« 2006年5月 | トップページ | 2006年7月 »

2006年6月29日 (木)

親がすべきこと

昨日もちょこっと書きましたが、せっかくきのくにに入ってるのに、【学力が心配でたまらない親】っていうのは、いるんですねえ、これが。私、最初のうちは、きのくにの保護者っていったら、自分みたいな「きのくに大好き、きのくにの教育理念に全面的に賛成!」な人ばっかりだと思っていました。でも、どうも違うみたい、というのがだんだんわかってきました。

「漢字が書けない」とか、「きのくには、進路指導、な〜んにもしてくれない」などと文句を言う親って、やっぱりいるんです。堀さんの本を読んでいないのだろうか・・・?

まあ、あからさまに文句を言うのはまだましかも。ほんとは親が誘導して、塾に行かせたりドリルやらせたりしているのに、「子どもがやりたがってるもんだから。」と言うのは、ちょっと子どもがかわいそう、という感じです。子どもは親のトリックに、言葉で反駁できないですから。


ある、保護者が昨年末の『きのくに子どもの村通信』に、こんなすてきな文章を書いてくださいました。私も全く同感で、これを読んだとき、「その通り!」と拍手してしまいました。一部紹介します。(5分の4くらい省略しています。)

【「きのくにの教育理念に賛同している」と口でいっても、頭でわかっていても、心でわかっているのとは違う。転入当初、夜更かし会などの行事に参加しても、誰と話していいかもわからず疲れた。けれど息子が緊張してしんどい思いをしているのだから、「ちゃんとわかるまで、行事も講演会も全部来よう!」と思った。

二年くらい経った時、私も「自由」というのはどういうことか少しわかったような気がした。自分がちょっと楽になったように感じた。

きのくにで親が気を配るべきことは、教育理念に忠実になることだ。自分なりにつごうのよい勝手な解釈をしないこと、塾やプリントを勧めたりいろいろ誘導したりしようとしない!それが鉄則なのだと思う。】


どんなにきのくにの方針の通りにしようと思っても、親自身の心が解放されていないと、言葉巧みに家庭で勉強をさせようとしてしまうのです。きのくに生活7年が過ぎ、息子たち、他のご家庭を見て思うのですけど、親があれこれ考え過ぎず、きのくにのスタッフの言う通りに子どもに接していくことが、幸福への一番の近道だということです。そして、心の解放、これが何より大切だと痛感しています。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年6月28日 (水)

夜更かし会での思い出ーその1

私がきのくにに出向くのは、だいたい年3回から5回くらいです。必ず行くのが4月の春祭りと、一学期最終日の夜更かし会と、10月の運動会前夜の夜更かし会です。そして時間的&金銭的に可能なときは、秋のシンポジウムや卒業を祝う会、に出かけます。

「夜更かし会」というのは、『自由学校の設計』で、ちょっと触れてあるので、知ってはいましたが、実際参加してみると、毎回寝そびれてしまうくらい楽しくて、スタッフや、他の保護者のかたがたと、話し込んでしまいます。

一学期最終日の夜更かし会は、飲み物や食べ物の手配を「ひこたにプロジェクト」という親の会の、世話人のかたが用意してくださっていて、それらや持ち寄ったものをつまみながら、おしゃべりします。子どもたちも一緒に参加します。秋は運動会前夜なので、子どもたちは帰宅したり、寮に帰ったりしていて、大人だけで過ごします。

最初に参加したときは、どこに座ればいいの?誰と話せばいいの?という感じでしたが、その様子を見ていた先輩保護者のかたが、「夜更かし会は毎回参加したらええですわ。私は皆勤ですよ〜。子どもを塾に行かせている人の隣になって、ず〜っとその話し聞かされたりとかありましたけどね。アタリのときもハズレのときもありますよ。でも毎回来たら絶対ええよ〜。」と、ほがらかに声をかけてくれました。

「へえ、堀さんの本を読んでからきのくにに来たんだろうに、塾に行かせている人とかいるんだ〜」と、驚きつつ、声をかけてもらったことがうれしくて、「私も毎回来よう!」と心に決めました。

で、初回は静かに、もっぱら他の人の話しを聞いていましたが、堀さんが、できるだけ多くの保護者と話せるように、テーブルを回って来てくださるのが、感動でした。そのうえ、「おおっ」と思うような出来事が!

