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2006年4月30日 (日)

タイタニック

昨夜は大分でフジ子ヘミングのコンサート。その後車できのくにへ。たのしい春祭りの後、今は帰りのフェリーの中。フェリーの中のテレビでは、映画★タイタニック★が上映されている。見たかった映画なのに、今日フェリーの中では見たくなかった。

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2006年4月28日 (金)

春祭り前日

明日はきのくにの春祭り。この日はきのくにに関係するお客様や保護者がやってきます。きのくに開校にあたっては、たくさんのかたの応援があったので、そういうかたたちに感謝の気持ちを表す、という意味のある行事なのだそうです。

子どもたちは各々のクラス(プロジェクト)で話し合って、食べ物をつくって販売したり、調べたものの発表、展示をしたり、ゲームをしたりしてくれます。それらは、日頃のプロジェクトの活動に関するもので、例えば昨年の歴史館(中学校)というクラスでは、縄文クッキーを焼いたり、火起こし体験をしたりしていました。イギリスに行く予定のクラスでは、手作りショートブレッドと紅茶の販売があったり。鶏を飼っているクラスでは、その鶏が生んだたまごを使って料理をしたり。そういう活動を、すべて【子どもたち】がミーティングで話し合い、意見を調整し、決めていく、ということがすごいなあ、と思います。

午後は学園長、堀さんのお話があります。私は最初に堀さんのお話を聞いたとき、自分がこれまでいかに息子たちの「心」を見ていなかったかに気づかされました。子どもは無知の状態なんだから、あれこれ親が口を出して、教え導くことが親の役割だと思っていたのです。自分がどれだけ横暴な親だったかに気づいてから、私はそのことを息子たちに謝りました。

きのくにに出会わなくて、あのままの横暴母だったら、きっと息子たちは子供部屋にこもりっきりで、家族の会話もろくになくなっていたでしょう。

「子どもが部屋にこもりっきりで、ろくに口をきかない」という親御さんの話しを聞くことがありますが、それって子どもだけが悪いんじゃなくて、親が改善すべきことがあるんじゃないかなあ、と思います。きのくにでは、親も自己を振り返って反省し、成長していける機会がたくさんあるので、うれしいことです。

今年はどんな春祭りになるでしょう。もう7回目になりますが、とても楽しみです。

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2006年4月26日 (水)

戸塚ヨットスクール

今日の朝日新聞朝刊に、戸塚ヨットスクール校長の戸塚宏受刑者が、刑期を満了して出所する、という記事がでていました。以下、一部抜粋します。

【「戸塚ヨットスクールを支援する会」(会長・石原慎太郎東京都知事)によると、戸塚受刑者は健康状態も良く、「より一層スクールを盛り上げ、教育再生に力を尽くしたい」と意欲を示しているという。】

石原都知事が支援する会の会長なんですか。暗澹たる気持ちになりました。

人を「力」で押さえ込んだり、「力」で変えようとしても、無理ですよ。そのとき、表面的には従順にさせることはできても、真に人が変わる、人を変える、のは、「愛」だと思うんだけどな・・・。

石原都知事がきのくにを見学してほしいし、シンポジウムで卒業生が話す様子を見てほしい。それでも何も感じないかな。価値観が違いすぎて、理解できないだろうか。それでも希望は捨てたくない。

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2006年4月25日 (火)

ミーティング

きのくに子どもの村学園では、ミーティングが実に多い。クラスで、小、中全校で、寮で、いろいろなことが話し合われる。例えば修学旅行でどこに行くか、ということも、教師の一存で決めるのでなく、子どもたちがミーティングで決めるのだ。
次男が小6の修学旅行のときは、行き先が決まるまで、ほんとうに大変だったようだ。例年は九州にいくことが多かったようだ。どこへ行くのもたいていきのくにのバスを使うのだが、九州だとフェリーが使えるので、教師(バスを運転するのは教師)の負担も軽くなる。それに、自然が豊富で見どころがたくさんある。例年九州は人気だったそうだ。
しかし、息子の家(つまり我が家)は大分県。次男は「九州だけは嫌だ」という思いと、「東北に行ってみたい」という思いで、東北のことをいろいろ調べてミーティングに臨んだらしい。【話し合うだけで二ヶ月もかかった】と作文に書いてある。
結局、行き先は東北になった。根気よく話し合った子どもたちも偉いが、焦らせず、また誘導せず、2ヶ月待った教師(きのくにでは基本的に、先生と言わず、大人、という)は、ほんとうに偉いと思う。私が教師だったら、運転が大変だから、なんとか九州になるように誘導したと思う。そもそも、子どもたちが行き先を決める、という発想がなかっただろう。

この三月きのくにを卒業した長男は、こんなことを言った。
「俺、きのくにに行って、(精神的に)強くなったと思う。前の学校(地元の公立小)のときは、自分の意見とか言えんやったし、言う必要もなかったんや。今は自分の考えをはっきり言える。」
こういうことの大切さを真に理解できる大人がどれくらいいるだろうか。いくら勉強ができたって、人とコミュニケーションがとれなかったら、まともな大人と言えるだろうか。

ゆとり教育だの、やっぱり基礎学力が大切だの、騒ぐ前に、人間として、もっと大切なことがあることに、教育関係者(親も含めて)は気づいてほしい。ああ、でもだめかな、「採決禁止」なんてことを平気でしてるようじゃ・・・。


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2006年4月24日 (月)

採決禁止?

