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2007年2月 9日 (金)

どうしても考えてしまう

だいぶ前のテレビドラマで、イジメで自殺してしまう中学生の話しがありました。

野島伸司(漢字合ってる?)さんが脚本で、堂本剛くんが自殺してしまう子の役で、赤井英和さんがそのお父さん役でした。タイトルがどうしても思い出せません。どなたか覚えてますか?


それが、ぞっとするくらい陰湿でひどいイジメだったんですよ。おまけに先生も、見て見ぬ振りどころか、いっしょにその子を追いつめていて、ほんとにしんどいドラマでした。


先日読んだ『教室の悪魔』そのものです。ドラマ見たときは、「実際のイジメはここまでひどくないだろう」と思ってたのですが、認識が甘かったです。


昨年末に福岡の中学生が自殺した事件がありましたが、その事件の後も、ターゲットを変えて、同じメンバーでイジメが続いていた、という報道もありました。


自分がいじめた子が死んでしまって、ショックじゃないの?
どうしてそんな卑怯なことやってしまうの?


最近、アメリカではKKK(クークルックスクラン)の活動が、また活発になってきているそうです。

KKKもそうだし、ユダヤ人を根絶やしにしようとしたナチスもそうだし、「人種隔離政策」なんてことを考え、実行した人々もそうだけど、今の子どもたちの陰湿なイジメと根っこは同じなんでしょうか?

幸福でなくて、何かを恐れていて、怒りがあって、誰かをスケープゴートにせざるを得ない、気の毒な人たち。


なにをどうすれば、イジメはなくなるのだろう・・・。

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コメント

堂本剛さんが大場誠役でお父さん役に赤木英和さんが
出ていたドラマは「人間・失格」ですよ。
本当に見てて苦しくなるドラマですよね。
剛さんが健気で見てて可哀想になったので
すごく覚えています。イジメはいけませんよね。

投稿: まゆ | 2007年2月 9日 (金) 22時45分

先日、NHKの中学生日記でもいじめの再放送か何かしてました。「人間・失格」ありましたね。
懐かしいです。結局、昔も今も「いじめは存在する」んですよ。そして、年々エスカレートして、内容もかなりひどいし、文明の利器を使ってのいじめもあります。
自分より弱い人間に対して自分が優位に立って、とことんいじめ倒す。それで、何を学ぶんでしょう?
学力低下とか全国共通学力テストする前に心の勉強してもらいたいですね。数学や英語の前にもっとやることあるでしょう。
時間割に、「命」とか「いじめ」とか「人間」とか
「仲間」とかって言う教科取り込めばいいのに。

投稿: チュン太 | 2007年2月10日 (土) 12時47分

まゆさん、ありがとうございます。そうだ、『人間・失格』でしたね。あ〜、すっきりした。

>時間割に、「命」とか「いじめ」とか「人間」とか
>「仲間」とかって言う教科取り込めばいいのに。

そうですねえ。
そのときは、教師にまず子どもの心理を学んでほしいな。

いずれにしても、暗記学力より大事なことがありますよね。

投稿: mami | 2007年2月11日 (日) 12時53分

いじめに関して、以前7~8年前に見たテレビ番組のことを思い出します。
初対面の子どもたち2グループの観察でした。
1つは普通の義務教育を受けているこどもたちのグループA。もう一つは何らかの理由(親の考えや学校不適応など)でフリースクールで学んでいるグループB。
同じ条件下でそれぞれ数時間自由にすごす時間の観察だったと思います。
AもBもどちらも実験開始してしばらくしていくつかのグループに別れ、一人でいる子どももいました。Bのグループではすぐにその一人の子どもに誰かが気づき、声をかけるなど、皆が全体に気を配っている状況がありました。しかしAでは一人の子どもに声をかけるどころか気にかける子どももなかったのです。
私はこの小さな無視がいじめにつながると感じています。
今の学校は、成績で子どもの評価が決まる小さな競争社会だからでしょうか?周りは仲間ではなくライバルという意識が根底にあるのでしょうか。