私の隣に座っていた保護者に、堀さんがこうおっしゃたのです。

「○○ちゃん、最近塾に行ってるでしょう?様子みてたら、すぐわかるよ。」

言われた保護者は、ぎくりとした表情で、「ええ、まあ、塾っていうか、ジオス(英会話)ですけど・・・、けっこうおもしろいんですよ。」と、堀さんから目をそらしながら答えました。

堀さんは、「でも、○○ちゃん、調子よくないよ。」と、いつもの穏やかな声で、一言、そうおっしゃいました。

『自由学校の設計』にもこう書いてあります。

【子どもが自分で学べる教材さえきちんと用意されていれば、必要な学力はつけられる。ただし、それには一つの条件がある。子どもが「勉強をしなければならない」という脅迫観念から解放されていることだ。とくに学力が心配でたまらない親が、土曜や日曜に塾へ行かせたり、ドリルをさせたりすると、学校では基礎学習や教科学習を極端にいやがることになる。「週末に学習を強要しないでください」と、何度もお便りを出している。 】

なごやかな夜更かし会の最中でも、子どもにとって重要なことは、きっぱりはっきり言う堀さんの姿勢に、たいへん感動したことでした。そして、本で読んで理解していたことが、堀さんの、直接の言葉を通して聞いたので、より深く納得できた出来事でした。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年6月27日 (火)

すてきな詩

24日付け「奈良の高校一年生の事件で思うこと」にいただいた二つのコメント、それぞれとてもすてきな詩を載せてくださっています。普段コメント欄を読まれないかたも、どうぞご覧になってくださいませ。

カーリル・ジブランの「あなたの子どもは」
ハンス・ヨアヒム・シュヴィールの「学校で経験し学ぶこと」

「あなたの子どもは」は、昨日触れた愛育心理研究会が探求しつづけている、霜田静志氏の訳によるものです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年6月26日 (月)

堀さんって、やっぱり、すごい!

昨日、愛育心理研究会(http://www.aiikushinri.com/)主催の31回記念大会に参加してきました。(この大会の内容については、当ブログの6月3日付け「お知らせ」をご覧ください。)

堀さんの講演を聞いて、やっぱり堀さんて、愛情深くて、忍耐強くて、子どものことを一番に考えてて、すごい人だなあ、とほれぼれしてしまいました。それなのに、最後の最後に、むか〜っとすることが!

最後のプログラムは、シンポジウムでした。シンポジストの、某大学教授(このかたは、霜田静志の弟で、詩人だった史光氏の研究をしているとのこと)が、こうおっしゃったのです。(録音していませんので、一字一句同じではありません)

【私の母はとても受容的で優しい人でした。一方父は、厳しい人でした。これがよかったんだと思います。両親とも受容的で、優しいばっかりだと、子どもにはよくない。ほどよい抵抗体があるのがいいんです。なんでも自由、抵抗体がないっていうのは問題ですね。】

なんか、「自由」ってことを、勘違いしていませんか?堀さんの講演の後に、このご発言でしたので、きのくにの自由教育を、野方図な教育と勘違いなさって、それで、チクリとこういうことをおっしゃるのかなあ、とむか〜っとしました。

時間ももうほとんどなかったので、「この話しで終わるのか〜。嫌な気分。」と思っていたら、堀さんが、「ちょっとひとこと」と手を挙げられたのです。(わ〜い!)以下は、必死に書き取った、そのときのお話です。

【<抵抗体>の質が問題でしょう。きのくにの、ある子どもがこういう作文を書きました。「前の学校では、チャイムがあって、チャイムが鳴る五分前には席に着かなければならなかった。きのくにではチャイムがない代わりに、自分で考えて行動しなければならない。」この子にとっては、チャイムがないことが抵抗体なんです。

また、きのくにの子どもたちは、プロジェクト活動のなかで、たいへんな仕事を乗り越えて、やりとげていく。子どもたちにとっては、プロジェクトという具体的な仕事が抵抗体なのです。】

他の参加者のかたも、どの程度理解なさったかはわかりませんが、堀さんがみんなの前で、はっきり言ってくださったことで、溜飲が下がりました。それにしても、こういう会に参加されているかたですら、「自由」と聞くと、「何にも問題がない」とか「好き放題」のように受け取っておられるのですね。

堀さんて、人からどんなカウンターパンチがきても、即座に言語概念化できるんですよね。ほんとにすてきでした!


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年6月24日 (土)

奈良の高校一年生の事件で思うこと

6月20日、高校一年生が母と弟妹が寝ていることを知りながら放火し、死なせてしまったという事件がありましたね。亡くなった幼い弟妹はもちろん気の毒ですが、私はこの高校生が気の毒でなりません。

高校一年と言えば、長男Fと同じ年です。一方は自由教育を受け、自分のやりたいことをみつけてのびのび笑顔で過ごしている。もう一方は毎日毎日成績のことが頭から離れず、親にも口うるさく言われ、あげくに追いつめられて家族を殺してしまった。

夫とこの事件について話しをしました。以下、その時の会話です。〈 〉は夫、【 】は私です。

【これまでにもさんざんこういう事件があったのに、どうしてわかんないのかなあ。子どもに医者になれとか、いい大学行けとか追いつめて。毎日毎日そんなこと言われてたら、すっごいストレスになるよね。このお父さんは、息子を追いつめた自分が悪かった、って思うかな。】