4月15日の朝日新聞社説に「東京の先生は気の毒だ」という文章がでていました。それによると、東京都教育委員会が、都立学校の職員会議で、先生たちの挙手や採決を禁止したということなのです。つまり、職員会議は決まったことを伝達するだけの場であり、各先生方の意見は聞かないで、校長がすべて決断せよ、ということのようです。

こんなことって、許されるのですか?民主主義はどこへいったのでしょうか?大変恐ろしい流れが起きています。

そういえば、卒業式のときは、ここ数年、君が代斉唱のときの起立の問題がおきますが、今年は、最初から先生たちにいすが用意されていなくて、ずっと立ちっぱなしのところがあったそうです。最初から立ったままなら、君が代のとき、起立しただのしなかっただの、という問題がおきませんものね。

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2006年4月22日 (土)

転入のきっかけ

現在息子たちは高一と中二。長男が小学校二年生のとき、本屋さんで「自由学校の設計」を手にとりました。一年生のときは元気な先生で、授業参観しても、楽しかったのですが、二年生になって、担任が変わったとたん、クラスのメンバーは同じなのに、急に静かで覇気のない雰囲気になってしまったのです。先生次第で、こうも違うの? 大切な息子に「先生次第」の学校生活を送らせてもいいの? と疑問を持ち、日本でもっとユニークな教育を実践しているところがないものか、と探すために書店に向かったのです。

【学校は楽しくなければならない。楽しくなければ学校ではない。幸福な子どもは成長する。そして成長している子どもは幸福である。笑顔と歓声は、子どもの成長のしるしだ。きのくに子どもの村は、このように信じる教師と親が中心になってつくった学校である。】                          ー「自由学校の設計」まえがきよりー

このまえがきを読んだだけで、この学校にものすごく惹かれるものを感じました。

息子が通っていた地元の公立小学校では、新入時説明会のとき、校長がこう言ったのです。
「みなさん、お子さんが学校から帰ったら、“楽しかった?”と聞かないでください。学校は楽しむところではありません。勉強するところです。」

なんと大きな考え方の違いでしょう。私は、一日の多くの時間を過ごす学校という場所が「楽しむところではない」なら、行きたくないし、子どもにも行かせたくありません。

それにしても大分から和歌山、どうやって行くのかもわかりませんでした。本を読むと、遠くから来ている子も多いので、月曜日の始業時間は11時、と書いてありましたが、それにも間に合うのかどうか・・・。ほぼあきらめているうちに、長男は三年生になり、クラスも担任も変わったのですが、だんだんつまらなさそうに学校に行くようになりました。

とにかく見学だけはしてみよう、ということで、その年の7月(1999年)きのくに見学に行きました。そこで見たのは、休憩時間が終わると、チャイムなんかないのに、教師も指図したりしないのに、クラスに入っていく子どもたち、昼休みは広間で音楽をかけて元気にダンスをしている子どもたち、バイキング方式で、友達、教師と話しながら楽しそうに食事する子どもたち。なにもかもが新鮮な驚きでした。教師の怒鳴る声などはまったく聞かれませんでした。

息子も惹かれるものがあったらしく、そのときに転入希望申し込みをしてきました。もっともそのときは定員いっぱいで、転入できたのは、小四にあがる頃でした。次男の学年はもっと多かったので、さらにその10ヶ月後、小二の三学期からの転入となりました。

あれから6年。自己肯定感がある、というのはこういう感じかあ、と息子たちをみていて実感します。管理教育、偏差値偏重教育では、子どもたちは「まだだめだ」「もっとがんばれ」と追い立てられて、どんどん自分が嫌いになていくような気がします。

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2006年4月21日 (金)

自由学校の設計

本

これが私の人生を変えた本です。

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2006年4月20日 (木)

ご挨拶

みなさま、はじめまして。

7年前に堀真一郎氏の書いた「自由学校の設計」(黎明書房)を手に取ったことから人生が変わりました。
自由主義教育の「きのくに子どもの村学園」との出会いです。
http://www.kinokuni.ac.jp/

ここは、学園長の堀真一郎氏が、子どもたちに「自分が好きだ」とか「生きるというのは、こんなにすばらしいことだ」という実感を持ってほしい、という思いでつくった学校です。

6年前に当時小四と小二の息子が大分から転入。今までの、自分の子どもに対する接し方を反省するとともに、きのくにの教育理念に感動の日々を送っています。どんな「感動」があったのか、どんな体験があったのか、少しずつ書いていきたいと思います。

青少年による惨い事件が頻発するなかで、私はどんなに厳罰化しても、処罰年齢を下げたとしても根本的な解決にはならないと思います。そういう事件を起こす子たちは、みんな「自分が嫌い」。自分を愛せないから人も愛せない、大切に思えない。どうして自己肯定感がないのか?それは学校教育や、社会の価値観に多いに問題があると思います。

きのくにでの取り組みをお伝えすることで、その意味が分かっていただけるのではと思っております。

ちょっと最初からおカタイ文章ですが、ご興味のあるかた、どうぞ今後ともおつきあいくださいませ。
写真もおいおい載せていこうと思います。(PC苦手なのですが・・・。)

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