« インターネットのちから | トップページ | 教育再生会議 »

2007年1月25日 (木)

言わずにおれなかった

予備校生の兄が妹を殺害した事件で、ご両親の手記が発表されましたね。

それを読んで愕然としました。いくら事件のショックが大きいといえ、この人たちは、今回の事件を、自分たちの問題としてはとらえていない。親である自分たちのことを全く顧みていない。自分たちが何をしてきたか、何をしてこなかったか、全然わかってない。


世間にお詫びを言う前に、まず、自分の子どもたちに詫びるべきじゃないでしょうか。


「亜澄ちゃん、素直に謝れない子にしてまってごめんなさい。お母さんがあなたの気持ちを十分わかってあげれなくて、ほんとうはすごくさみしかったんじゃないかな。お母さんはいつも世間体ばかり気にして、そのままのあなたを愛してあげられなかった。お兄さんにもあんな口のききかたをするような子になったのは、お母さんにも責任があると思います。ほんとうにごめんなさい。」


「勇貴くん、いつのまにかあなたを追いつめてしまっていたんだね。いくら怒りが爆発したからって、妹を殺してしまうなんて、きっと、長年の間に、耐えきれないほどのストレスがたまっていたんだね。そんなにストレスをためさせた原因はお父さん、お母さんにもあると思うよ。ほんとうにごめんなさい。これから一緒に生き直そう。」


私は、両親の手記が公表されたと知った時、こんな文章を想像しました。


ところが、自分たちのありかたを振り返る言葉は一言もなく、それどころか、亜澄さんの性格の悪さに一因があるように書き、

【何故あの時、亜澄が「ご免なさい」と兄に謝ってくれなかったのか、もし、謝ってさえいてくれれば、兄も我に返り、このような凶行に至らずに済んだのではないか……】

とまで言ってしまう。

確かに、「一言謝ればこんなことには・・・」とは思うかもしれませんが、亜澄さんの【他を顧みない自由奔放な性格と行動】が、どうしてそうなったのか、と考えたことはないのでしょうか?


そして、自由奔放という言葉を使うこと自体間違っています。こんなところで「自由」なんて言葉を使ってほしくないです。ご両親の言いたいのは「自己中心」ということではないですか?


そして、自己中心だったのは、亜澄さんだけでなく、ご両親がそうであったに違いないと思います。ご両親が今までの価値観を見つめ直し、内省しないことには、勇貴くんの真の更正はありえないし、亜澄さんもうかばれないと思います。

私は亜澄さんと勇貴くんが気の毒でなりません。


事件を起こさないまでも、こんな親子がまだまだたくさんいるはずです。

子どもの起こした問題を、「子どもの問題」としかとらえられない親たちです。「子どもの問題」を、人のせいにしたりする親たちです。「子どもの問題」は「自分の問題」として考えなければ、なに一つ解決しないでしょう。


事件のことを新聞報道でしか知り得ない私が、こんな偉そうに書くのは筋違いかもしれません。失礼かもしれません。でも言わずにおれませんでした。


なお、手記全文を下記に転載しました。みなさんはどうお感じになりますか?


〈以下1月24日付け毎日新聞より転載〉

この度は息子勇貴の事件によって、世間の皆様に対し、大変なご心配をおかけしお騒がせ致しましたことを、紙面をお借りして心よりお詫び申し上げます。

私ども家族にとりましては、事件を知ったこの正月3日から今日まで、正直申し上げ、どのくらいの日時が経ったものか、正確には考えられない精神状態でございます。

娘亜澄の死亡と二男の凶行とがどうしても結びつかないということが、私ども家族の苦しみ悩むところでございます。家族でさえこの情況でありますから、世間の皆様にはご理解できないことは尚更のことと存じます。

事件から約20日が経ち、警察のお調べが進むにつれて、事実については少しずつ解明されてきていますが、何故息子があれほどまでの凶行をしてしまったのかという点につきましては、未(いま)だに理解できないのです。
しかし、時間の経過にともない、お陰様で少し落ち着いて考えることができるようになりましたので、現在の心境を少ししたためさせていただきます。


そこでまず、亜澄と勇貴の関係についてですが、「3年間も口をきかなかったような冷たい関係」と報道されていますが、それは若干事実と違います。亜澄が在籍していた短大の入学についても、勇貴が懸命にパソコンで探し当て、やっと入学期限に間に合ったという経緯からも、兄妹の関係は決して険悪というものではありませんでした。

しかし、亜澄の他を顧みない自由奔放な性格と言動は、家族から理解されていなかったのは事実です。こうした亜澄の生活態度を見ているうちに、亜澄と一歳しか違わない勇貴は、妹が両親を悩ます元凶と思い込むようになったのではないかと思います。

また勇貴の性格ですが、優しく、家族に対し暴力を振るったりするようなことは一度もありませんでした。しかし、残念なことに、妹の亜澄は大変気が強く、絶対と言っていいくらい自分から非を認め謝るということのできない子供でした。

