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2006年10月13日 (金)

宗教みたい

アメリカペンシルバニア州にある、アーミッシュの村で、ある男性が、アーミッシュの学校に押し入り、5人の女児が撃たれて死亡したという事件、ご存知でしょうか?

アーミッシュというのは、宗教の一つで、文明の利器、現代的な暮らし、暴力を排し、死後の世界への強い信仰を持っているということです。

その後の報道で、殺された5人の中で最年長の女の子が、「私から撃ってください」と言ったというのです。また、容疑者は自殺してしまったのですが、その容疑者の家族はアーミッシュの一員ではないけれど、地域に住んでおり、事件後、アーミッシュの人たちは、この家族のもとを訪れて、許しを表明したということです。

信仰がなければ、なかなかこういう行動にはでられないのではないでしょうか。信仰を持つ人の強さを感じました。

この記事を見たその日(8日)、私は、あたかも「きのくには宗教〈なんかじゃ〉ありませんよ」というようなニュアンスで記事を書いてしまい、ずっと後味が悪かったです。


宗教のなかにも、すばらしいもの、偏狭で、ちょっとおかしいんじゃないか、と思うもの、いろいろあります。ちょうど昨日、日蓮宗のお坊さんから、法華経の話しを聞く機会があったのですが、とてもよいお話でした。

それを十把一絡げにして、「宗教なんかじゃありません」みたいに否定するのも、ほんとうによい宗教を信仰している人たちに、とても失礼だったな、と感じたのです。

きのくにを見たり、話しを聞いたりして、「宗教みたい」という方は(SUGIさん以外にも、言われたかたがあります)、たぶん、「盲信している」「凝り固まっている」という意味で使われるのだと思うのですが、私はきのくにを「盲信」しているのでなく、きのくにの「自己決定・個性化・体験学習」という方針が正しいことを、「確信」しているのです。その確信は、堀さんやスタッフとの会話、子どもの様子、書籍、講演会、他の保護者との会話、などを通した、根拠のある確信です。

「盲信」のように、わけもわからず信じ込むことではないのです。

なので、今後、もし誰かに「宗教みたい」と言われたら、「きのくに子どもの村学園は学校であって、宗教団体ではありませんよ」と、冷静に言うだけにしときましょ、と思っています。


ああ、なんだかまた、まじめに熱く書いてしまっています。明日からは、ちょっとゆるりといきましょ。(無理かしら?)


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