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2006年11月27日 (月)

社会とつながるきのくにの教育

今年はきのくに子どもの村学園の15周年記念の年です。11月23日、25日には、記念イベント、シンポジウムが行われました。私は行けなかったのですが、参加された保護者のかたが、こんな感想を書かれていました。


【シンポジウムでは、教育、学校のあり方って、世界の平和や全人類の幸福にまで繋がる壮大なテーマなんだと感じました。】


その気持ち、すごくよくわかります。ほんと、その通りなんですよね。教育は、単に基礎学力をつけるとか、偏差値の高い高校、大学に行くため、お金を稼げる職業につくため、そんなふうな捉え方では、絶対にいけないのです。


昨年のシンポジウムのとき、きのくに国際高等専修学校の卒業生がこんなことを言っていました。


【高専で社会問題を学べてよかった反面、いろんなことを知って、心から笑えなくなったりした。】

世界中で起こる紛争や飢餓、公害などの問題を、人ごとでなく受け止めることができているのですよね。

私はここ数年いろいろ映画を見たり、本を読んだりして、日本の政治や世界の出来事に関心を持つようになったのですが、それまでは、ほんとにお気楽に過ごしていました。その卒業生の子のほうが、ずっと大人だなあ、と思いました。


自分の学生時代のことを思い出してみると、いくら世界史でよい点数をとれても、世界で起こっている出来事に心を痛めることはありませんでした。KKK(クークルックスクラン)のことも、教科書に載っていたのは覚えていますが、そのとき差別され、迫害を受けた人々の痛みを感じることはできませんでした。

だって、そんなことをいちいち考えて、心を痛めていたら、覚えることの妨げになりますもの。受験に必死になればなるほど、社会問題は自分から遠くなりました。


もし、先生が、「この映画すごくよかったぞ」とか「この本を読んで、考えが変わったんだ」なんていう余分な話し(ホントはそれがすごく大切な話しなんだけど)をしてくれるような人だったら、ちょっとは違ったかな、と思います。実際は、「これは試験にでるぞ〜」「絶対覚えておけよ〜」なんて話しばかりでしたもの。


きのくにでの教育は、「覚えること」より、「知ること」、「感じること」、「考えること」が主体なんですよね。だから、きのくにで学んだ子どもたちは、「心から笑えない」と感じるくらい、人の苦しみを自分のことのように感じることができるのでしょう。


ほんとに、教育って、【世界の平和や全人類の幸福にまで繋がる壮大なテーマ】なんですね。きのくにに来て、そのことがよくわかります。

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