とはいえ、二人とも私たちにとっては掛け替えのない子供たちです。今となっては、何故あの時、亜澄が「ご免なさい」と兄に謝ってくれなかったのか、もし、謝ってさえいてくれれば、兄も我に返り、このような凶行に至らずに済んだのではないか……、と今更ながらせん無い繰り言を繰り返す日々でございます。

今後私ども夫婦は、生涯にわたり亜澄の霊を弔うとともに、勇貴が一日も早く更生できるように支え続けたいと考えております。
どうか皆様、私たちがもう少し心の余裕が持てるまでお時間をいただきたく、伏してお願い申し上げ、本手記をお届けさせて頂いた次第です。
平成19年1月24日

武藤衛
武藤洋子

|

« インターネットのちから | トップページ | 教育再生会議 »

コメント

ブログ偶然拝見しました。突然失礼します。
手記は、あくまで「世間」様に対して発表されたものなので、
当のご両親が子供さんたちに語りかけたい内容(貴女が想像されたような内容)と違っていても仕方ないのではありませんか?
あのような事件のあとで、両親が通常の精神状態ではいられないのもまた仕方ない事とわたしには思えます。


投稿: トモトモ | 2007年2月 7日 (水) 13時42分

トモトモさん、コメントありがとうございます。

私は、「通常の精神状態ではない」とはいっても、その人が言ったりしたりしたことは、やはりその人からでたことであり、その人の真実であると思います。

亡くなった娘の名誉を守ることより、【世間様】への配慮、言い訳をするご両親の、その価値観が、今回の事件の遠因であったと、私は感じています。

投稿: mami | 2007年2月 8日 (木) 14時35分

当事者でもなく詳しい事情も知らないけど、手記から読み取ったことをかくと、

これは、「両親の手記」とされているが、書いたのは母親だろうと思われる。
そして、兄弟関係について書かれていることは、事実であろうが真実とはかなりの乖離があるのではないだろうか。もしかしたら父親はそんなエピソードは知らなかったのかも知れない。
 兄は妹を愛していたのだろう、だからこそ軽蔑的な言辞、態度に自分を殺すか、相手の存在を許さないかという問題を自らの中で作り上げてしまったのではないだろうか。
「妹が両親を悩ます元凶」とあるが、両親が娘のなにに悩んでいたのかわからない。18歳を過ぎたら自分で生き方をを選ぶ、その、当たり前のことを両親が認めなかったのか、奔放に生きる娘を心配したのか?
 本当に心配したのなら親としての意見をもち、真剣に娘に対峙したのだろうか?
読めるのは、波風立てずに収めようとする態度しか見えてこない。
 家族の中でさえ本音で安心して言いたいことがいえなかった家庭が見えてくる。
 夫に妻が何でも言える家庭だったら、
 家族の中でだれかがイラついていても、だれかがフォローして笑いを呼び起こす家庭だったら・・・・
 そんな家庭をつくる努力をしなかった反省がどこにもない。
 こんな手記が「世間」を意識して公表されたのにもそんなことが透けてみえる。おもてを繕うとしたなら、こんな手記を公表すべきではないだろう。
 そこに自らの罪に真っ当に向き合うことを恐れる姿が見える。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

こんな手記からは共感も同情さえも得られないだろう。それでも公表した訳を考えると下司な自分が出てくるのでいやになった。
 

投稿: ぺー | 2007年2月 9日 (金) 20時34分

>読めるのは、波風立てずに収めようとする態度しか見えてこない。
>家族の中でさえ本音で安心して言いたいことがいえなかった家庭
>が見えてくる

ほんとですね。

家族の中でも緊張して、自分を取り繕わなければならなかったとしたら、どんなに疲れるでしょう。

>それでも公表した訳を考えると下司な自分が出てくるのでいや
>になった。

↑、ぺーさん、気になります。(ーー)

投稿: mami | 2007年2月11日 (日) 12時46分

普段から娘さんひとりを悪者に仕立てる家族だったのでしょうね。
おとなしくサンドバッグ役にならなければ今度は「不従順だ」と責め立てる4人家族。女だというだけで。手記からこういった姿が浮かんできます。 そう、5人家族、ではなかったのでしょう。

悪くもないのにいじめられ謝れと言われ続ければ、そりゃあ謝ることに抵抗もするでしょうに。娘さんがあまりにかわいそうです。

投稿: なみ | 2007年2月13日 (火) 11時36分

なみさん、はじめまして。コメントありがとうございます。

息子さんも気の毒でしょうがありません。

命を奪ったことは取り返しがつかないけれど、これからこのご両親が自己を振り返って、自分たちの価値観の誤りに直面し、そこから、残った家族で再生することが、娘さんへの一番の供養になるような気がしています。

投稿: mami | 2007年2月15日 (木) 10時37分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/175659/13659644

この記事へのトラックバック一覧です: 言わずにおれなかった:

« インターネットのちから | トップページ | 教育再生会議 »