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2006年6月24日 (土)

奈良の高校一年生の事件で思うこと

6月20日、高校一年生が母と弟妹が寝ていることを知りながら放火し、死なせてしまったという事件がありましたね。亡くなった幼い弟妹はもちろん気の毒ですが、私はこの高校生が気の毒でなりません。

高校一年と言えば、長男Fと同じ年です。一方は自由教育を受け、自分のやりたいことをみつけてのびのび笑顔で過ごしている。もう一方は毎日毎日成績のことが頭から離れず、親にも口うるさく言われ、あげくに追いつめられて家族を殺してしまった。

夫とこの事件について話しをしました。以下、その時の会話です。〈 〉は夫、【 】は私です。

【これまでにもさんざんこういう事件があったのに、どうしてわかんないのかなあ。子どもに医者になれとか、いい大学行けとか追いつめて。毎日毎日そんなこと言われてたら、すっごいストレスになるよね。このお父さんは、息子を追いつめた自分が悪かった、って思うかな。】

〈思うわけないよ。「このくらいでまいるような弱いやつは、なにやってもダメだ」「今厳しさに耐えられなくて、まともに社会でやっていけるわけがない。」とか言うんだと思うよ。〉

【あ〜、なんか今、子どもの頃の自分にもどっちゃって、今の言葉、親に言われてるような気がして、殺意がこみ上げてきた〜】


ほんとに、小、中、高校生の頃の、親の期待に押しつぶされそうな自分に戻って、ものすごい怒りが吹き出してきたのです。うちも「成績命!」みたいな家庭でしたから。

小、中まではトップクラスだったのですが、それを維持しなければならない、というのはとてもしんどいものです。小学校で、ほとんど5の成績表に、3がついたときは、「私の人生もう終わりだ」と思って、遺書を書き、手首にナイフをあてたりしました。本気ではなかったのですが、そうやって、自分の心を鎮めていたように思います。

高校になると、いろんな中学のトップクラスが集まってくるわけで、私は一気に落ちこぼれてしまいました。高校は成績や順位を、手渡しではなく、家に送ってくるんですよね。そのたびに親の小言がはじまるので、「たぶん今日届いているな」と思う日は、うちに帰りたくなかったです。

だから、保護者会の当日の朝、犯行におよんだという、この高校生の気持ちが痛いほど伝わってきました。

新聞記事では、「その子には友人とか、誰か相談できる人がいなかったんだろうか」と書いてあったけれど、たとえ相談できる人がいたってだめなんです。子どもは自活できないから、どんな嫌な親だろうと、その親がいる家で生活しないとやっていけない。それが堪え難いなら、家出するか、親を殺すか、自殺するか。ほんとうにおいつめられたらその三択になってしまうんじゃないですか?

子どもの自尊心を否定し、子どもの心を殺している親は、殺人者ではないけれど、大きな罪を犯していることを自覚すべきです。

でも、私もきのくにに出会っていなかったら、「子どものため」と言いながら、子どもの人生に、あれこれ口を出していたんだろうな・・・・。FのこともNのことも、たくさんたくさん言葉で傷つけてきたし・・・。だからもう、失敗はしない!息子たちの心を殺すという罪は、もう絶対に犯さない!

(すみません、今日は、ちょっとアツくなってしまいました・・・。いつもかな?)

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コメント

私も、mamiさんの意見に大いに賛成です。
この様な事件があるたびに、腹立たしい思いです
身勝手な親に対して、カーリル・ギブランの「あなたの子どもは」という詩を叩きつけてやりたくなります。
mamiさんは、この詩をご存知でしょうか?中東の人だそうですが、とにかく感動しますんで、一様記載しておき
ます。
「あなたの子どもは」

あなたの子どもは あなたの子どもではない。

子どもは「生命」の渇望からの子どもである。

子どもはあなたを通ってくる。
しかしあなたからではない。
子どもはあなたと共にある。
しかし子どもは あなたのものではない。

あなたは子どもに愛を与えることができる。
しかし考えを与えることはできない。
子どもは自分の考えをもっているのだから。
あなたは子どもの体を動かしてやれる。
しかし子どもの心は動かせない。

子どもは明日の家に生きている
あなたはそれを訪ねることも、夢みることもできない。

あなたは子どもを好くようになれるであろう。

けれども子どもがあなたを好くようにならせようとはしなさるな。

人生は後に退き昨日にとどまるものではないのだから。

あなたは弓である。
そしてあなたの子どもらは
生きた矢としてあなたの手から放たれる。

弓ひくあなたの手にこそ喜びあれと

投稿: ぴいぶ | 2006年6月26日 (月) 18時10分

今日午前中の報道によると、少年の父はまだ息子に会いに行ってないとのこと。「もう少し落ち着いてからにする」との報道でした。なにが落ち着いてからなんでしょう?わたしにはよくわかりません。


「このくらいでまいるような弱いやつは、なにやってもダメだ」「今厳しさに耐えられなくて、まともに社会でやっていけるわけがない。」 こういう気持ちなのでしょうね。

駆けつけて、抱きしめて謝ってやって欲しい。息子が拒否しようとも。

「あなたのこどもは」は私も大好きです。

最近、こういうのも見つけました。

『全国学校ビオトープ・コンクール2005より』
受賞校の活動紹介の冊子から。


冊子の始めに審査員のひとりである、
ハンス‐ヨアヒム シュヴィール 博士
(マルティン・ルター大学教育学部 小学校教育研究所 所長)
の文が載っています。

冒頭に、詩『学校で経験し学ぶこと』というのが紹介されています。(博士が教える学生たちがつづった詩だそうです。)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
他人から高く評価されることを経験した子どもは、
目標を持つことが良いことだと学ぶ。
励ましの言葉を受けたことがある子どもは自信を持つ。
賛同されたことがある子どもは、寛大さを学ぶ。
肯定されたことがある子どもは、愛することを学ぶ。
誠実さを経験した子どもは、信実が何であるか学ぶ。
公平さを経験した子どもは、公平さを学ぶ。
安全さを経験した子どもは、
自分自身と目上の人に対して信頼感を持つことができ
る。
好意を受けたことがある子どもは、世界が住みやすい場所であることを学ぶ。


あの、父の方も気の毒な人だったのでしょう。
上の2つの詩の内容を理解する人が一人もそばにいない環境で育ったのかも知れない。

父も気の毒だとは思うけど、mamiサンみたいに、怒りはこみ上げる!

投稿: piriri | 2006年6月26日 (月) 21時01分

ぴいぷさん、piririさん、コメントありがとうございました。そして、二つもすてきな詩を贈っていただいて、たいへんうれしいです。

カーリル・ギブランの「あなたの子どもは」は、大好きな詩です。A.S.ニイルの「人間育成の基礎」の最初のページに掲載されています。

私も、この詩をいつかここで紹介したいと思っていたので、ちょうどよかったし、ありがたかったです。そしてなによりも、このブログで出会ったかたと、この詩の話しができるなんて、ものすごくうれしいです。ほんとにありがとー。

シュヴィール博士の詩もいいですね。
学校の校舎に「みんな仲良く元気な子」みたいな、あほらしいお題目を掲げるくらいなら、これらの詩を書いてはっといてもらいたいです。

投稿: mami | 2006年6月26日 (月) 22時53分

2006年7月6日の朝日新聞地方版のページで、
朝日新聞奈良総局が奈良県田原本の放火事件への意見を募集しています。メールのあて先は、nara@asahi.comです。
名前と連絡先を明記してくださいとのことです。

投稿: piriri | 2006年7月 9日 (日) 09時21分

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