〈思うわけないよ。「このくらいでまいるような弱いやつは、なにやってもダメだ」「今厳しさに耐えられなくて、まともに社会でやっていけるわけがない。」とか言うんだと思うよ。〉

【あ〜、なんか今、子どもの頃の自分にもどっちゃって、今の言葉、親に言われてるような気がして、殺意がこみ上げてきた〜】


ほんとに、小、中、高校生の頃の、親の期待に押しつぶされそうな自分に戻って、ものすごい怒りが吹き出してきたのです。うちも「成績命!」みたいな家庭でしたから。

小、中まではトップクラスだったのですが、それを維持しなければならない、というのはとてもしんどいものです。小学校で、ほとんど5の成績表に、3がついたときは、「私の人生もう終わりだ」と思って、遺書を書き、手首にナイフをあてたりしました。本気ではなかったのですが、そうやって、自分の心を鎮めていたように思います。

高校になると、いろんな中学のトップクラスが集まってくるわけで、私は一気に落ちこぼれてしまいました。高校は成績や順位を、手渡しではなく、家に送ってくるんですよね。そのたびに親の小言がはじまるので、「たぶん今日届いているな」と思う日は、うちに帰りたくなかったです。

だから、保護者会の当日の朝、犯行におよんだという、この高校生の気持ちが痛いほど伝わってきました。

新聞記事では、「その子には友人とか、誰か相談できる人がいなかったんだろうか」と書いてあったけれど、たとえ相談できる人がいたってだめなんです。子どもは自活できないから、どんな嫌な親だろうと、その親がいる家で生活しないとやっていけない。それが堪え難いなら、家出するか、親を殺すか、自殺するか。ほんとうにおいつめられたらその三択になってしまうんじゃないですか?

子どもの自尊心を否定し、子どもの心を殺している親は、殺人者ではないけれど、大きな罪を犯していることを自覚すべきです。

でも、私もきのくにに出会っていなかったら、「子どものため」と言いながら、子どもの人生に、あれこれ口を出していたんだろうな・・・・。FのこともNのことも、たくさんたくさん言葉で傷つけてきたし・・・。だからもう、失敗はしない!息子たちの心を殺すという罪は、もう絶対に犯さない!

(すみません、今日は、ちょっとアツくなってしまいました・・・。いつもかな?)

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2006年6月22日 (木)

心配ごと

堀さん大好き、きのくにの理念におおいに賛成、だったので、子どもたちがきのくにで学べることは、喜びであれこそすれ、不安や疑いは全くありませんでした。

そんな私にも心配ごとが二つありました。

ひとつは、寮でのお布団が不潔になるんじゃないか、ということ。だって、今まで自分で布団をほしたこともない四年生と二年生の男子が、寮生活。しかも長期滞在。長期滞在というのは、家が遠いので、週末も帰宅せず、寮に滞在することです。(それでもだいたい一ヶ月に一度くらい帰宅します。)

たまりかねて掘さんに、「お布団がカビるんじゃないかと心配なんですが・・・」と相談しました。そうしたら、「う〜ん、以前はそういうこともあったかもしれないけど、今はスノコをしいてるから、大丈夫ですよ。」と言われ、不安がほとんど解消。信頼している人のひとことは大きい!

もう一つの心配ごとは、長期中の寮は子どもの人数がぐ〜んと減るので、さぞ寂しいだろう、ということでした。特に次男は低学年から行きましたので、「寮の部屋で一人で寝るのが寂しい」と言われたときは、胸が痛くなりました。

でも、親の心配をよそに、子どもはそういう状況もたくましく乗り切るものなんですね。

「寮母さんに寂しい、って言ったら、部屋に来てくれて、寝るまでそこで本読んでた。」というのです。私はてっきり寮母さんがNに本を読み聞かせでもしてくれたのかと思ったら、寮母さんは、Nの部屋に来て、ベッドのそばで、〈自分の〉本を読んでいらしたそうです。

これって、いいじゃないですか。べたべたしていなくて、かといって突き放すのでなく、子どもにさらっと寄り添うという感じがして。この話しを聞いたとき、ああ、すてきな寮母さんだなあ、と思ったのです。


それから、転入一年後くらいに、『出ていけ!子どもたち』(松永節 著 草思社)という本に出会ったことも大きかったです。著者は大阪で天然酵母のパン屋「楽童」を営む三人の息子のお母さん。長男は小学六年生のとき、イギリスのサマーヒルスクールへ、次男もアメリカのシュタイナースクールに数ヶ月通ったのち、サマーヒルへ。三男は地元中学校卒業後、北海道へ。という、なんともダイナミックな進路。それでいて、てんでばらばらというのでなく、しっかり心がつながっているという雰囲気の松永家なのです。

