒くらいで(多少長くなる子もいます)ひとこと話します。それがとても感動的なのですが、そのときに、卒業記念の品を受け取ります。


その品は、小学生は2500円まで、中学生は3000円くらいの予算で、欲しいものを紙に書いて提出します。それをきのくにのスタッフが祝う会当日までに買ってきて、用意してしておいてくれるのです。高専になると、もうちょっと予算もアップするのかな?


Nの小学校卒業のときには、ギターのピックをもらい、Fは、小学校のときは、漢和辞典、中学卒業時には、きのくにスタッフの寄せ書きとスタッフに囲まれた写真(額入り)をもらいました。


他の子の記念品では、(ほんものの)ウサギとか、サッカーボールとか、○○くん(スタッフ)のつくった机とか、いろいろバラエティーに富んでいます。


バックとか、ぬいぐるみとか、時計とか、いろんなデザイン、種類のあるものは、好みを詳しく書いておくのだそうです。


準備するスタッフも、学年末の忙しいときに、ほんとうに大変だと思います。でも、それをやってくれるんですよね。こんなに愛情深い教師のいる学校を、私は他に知りません。体験もしたことがありません。


それから、寮生活の子は、寮の仲間や寮母さんがつくった、寄せ書きや写真入りのアルバムをプレゼントされます。これも、最初の頃の幼い顔の写真、大人っぽくなった顔など、いろんな写真があって、楽しいのです。


卒業証書自体も、子どもの写真入りでなので、しまい込まずに壁に飾りたくなるもなのです。


たくさんの思い出と心のこもった品を抱えて卒業する子どもたち、幸せですね。


*Fの卒業を祝う会の一言は、2006年8月7日の記事『教育講座の感動と感想』の一番最後の部分に書いてあります。

*記念品の予算は、Fに聞きました。その頃と現在と、多少の変動があるかもしれません。


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2007年4月 6日 (金)

きのくに見学報告記

2007年1月24日の『インターネットのちから』という記事で紹介した、さきさんのHPを見ていたら、「きのくに見学報告記がこちらのブログに載ってます」という紹介があったので、早速訪れてみました。

maiさんのブログ、アドレスはこちら↓

http://blog.so-net.ne.jp/kyoikushiminnokai_in_shiga/

「その1」「その2」「追加」と、三回に分けて書かれてありますが、どれもとてもよくまとまっていて、大事なところをよく見てくださっているしで、とてもすばらしい文章でした。

みなさまも、ぜひご覧くださいね。


そして、コメントもまた深く考えておられるかたばかりで、私も、「そうなんです!」と言いながら読んでしまいました。

子どもたちが卒業後に感じる社会との落差、適応できるのか、というあたりの問題について、hmさんがこのようにコメントされているのですが、私も、全く同感です。そして、私はこのようにうまく言語概念化できていなかったので、大変ためになりました。


【まいさんの報告にあるとおり,目の前の現実社会にそのまま(何も考えずに)入ってゆける能力ではなくて,現実社会と向き合って問題を解決する能力そのものが育てられているから最終的に余り心配はない,というところ,私も深く頷きました。】


他にも、共感するところが多く、読んでいて、幸せな気持ちになりました。


maiさんとつなげていただいたさきさん、どうもありがとうございました。

そして、一度の見学で、こんなにしっかり考察していただいて、ありがとうございました。他のかたの文章で、あらためて気付かされることがたくさんありました。またなにか思いついたことなどがありましたら、アップしてくださいね。

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2007年4月 4日 (水)

巣立ってゆく

Nは今、友達5人で、四国自転車旅行の真っ最中です。

春休みがまだ一週間も残っているのに、2日の月曜日に大阪の友達の家に行き、3日早朝、フェリーに乗って、徳島へ。そこから室戸岬まで行って、また徳島港へ戻ってくるのだそうです。4泊5日の旅です。


最初この話しを聞いたのは、春休みに入る2週間くらい前のことで、そのときは、計画書もなにもできていなくて、ただ、「四国に自転車旅行に行くかもしれん」というだけでした。

