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2006年8月12日 (土)

自分が嫌いだった

【今いちばん急がれるのは、子どもたちが「ぼくは自分が好きだ」とか「生きるというのは、こんなに素晴らしいことだ」という実感を持って自発的に生きる場としての学校をつくることだ。私たちは、このような認識から学校づくりを始めた。】 ー『自由学校の設計』よりー

この文章を読んだだけで、私は、きのくに子どもの村学園にぐっと引きつけられた。今まで私が関わった教育者で、こんなことを言った人に出会ったことがなかったから。

私は小学校から高校、大学まで、なんども死にたいと思ってきた。小中学校時代は「勉強のできる、あかるい良い子」だったけれど、親や先生の期待が重荷で、それに応えられないかも、と思うと、恐くて死にたくなった。

母親が、勉強の面ではできの悪かった姉と比較して、私をほめたり、その反面、性格の面で、「おねえちゃんはやさしいけど、mamiは冷たい子だね」と言ったりして、家庭が「なんかムカつく場所」だった。実際私は姉をバカにしたりして、そういう自分にもムカついていた。

高校では落ちこぼれてしまって、授業は何にもわからず、毎日朝やっとの思いで起き上がって、学校に行った。中学までは、宿題をやっていかないなんて、考えられなかったのに、高校では、宿題をやろうにも、全くわけがわからなくて、どうしようもなくなった。ただ毎日下を向いて、「当たりませんように」と願って過ごした。そのうち、授業中に堂々と眠れるようになり、もう、どうでもよくなっていた。かといって、不良にもなれない臆病な自分が、殺したいほど嫌いだった。

三年間そうやって過ごして、親が喜ぶような大学には入れるわけもなく、一浪した。そして、とにかく家を出たいと強く思った。家をでるためには、親が認めるような大学に行くこと、それしか方法がなかった。一人暮らしをしたいがために、ものすごく勉強した一年間だった。

英語、国語、社会はなんとかなったが、どんなに頑張っても、数学と生物、化学はどうにもならなかった。それで、最終的に志望校を定めなければならない10月になって、国公立大学はあきらめ、親にも私立文系にしぼって受験することを許してもらった。

今はセンター試験というやつ、当時は共通一次と言っていた。この言葉を聞くだけで、むかむかしてくる。模試を受けるたびに、何もわからない試験問題に泣きたくなり、結果がかえってきてまた落ち込み、とにかく、受験というやつは、「お前はダメだ」ということをいやになるほど心に植え付けてくる。5教科7科目、まんべんなくやる必要がどこにあるのだろう。

結局、親が勧めるところに受かったので、私は家をでることができた。もっとも、「親が好きな大学」に私が入ったからといって、特に思い入れがあるわけでなく、またしても、無駄な4年間を過ごしてしまったのだが。しかし、親のもとから離れたというのは、私の人生にとって良かったと思う。

こんな学生時代を過ごして思うのは、今の教育システムや受験というものは、子どもの心に「私はだめなやつ」「自分が嫌い」という気持ちを刻み込むものだということ。そして、試験勉強は、いくらやってもダメなものはだめ、一方、多少センスのある分野なら、三年間もだらだらやらないで、一年間(もっと短くても可能と思う)集中すれば十分だ、ということ。

そして、高校資格をとる、というだけのことなら通信制高校で十分だということ。もっとも、私の親は「世間体」を気にする人だから、許してはもらえなかっただろうけれど。

それから、今思っても不思議なのは、「大学に行かずに就職する」という選択肢が、全くなかったことだ。親は、私が小学生の頃から、「こんな成績では行ける大学なんてないよ。」とよく言っていた。今、大人になって周りを見ると、どこの大学だろうと、中学までだろうと、高卒だろうと、すてきなひとはすてきで、かっこよく生きている。私なんかより、よほど大人で、たくましい人たちにたくさん出会った。

でも、当時は「大学に行けなければ人生終わり」と、本気で思っていた。なんて、バカなことよ!細いレールの上を、踏み外したら死ぬ、と思って、油汗流して歩いていた感じ。ほんとはそのレールの下に、ひろびろとお花畑が広がっていたのに!

「まず、親が心を解放しよう。子どもの幸福はその後に続く」 by mami

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