この本を読んでから、離れていることでの心配心が起きてきたときには、「サマーヒルに行ったと思えばきのくには近いもんだ。長期っていったって、一ヶ月に一度は帰るんだし。」と、自分に言い聞かせて乗り切りました。

そして、離れている時間が長いからこそ、息子たちが帰宅したときは、「きのくにと別世界」にならないよう、子どもの気持ちを尊重し、親の考えを押しつけたり、管理したりしないように努めました。

今、この文章を書きながら、「ああ、最初の頃はほんとうにいろいろ心配してたんだなあ」と思い出しました。そんなことも忘れてしまうほど、いつしか心配ごとがゼロになっていました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年6月20日 (火)

生活と学習の記録

きのくににはテストも通知表もありません。しかし各学期の終わりには、担任が心を込めて書いてくださった、「生活と学習の記録」というものが渡されます。これがとても楽しみなのです。

Fが転入一年目、二学期の「生活と学習の記録」には
【友達に気のすすまない仕事を頼まれた時など、上手に断ることができるようになった】
と書かれてあり、たいへん感動しました。

普通の学校でお題目のように唱えている、「みんなと仲良く」などという、表面的なことにとらわれていては、こういう見方はでてきません。そして、成熟した人間関係を築いていくうえで、「気の進まないことを上手に断れる」というのは、非常に大切なことなのです。

Nは二年生の三学期に転入したのですが、その学期末の記録には、
【緊張からの張り切り過ぎも少なくなり、元気に過ごしている】
と書いてあり、ますます、「この学校はただものではない!」と思いました。張り切っている様子が「緊張からきている」と見抜けるなんて、すごいですよ。子ども一人一人を暖かく見守ってくださっているのですよね。

他にもたくさん感動したり幸せになったりする文章が書かれていて、全部紹介したいくらいです。もちろん、学習面に関しても、様子がきちんと書かれています。

地元の公立小学校に行っていたときの通知表では、「清潔に気をつけている」とか「作業のとりかかりが早い」とか「すばやく集まる」とか、42項目にもわたって、それぞれ「よくできる/よく努力している」「できる/努力している」「努力してほしい」の三段階で評価されていました。

私はそんなことは別に重要だとも知りたいとも思わなかったので、見るのを忘れてしまうこともしばしばでした。「すばやく集まる」なんて、軍隊みたい!最近では、それに加えて「愛国心を持っているかどうか」に関する項目もあると聞きます。現場の先生がたは、そんな「評価」をしたいのでしょうか?保護者はそんな「評価」をしてほしいのでしょうか?

きのくにの「生活と学習の記録」は、見るたびに親も子も、幸福になります。親は次の学期の始めまでに、その報告に対する感想や、家での様子などを書いて担任に渡します。担任が子どもを肯定的に見てくれていると、相乗効果で、親もさらに子どものよいところを見つけることができるのです。

普通の小学校の「段階評価」では、子どもは常に「今のままじゃダメだから、もっとよく」というスタンスで見られていることになります。きのくにの記録では、「今のままの君のよいところ」という見方が根底にあるので、子どもたちは大人の顔色をうかがうことなく、のびのびと、自己肯定感に満たされるのです。

私自身の子ども時代は、「通知表がよかったら親にほめられる」という環境でした。親が自分の成績の良さを喜んだりほめてくれたりすればするほど、私は自分に点数以外の価値を見いだせなくなったのです。進学校に入ったとたん、成績は急降下しました。私はもう何の価値もない人間だと感じました。何度も死にたくなりました。

今のままの段階評価、成績による序列化を続ける限り、成績が良くても悪くても、苦しい思いをして生きる子どもは増え続けるでしょう。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2006年6月19日 (月)

試験問題が教育問題!?

フランス語検定、昨日無事に終わりました。が、結果は、多分、・・・。(察してくださいまし。)でも、ちょっと楽しかったんです。

長文読解の問題は、各地の学校で講演をしている詩人が書いた文章で、こんな内容でした。

【新聞などでは、子どもたちの暴力問題をよく取り上げているが、実際子どもたちに会ってショックなのは、彼らが物事に無関心だということだ。「学校にくる途中で何を見たか、何を聞いたか教えてください」と言っても、答えは「何にもありません」なのだ。

学校は知識を伝えるためだけの場所ではなく、子どもたちが物事に注意を向けたり、驚いたりするような機会を創れる場所でなくてはならない。子どもたちが不安な気持ちから解放されるなら、彼らの感情や直感の力は想像以上の力を見せるであろう。】

ちょっと意訳していますが、私の関心事にぴったりの内容だったので、「そうそう、心の解放が大事だよね。堀さんがあちこちに書いてる。」「子どもたちの直感を大事にしたい。これって、よしのさんが言ってたな。」とか、試験を忘れてじっくり読んでしまいました。

誰の文章だか書いてなかったのでわからないのですが、こういう考え方の人がここにもいるんだ〜、と思ったら、なんだかうれしかったのです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年6月15日 (木)

私事ですが・・・

次は、「生活と学習の記録」について書こうと思っているのですが、これは、丁寧に書きたいので、18日まで更新お休みします。18日に、フランス語検定を受けるのです。二回目の挑戦です。多分だめそう。でも、最後まであきらめないぞ!

