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2006年11月15日 (水)

子どもの幸せのための教育

ここのところ、子どもの自殺やいじめの問題が新聞に出ない日はありません。今も、どこかで死にたくなっている子どもたちがいるんです。新聞に載っているのが自分の子だったら、と思うと、とても耐えられません。

子どもの事件を考えるとき、いつも思い出す文章があります。9年前の神戸児童殺傷事件の加害男性が2004年に仮退院するとの知らせを受け、被害者の1人である、山下彩花さんのお母さんが書かれた文章です。(2004年3月11日に朝日新聞に掲載されたものです。)

一部転載します。

【ー略ー
加害男性に対して私個人としては、「社会でもう一度生きてみたい」と男性が決心した以上、どんなに過酷な人生でも生き抜いてほしいと思っています。

私は決して犯罪者に寛容な被害者ではありません。また、決して罪を許したわけでもありませんが、彩花ならきっと、凶悪な犯行に及んだ彼が、それでもなお人間としての心を取り戻し、より善く生きようとすることを望んでいるように思えます。彩花のためにも、彼には絶望的な場所から蘇生してもらいたいのです。 ー略ー

子どもたちがかかわる事件が起こるたびに、子どもを取り巻く最大の環境である私たち大人が、今一度「自分は何のために生まれてきて、何のために生きているのか」を真剣に問い直さなければならないように感じます。

そして、行き詰まった死生観を立て直すことや、「子どもの幸せのための教育とは何か」を深く思索していくことが根本的な解決の方途ではないかという感を強めています。

これからは、「彼が更正した」ということだけに固執するのではなく、むしろ、つらい体験を使命に転換すべく、私自身が社会に深くかかわり、自分なりに社会に貢献することにエネルギーを注いでいきたいと思っています。】


以上は全体の三分の一くらいの抜粋です。全文を読むと、さらに深く深く考えさせられます。

何か事件が起こるたびに、学校教育関係者は決まり文句のように、「命の大切さを教えたい」と言いながら、点数評価や競争原理をさらに強めています。こういう人たちは、山下さんのこの文章をどのように理解されるでしょうか?


「子どもの幸せ」というのも、人それぞれの価値観が違うので、同じ文書を読んでも、全然違うふうに感じとられるのでしょう。

百ます計算が人より早くできるとか、レベルの高い学校に入るとか、世間で評価される会社に入るとか、そんなことは子どもの幸福に、全く関係ないと思います。それどころか、精神に害を及ぼすことすらあるのではないかと思っています。

「子どもの幸せ」とは、自立して、自分自身の生き方をできることだと思います。今の教育は、そんなことは主眼にないですよね。そんなことでは、いじめも自殺も、子どもが犯す事件も、いつまでたってもなくならないでしょう。

でも、あきらめずにあちこちで言い続け、書き続けたいです。それが何になるのかわからなくても・・・.


*山下さんの文章全文のコピーが欲しい方は、メールいただきましたら、ファックスか郵送致します。

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コメント

ご無沙汰しております。
ほんとに子供に関する暗いニュースが多くて、とても辛いですね。

>百増す計算が人より早くできるとか、レベルの高い学校に入るとか、世間で評価される会社に入るとか、そんなことは子どもの幸福に、全く関係ないと思います。それどころか、精神に害を及ぼすことすらあるのではないかと思っています。

確かに犯罪とまではいかなくても、人より秀でる事が豊かな暮らしにつながると言う事をベースに子供を教育していくと、会社に入っても皆で協力して会社を盛り上げる事よりも、どうにかして早くいい地位に付かなければという様になるので、
仲間同士の小競り合いは当たり前だし、談合も当たり前だし、見えている部分だけでしか評価できない人になったり、何だかすごく狭い狭い人間になって、本当の意味での共生がわからなくなっていく様な気がします。
一刻も早く今までのやり方から発想を変えて行かないと、結局自分たちが困る事になる様におもいます。

投稿: ぴいぶ | 2006年11月15日 (水) 18時31分

>一刻も早く今までのやり方から発想を変えて行かないと、結局
>自分たちが困る事になる様におもいます。

同感です。それなのに、自民党は教育基本法改正に躍起になって、なんか、ぜ〜んぜん、方向が違うだろ〜、と思います。愛国心や道徳観念教え込んだんって、いじめも自殺も、絶対なくならないよ。

投稿: mami | 2006年11月16日 (木) 19時56分

  子どもは、自分のことを大事にしてくれる学校は、「好きになれ」と強制しなくても大好きになりますよ。(経験済み)

 国も同じだと思います。
 子どもたちのことを大切に考えて、子どもの幸せのための福祉や教育を実現すれば、子どもは、自然に国を愛すると思うんです。
 そこを飛ばして、無理やり「愛国心を教え込む」という発想には無理があるように思います。

 自分が大切にされてる実感がなければ、他人を大切にすることも難しいと思います。(つまり、いじめも減らないのでは?)

>> そして、行き詰まった死生観を立て直すことや、「子どもの幸せのための教育とは何か」を深く思索していくことが根本的な解決の方途ではないかという感を強めています。


 言葉では言い表せぬ辛い経験から、考えて考え抜かれたであろう方が、「子どもの幸せのための教育」という言葉を使っておられることの意味、重みを感じます。

投稿: むさし | 2006年11月16日 (木) 22時10分

>自分が大切にされてる実感がなければ、他人を大切にすることも
>難しいと思います。(つまり、いじめも減らないのでは?)

そうなんですよ。同感です。
文科省大臣に「いじめをやめよう」と言われて、「はい、やめます」と言えるなら、最初からいじめなんてしてないと思う。いじめをしてる子は、誰からも愛されてる実感がないんじゃないだろうか。

投稿: mami | 2006年11月18日 (土) 22時19分

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