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2006年10月 8日 (日)

主にSUGIさんのコメントに関して

本日は10月6日に「読み書きそろばん、何のため?」にいただいた、SUGIさんのコメントの中から、考えたことを書こうと思います。

○【きのくに保護者の方には「公立」はよほどひどい所と映るようですが】

私の息子はたまたま数年間、地元の小学校に行きました。それが公立小学校でしたので、そのときの事例を書くときに、「地元の公立小では」というふうに書いてきました。私の気持ちは、別に私立小学校であっても、受験学力をつけることが目的の学校であれば、それは、子どものためにはならない教育、という意味で同じことなんです。

なので、「公立小」という枠で考えているわけではありません。堀さんも、『自由学校の設計』の中で、「今日の学校では、公立であれ私立であれ、主人公は子どもではない。」と書いておられます。

もし、「地元の公立小では」の部分でかカチンとこられたとしたら、私の配慮がたりませんでしたことをお詫びします。そして、今後は、特に私立、公立をはっきりさせる必要のないときは、「地元の小学校では」というふうに書くようにします。


○【きのくにでは君が代を歌う自由がないのでは?】

この問いかけで、考えてみました。

卒業を祝う会では、子どもたちが「祝う会委員」をつくって、その子たちが、段取りをし(もちろん例年通りの部分もあるとは思いますが)、司会をし、祝う会で歌う歌を決めたりします。毎年、全員で歌を歌うんですよ。

今年は『チェリー』という歌でした。こんな歌詞です。って全部書こうとしたんですが、これ、完璧、著作権にひっかかりますよね。なので、ちょこっとだけ。(ちょこっともダメなんかなあ。)

【きっと想像した以上にさわがしい未来が僕を待ってる。〜〜いつかまたこの場所で君とめぐり会いたい】

私、じ〜んときて、歌いながら泣いちゃいました。(君が代では泣けません!)

それで、ここから先はあくまで私の想像ですが、祝う会委員の子のなかで、誰かが「今年は君が代にしたい」と言ったらどうなるか・・・。

多分、みんなで話し合うんだと思います。その子がほんとうに、ほんとうに、強い動機があって、「君が代」を歌いたければ、賛同を得られるように自分の思いを伝えるだろうし、賛成できない子は、その理由を話すんだろうな。そんなふうに思いました。


SUGIさんのお子さんの学校では、着席していられる自由があったとのこと、それはすばらしいことですね。今後、教育基本法の改正がされ、教育委員会の通達が実行力を持ち、罰則規定が生じないことを祈っています。

私自身は、まだ不勉強なため、「君が代」が絶対悪いとも絶対良い、とも言えないのですが、強制し、それに従わなかったら罰を与えられる、というのが、おかしいと思うのです。


○【少し宗教に似た印象を持ちました。】

あらまあ、そうでしたか。なんせ、私、つい熱く語りすぎてしまうほうでして。ちゅりぼうさん、ぴいぶさんも、熱いタイプのようです。でもね、熱烈に愛し、信頼できるところじゃなければ、最愛の息子と離れて生活してまできのくにを選んだりはしないです。おまけに大枚はたいて!

まあ、その後、nyanさんとおっしゃる、卒業生の保護者のかたも登場してくださいましたので、いろんな考え方の保護者がいるんだな、ということが少しはわかっていただけたのではないでしょうか。

nyanさん、登場してくださって、ありがとうございました。


きのくにのスタッフになるための資格要件の一つに、【理想が高くないこと、理想がかたくないこと】というのがあります。理想が高く、こだわりが強いと、それを子どもに押し付けてしまいがちだからだそうです。堀さんは、「理想は子ども自身が持てばいいこと」と言います。

そして、私が、「きのくにのスタッフになりたいなあ」と言ったとき、Nはこう言いました。

「お母さんは無理やって」   トホホ・・・ でも、我が息子、よくわかってるわ。

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コメント

コメントに対し、丁寧にお答え下さり恐縮です。
PCに不慣れなもので言葉が足りないこともあり失礼しました。

公立の学校が決して受験学力を目的としているとは私は思えません。
だからこそ、進学塾が繁盛するのでしょう。
公立にもいいところもいっぱいあります。
公立で嫌な思いをされたようなので、印象が悪いというのもわかりますが、その時の体験だけが公立の全てではない、と言いたかったのです。

例えば、転校した友人の子どもさんは水泳の授業がない(?)とかで、わざわざスイミングに通っておられました。(プールはあるそうですが授業がないとうかがいました)公立ではちゃんと水泳の授業があり夏休みに補習やプールの開放をしてくれます。普通に通っていれば人並みには泳げるようになります。小さい頃水嫌いだった長男も水泳授業のおかげで中学で水泳部に入るほどの水泳好きになりました。まんべんなく様々なことを学校でする(させられる)というのも子どもの興味の芽を育むきっかけになると思います。

「チェリー」を歌う卒業式って楽しそうですね。スピッツですね。
子どもたちの話し合いで決まったことなら、「チェリー」であろうが
「君が代」であろうが認めてくれる先生達の姿勢はほんとうに羨ましいです。

高くなく、かたくない理想を持ち続けるのは難しいことだと思います。教育だけでなく他の様々なことにも言えることだと思いました。


投稿: SUGI | 2006年10月10日 (火) 18時35分

SUGIさん、こんにちは。
私のまわりにも、きのくにの保護者以外でも、すてきな人、い〜っぱいいます。私が見習いたい、と思うような親御さんもたくさんです。一方、「口うるさ過ぎ!!子どもさんの目の中に、怒りの火が燃えてますよ〜」と言いたくなる人も。

子どもを受容的に見守れる大人が増えるといいなあ、と思ってます。やっぱり親の存在は大きいですね。

また、教師をやっている友人も何人かいますが、子どものことをよく考えている人たちです。でも、制度のしばりのなかで、本業(勉強を教える、子どもと向きあう)という以外のことで、心労が多いようです。

それから、「宗教に似た印象を持ちました」に対する私のコメントですが、少し補足したいことがありますので、後日書きます。

このことは、他の人にも言われたことがあるので、みなさんへ、というつもりで書きます。そのおつもりで読んでいただければ、と思います。(SUGIさん個人へのお返事というつもりではない、という意味です。)

なお、君が代の話しは、あくまで私の想像です。

投稿: mami | 2006年10月12日 (木) 23時51分

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