一昨年受けたとき、次男Nに、「多分だめやわ。全然勉強してなかったし」と言ったら、「なんでせんかったん?俺やったら、準備するよ。せっかく受けるんやったら、受かりたいし。」と言われてしまったのです。

彼は中一の三学期に英検四級までとりました。今年は三級に挑戦だそうです。英語を始めたのは中学になってからの授業が初めてですし、塾などにも行っていないので、きのくにの授業がとても効果的なんだろうな、と思います。まあ、向き不向きもあるでしょうけれど。長男Fは、英検にはあまりやる気を示しませんでした。それはそれでいいんじゃないかと思っています。

Nが英検に合格することがすごいんじゃなくて、その、勉強の姿勢がいいな、と思うのです。自分が英語に興味があって、英検に受かりたいから、勉強する、という姿勢なので、イヤそうなところが全然ないのです。うちに帰ってきているときは、ごろごろ漫画を読んでいたかと思ったら、同じ、寝転んだ姿勢で問題集をやっていて、「あってるかどうか、ちょっと見て」と言ってきて、こっちは、「あら、勉強してたの?」とびっくり、という感じなのです。

私は、机に向かって、「さあ、お勉強!」という姿勢でやらないといけないと思い込んでいますから、逆に効率が悪いのです。仕事して、家事して、だとなかなかまとまった時間がとれません。N方式なら、食後の一休みにも、問題集の半ページくらいなら目を通すことができます。これが、「ちりも積もれば」なんですよね。

今回も、合格は望み薄ですが、Nに「なんで準備せんかったん?」と言われないよう、できるだけのことはやろうと思っています。

ということで、次回更新は、多分、19日です。


| | コメント (3) | トラックバック (0)

2006年6月13日 (火)

きのくに転入1年目ーホームシック

Fはきのくにでの寮生活を楽しんでいたようです。自分から電話をしてくることは、ほとんどありませんでした。ホームシックなんて、ならないのかなあ、と思っていたら、なりました!一学期に2回、一週間ずつうちで休みました。最初の一学期は、毎週金曜日の夜帰宅し、土日をうちで過ごし、月曜日の朝きのくにへ行く、という生活をしていたのですが、日曜の夜になって、「まだおうちが恋しいな」と言い出したのです。

最初の一週間は、こういうこともあるだろうな、と思っていたので、気にせず休ました。しかし、その後、もう一度、「お休みしたい」と言われたときは、ちょっと不安になりました。私は「きのくに大好き」だったので、もしこのまま休みが続いて、きのくにに行けなくなっちゃったらどうしよう、と思ったのです。

不安なときは担任に相談しよう、と思って、きのくにに電話をしました。そのときの担任、堀さん(学園長)は、優しい声で、こう言ってくれました。

「ゆっくり休ませてあげてください。今、きのくにを一週間、二週間休んだところで、Fくんの人生には、何の問題もありませんよ。普段のFくんの様子を見ていて、そう思いますよ。」

学園長がこんなふうに言ってくださるなんて!堀さんのこの言葉で、私もすっかり気持ちがほぐれて、Fにも、のんびりした気持ちで接することができたのです。そして、以後、Fは休むことなくきのくに生活をエンジョイするようになりました。堀さん、きのくにへの信頼感が、よりいっそう強まったことでした。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年6月11日 (日)

きのくに転入1年目ー入学を祝う会

現在きのくに歴7年目に入ったわけですが、ここらへんで、きのくにと出会ってから、どんな気持ちや行動の変化があったか、どんな感動があったかを、少しずつ思い出しながら、まとめていきたいと思います。

今から7年前、まず長男Fが四年生で転入したわけですが、本で読んだきのくに子どもの村学園に、とうとう入れるのかと思うと、ものすごくうれしかったことを思い出します。周りの人たちには、「こんな小さいうちから寮生活なんて、かわいそう」と言われたりもしましたが、私は、こんなすてきな学校で息子が学べることがうれしくて、「なにがかわいそうなんだろう。今までの学校で管理教育を受ける方がよっぽどかわいそうだわ」と思っていました。

入学を祝う会に、まず感動しました。司会は子どもです。新入生、転入生がひとりずつ名前を呼ばれ、みんなに顔を見せた後、今度は大人(きのくにのスタッフ)の自己紹介。40人以上いるので、一人の挨拶は15秒以内で、「よろしくお願いします」などという、決まりきったことを言った大人には罰ゲームが待っています。来賓のかたの挨拶もきわめて簡単です。

