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2006年7月29日 (土)

ガムは助手席のとき食べるの

Nの話題、第三弾です。久々に家にいると、ちょっとした会話から、わおっと感動して、あれもこれも、書き留めておきたくなります。

持ち帰ったポシェットを片付けていたら、イギリスのガムの包み紙がたくさんでてきました。

私:「これ、どうしたん?たくさんあるなあ。向こうで食べたん?」

N :「ああ、それ、助手席に座るときに必要なんや。絶対寝たらだめやけん。」

私:「助手席で必要?なんで寝たらだめ?」

N:「堀さん(学園長)がずっと運転してくれるやろ?そのとき、全員寝てしまったら、堀さんも眠くなるやろ。俺ら、順番で助手席に座るんやけど、俺たちで話し合って、助手席の人は絶対眠らんようにしようってことになったんや。」

中学生で、こんな気遣いができるようになるんですね。やさしい気持ちにじ〜んとしました。


イギリスでは、主にキルクハニティに滞在してプロジェクト活動するのですが、日帰りで湖水地方に行ったり、ニイルの足跡をたどる、という二泊の旅行にも行きました。そのとき、車を運転してくれるのが学園長の堀さん自らなのです。

きのくにのことや、自由教育ということをよく知らないかたは、子どもたちが教師のことを名前やニックネームで呼ぶことに驚いたり、抵抗を感じたりするようです。「教師の権威がなくなるんじゃないか。子どもたちになめられるんじゃないか」って。

建前社会にどっぷりつかってしまうと、そういう考えになるんですね。

きのくにの子どもたちは、誰も「先生」とは呼ばないけれど、自分たちのために楽しい活動をたくさん用意してくれて、車を運転してあちこち連れて行ってくれて、いろいろ配慮してくれる大人たちのことが大好きなのです。

Fが小学六年生の修学旅行で九州に行き、熊本ラーメンを食べたときにはこんなことがありました。バスを止められるところがなかったので、運転していた大人(教師)は、子どもたちが食べ終わるまで、あたりをぐるぐる車で走っていたそうです。

そのときのことを、作文にこう書いていました。

「こむらさき(ラーメン屋)では車が止められなかったので、川ちん(教師のニックネーム)はラーメンを食べずに車を走らせて待っていてくれました。ぼくは川ちんを尊敬しています。」

「先生」と呼ばれてはいても、心の中で舌を出されているのと、名前やニックネームで呼ばれて、そして心からの愛情と尊敬を感じ取れるのとでは、どちらが幸せでしょうか?

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