その後、一緒に行く予定の友達数人がばたばたと体調を崩してしまい、三学期中に旅行の話しを詰めることができませんでした。


私は、密かに喜んだのでした。これで旅行は断念ね、と。(ヒドい母親!)
だって、せっかくの春休み、Nが旅行に行っちゃうなんて、寂しいんだもん。


でも、彼らは初志貫徹し、主に関西在住のメンバーが詳しい行程を相談し、それをNにファックスしたり、電話しあったりして、親を納得させる計画を準備したのでした。


まあ、私も、旅行断念を密かに願ったとはいえ、彼らがしっかり計画し、実行に移すのを待っていたようなところもありました。


『自由学校の子どもたち』の中で、保護者が書いている章があるのですが、その中で、中学一年生の息子さんが、他の、中二、中三のメンバーと夏休みに、高千穂、屋久島への6泊7日の旅に出かけた、という話しが書いてあったのです。

そのときは、「きのくにって、保護者も子どもも自立してて、すごいな〜」と思って、とても心に残っていました。

それを読んでいましたし、他の保護者のかたからも、「中学になったら行動範囲、ぐっと広がるよ〜。きのくにの子は、フットワーク軽いよ〜」と言われていたので、そんな話しが実際自分の息子からでてくることを、楽しみにする気持ちもあったわけなのです。


4月なのに、今週はとても冷え込んでいて、Nたちが心配でしたが、無事、2泊目のユースホステルに着いたという、Nからの電話がありました。あいにく外出していて、留守電に声が残っていたのですが、ちゃんと電話を入れてくれて、うれしかった!


こうやって、どんどん新しい世界に踏み出して、巣立っていくんだなあ〜。息子の成長が誇らしいです。


それから、旅行に当たっては、何があるかわからないので、保険証のコピーを持たせました。

でも、保険証自体、きのくにに預けてあったので、春休みに学園に電話して、「自転車旅行に行くそうなので、保険証のコピーをファックスしてください」、と頼みました。

そうしたら、事務の方からすぐ送ってくれて、「自転車旅行お気をつけて。たくさん見聞を広めてください。」と書いてありました。

とてもうれしい言葉でした。

ひとつひとつの体験が、子どもにとってきっと財産になる、ということを、十分わかってくださっているからこその言葉だと思います。

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2007年4月 1日 (日)

母の鏡

先日治療に来た小学三年生の女の子、Mちゃんは、四人兄弟の長女で、すぐ下に弟、その下に妹二人がいます。

小学校に上がる前からきているのですが、とっても明るくて、かわいい子なんです。治療もあまりこわがらないし。


一番下の子は、まだ0歳の赤ちゃんですから、お母さんは毎日さぞ大変と思うのですが、しんどそうな様子はなく、いつも穏やかな笑顔です。

Mちゃんに対して、「お姉ちゃんなんだから・・・」とか、「ちゃんと下の子を見てて!」などと言ったことはなく、四人の子、それぞれを尊重して、向き合っている、という感じなのです。


三番目の子(2才)がフッ素塗布をするときには、自分の歯ブラシを袋から出そうとしていたのを、「早くしなさい」とせかすことなく、自分でやるのをやさしく見守っていました。

ましてや、本人がしようとしているのを無視して、お母さんがさっさと袋から出してしまう、ということもありません。

帰りに靴を履くのも、多少時間がかかっても、本人が自分でやりたそうだったら、手を出さずに待っててあげているのです。いらいらした声をだすこともないんです。


私、このお母さんのこと、ほんとうに尊敬しています。子どもたちが、みんな笑顔で柔らかい雰囲気に育っているのも、このお母さんを見れば、当然です。

「先生にちゃんとご挨拶しなさい」とか「静かにしなさい」なんて、口うるさいことは一切言わないのですが、子どもたちは、ある程度の節度を守って、それでいて、のびのびと活発です。


社会的な仕事で大きな業績を残すのもすごいけれど、私は、子どもの意志を尊重してあげて、ゆったり子どもを育んでいるこのお母さんは、とてもすばらしい仕事をしているなあ、と思うのです。

今度お会いするのは、4ヶ月後。いつも来院されるのが楽しみです。

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