その後、大人全員による歌と踊りが披露されました。このときはKinKi Kidsのフラワーでした。私は、この歌を聞きながら、大泣きしてしまいました。なんだかそれまでの人生で出来上がってきた、私の固い心が解きほぐされたような気がしたのです。たしか、女性教員二人が歌に合わせて踊ってくれたと思うのですが、普通に言えば、【入学式】です。そこで先生が踊るなんて!それもにこにこで。

最後は恒例の、お手製くす玉割り。くす玉から出てくる紙には「友達をたくさん!」とか「命いっぱい生きる」とか「希望への出発だ」などと書いてあり、会場はさらに盛り上がります。みんなにこにこで、なごやかな会は、50分くらいでおひらきとなりました。

今までは、入学式と言えば、厳かな雰囲気のなか、来賓の長い挨拶があり、あたかも大人のためのような式しか知りませんでしたから、きのくにの「入学を祝う会」に参加して、「心から祝ってもらっているんだ」、「楽しんでいいんだ」というのを体全体で感じられたのです。

楽しくて、心がこもっていて、それでいて、親が一番知りたい先生の顔や人となりもかいま見ることができる、こんな会もあるのです。息子はその日から寮に滞在して、その後、帰るとき、行くときは一人で飛行機、バス、電車、タクシーを乗り継いで行くことになるのですが、その大変さや不安があるにしても、それを忘れさせてくれるような、暖かい会でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年6月 9日 (金)

ベリーダンスに挑戦の巻

数年前から、別府オンパクという催しがありまして、いろんな体験コースがあったり、ミニコンサートがあったりします。
http://www.onpaku.jp

そのなかに、【魅惑のベリーダンス】というのがありまして、参加しちゃいました〜。以前、近くの塚原高原での舞を見たことがあり、すっかり魅了され、一度やってみたいと思っていたのです。講師のイシス・アツミさんの美しさにうっとり。
http://isiscompany.jp/

とはいえ、実際自分がやるとなると、むずかしい。鏡がなかったのが幸いで、見たらきっと自分でもげんなりする動きだったでしょう。ちなみに格好はTシャツにスパッツです。ベリー(おなか)は出してません!

私が「ベリーダンスやってみたいなあ」と言い出したときの、息子たちの反応はけっさくでした。

次男Nは、「お母さんがあと3キロやせたらやってもいいよ」
長男Fは、「俺は見に行かんけんな。家族の恥やで」

とかいいながら、大急ぎで仕事の片付けをして、「いってきま〜す」と車に乗り込む私に、Fは、「じゃあ、がんばってな」と、笑顔で送り出してくれたのです。

きのくにに出会ってから、子どもだけでなく、親まで心が解放されてきたようです。(と、無理矢理、自由教育に結びつけているような・・・。)でも、ホントですよ。以前なら、絶対できませんでした。20代のきれいなおねーさんたちに混じって、腰をくねらして踊るなんて!

3キロ減ってないのに、ベリーダンスにトライしたことを、イギリス滞在中のNはまだ知らない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年6月 8日 (木)

謙遜なの?けなしてるの?

今日来た患者さん。小学校一年生の女の子。ぽちゃぽちゃして、笑顔がとってもかわいい子。
おかあさんに、「かわいいですねえ」と言ったら、「いいえ〜」って。

ちょっと〜、なんで「いいえ」なんですか?たぶん本心じゃないんでしょうけど、「謙遜」ということがわからない子どもはどう思うんでしょう。私だったら、「ありがとうございます。ほんとにかわいくて、食べちゃいたいくらいなんですう〜。」とか言っちゃうかな。

きのくにで、息子の友達に「Fくん、ギターすごくうまいですね」と言われて、「そうなのよ〜。ありがと〜。」と言って、笑われましたけど。でも、その子、笑いながら、「きのくにの親って、子どもをちゃんとほめますよね」と言ってくれたんです。Aちゃん、適切な(?)フォローありがとう。

それにしても、ストレートに子どもをほめない親、多いんですよね。「息子さん、大きくなりましたね」と言えば、「体ばっかりね」とか。きのくにでも、びっくり体験ありますもの。

「○○ちゃん、大きくなったね〜」って、お母さんに言ったら、「いやあ、もう無駄に大きくなって〜」だって!