投稿: かずえ | 2007年2月12日 (月) 11時15分

>KKKもそうだし、ユダヤ人を根絶やしにしようとしたナチスもそうだし、・・・

今の学校でのいじめをこうした問題と直接的に結びつけると、いじめの問題をしっかり見て解決の道を探す妨げになるのではないでしょうか。

KKKもナチスも、そして日本の軍国主義もその根底に貧困があります。
KKKはアメリカ南部の農村地帯の農場主から発生しました。農村の貧困、自らもきつい労働に耐えながら生きている零細な農場主、"「奴隷」を解放すべきでなかった"と考えるました。
「やつらを勝手に使えたらこんなしんどいことにはならんのに」

第1次大戦の敗戦で過重な賠償金をフランス、イギリスに課せられたドイツ、国家予算はこの賠償金の支払いのために国民の福祉、産業振興にまわす余裕はない。貧困からの脱却の道が見えてこない。国全体が誇りをもてなくなった。ここにナチスが政権に就く隙間があった。
「ゲルマン民族の優位性」がひとつの旗印であり、当時大きな経済力を持っていた非キリスト教徒のユダヤ人が攻撃の的になった。(キリスト教徒でないというだけでユダヤ人迫害を当初批判した国はなかった)
 ここにも貧困の影が見える。
軍国主義への転機ともなった2・26事件を起こした将校たちは、多くが東北地方の出身者であり、農民を貧困から救うために天皇の英断による政治の改革が必要と考えた。(ここには民主主義はまったく意識されていない)

貧困はときに、貧困を解決する方向でなく貧困層をよりいっそう貧困に落とし込む方向に進む。これは、今の日本でもそうだ。

学校でのいじめは、こうしたこととは違う。
子どもたちが自らの生を生きていないことからくる抑圧がもたらしているのだろう。
逃げ場のない、意味のわからない鍛錬(学校の勉強&試験)、過剰な競争。
ここからは本当の学び、成長は期待できない。

閉塞状態から子どもに自由を与え、解放することこそが解決の方向であろう。
子どもたちは本来自ら学び、生きる力を持っている。
これを見ず、一方的な押し付けによる「教育」を行おうとしている。それに従わない異分子を排除する。こんなことを子どもたちが感じ取って同じようにわずかな違いでいじめる。
いじめる子どもたちの心が病んでいる。いじめられる子どもたちの心が殺される。
教育にたずさわっている大人が気づいていない。

いじめは昔からあった。しかし、このような構造的、制度的な問題ではなかった。だから、一言で解決することがほとんどだった。

教育の主権者は子どもだ。
主人公は子どもたち、一部の大人が都合のよい教育を行ってはならない。
このことを忘れると、いじめが、政治となり、ナチスや全体主義に結びついていく。

いまの日本の状況は岐路に立っていると思うのは杞憂なのだろうか。

投稿: ぺー | 2007年2月12日 (月) 19時30分

かずえさん、こんにちは。コメントありがとうございます。

>私はこの小さな無視がいじめにつながると感じています。
同感です。子どもたちは、自分のことで精一杯で、人のことを気にかける余裕がとても少なくなっているように思います。

ぺーさん、すっごく勉強になります。
私も「根っこは同じなんでしょうか?」と書いたものの、自分でも説明がつかず、なんなんだろう、と思っていました。

ペーさんの考察を読んで、よく分かりました。
黒人差別を扱った映画、『ミシシッピーバーニング』でも、「ほんとうの敵は貧困なんだ」という台詞がありました。

自分がまだよく分からない部分も、ブログに書いて、ぺーさんや、他の方にも教えてもらえて、ほんとうに嬉しいし、張り合いもあります。また、いっぱい教えてください!!!

>子どもたちは本来自ら学び、生きる力を持っている。
>これを見ず、一方的な押し付けによる「教育」を行おうとしてい
>る。それに従わない異分子を排除する。こんなことを子どもたち
>が感じ取って同じようにわずかな違いでいじめる。

ほんとにそうですね。

学校の、「なんでもみんないっしょ」で押しつける教育が、いじめの気分をつくってるような気がします。

投稿: mami | 2007年2月13日 (火) 00時19分

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