なんてこと言うんですか!その子が聞いたらどんな気持ちがすると思うのよ〜。

下手な謙遜は、聞いてるこちらも気分が悪いです。みんなで、素直に子どもをほめ合って、ハッピーになりましょう!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年6月 6日 (火)

私、成長したかも、と思った瞬間

昨日は、息子Fがソルフェージュのレッスンに行く日でした。夜7時45分から福岡のスクールにて、なので、5時のバスに乗らなければなりません。その日はスクールに泊まり込みなので、シャワーを浴び、早めの夕食をかき込んであわただしく出て行きます。我が家は自宅の隣が仕事場(歯科医院)になっているので、彼が出かけるときは、なんとなく気配でわかります。

バス停までギターをしょって、自転車で行くので、いつもは4時40分くらいに出ます。昨日はその時間になってもでかける気配なし。大丈夫かしらん。

45分になって、やっとギターかついで玄関で靴を履いている様子。いってらっしゃいを言おうと思ってドアを開けた私は、彼にこう言いました。

「あと15分もあるから、大丈夫ね。車に気をつけていってらっしゃい。」

あ、私って偉いかも!だって、以前だったら、絶対あせった声だして、「あと15分<しか>ないじゃない。大丈夫なの?」って言ってましたもの。それもこれも、堀さん(きのくに子どもの村学園長)のご指導のおかげでございます!感謝しております。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年6月 5日 (月)

体罰は愛のムチじゃない!

朝日新聞本日朝刊に、全国4214校を対象とした、高校野球指導者へのアンケート結果がでていました。(回答率60%)

その結果、体罰を容認する回答は6割にのぼっていました。そして選手時代に体罰を受けた体験があり、それを肯定的にとらえる人ほど、指導者になってからも体罰をする割合が高い、という結果がでています。

【高校時代の体罰の体験が「自分のためになった」「当時は嫌だったが、今はためになったと思う」と感じている人は81%に達し、そのうち体罰をふるった人は85%】 ー13面よりー


息子が地元の小学校に行ってた頃、保護者会では、私は「子どもを絶対殴らないでください」とお願いしていましたが、「子どもは叩いてでもわからせる必要がある」とか「自分も子どものころ先生に叩かれて、自分が悪かったことがよくわかったから、うちの子は、悪いことをしたら叩いてもいいです」という親が、必ずいました。

そして、それに対して、感情でなく、論理的に反論できなくて、くやしい思いをしたものです。でも、今なら大丈夫。森田ゆり氏の本を読んだから、ちゃ〜んと反論できます!

アンケートの回答にもありましたが、 【子育てと一緒。愛情があればこそで、それは体罰と呼ばれるものではない】 などという論理のすりかえに、怒りが込み上げました。


以下、『しつけと体罰』より抜粋します。


【・子ども時代に体罰を受けたことが、自分にとってよかったと思う人 
 あなたは、体罰は子どものしつけに必要という、体罰容認派の中核をなす人です。

「家にいることも少なく、あまり会話もなかった父親が、わたしが万引きをしたときには、本気で怒ってくれて、張り倒されました。そのとき、わたしは父親の愛を強く感じて、二度と万引きをすることはありませんでした」と、語った人がいました。 ー略ー

「張り倒されたから、あなたは二度と万引きをしなくなったのですか?」と、私は質問を投げかけ、次のように話しました。

「子どもって、親から注目してもらうこと、気にかけてもらうことを求めていますね。そのとき、父親の愛情を強く感じたのは、いつもは気にかけてくれない父親が、本気であなたに向き合ってくれたからでしょ。あなたにとって重要だったのは、張り倒してくれたことよりも、父親が本気であなたに向き合ってくれた、ということだったのではないですか。

その真剣な向きあいは、体罰以外の方法ではできなかったのでしょうか。他の方法でも、父親の真剣さがあなたに伝わりさえすれば、同じように愛情を感じたのではないでしょうか。」】

野球部指導者の、体罰容認派の人へも、こう問いかけたいものです。


そして、森田氏は、こう、きっぱり書いてくださっています。

【いけないことをしたから、なぐられてあたりまえの人間は、ただひとりとしていません。体罰は、社会における子どもの地位が、いかに低いかを示すバロメーターです。大人に対しては許されない行為が、相手が子どもだと許されてしまうのです。同じ行為が大人に対して為されれば、暴行罪や傷害罪という、れっきとした犯罪とみなされても、相手が子どもだと、それは「しつけ」や「教育的配慮」や「熱心さのあまり」となってしまうのです。】


ほんとにそうですね。子どもも尊厳を持つひとりの人間なのです。それを大人が踏みにじっておいて、自己肯定感のある、まともな人間に育つわけがありません。

もっとも、言葉の暴力というのもありますけれども。


きのくにの体験入学に行ったとき、同じく当時小学三年生を持つお母さんと知り合い、お話しました。私が、地元の小学校で体罰が普通に行われていることを話したら、「体罰もいけないけど、言葉の暴力もすごいでっせ〜。うちの子の担任(きのくにに転入する前の学校の)、女の人なんやけど、この前、算数の〈余り〉を教えるとき、いつも悪さするから一番前の席に、一人で座ってる子を指差して、“みなさんは、み〜んな二人づつ並んですわっているでしょう。でもAくんは一人で座っていますね。こういうのを〈余り〉というのです。わかりますか〜?”って言ったんでっせ〜。」


子どもの人権はどこにあるんだ〜!!


| | コメント (26) | トラックバック (0)

2006年6月 4日 (日)

茶色の朝

6月から駐車違反の取り締まりが強化され、民間委託が功を奏しているようですね。確かに、迷惑駐車は困ります。でも、私、なんだか恐いのです。「民間委託」で効果を上げるっていうのが。そして、官と官の僕が一緒になって「取り締まり」を強化、というのが。

共謀罪の成立は、とりあえず見送られたようで、ほっとしていますが。

堀江氏に続き、村上氏も立件、事情聴取ですか・・・。確かにルール違反をしたのかもしれないけど、なんか、大胆な発言、行動をする人、影響力の大きい人を、社会的に葬る、という空気を感じます。マスコミも手のひらを返したように、完膚なきまでに叩き始めるというのが、とても恐いです。辻元議員が秘書給与の件で逮捕されたときも感じました。

いっぽう、「第三国」「ばばあ」発言で問題になった石原都知事がなんの咎も受けずに知事の椅子に座り、戸塚ヨットスクールを支援する会会長をし、依然、東京都の教職員への締め付けを強化しています。

日本もいつか、官の意向に沿ったことしか言えない国になってしまうのではないでしょうか?それに沿わない発言力の大きい人は、どんどん排除され、教育現場では民主主義の精神が「職員会議での採決禁止」により失われ、国歌斉唱の強要により、内的自由を侵害されています。

きのくにで自由教育を受けられる子どもたちは幸せです。社会の動きは怪しいですが、自由教育の恩恵をより多くの人たちが受けられるように、発言し、行動していかなければ、と気持ちを新たにしています。

タイトルの「茶色の朝」は本の題名です。ぜひ読んでみてください。そして、上記のことに関しても、いろいろとご意見を聞かせていただければ(異論も歓迎です。誹謗中傷でなければ)ありがたいです。

あるときある国で、犬も、猫も、茶色以外は許されなくなります。政党は茶色党だけ、新聞は茶色新報だけ。おかしいな、と思っているうちに、「過去にも茶色の犬や猫を飼ったことがあれば、国家反逆罪になります」とラジオは言うのです。「最初に抵抗すべきだった。でもどうやって?俺には仕事があるし。」と【やり過ごして】いるうちに、どんどんおかしくなっていくのです。なんだか、私は過去の某国、今の某国を連想し、ぞっとしました。

フランク・パヴロフ 物語
ヴィンセント・ギャロ 絵
高橋哲哉 メッセージ  (大月書店)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年6月 3日 (土)

お知らせ(2)

愛育心理研究会が主催する記念大会のご案内です。

大会テーマ:ニイル=霜田に学ぶ自由と自立〜今も新しき地平に立つ
日時:平成18年6月25日
会場:全国町村会館 東京都千代田区永田町
会費:一般7000円 学生2000円
        (会員料金あり)

内容:ワークショップ「カウンセリングの語用論
          東北大学教授 長谷川啓三氏
        
        研究発表「スロー保育と現代の子ども像」
          野中保育園長 塩川壽一氏

        研究発表「自分自身を取り戻した患者さん」
          フェリス女学院大学保健師 高田和子氏

       講演「ニイルと発達障害の子ども」
         きのくに子どもの村学園長 堀真一郎氏

その他、シンポジウムなどが予定されています。

会の連絡先等はここには載せませんので、ご興味のあるかたは当方に連絡ください。 私は参加します。どなたか一緒に参加しませんか〜?

一昨年会員になったばかりで、このような会に参加するのは初めてなので、とても楽しみです。この会は、霜田静志氏が発行していた「愛育通信」がもとになっています。氏の死後も、意志を継ぐかたが、会として存続させているということです。

霜田氏のことはまだよく知らないので、これから本も読んでいこうと思っています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年6月 1日 (木)

お知らせ(1)

きのくに子どもの村学園とかつやま子どもの村学園で8月にサマースクールが開かれます。日程は下記の通りです。学園に直接問い合わせる前に、もうちょっと詳しく知りたい、というかたは、私宛メールをくだされば、必ずお返事致しますし、サマースクールの案内書など、ファックス送信することも可能です。ご遠慮なくお尋ねください。

きのくに:8月3日〜6日
かつやま:8月8日〜11日

なお、きのくに子どもの村サマースクール中に、教育講座が開かれます。これに関してはトップページから「きのくに子どもの村学園」のHPに飛んで、きのくに教育研究所のところを開くと詳しい情報が載っています。

管理教育、偏差値教育にどっぷり浸かってしまっている、現役教師のかたがたにも、ぜひ、自由教育の意義に触れていただきたいと思います。


| | コメント (4) | トラックバック (0)

« 2006年5月 | トップページ | 2006年7月 »